12:黒子のお仕事
早朝、俺は都市の中を奔走していた。ミレイアが目覚めて見習いギルドに行くまでの間に、必要なものを買い揃えなければならないのだ。
アンダーから支給された金を使い必要なものを買い揃えていく。
薄汚れた中古の服や誰に需要があるか不明な怪しい仮面。鍛冶屋で売っていたお遊び用の斬れない剣などを買う。
どこに店があるかなどわからないので、時間がかかってしまったが何とか間に合った。
透明状態で正門の横に立ちミレイアが来るのを待つ。正門の横で待っていると白い服という目立つ姿のミレイアがやってきた。
『やあ、お仕事は順調かい?』
「うおっ!」
当然のヒキガミの声に驚き声を上げる。タイミングが悪いせいで、ミレイアも声に気づいて辺りを見回している。
「……どんなタイミングで声をかけてんだ。もう少し考えろ」
『わたしも仕事はしなくてはいけないからね。たとえどれだけの暴言やセクハラを受けようとも戻ってきたのだよ』
「自分のことを棚に上げてよく言えるな本当に……」
ミレイアは探すのをやめて正門から都市を出ていく。俺は溜息をつきながら、透明化を解除して正規に都市から出て後を追う。わざわざ解除してから出る理由は再び捕まりたくないからだ。
都市を出た俺は再び透明化して堂々と跡をつけていく。ミレイアの向かう方向から考えるに、どうやらアンダーは上手くやったようだ。
『キミは考えてなさそうだから言っておくが、勇者の召喚場所にいる魔物は、安全確保のためにも退治しておいた方がいいだろう。召喚した瞬間に襲われでもしたら目も当てられない』
「確かにそうだな。それで勇者が召喚されるまであとどれぐらいあるんだ?」
『そうだね……二時間程だろうか』
「だったら急がねぇとな」
俺は身体強化をオンにして召喚場所へと向かって走りだす。なれない身体強化に何度も躓き転びながらも、ミレイアを追い越して先に召喚場所がある森の前へと到着する。
「一人で森に入るのは少し怖いな」
『心配する必要はないさ。私が付いている』
「……それは助かる」
付いていても傍にはいないヒキガミに適当な返事をして森へと足を踏み入れる。昨日も訪れたこの森は草イノシシが生息している森とは違い、草で隠れた沼や人を巻き上げる蔦など、天然のトラップがあるため危険だ。昨日、ミレイアに教えてもらっていなければ危なかっただろう。
そのことを踏まえて、余計この場所に勇者を召喚する意味がわからない。
「どうして勇者はこんな場所に召喚されることになったんだ?」
『さあ? 私は召喚する張本人ではないからわからないね。言えることとしたら、今回勇者を召喚するのはこの世界の神だ。その神は今回の創造主への娯楽提供については知らない。なので、この世界の神自身の考えでこのような召喚場所を選んだということだね』
ヒキガミの話から考えるに、考えるだけ無駄ということがわかった。
今はどうでもいいことは後回しにして、目の前のことに取り組む。
沼や蔦に捕まりながらも力技で抜け出しながら、ようやく召喚場所へと辿り着いた。
「結構奥の方まで来たな。昨日はこんな奥まで来なかったから緊張するな……」
『急がないと勇者が召喚されてしまうよ。早く魔物退治を始めたまえ』
気はあまり進まないが生き残るためと思い、見つけた魔物は片っ端から狩っていく。
「なんだコイツ! 口からなんか吐きやがった!」
透明なので視力に頼っている魔物には気づかれずに倒せるが、視力に頼らない魔物には攻撃を仕掛けられる。そのうちの蜘蛛のような魔物に謎の液体を吐きかけられ、避けたが少し服に付いた。
『黒衣の上ならば安全だが、顔を出しているときは気をつけたまえ』
液体がかかった木はじわじわとかかった場所から枯れていく。
「危ねぇな、本当に」
退治した魔物たちは黒衣の裾に収納していき、十数体程狩り終えた頃には辺りは静かになった。
『キミが魔物を放り込むせいで、魔物の死骸で世界の卵の臭いが凄いのだが?』
「我慢してくれ、放置するわけにもいかないだろ」
俺は時間もいい頃合なので、ミレイアを探しに行くことにした。理由としては依頼を達成されると困るからだ。勇者の召喚まで後一時間程はかかるので、なんとしてでもこの森で足止めをしなければならない。
森の入口付近へと戻るとミレイアの姿を見つけた俺は、先回りをしてミレイアの依頼の魔物を狩る。依頼に指定した魔物は昨日ミレイアと狩った兎の魔物にした。理由はそれ以外に知らないからだ。
その魔物は兎の様な外見をしているが、獲物を発見すると服を脱ぐように兎の姿を脱ぎ捨て、中から鋭い刃物のような腕を持つカエルがでてくる。
アンダーに魔物の特徴を伝えて依頼を出してもらうときに、兎カワルと名前を教えてもらった。
そんな兎カワルに透明で近づき、カエルに変身させることなく倒していく。
『世界の卵にこれ以上カエルを放り込むのはやめてくれないか? ……生臭くてしかたがない』
「さっきも言ったが放置したら勿体ないだろうが」
俺はヒキガミの抗議を無視してカエルを放り込み続ける。
『……本音が出てしまっているよ。おっと、そんなことをしている間に残り十分程になった。そろそろ行動を開始したまえ』
「気が進まねぇな……」
これからやる事を考えると気が重くなる。
『これも仕事として割り切ってやっていくしかないさ』
俺は都市で購入した装備を身につける。服の上から服を着るのには違和感があるが、脱げないので仕方がない。見た目的にはどうなっているのか気になる。
「俺の見た目はどうなってる?」
『少し膨らんで見えるが大丈夫だろう。それよりも透明状態のままだと、身につけている物も一緒に透明になるからね。やるときは解除してからにするのだよ』
……そんな話初めて聞いたぞ。今まで深く考えていなかったが、確かに持っているものだけが浮いていたら不気味だ。
「あぁ、わかった。……それよりも本当に行かないとダメか?」
『今更何を言っているんだい? そんな仮面まで用意しておいて』
ヒキガミの指摘の通りに、都市で買った怪しいお面もつけていた。別にこれは趣味とかではなく、これからやることがバレると問題になるので、正体を隠すためにつけているだけだ。
「流石に顔がバレてるのに素顔のままでれねぇだろが……」
『彼女にとっては既にキミは犯罪者なのだから、隠す必要はないと思うがね』
「うるせぇ」
俺は覚悟を決めてミレイアへと後ろへと回り、こっそりと跡をつける。なんだかこの世界に来てからミレイアの後ばかりを追っている気がする。
『少し神が説得に難航していたようだが、ようやく勇者が召喚されるようだ』
「やっとか……。結構時間がかかったな」
ヒキガミの話では後十分程だったが、既に二十分をすぎていた。既にミレイアは必要量の兎カワルを狩り終え、帰る準備を始めている。
『──今、召喚されたよ』
唐突にヒキガミから特に空が光などの演出もなく、この辺りのどこかに召喚されたと報告が入る。
『さっそく黒子の初仕事を初めたまえ』
「自分がやらないからって簡単に言ってくれるよな、本当に……」
俺は透明化を解除してミレイアとの間合いを一気に詰める。そして後ろからホールドして首元に斬れない剣を押し当てた。
「動くんじゃねぇ! 命が欲しかったらな!」
俺は少し声を変えてミレイアを脅す。ミレイアが抵抗してくると思い、いつでも身体強化をオンにできるように身構えていたが、いつまで経っても何もしてこない。
異変を覚えた俺はミレイアの顔を横から覗き見る。しかし、こんな状況にも関わらず無表情で何を考えているか全くわからない。
『これはよくないね。この状況を勇者が見たとしても危機迫る状況には見えない』
俺はミレイアを怖がらせる為に再び声を上げる。
「おい! 無視してんじゃねぇ! 本当にこのまま首を掻っ切るぞ!」
首元にポンポンと剣を当てるが、それでもミレイアは微動だともしない。ならばと、ミレイアを怯えさせるのは諦めて、襲われている感を出すことにした。
そうすれば、いくらミレイアが無反応だろうと、恐怖で固まっていると思われるだろう。
俺はミレイアを地面に優しく突き飛ばし、剣を突きつける。
「抵抗しないんだったら、こっちも好きにやらせてもらうぜ!」
俺は剣でミレイアの上着を胸元からゆっくりと斬っていく。表では暴言を吐き、裏では早く勇者に来てくれと願う。
『キミの悪役っぷりは様になっているね。これからは悪人として生きていくのも悪くないかもしれないよ?』
ものすごくゆっくりと上着を斬って時間を稼ぐが、ミレイアは相変わらず一切抵抗せず、勇者も一向に現れない。
……どうなっているんだ? 本当に勇者は召喚されたのか?
『勇者はどうやら怖くて動けないようだ。もっと勇者が来やすくなるような雰囲気を作らないとね』
悪役が勇者の来やすい雰囲気作りという、明らかに矛盾した事をやらないといけないのかと、なんだか馬鹿らしくなってくる。
「あぁ、今日はラッキーだったぜ。女が森の中を一人で歩いていやがったからな。俺はめちゃくちゃ弱いからな。本当にラッキーだったぜ」
『はははっ! さ、流石に、ろ、露骨すぎるだろう。はははっ!』
爆笑するヒキガミにお前が言ったことだろうと言ってやりたい。
上着を斬り終えた俺はズボンを斬るか下着を斬るかで凄く迷っていた。ミレイアは上着が斬られたというのに隠そうと一切してこないのだ。
まさか、俺だとバレてるいるのではとも考えてしまうが、俺だから下着を隠さないというのもおかしい。そもそも、俺だとわかっていて話しかけて来ない時点でバレていないはずだ。
時間稼ぎのために剣の先をミレイアの下着とズボンで行き来する。
「さて、次はどこを斬ってやろうか!」
……早く来てくれ!
俺の願いが通じたのか草むらから、黒髪のジャージ姿の細い少年が叫びながら飛び出してきた。
「うわああぁぁ!」
少年は俺に向かってむしゃらに突撃してくる。だが、見るからに弱そうで全く飛びそうにない。けれども勇者なので見た目と反して衝撃がある可能性を考えて身体強化をオンにする。
──そして衝突する瞬間、俺は身構えた。
……だが、一歩後ろに下がっただけで全く吹き飛びそうな気配がない。このままではマズいと反射的に足に力を込めて、断末魔を叫びながら少年とは反対方向に飛ぶ。
「……ぐはああぁ!」
少し力を入れすぎてしまい、木を何本かへし折りながら地面へと衝突した。
『これはひどい。吹き飛ぶまでに時間差があるのに加えて、やり過ぎだ。それになんだい? はははっ、その断末魔は?』
……人が真剣にやっているというのに茶化しやがって。
「や、やった……!」
少年は喜び腕を掲げる。そんなことをしている暇があるのなら追い討ちでもかけろと思うが、勇者になる前までは平和に暮らしていそうな少年には酷だと思った。
「……突然何しやがる! 人がお楽しみ中によくもやりやがったなこのガキが! だが今回は分が悪いから見逃してやるが覚えてやがれよ!」
そう捨て台詞を残して俺は勇者たちとは反対の方向に走る。
そして、二人からある程度の距離をとったところで立ち止まった。
「罪悪感が半端ねぇ……。悪役はもう二度とやりたくねぇわ」
『そう言っている割に私からは楽しそうに見えたよ。キミは悪役に向いていると私は思うな』
「そうかよ……。それで二人はどうしてるんだ?」
ヒキガミは勇者を撮影しているので、勇者の動向を把握しているはずと思い尋ねる。
『会話をしているね。今のところは順調のようだ』
それならよかったと安心した。今ところは正義のヒーロー作戦は上手く進んでいるようだ。このまま二人がパーティを組んでくれると助かるのだが。
「とりあえず、いつも通りに跡をつけるか……」
『ストーカーが板についてきたようだね』
「うるせぇ!」
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