第一章 不幸なので慎重に行動していたら、成長スキルでいつの間にか強くなってました
1:異世界転生での不幸
「──目覚めてください、マモルさん」
女性の透き通った声に促されてマモルと呼ばれた、ジャージ姿の黒髪の少年は瞳を開く。
マモルの視界には、純白のドレスを身にまとった金色の髪の女性が微笑む姿が映りこむ。
「……私はあなたが元いた世界とは違う世界の女神です。突然ですが、あなたにこの世界の勇者となっていただき、世界を救ってもらえないでしょうか」
女神の言葉にマモルは最初は戸惑いの表情を浮かべたが、考える素振りを見せてから口を開く。
「……ごめんなさい、僕にはそんな荷が重いことはできません。それに死んだばかりで気持ちの整理もついていないのに、他の人を思いやることなんて無理です」
マモルの拒絶に女神は諦めず説得を続ける。
「……だとしても、世界を救えるのはマモルさんしかいないのです」
「……今まで僕だけにしか出来ないなんて言われたことなかったから嬉しい。けど、さっきも言った通りに僕にはできない。僕の人生は死ぬ時まで不幸でろくなことがなかった。『
マモルは生まれつきとても不幸な体質であった。そして「不幸な時間帯」とはその普段から不幸なマモルが更に不幸になる時間帯である。
その時間はマモルは何となく感じることができ、一日一時間程の長さでやってくる。
自分にそのような体質があると分かったばかりの頃は、身に危険が及ぶようなものではなかったが、歳を重ねる度に不幸の度合いが強くなっていき、最終的にはマモルはそれによって命を落としてしまった。
そんな不幸な自分が勇者になったところで意味がないと言って答えの変わらないマモルに、女神は深呼吸をして艶やかな声で囁いた。
「……もしも、世界を救えば一つだけ願いを叶えられるとしたら?」
マモルは目を見開き息を呑む。マモルの頭の中には自分の体質が何とか出来れば……という考えが頭を占める。しかし、今までの経験から甘言にはすぐに乗らず一旦冷静になる。
「……本当にそんなことができたら凄いけど、今までずっと不幸だったのに、突然そんなことを言われても……とても信じられない」
「今ここでわたしの言葉が本当かどうかを証明する方法はないのです。ですが世界を救ってくださった暁には、願いを叶えた状態のマモルさんを亡くなった日に戻すこともできます」
女神の都合のいい言葉に疑いながらもマモルの心は揺れ動く。
「ほ、本当に? ……そんなことがてきるの?」
「もちろんです」
女神はマモルの言葉に頷いて微笑んでみせる。その女神を見つめながらマモルは十分程の時間を使って女神の話について考え込む。
──そして考えが纏まったのかマモルは顔を上げた。
「……わかった、僕は勇者になるよ。……でも失敗したらごめん」
「勇者になる前から失敗のことなんて考えてはダメです。きっとマモルさんならやり遂げれますよ」
女神は両腕を自分の方に寄せてマモルを鼓舞する。
「では早速ですがマモルさんを地上へと送ります」
「ち、ちょっと待って! 流石にいきなり過ぎない!」
「……心配はありません。マモルさんには世界を救うために特別なスキルが一つだけ与えられます。……その名を『成長』です。努力すればするほど結果が実るという素晴らしい効果があります」
「僕が言いたいのはそうい──」
女神はマモルの言葉を最後まで言わさずに召喚陣を起動させた。
「ごめんなさい……」
∇_________
「ううんっ……」
寝心地の悪い湿った地面でマモルは目覚めた。濡れた服に不快感を覚えながら、ここは何処だろうかと上半身を起こしてマモルは周りを見渡す。辺りは木で囲まれて地面には短い草が生い茂っていた。その様子からマモルはここが森だと判断した。
薄暗く肌寒い森の中に一人でいることに気づいたマモルは不幸なことに今が「不幸な時間帯」であることに気づいて死ぬ前のことが脳裏をよぎり恐怖に身を縮める。
草の陰で小さくなっていたマモルの元に近くから男の叫ぶ声が聴こえてきた。一人の孤独に耐えきれないマモルは声のする方へと震える足に鞭を打って向かう。
近づくにつれて徐々に声が大きくなってきたことに、この森には自分以外にも人間がいるという安堵を覚える。
ようやく声の発生源へと辿り着くと、叫んでいる怪しい仮面をつけた声からして男が、マモルと同じ歳ぐらいの女性を羽交い締めにして首元に剣を突きつけていた。
咄嗟にマモルは近くの茂みに身を隠す。
仮面の男は少女を突き飛ばし、少女は勢いのまま地面に倒れこむ。そして、仮面の男は少女へと剣を突きつけた。
「抵抗しないんだったら、こっちも好きにやらせてもらうぜ!」
そう言って仮面の男は少女の服を切り裂いていく。徐々に露になる肌に
「あぁ、今日はラッキーだったぜ。女が森の中を一人で歩いていやがったからな。俺はめちゃくちゃ弱いからな。本当にラッキーだったぜ」
仮面の男の言葉にマモルは自分がこの世界に勇者として召喚されたことを思い出す。
……こんなところで女性一人を助けられず、本当に世界を救えるのか?
マモルは自分に暗示をかけるように僕は勇者だ。僕は勇者だ。とネガティブな考えをかき消すように頭の中で繰り返し念じた。
「さて、次はどこを斬ってやろうか!」
恐怖や緊張に暗示も加わり一種の興奮状態のようになったマモルは、茂みから飛び出して仮面の男へと目を瞑りながら、がむしゃらに叫んで体当たりをくりだす。
「うわああぁぁ!」
──ドンっ!
当たったはいいが、まるで岩にでもぶつかったような感覚にマモルは死を覚悟する。──だが、少し遅れて、
「…… ぐはああぁ!」
仮面の男の断末魔が聞こえて目を見開く。
仮面の男は木をへし折りながら吹き飛び地面に倒れていた。
「や、やった……!」
マモルは腕を掲げて、初めての勝利に酔う。
「……突然何しやがる! 人がお楽しみ中によくもやりやがったなこのガキが! だが今回は分が悪いから見逃してやるが覚えてやがれよ!」
木をなぎ倒しながら吹き飛んだにもかかわらず、立ち上がり逃げていく仮面の男にマモルは違和感を覚えたが、勝利の余韻がそんな些細な違和感をかき消した。
「だ、大丈夫?」
マモルは倒れたままの少女に手を差し伸べる。少女は少し迷う素振りを見せたが片手で服を抑えながら手を取る。
「ありがとう……」
立ち上がった少女の破れた服から覗く肌にマモルは顔を赤くして、顔を背けながら自分のジャージを脱いで少女に渡す。
「……こ、これ使って」
「大丈夫」
「い、いや僕が大丈夫じゃないから!」
「そう……」
少女は不思議そうな表情を浮かべてジャージを羽織った。少女に向き直ったマモルは、羽織っただけのジャージを見て慌てる。
「えっと、その服はチャックじゃなくて、下の銀色の輪っかみたいな部分を持ち上げたら閉まるんだ」
少女は言われたとおりにチャックをあげようとするが上手くいかない。そして、ビリッと嫌な音を立ててチャックが外れてしまう。
「……ごめん」
「別に大丈夫だよ。最初から僕がやればよかったね」
別にいいと言ったが項垂れる少女に頭を掻きながらマモルは提案する。
「その、僕ここがどこかわからないんだ。だから街までよかったら案内してもらえないかな」
「わかった」
その後二人は自己紹介などをしながら森から出る為に歩き出した。
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