11:取り調べのお仕事
「さあ、気が進まないけど取り調べを始めるわよ。その前に自己紹介をしようかしら。わたしの名前はアンダー、これからもよろしくね」
赤髪の女もといアンダーに連れていかれた先は城壁の中の一室であった。
その部屋は狭く簡素な石造りで寒々しい。アンダーとの間にはテーブルを挟んで向かいあわせの状態で俺は椅子に座らせられていた。衛兵たちはアンダーに外で待つように指示されていない。
「クロゴくんの罪状は器物破損に加えて不法滞在と……見た目に反して中々やるねぇ」
アンダーの読み上げた罪状に石畳を破壊した器物破損以外に、不法滞在が増えていることに気づく。確かに俺は最初にこの都市に入る時に壁を飛び越えたので、不法滞在は間違っていないだろう。
『この状況はマズいね。どうやらこの都市の方が一枚上手だったようだ……。今から逃げようとしても遅いだろう。何か策がなければこのような二人きりという状況にはしない』
ヒキガミの弱気な言葉に俺の額からは汗が流れ落ちる。今日は汗ばかり流しているせいか、喉が乾きヒリヒリとする。
「あぁ、そんなに汗をかいて。わたしが拭いてあげよう」
赤髪の女は懐からハンカチをだすと俺の額を拭う。胸が近いのが気になるが、俺はなされるがままだ。
「不法滞在が気になっているようだけど、クロゴくんの認識票を作成した日付と入都市履歴を照らし合わせたところ明らかに矛盾していたからね」
アンダーは椅子にかけ直すと、腕を組んで瞳を覗き込んでくる。
「それにしてもわたしにはひとつ疑問があるんだ。……今日まで調査した結果、クロゴくんがいたと思われる時間帯に君を目撃した人間が誰一人としていないことが度々あった。……もしかしてクロゴくん? ──透明になれたりする?」
確信を突かれた俺は呻き声上げる。……どうして時間帯なんてバレているんだ? 目撃者は一人もいないと言っているのに、透明になっている人間のいた時刻がわかるなんてどう考えても矛盾している。
「その反応はどうやら正解だったようね! まさかこんな能力を持つ人間がいるとは驚きだわ!」
アンダーは飛び上がりガッツポーズをする。その様は見た目に反して子供じみている。
「あぁ、それと余談だけど。罪状に不法侵入も付け加えようとしたんだけど、宿屋の老人が何度聞いても金は払ったって言うもんだから追加できなかったのよ」
あの老人は律儀にも庇ってくれたようだ。
……それにしてもそこまでバレているとは、このアンダーとかいう胡散臭い奴は一体何者なんだ?
「……さて、ここからが本題」
アンダーは机を指先でトン、トンとリズミカルに叩きだす。
「普通はこの都市で犯罪を犯した冒険者は軽ければ囚獄、重罪ならば国外追放に加えて認識票の剥奪と再取得の禁止を課すことで秩序維持をしてきたわ。そして君の不法滞在は重罪にあたってしまうの」
『犯罪者を国外追放とは……随分とこの都市は侵入されない自信があるようだね。しかし、実際に透明になれるキミが捕まっているのを見ると説得力がある』
国外追放に加えて冒険者の認識票の剥奪とは、二度と冒険者にはなれないということか。
アンダーは机に体重をかけて前のめりとなり、俺に顔を近づける。吐息がかかる程の距離に顔が熱くなる。
「知っているかな? 冒険者の教えの一つには使える物はなんでも使うというものがあるの。……わたしの好きな言葉よ。そして何が言いたいかといえば──この都市のためにわたしが所属しているギルドに入る気はない?」
……最近似たような展開があったことを思い出す
ヒキガミのことを考え苦い表情を浮かべていたのだろう。アンダーは俺がギルドの話を気に食わないと勘違いしたのかアピールを始める。
「もちろん好待遇で迎えさせてもらうわよ。生活費は毎月支給するし。加えてしっかりとギルドの命令さえこなせば報酬もでる。どう? 入りたくなってきた?」
今の無給の仕事よりも格段に好待遇な条件に心が揺れる。
『キミ? 私を裏切るつもりかい? 胸だけの性格の悪い女に騙されてはいけないよ』
同族嫌悪か知らないが、ヒキガミはアンダーに対していい印象を抱いていないようだ。だがヒキガミは気づいているのだろうか?
「……お前は胸もないし性格も悪い女だぞ」
つい、口に思っていたことが出てしまう。アンダーと二人きりの状況で独り言はよくない。俺がヒキガミと会話をしていることがバレてしまう可能性がある。
恐る恐る、目の前にいるアンダーの方に視線を向けると、ニコニコと笑っているだけで感情が読み取れない。
『…………私は用事があるのでお暇させてもらうよ』
ヒキガミはそう言い残すとそれから声は一切聞こえなくなってしまった。ヒキガミがいつものように言い返してくると思っていたので、俺の言葉で傷付くのは予想外だ。
スカッとした気持ちとほんのちょっぴりの罪悪感が湧く。
だが状況は悪化してしまった。ヒキガミがいなくなってしまったということは、俺一人でこの状況を何とかしなければならないということだ。
必死に頭を回転させて、今のところアンダーは仕事のいい面しか話していないことに気づく。
毎月生活費を支給なんていう好待遇から考えるに、よっぽど裏があるに違いない。加えて俺は勇者のサポートをしなければ消滅してしまうという事情もある。
そう考えると断りたいのだが、ただでは断らせてくれる雰囲気ではない。
断るとどうなるかアンダーに直球で質問をぶつける。
「……断ったらどうなるんだ?」
俺の質問にアンダーは先程までの子供のようなテンションがなりを潜める。
「……そうね。クロゴくん能力のことを考えるとタダで解放するわけにはいかないわね。わたしと同じ可能性もあるし」
……どうやら俺はこんなにも早くに再び選択肢のない選択を迫られているようだ。
それでも、前回のように唯唯諾諾と全てを受け入れるわけにはいかなかった。勇者のサポートができなければどの道、消えてしまうからだ。
なんとしてでも勇者のサポートをできる環境だけは確保しなければならない。
「……条件がある。一つ目は自由な時間があること。二つ目は俺にも協力しろ」
「一つ目に関してはギルドからの命令がない場合は好きにして構わないわよ。冒険者の仕事をするもよし、自堕落に暮らしてもよし」
それを聞いて俺は安心する。
「それで二つ目に関しては内容しだいかしら。協力できる範囲でならもちろん協力するわ。……同じギルドの仲間ならだけど」
この正体不明のアンダーは衛兵を連れていた姿や、透明の俺の動向を把握していたことから考えるに只者ではないはずだ。そんな彼女の協力が得ることができれば、今からでも勇者とミレイアを出会わせることも可能かもしれない。
俺は少し考えて答え出す。
「……わかった。ギルドに入ってやる」
アンダーの話には怪しいところも多々あったが、勇者の黒子の仕事を成し遂げるには協力者は必要に感じた。なので危険は承知で受ける道を選ぶ。
「歓迎するわ! 希望の鎖へようこそ、クロゴくん」
……希望の鎖? どこかで聞き覚えが……。
「あぁ! 希望の鎖ってあの剣の折れた男のギルドか……」
「そのことは悪かったわ。彼はそこそこ腕が立つんだけど、性格に難アリだったのよね。もう彼はもういないから心配は無用よ」
もういないという言葉に不穏な空気を感じるがスルーしておく。
「早速だけどこの契約書に自分の血で拇印を押してもらえるかしら?」
そう言ってアンダーは契約書のようなものと針を手渡す。
俺は渡させた契約書に軽く目を通すが、ギルドの情報を外部に漏らさないなど当たり前のことしか書いていなかった。なので言われた通りに指の先に針を刺して契約書に拇印を押す。
「そういえばクロゴくんって見習いに借金をしていたよね? それはこっちで処理しておくわ。他にも君に関することを片付けないといけないから、明日まではここでじっとしててね」
そう言ってウインクをすると、アンダーは椅子から立ち上がり部屋から出ていこうとする。
「ちょっと待て! 明日までだって!? 俺には時間がないんだ!」
アンダーは立ち止まりこちらに振り向く。
「それは困っちゃうなぁー。だっていまの君の立場は犯罪者のままなのよ。君がこのまま出て行ったとしてもすぐに捕まっちゃうわ」
それでも行かなくてはいけない理由が俺にはある。俺は立ち上がり出て行こうとするが、突然身体が石のように動かなくなる。
ヒキガミが何も対策していないはずと言っていたことが現実となる。口や視線を動かすことはできるが、まるで身体が自分のものではなくなったかのように、手足の先まで言うことを聞かない。
「明日まで待つことも出来ないなんてせっかちね? 仕方がないわね……だったら先程の約束通りに君に協力してあげるわ。だから今日のところは大人しくしておいて欲しいわ」
「わ、わかった……」
身体の硬直が解除され、俺はそのまま床に這い蹲る。
勇者の召喚場所へとミレイアを連れていく方法……。俺は二日前からのミレイアの様子を思い出しながら、いい方法はないかと考える。結果、俺とパーティを組んでくれた時のように、ミレイアが頼まれると断れない性格を利用することにした。
「俺が言う依頼を明日までに見習いギルドに出してくれ。それをミレイア……今日一緒にいた子に受けさせることはできるか?」
話を聞いたアンダーは考える素振りも見せずに即答する。
「もちろんよ。同じギルドの仲間の頼みだもの」
アンダーがギルドに干渉できるかは一か八かの賭けだったが、どうやら当たりだったようだ。
翌日、俺はアンダーが置いていった莫大な生活費と共に釈放され、明日の準備へと急いで取り掛かった。
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