10:誘導のお仕事

 



 ギルドの前でミレイアと別れた俺は軽く食事を済ませて、俺はいつもの宿屋へと戻ってきていた。


「……遂に金を払って泊まる時がきたな」

『なにを当たり前のことを偉そうに言っているのさ』


 扉を開けて宿屋へと入る。中には昨日と変わらず老人が一人カウンターに座っていた。老人は一瞬視線を俺に向けたがすぐに視線をカウンターに戻す。

 視線を向けられたとき、出て行けと言われるかと身構えたがそんなことはなかった。


「すみません、一晩お願いします」


 俺はカウンターに銀貨を一枚置く。この宿屋の一泊は銅貨三枚だが、今までの無銭宿泊と気持ちで銀貨一枚払った。


 老人は何も言わずに銀貨を受け取り「二階の左奥だ」とぶっきらぼうに言いカウンターの上に鍵を置く。

 俺の部屋はどうやらいつも泊まっていた部屋の向かい側のようだ。ということはミレイアと鉢合わせする可能性があるかもしれない。


 俺は二階に上がり、いつもの部屋の前の扉を開く。部屋の中は全く同じで変わっているところはなかった。

 ベッドに寝転び考える。


「ミレイアと鉢合わせしたら……ストーカーと思われるかもしれねぇな」

『キミ? 呑気なことを言って、何か大事なことを忘れてないかい』

「大事なこと? あぁ、ギルドの報酬か」


 俺は裾から袋を取り出して中身を見る。中には銅貨が三枚入っていた。


「少ねぇな。食事代と宿代で商業ギルドで稼いだ分はなくなっちまったし、また依頼をこなさねぇと」

『キミは本格的に冒険者業をする気なのかい? それよりも大事なことがあるだろう?』


 俺は目を瞑って大事なこと、大事なことと繰り返し考える。


「あっ……勇者のサポートのこと忘れてた」

『はぁ……。キミは記憶を無くすのがどうやら得意のようだ』

「記憶を消したのはお前だろうが!」


 気がつけばいつの間にか、目的と手段が入れ替わってしまっていた。未だに仲間候補すら見つかっていないというのに、勇者召喚まで残り二日しかない。


「……やべぇ。時間がねぇ」

『一体、どうする気だい?』


 焦る俺はベッドの上を右往左往と転がる。


「なんでもっと早く言ってくれないんだ!」

「……私はキミのママではないのだよ」


 俺は頭を回転させて仲間候補について考える。今から探すと言っても二日、それも一日は勇者と出会わせなければならないので、実質準備期間は一日しかない。

 今から仲間候補を探すのではどう考えても間に合わない。そこで今俺が出会った中で勇者の仲間にできそうな人間を考えるが、そんなもの一人しかいなかった。


「ミレイアしかいないか……。それに一人にしておくのも心配だしな」

『えらく肩入れをしているじゃないか? 惚れてしまったのかい?』

「何でそうなるんだよ!」


 俺がミレイアがいいと思う理由はヒキガミの女性という条件に当てはまり、オマケに見習い冒険者であの強さなので、これからも強くなっていくことが十分に期待できる。

 加えてギルドで絡まれていたことや帰り際のあの姿のこともあり一人にするのは心配だった。

 なので、条件としてわからないのは勇者より強くないということだけとなる。


「なぁ、勇者の強さはどれぐらいなんだ?」

『……そうだね。勇者には世界を救う為にチートスキルが一つ与えられるのだよ。なので彼女よりは強いとは思うよ』


 ヒキガミの答えで完全に条件に当てはまっているわけだが、勇者の仲間になるということは危険に巻き込むということになる。

 本当にそんなことに巻き込んでしまっていいものかと葛藤してしまう。


「……やっぱり俺が戦うのはダメか」


『ダメだね』


 間髪を入れずヒキガミに否定する。


『どうやら悩んでいるようだけど、そんなに悩むことかい? 単純にキミが勇者をサポートしながる彼女を守ればいいだけの話じゃないか』


 確かにヒキガミの言う通り、俺が責任をもって彼女を守ればいいだけの話だ。


『さて、覚悟は決まった様だね。……明後日の昼頃に勇者は召喚される。召喚場所を地図にマークしておくよ』


 すると、地図に現在地の都市から少し右下の方に黒マルがついた。


「ここに誘導すればいいわけだな?」

『そうだとも。さて明日からしっかりと黒子の仕事に励むのだよ』




 翌日、今日もヒキガミのモーニングコールで目覚めた俺は、ゆったりとした朝を迎えた。

 昨日までは朝からホールドされ、そこから抜け出すという攻防があり騒がしかったが、それもなくなったので、異世界に来てから初めてのゆったりとした朝を迎えたのだった。

 昨日買っておいた朝食を食べ終えゆっくりと流れる時間を感じる。


『何をサボっているのさ? さっさと働きたまえ』

「……わかってる」


 ヒキガミに水を差され、急かされるままに部屋を出る。すると向かいの扉からミレイアが出てきて、危惧していた鉢合わせをしてしまった。


『丁度いいじゃないか。どうせ彼女を勇者の召喚ポイントまで誘導しなくてはならないのだから。このまま一緒にギルドまで行くといい』


 そう言われてもミレイアの顔を見ると、昨日の改めて考えると恥ずかしい言葉が脳裏をフラッシュバックするせいで、まともに顔が合わせられない。


 視線を逸らしたまま時間が過ぎる。そんな時間に耐えきれなかった俺は先に口を開いた。


「い、いや、偶然だね……。まさか一緒の宿屋に泊まっていたなんて」


 ミレイアは「そうね……」と呟くと下へと降りていった。やはり、昨日のことやストーカーに見えるようなことをしたせいで、嫌われてしまったのだろうか。

 それでもミレイアを何とか勇者の召喚場所に誘導するために後を追う。


 宿屋を出ると俺は先を歩いていたミレイアと勝手に並んでギルドまでの道のりを歩く。

 一言も会話をすることがないまま、ギルドに到着した俺は入口付近でどうやってミレイアに話しかけようかと考えていた。すると依頼書を持ってミレイアがこちらにやってきた。


「行きましょう」


 ミレイアは今日も他人の目など気にせずにギルドを出ていく。

 朝何も言わずに下に降りていったので嫌われたかと思っていたが、以外なことに昨日のパーティーは今日も続いているようだった。




 依頼の内容は昨日とは違う魔物の素材集めで、場所は勇者の召喚場所の近くであったため下見もできて運が良かった。

 依頼中はずっと何かミレイアを誘導するいい方法がないものかと考えていたが、結局何も思い浮かばないまま依頼を達成してしまい、都市へと戻ってきてしまっていた。


 何一つ成果を得られなかった重い足を引きずってギルドへと歩く。


「君たち? 少しいいかな?」


 後ろから呼び止める声に振り向くと、衛兵を引き連れたくすんだ赤い髪を後ろで束ねた高身長の女性がにこやかに立っていた。中性的な顔立ちながらも服の上からでもわかる胸が異彩を放つ。


「四日前に大通りの石畳を破壊した犯人を探しているのだけど、何か知らないかしら?」


 ……四日前といえば俺がこの都市に不法滞在をした日だ。そして侵入する際に大通りの石畳を壊した覚えがある。あの時は逃げるのに必死だったせいで、今日まで完全に忘れてしまっていた。

 掌と背中が汗でベタつき鼓動が早まる。ただでさえ日数が少ないというのに、ここで捕まってしまうと確実に詰んでしまう。


『ただの聞き込みで衛兵を連れて来ているとは妙だね。もしかすると、ほとんど目星がついているのかもしれないよ』


 ヒキガミの考察に絶望感が胸を支配するなか、俺は何か打開策はないかと考えていたとき。……ミレイアが俺の前に出る。


「……私が壊した」


 ……どうしてミレイアが! 犯人は俺自身なのでミレイアが犯人であるわけがないのは明白だ。それなのにミレイアは何故自分が犯人と名乗り出たのだろうか。

 昨日、自分に罰を与えてと言っていたことを思い出す。確かにミレイアなら俺の馬鹿力のことも、共に依頼をこなしているから知っているだろう。

 だからと言っても庇うなんて流石にやりすぎだ。


『運がよかったじゃないか。これでキミは捕まらなくて済むね』


 ──俺はヒキガミの言葉に反発するように地面を蹴る。衝撃音とともに足元には小さなクレーターが生まれていた。


「すみません。こうやって壊してしまいました」


 俺は笑みを浮かべ地面を指さす。


 衛兵たちは驚きの表情を浮かべ、赤髪の女は興味深そうな顔で俺を覗き込むように見ていた。逃げ出すなら今しかないがここで冒険者を辞めてしまうと、収入を得る方法がなくなってしまい。金を得るために犯罪に手を染めるしかなくなってしまう。

 目的のために手段を選ばなくなってしまったら、本当に世界を消滅させた罪人になってしまう気がした。

 俺は抵抗をする気はないので身体強化をオフにする。


『……キミは実に損をする性格だね。このまま流れに身を任せれば逃げるぐらいは余裕だったものを。だが、キミがそうしたいといなら好きにするといい。私はあくまでもキミのサポーターであり、決定権はキミにあるからね』


 ヒキガミには色々と言いたいこともあるが今はグッと堪える。


「自白してくれて助かったわ。でも、また壊しちゃってダメよ。あぁ、そういえば青髪の君? どこかで見たと思えばあの時の子じゃない!」


 赤髪の女は手をポンと叩き、スッキリした表情を浮かべる。


「また同じことを繰り返そうとしていたの。あの時、わたしが君の容疑を晴らさなかったら捕まっていたというのに。……懲りないわねぇ」


 ……また同じこと? ミレイアは以前にも誰かを庇ったのだろうか?


「今回は彼が自白してくれたから君は捕まらずに済んだんだよ。彼には感謝しなきゃね。まぁ、犯罪者に感謝っていうのもおかしい話だけど。ふふふっ」


 妙に高いテンションで話す赤髪の女は衛兵に手で命令を出すと、衛兵たちは俺の腕を後ろに回して、両手首をロープで縛る。


「このロープの強度程度じゃ簡単に引きちぎられそうだけど、引きちぎったらだめよ?」


 赤髪の女はそう言い俺に向けてウインクをする。縛られた状態でウインクをされても全く嬉しくない。


「さあ、行こう!」


 赤髪の女の合図で衛兵たちが縄を引っ張る。俺は前のめりになりながら、抵抗せずに連行されていく。後ろを振り返るとミレイアが立ち尽くしこちらを見つめていた。

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