9:討伐のお仕事

 



 痛くはないが何となく、ぶつけた顔を撫でながらミレイアの後についていく。


「身体能力に自信があるだけのことはある」

「そ、そうでしょ」


 身体強化をオフにするのを忘れて木に激突した俺はミレイアに慰められていた。


「確かにあの身体能力なら素手で十分」

「あ、はは……」

『情けないねぇ……キミは。見た目的に年下の子に慰められて』


 一方ヒキガミは相も変わらず人の心を抉ってくる。


「……向こうから魔物の気配がする」


 ミレイアの言葉に気持ちを引き締める。ミレイアの指す方向に進むと実際に、草イノシシが木々の間を三体で背を向けて歩いていた。


 草イノシシを視認したミレイアは俺に目線で行けと送ってくる。


 ……おい、準備も無しにマジか。と心で思ったがミレイアが行けという目線を辞めないので、覚悟を決めた俺は身体強化をオンにして、草イノシシへと俺が猪突猛進した。


「うおおおおぉ!」

『不意打ちで声を出してどうするのさ?』


 呆れたヒキガミの声で過ちに気づいたが時はすでに遅し、草イノシシたちは俺の方へと振り返っていた。


 俺は何とか止まろうとするが、勢いが付きすぎたせいで止まれそうにない。すでに眼前の草イノシシは攻撃を仕掛けようと後ろ足で地面を蹴っていた。

 やけくそ気味に俺は真ん中にいた草イノシシに向かって体当たりをする。鈍い衝突音と共に俺は草イノシシとともに地面へと転がる。


 上体を起こした俺は周りを確認すると、衝突したイノシシは動いておらず、二体いた草イノシシの内の一体は逃げていた。しかし、もう一体は俺に攻撃を仕掛けようとしていた。

 尻をついていた俺は突進をしかけてくる草イノシシの姿を目にしながら避けることができない。


 ……もうダメかと咄嗟に目を瞑る。──そして、遂にその時がやってきた。草イノシシが俺に突進している感覚が直に伝わる。

 ──だが、不思議なことに痛みがなかった。


 薄らと目を開くと草イノシシは、俺の身体に頭をグイグイと押し込んでいた。イノシシが押し込んでいるのはわかるが後ろに倒れるような感覚は全くぜず、子供とじゃれ合っているかのようだ。


『もう少し黒衣を信用して欲しいね。この程度の世界の魔物の攻撃で痛みどころか、黒衣には傷すらつかないだろう』


 俺は今はこの世界の冒険者の服の姿になっている黒衣に視線を向ける。草イノシシの牙が外見が変わって柔らかそうな素材に見える黒衣を突き刺そうとしているが、牙は完全に止まっていた。


「マジでチートだな……」


 俺はゆっくりと立ち上がり拳を握りしめる。草イノシシには悪いが生きるために俺は拳を振り下ろした。拳には骨を砕く気持ちの悪い感覚が残った。




「凄かった」

「そ、そうかなぁ」


 都市へと帰りついた俺たちはミレイアの教えで商業ギルドへと向かっていた。

 商業ギルドとはこの都市が運営しているギルドで、なんと見習いギルドも同様に都市が運営しているそうだ。その商業ギルドでは魔物を買い取ってくれるそうだ。加えて、売却するには魔物を解体しなくてはいけないそうだが、金を払えば代わりにしてくれもするとか。

 今回受けた依頼は商業ギルドのものらしく、買い取って貰えばそれで依頼は達成となるそうだ。


 到着した商業ギルドは見習いギルドとは比べ物にならないほどに大きく煌びやかだった。


「儲かってんな……」


 戦闘の時のように立ち止まらずにミレイアは商業ギルドへと入る。俺も後を追って商業ギルドへと足を踏み入れた。


 商業ギルドの中は外見通りに煌びやかで広く、一階が冒険者で二階が商人と分けられているそうだ。一階の奥はカーテンで仕切られており、そこで解体がおこなわれている。


 俺たちは冒険者たちが並ぶ買取解体の列へと向かう。そこには見習いギルドの冒険者だけではなく、独立ギルドと呼ばれるギルドの冒険者たちも並んでいた。


「おい、お前が噂のミレイアだろ?」


 俺たちが最後尾に並ぶと前の見習い冒険者とは思えない、装飾過多な剣を腰に下げた男が話しかけてきた。


 ミレイアはいつものことなのか気にした様子もなく、前を向いている。


「おい! 聞いてんのか? あぁ、そういうことか。ハハッ、そいつがお前の次の獲物なんだな!」


 男は俺を指さして笑う。


「そりゃあ、聞かれたくないわな。逃げられちまうしな!」

「……違うわ」


 ここまで無視を貫いていたミレイアが口を開く。今日、散々世話になったミレイアが困っているのが、あまり変わらない表情からも伝わってくる。


「おっ、やっと話したな。やっぱりそういうことなんだな! お前、そいつはな──」

「──すみません。余計なお世話なんで黙ってて貰えますか?」


 流石にミレイアに対する態度に耐えきれなくなった俺は口を挟む。


「なんだよ!? お前の為に言ってやってんだろうが!」

「それが余計なお世話だと言ってるんです」

「止めて……」


 俺を止めようと間に入ろうとするミレイアを手で止める。だが、凄い力で抵抗してきて押し返されそうだったので、仕方がなく身体能力をオンにする。


「お前! 俺が誰かわかって言ってんのか!? あの希望の鎖だぞ!」


 男の言葉に周りの冒険者たちがザワつく。


「希望の鎖? いきなり何ですか? そんなことを言われても知らないですよ?」


 突然、希望の鎖と意味のわからないことを言い出した男はだいぶ頭に血が上っている様子だった。


「お前! 俺たちのギルドを知らないだと!? そんな訳ないだろうが!!」


 ……希望の鎖ってギルドの名前だったのか。ギルドだったら最後にギルドをつけてくれないとわからないだろ!


「もう絶対許さねぇ! ……武器を抜きやがれ。決闘だ!」


 男は顔を真っ赤に染めて人目もはばからず怒鳴り散らす。


「……いや、すみませんけど武器を持ってないんですよ」


「武器がないわけないだろが! あぁ、そういうことか武器なんていらないってことか! どこまで俺をコケにしやがる!!」


『面白いぐらいに意図せずに煽っているようになっているね。このようなすぐに感情的になる者は煽られると手もすぐにでるので気をつけたほうがいい』


 ──突如俺の肩に痛みが走る。視線を肩に移すと先が折れた剣が肩に当たっていた。その剣の柄は男が握りしめている。

 どうやら身体強化で硬くなっている俺の肩に斬りつけたせいで、男の剣は真っ二つになってしまったようだ。

 無事だったからよかったものの、死にかけた俺の心拍数は尋常ではないほど上昇していた。


 もしも、ミレイアを止めるために身体強化をオンにしていなければ、今頃俺は血の海に沈んでいただろうと考えるとゾッとする。

 というか、いつもヒキガミのアドバイスは本当に遅い。俺をサポートする気があるのだろうか?


「何をしているんですか! ギルド内で人に斬りつけるなんて……。それも無抵抗な人相手に!」


 騒ぎに気がついたのか商業ギルドの銀髪の職員が駆けつけていた。どうやら男が俺に斬り掛かる瞬間を見ていたようだった。


 すると、職員の声を聞き付けてかギルドの奥から筋骨隆々の大男が現れて男の前に立つ。


「お客様、こちらへ」


 太い声でギルドの奥へと手を向ける。


「はぁ、なんでお前がここにいるんだ? 気持ち悪い敬語使かって何を考えてる!?」


 感情のまま叫ぶ男に対して淡々と大男は男の話を無視して「こちらへ」と何度も繰り返す。男は大男の気迫に負けたのか、ブツブツと呟きながら商業ギルドの奥へと消えていった。


「お客様? お怪我はありませんか?」


 職員の男性が近づき心配の言葉をかけてくる。


「一応、大丈夫です……」

「念の為に検査を……」

「……だ、大丈夫ですよ! ほらご覧の通り」


 俺は剣が振り下ろされた肩を叩き、平気だとアピールをする。そこまで大丈夫と言い張るのは黒衣が脱げないので、身体を見せることができないからである。


「ならいいのですが……。ですが一応回復魔法だけでもかけさせて頂きます」


 そう言って職員は俺の肩に手をかざす。するとほんわりとした淡い光が俺の肩を包み込み、肩がほんのりと暖かくなる。


 光が消えると職員は少し離れる。


「どうでしょうか?」

「暖かかったです……」

「そうですか……」


 よくわからないやり取りを終えると職員は裏へと入っていった。


 先程の騒動で止まっていた解体買取の列が動き出し、ようやく俺たちの番がやってきた。

 何故か騒動の後ミレイアは俺と顔を合わせてくれない。「止めて……」と言っていたのを無視したことを怒っているのだろうか?


 ミレイアは受付といつもの短文で会話をして、カーテンの奥へと消えていった。ミレイアが戻ってくるまでの間、俺はギルドの待合所でヒキガミと話しながら時間を潰して待つ。


 そしばらくしてミレイアが戻ってきた。


「ギルドの人が迷惑料と色をつけてくれた」

「そんな、別にギルドの人が悪いわけじゃないのに」


 ……商業ギルド最高だな。


「あなたの分」


 そう言ってミレイアは袋を差し出す。受け取った袋を開くと銀貨が三枚と銅貨が五枚程入っていた。価値がどれほどかはわからないが、無一文から卒業できた喜びで胸いっぱいになる。


『よかったじゃないか。私は働いても自分が好きに使える給料は一銭たりとも出ないというのに』


 ……それは俺も同じだろうが。


 その後、商業ギルドを後にした俺たちは一言も話すことなく見習いギルドへと帰り着いた。


「お疲れ様です。ミレイアさん、クロゴさん」


 エルアさんは相も変わらずに笑顔で出迎えてくれる。


「エルアさん、わざわざ労ってくれてありがとうございます」

「いえ、ギルド職員として依頼を達成してきた冒険者を労うのは当たり前ですよ。わたしにはこれぐらいしかできませんから……」


 悲しげな表情を浮かべるエルアさんにそんなことはないと励まそうとすると「これを」とミレイアが紙を一枚懐から取り出してカウンターに置く。


「報告書ですね。拝見させていただきます」


 報告書を受け取ったエルアさんはさっそく報告書に目を通す。


「報酬は折半でよろしいですか?」


 ミレイアが頷く。

 すると、エルアさんはミレイアと俺の前にジャラジャラと音が鳴る袋を置いた。


「これが、今回の報酬となります。クロゴさんの報酬は契約通りに天引きされております。ありがとうございました」


 ミレイアは報酬を受け取ると頭を下げてギルドを立ち去った。俺はミレイアの後は追わずにエルアさんに話しかける。


「あの、貸してもらったお金を返したいんです」

「はい、もちろんです。ですが、私に返してしまって生活は大丈夫ですか?」

「大丈夫です! 初日から結構稼げたんで!」

「でしたら、よかったです」


 俺は商業ギルドで貰った袋を開く。


「えっと、銀貨って銅貨何枚ですか?」

「……えぇ、そうですね。銀貨は銅貨十枚の価値があります」


 エルアさんは俺の質問に少し戸惑いながらも答えてくれる。

 エルアさんが貸してくれた銅貨十枚は、俺が使いやすいようにとあえて銀貨ではなく銅貨で貸してくれていたと気づき、そんな心遣いに感謝する。


 俺は「倍にして返してください」と冗談めかして言われたのを思い出し、銀貨二枚をエルアさんの前に置く。


「……えっと、銀貨二枚ですか?」


 エルアさんは少し引きつったような顔をする。


 もしかして倍にして返してくださいと言ったのは冗談だったのだろうか?


「すみません、勘違いしてました!」


 俺は置いた銀貨を一枚袋に戻そうと手を伸ばす。だが、エルアさんが銀貨を一瞬で手で握り懐にしまう。


「ありがとうございます。こんなにすぐに返してくださって。それで後は?」

「……えっ?」


 俺が呆けた顔になるとエルアさんも呆けた顔になる。


「……えっ?」

『なるほどそういうことか。この噛み合わない会話だけで私はご飯一杯はいけそうだよ』


 ヒキガミの意味深な言葉が気になるが、エルアさんの「後は」とは一体どういう意味なのだろうか?


 エルアさんは深呼吸をすると、いつもの微笑みを湛える。


「いえ、なんでもありません。これからも頑張ってください」


 俺はエルアさんに頭を下げるとギルドを出た。


 ──すると、外には以外なことに帰ったと思っていたミレイアが入口近くでたっていた。ミレイアは俺を見つけると近づいてくる。


「もしかして、俺をずっと待ってた?」


 俺の質問に頭を下げたので肯定で頷いたのかと思ったが、ミレイアは俺に頭を下げ続ける。


「ごめんなさい。私のせいで……」

「……いきなりどうしたの。とりあえず顔を上げて」


 ミレイアは素直に顔を上げる。ミレイアの様子は今朝ギルドで謝った時とは明らかに違いを感じる。

 なぜなら顔を上げたミレイアの表情は苦しげで、一日中殆ど表情が一切変わらなかったはずのミレイアが何故ここまでの表情を浮かべるのか理解できなかった。


「いや、あの男の件は俺が変に煽ったせいでああなったわけだから、謝る必要なんてないよ」

「それだと私の気が済まない」


 何故そこまでミレイアが謝るのか理解できない。俺は別に謝らなくてもいいと何度も言うが、ミレイアもしつこく気が済まないと言う問答が繰り返され……俺は遂に折れた。


「そうだな、だったらそんな表情を浮かべてないで笑ってよ」

『それはセクハラ発言だよ。……あまり感心しないね』


 ヒキガミの言葉は無視してミレイアに視線を向けると、意味のわからないという表情を浮かべていた。


「いや、だって全く笑わないから、これが罰になるかと思って」


 ミレイアは少し考える素振りを見せると頷く。


 ──そして、ミレイアはぎこちなく固いが精一杯というの伝わってくる笑顔を俺に向ける。そんな笑顔だが、今までのギャップも相まってとても可愛らしく思えた。


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