8:冒険者のお仕事
掲示板の前に二人で向かうと、集まっていた冒険者たちが割れるように間を空ける。
周りに視線を向けるヒソヒソと話している奴や下卑た笑みを浮かべる奴もいた。だが、ミレイアは凛とした態度で冒険者たちが開けた間を通る。なので俺もミレイアの後について行く。
掲示板には様々な依頼が貼られていた。
薬草探しや魔物退治から、犯罪者の捜索など冒険者ギルドでやるようなものではないものまで並んでいた。
「ごめん。嫌な気分にさせて……」
どうやらミレイアは周りの態度を謝っている様子だった。
「大丈夫ですよ! ……そんなことよりも、どれがいいですかね」
俺は掲示板に貼られた依頼に視線を向ける。
「あなたは戦える?」
きっと俺が丸腰だから戦えるか聞いているのだろう。だが、ここで今まで通りのアピールでは断られてしまうのは明白なので、言い方を変えることにした。
「身体能力には自信があるんですよ。任せてください!」
『キミはよくバカだと言われないかい?』
……さっきからヒキガミが混ぜっ返してくるが、声を出すとおかしな人に見られるせいで、言われるがままなのが癪だ。
「そう……」
ミレイアは一枚の依頼書を取って受付へと持っていく。
『あのふざけているような答えで受け入れるとは……彼女もなかなかに変人のようだね』
「お前にだけは絶対に言われたくないぞ……」
少し経ってからミレイアが戻ってきたので、共にギルドを出る。
「行きましょう」
俺は無言で歩いていくミレイアの後について行く。依頼はミレイアが選んだので俺は内容を知らない。なのでどこへ行くのだろうか?
ヒキガミの言葉や周りの反応が脳をよぎり、少しだけ不安になってきた俺は思い切って、ミレイアにどこに向かっているのか尋ねた。
「……一体どの依頼を受けたんです?」
「この都市の近くにある、森に棲む魔物から取れる素材集め」
森と聞いた俺の不安は改善されるどころか増すばかりだ。
「……お前が変なことを言うからだぞ」
ミレイアから少し離れて小声でヒキガミに苦言を呈す。
『なに、ちょっとした冗談じゃないか。真に受けるなんて純真だね。キミは』
「……お前いいかげんにしろよ」
俺とミレイアは都市を出てから少し先にある森へとやってきていた。
都市を出る時に不法滞在の俺は止められないかと心配したが、冒険者の認識票を見せるとすんなりと通してもらえた。
到着した森の中は木々が鬱蒼と茂っていて、どこから魔物が飛び出してきてもおかしくないような場所だった。そんな場所を俺たちは森の小道を縦に並んで進んでいた。
俺はいつミレイアに襲われるかと少し身構えながらも、この冒険感に少し興奮していた。
「この先に依頼のアイテムを落とす魔物がいる」
慎重に先に進んでいくミレイアは相変わらず口数は少ないが、度々説明しながら進んでくれていた。確かに仲間がいると一人の時よりも情報が集まるのが実感できる。
「もうすぐ」
木々の間から光が覗き、そこへ向かって少し進むと開けた空間へと出た。そこには背中全体を覆うように草が生えた、普通サイズのイノシシが四体程固まって行動していた。
初めて魔物を見た衝撃と、これからコイツらと命のやり取りをしなければならないといけないという恐怖に、先程までの熱は冷めて身体が強ばる。
「まずは……先制攻撃あるのみ」
「……えっ、ちょ」
俺を無視して無策で突撃していくミレイアに、恐怖で動けなかった俺は驚きを隠せない。
ミレイアは小走りで近づき、先頭で眠っていた草イノシシの頭へと腰に下げていた剣を振り下ろす。すると、剣は草イノシシの頭へと抉りこみ声を上げる暇もなく一匹が息絶えた。
宿屋でも思っていたが見た目と反して凄い力という感想を抱く。
ミレイアは剣を引き抜くと振り払い血を飛ばす。
『突撃していく様といい、今の姿といいどちらが魔物かわからないね』
ヒキガミの言葉で一旦冷静になった俺は、自分が一歩も動いていなかったことに気づく。
俺も何かしなければと思い、身体強化をオンにする。
いつの間にかミレイアは残り三体の草イノシシに囲まれていた。そして、ミレイアの後ろにいた草イノシシが突進を仕掛けようとしていた。
「危ない!」
咄嗟に出た俺の声が届いたのか、ミレイアは横に転がり後ろの草イノシシの突進を避け、転がった方にいた草イノシシの頭を起き上がる勢いのまま剣で突き刺した。突き刺された草イノシシは力なく倒れ込む。
残りの草イノシシたちはミレイアに恐怖を覚えたのか、背を向けて散り散りに逃げ去ってしまった。
「す、すごい……」
ミレイアの戦いっぷりに自然と感嘆の声が漏れる。一歩も動いていない俺にミレイアが近づいてきた。
戦えると見栄を張ったのに一歩も動かなかった俺を罵りに来たのかと身構える。
「助かったわ」
「えっ……そんなことないよ。俺は何も出来なかった、ごめん」
罵られると覚悟していた俺は予想外の言葉に一瞬呆然としたが、頭を下げて謝罪をする。
「別にそんなことはない。私一人だったなら怪我をしていた」
……なんて優しい人なんだろう。森で殺そうとしているんじゃないかと疑っていたあの時の俺をぶん殴ってやりたい。
ミレイアは草イノシシの死骸に近づき、腰に付けた小さなポーチを開き草イノシシへと近づける。するとポーチの何倍もの大きさの草イノシシはするりと中へと入っていった。
「これって黒衣と同じ機能か」
『どうやらそのようだね。そんなものを持っているといい、初心者冒険者らしくない格好といい、彼女の謎が深まるばかりだ』
「変に勘ぐるなよ、失礼だろ」
『先程まで怯えていたのが嘘みたいだね。少し優しくされただけでこの急変とは。チョロいね』
「何言ってんだ……お前?」
ミレイアはが草草イノシシの収納を終えて戻ってきた。
「もう一体程狩って今日は終わる」
「わかった。……それと次は俺に戦わせてほしい」
流石にこのままでは終われないと次は戦わせてくれと頼む。
「大丈夫?」
「最初にも言ったけど身体能力には自信があるから」
「そう」
ミレイアは背を向けて歩き出す。俺も続こうと駆け足でミレイアの後を追う。
──そして、ミレイアを通り過ぎて勢いのまま木に激突した。
『あぁ、そうだ身体強化を切り忘れているよ』
「お、おせぇよ……」
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