7:パーティのお仕事

 



『やあ、お楽しみの中で悪いが、今日もお仕事の時間さ』


 ヒキガミの声を遮ろうと耳を塞ぐが、頭の中で響く消えない声に渋々俺は瞼を開く。霞んだ視界には再び、可愛いと言うよりは綺麗という言葉が似合う少女の顔があった。

 昨日のように頭が真っ白にはならなかったものの、また見た目とは反して強い力でホールドされていて抜け出せない。


『キミ? いつまで密着しているつもりだい? 昨日も言っただろう、卑猥なことに使うのはダメだと』


 俺はヒキガミの言葉に声を出すと少女が起きる可能性があるので、必死に首を横に振って否定する。


『元々見損なっていたが、胸に顔を擦り付けるなんて……。通報しようか?』


 ……どうしてそうなるんだ!


 このままだと本当に捕まりそうなので、危険は覚悟で少女の手を掴み引き剥がそうとするが、びくともしない。そこで、一か八か少女の脇腹をくすぐる。


「んんっ……」


 罪悪感が凄まじいが、少女が手の力を緩めた隙を逃さずにベットから離れる。


「……はぁ、はぁ。なんで朝からこんなに疲れないといけねぇんだ……」

『セクハラをしていないでさっさと働たまえ』


 俺は急かされるまま窓から下へと飛び降りる。辺りはまだ日が昇ったばかりで閑散としていた。


「お前昨日突然いなくなりやがって、準備は終わったのかよ?」

『あぁ、もちろんだとも。そんなキミの方はどうなんだい?』

「ま、まぁ……ボチボチだな」

『どうやらあまり進展はなかったようだね』

「うるせぇ……」


 ヒキガミに昨日の出来事の報告を終える頃には、俺はギルドへと到着していた。この辺りを歩くのにもだいぶ慣れてきた気がする。

 ギルドには人気がなく、どうやら来るのが早すぎてしまったようだった。なので出店で腹ごしらえをしてから、時間を潰して戻ってくることにした。


 食事を終えた俺は都市の中を散策しながら、空っぽになったエルアさんに貰った袋を覗いていた。


『金遣いが荒いね。もう少し計画性を持った方がいい』

「俺は生きるのに精一杯なんだよ。計画性なんてクソ喰らえだ」

『そういう者が借金を重ねて破滅していくものなのだよ』


 実際に借金をしてしまっている俺は内心ドキッとしたが、ヒキガミに言ってからかわれるが嫌なので、黙っていることにした。


「朝から憂鬱なら気分だ……」

『興奮したり憂鬱になったり忙しいね。キミは』


 ヒキガミの余計な言葉は無視して、そろそろいい頃合いだろうとギルドへと戻る。ギルドには冒険者が出入りをしており、開いている様子だったので中へと入った。


 ギルドは昨日来た時とは様子が違い、多くの冒険者たちが依頼が貼られた掲示板に向かい、騒がしく依頼を吟味していた。そんな冒険者の人混みを抜けて受付へと向かう。

 すると、昨日親切にしてくれた受付嬢のエルアさんが手を振って迎えてくれた。


「ようこそ、見習いギルドへ。クロゴさん」

「おはよう、エルアさん」

「おはようございます。早速ですが認識票が完成しましたので受け取ってください」


 エルアさんはカウンターの上に、文字が書かれている小さな銅板が紐で結ばれた首飾りを差し出す。

 俺はそれを受け取って掌の上で観察すると、銅板には俺の名前とギルドの名前が刻まれていた。


「こちらはギルドの一員ということ証明する認識票で、普段から首にかけていただきます。認識票には見習いギルドの一員である証明の他に、この国の出入りが自由となりますのでお使いください」

「……流石冒険者の国ですね」

「ええ、このシステムがこの国の一番の売りですので」


 冒険者は出入り自由なんて不審者が入り放題な気がするが、入国してから特に治安の悪さを感じていないので不思議に思う。


「これで俺も依頼が受けれるんですか?」

「もちろんです。ですが、クロゴさんは一人なので最初はパーティを組むところから始めた方がいいと思います」

「わかりました」


 エルアさんに礼を言ってから受付を離れ、早速パーティを組もうと近くにいた男の冒険者に話しかける。


「すみません、パーティ組んで貰えませんか?」


話しかけられた男は俺の姿を舐め回すように見てから、呆れたように口を開いた。


「……えっと、君? 防具がないのは一歩譲ってしょうがないとして、流石に武器とかはないの?」


 話しかけた男はバカにした様子を隠しもせず質問をしてくる。


「あなたには見えないんですか? この武器が?」


 俺は堂々と咄嗟に思いついた設定を語る。男は興味深そうな顔をして乗ってきてくれる。


「どこにあるんだい?」


 俺は目をつぶって男の言葉の後に拳を突き上げた。


「……この拳ですよ」


 実際に身体能力のおかげで俺は普通の人間よりも拳が強いはずだ。……なので決して嘘ではない。


 男は俺の拳を見つめると、無言で背を向けて歩き出していた。


「ち、ちょっと待ってくださいよ。パーティに入れてくださいよ」


 男は面倒くさそうに振り返り、睨みつける。


「お前みたいなふざけた奴に命が預けられるか!」


 そう吐き捨てると男は違う冒険者に話しかけにいった。


『はははっ、まさに正論だね。そもそも私だったら丸腰の新入りなんて話すら聞かずに断るよ。それにしても、それを真面目にやっているならキミは変わっているね』


 ヒキガミの言葉にぐうの音もでない。


 だが、武器を揃えようにも金がない。金を集めようにもパーティが組めない。


 ……もしかして、詰んだ?


 ここで諦めては消滅してしまうと心を奮い立たせ、再び冒険者に誘いをかけるが、話しかけた瞬間にすげなく断られてしまう。


 心が折れかけていると、エルアさんが手招きして呼んでいるのが見えた。

 もしかすると他の冒険者の迷惑になっている注意だろうかと考えながら、エルアさんの元へと向かう。


「クロゴさん。中々パーティが組めていないようですね。でしたら、もう少ししたら来ると思われる方とパーティーを組んでみたらどうですか?」

「俺みたいな丸腰の胡散臭い奴と、パーティなんて組んでくれますかね?」

「あはは……そうですね。きっと頼めば断られはしないと思いますよ」


 困り顔を浮かべるエルアさんは扉の方を指さす。


「ほら、やって来ましたよ」


 俺も扉の方に顔を向けると、あの宿屋で一緒に眠っている少女が扉を開き入ってきた。


 エルアさんはカウンターを出て、少女に話しかける。


「すみません、こちらの方とパーティを組んでいただけませんか?」


 まさかエルアさんが言っていたのはあの少女なんて。


 昨日ギルドで情報を集めていたの時、一人でギルドにやってきていたので、少女は普段パーティには入っていないのだろう。だから、エルアさんは少女を心配して俺とパーティを組ませようとしているのだろうか。


 俺が考え込んでいると、少女が俺に近づいてきてじっと俺を見つめてくる。

 一切何も言わないので俺が同じベットで寝ていることがバレたのではないかと不安が込み上げてくる。


「……了解したわ」


 少女は表情を変えずに一度頷いた。どうやら俺の杞憂だったようだ。

 それよりも、断られると思っていた俺は受け入れたことに驚く。


「では、クロゴさん頑張ってくださいね」


 エルアさんはカウンターへと戻っていった。なんて仕事熱心な人なんだろうと関心していると、ヒキガミが水を差してくる。


『よかったじゃないか、パーティが組めたようで。だが、気をつけた方がいい。もしかすると、キミを人のいない場所で殺して身ぐるみを剥がす気かもしれない』


 ヒキガミのせいで昨日、冒険者ギルドで聞いた犯罪者という言葉が頭をチラつく。


「どうかした?」


 少女は首を傾げて尋ねてくる。


「べ、別になんでもないですよ」


 俺は両手を前で振って否定するが、少女は納得したのかはわからない顔で「そう……」と呟いてこれ以上は話しかけてこない。


 ──そして、無言のまま時間が過ぎる。


『一体何をしてるのさ? さっさと自己紹介でもしたらどうだい』


 ヒキガミの提案に乗った俺は無言で佇む少女に話しかける。


「お、俺はクロゴっていいます。君はなんて名前?」

「ミレイア」


 ……会話が終わってしまう。ミレイアから話を発展させようという気がまるで感じられない。このままでは気まずいので次の話題をと考えていると、なんと先にミレイアが口を開いた。


「……どこかで会ったことある?」


 俺はまさかバレたかと内心の動揺を悟られないように口を開く。


「………あ、会ったことなんてないですよ。そう、絶対に」


 ミレイアは納得いかなげな表情を浮かべたが「そう……」と呟く。


「変なこと聞いて悪かったわ」

「……別に大丈夫ですよ」


 ホッと一息つく。バレたかと思って焦ったが、よく考えればバレているわけがない。もしもミレイアに透明化が見える能力があったのなら、俺が眠っている部屋に入った時点でわかるはずだからだ。


「そんなことよりも、依頼を見てみましょうよ」


 俺は話を誤魔化すように依頼が貼られた掲示板へとミレイアと向かった。



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