5.ギルド入団のお仕事
俺はギルドの中へと足を踏み入れる。何故か冒険者同士が睨み合いピリピリとした空気感が漂っていて居心地が悪いが、無視して受付へと向かう。
「ようこそ、見習いギルドへ。依頼ですか? 入団ですか?」
笑みを浮かべながら、可愛らしい顔立ちの受付嬢が応対してくれる。ヒキガミ以外と話すのが初めてなのでしっかりと話せるか心配だ。それに加えてギルドに入れない可能性を考えると緊張してくる。
「入団でお願いします」
俺が入団と言うと周りにいた冒険者たちが視線を向けてきた。何かやってしまったかと冷や汗をかく。
「入団は金貨二枚となります」
……あぁ、俺はどうしてこんな初歩的なことを忘れていたのだろうか。入団に金がいるかもしれないなんて当たり前だろう。俺は滝のように流れる汗を拭いながら、素直に答える。
「いや、すみません……金は持ってないです」
受付嬢は俺の答えに「わかりました」といい、
「では報酬から天引きでいいですか?」
と提案してくれた。
「……それでお願いします」
俺は第一の難関を超えて安堵のため息を漏らす。
「天引きの場合は入団料を払い終わるまで退会はできません。また、払い終わっておらずに亡くなった場合はあなたの所有物を売らせていただきます。それでもよろしいですか?」
死体から身ぐるみを剥がすのは倫理的にどうなのかと思うが、もう後がないので何度も頷く。
受付嬢はしゃがみこみ、後ろの棚から薄く黄色がかった紙を一枚取り出しカウンターに置いた。紙には下で小さく四角で縁取られている以外何も書かれていない。
「ここにサインをしてください」と受付嬢が縁取られている場所を指さす。
俺は受付嬢の言う通りに、自分が覚えている言語でクロゴとサインした。すると、紙にうっすらと文字が浮かび上がり始め、やがてハッキリと文字となった。
今気づいたことだが、文字の意味は全く分からないのに内容が理解できる。黒衣の翻訳機能はどうやら言葉だけではなく文字にも適用されるようだ。
その黒衣の機能で紙に浮かび上がった文字を読んでみると、書かれていたのは俺の個人情報だった。……それも、無茶苦茶な内容の。
「名前はクロゴさんですね。年齢は十八歳。出身は……東の方? この鑑定書には国の名前が記名されるはずなのですが……どうしてでしょう? 」
……ヒキガミめ! アイツやりやがったな……。だが、このまま黙っていると怪しまれる一方なので口を開く。
「……やっぱり聞いたことないですよね。よく東の方って方角を指してるみたいな名前なんで勘違いされるんですが、東の方に実際ある小さな国なんですよ」
俺は堂々と口からでまかせを並べる。
「……だとすると聖国の方の出身ですね」
俺の思い浮かべる東方とは真逆の聖国という言葉がでてきて焦ったが、特に追求してくることはなく、受付嬢は腑には落ちていない表情を浮かべながらも納得してくれたようだ。
「……それでこの、職業
先程までの優しい視線から、不審者を見るような視線を向けてくる受付嬢に精神力を削られるが、なんとか言葉を紡ぐ。
「……意味そのままですよ。俺は人間の扱いすら受けることができずに働かされていたんです」
……実際は現在進行形だがな。
「……あぁ、そういうことだったんですか」
何がそういうことだったのかわからないが、なんとか乗り切ったようだった。
「では、クロゴさんの楔をわたしが断ち切らさせていただきます」
受付嬢が何を言っているのかはわからないが、何かを始めるようだ。受付嬢は棚からもう一枚先程とは違う色々書かれている紙を取り出して、サインした紙の情報を写し書いていく。そして、全ての項目を書き終えるとサインした紙が光りだし、最初の紙の職業の欄が冒険者となった。
「これで契約は完了です。ようこそ見習いギルドへ! 明日クロゴさんのギルドの認識票が出来上がるので取りに来てください」
そう言って受付嬢は会員証の引き換えを差し出す。俺はそれを受け取り、袖の収納に入れる。
「さっそく依頼を受けることは出来ますか?」
「それはちょっと……。冒険者にはなりましたがまだ会員証が発行できていないので……」
「マジか……」
俺は絶望して膝をつく。また今日も何も食べすに不法侵入しなければいけないのか。……そもそも、もう不法侵入をしているのだから盗んだって──
「──お金に困っているのですか?」
受付嬢の声で思考が遮られる。普通なら認めたくはないが、良くしてもらったのに嘘をつくのもはばかられたので素直に応える。
「情けない話ですけど……」
そして俺は帰ろうと振り返ろうとすると「少し待っていてください」と受付嬢に引き止められた。受付嬢はカウンターの奥へと入っていき、宣言通り少しで戻ってきた。
「キッチリと倍にして返してくださいね」
冗談めかして小さく微笑みながら受付嬢は袋を取り出した。俺はそれを受け取り中を確かめる。袋の中には銅貨が十枚入っていた。貨幣の価値はわからないが感謝しかない。
「助かりました! ええと、名前を伺っても?」
借金を返すときに名前を知っていた方がいいと思い尋ねる。
「……私の名前ですか、エルアです」
「本当に助かった。エルアさん」
俺はもう一度頭を下げる。
「……やめてください。皆さん見ていますから」
エルアさんは恥ずかしそうに顔の前で両手を振る。俺は周りを見渡し他の冒険者、特に男の冒険者たちが入った時とはまた違った鋭い視線を向けてきていた。
ゾッと背筋が冷えた俺は頭を下げながらそそくさとギルドを後にした。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます