3.不法侵入のお仕事

 



「ようやく到着したな……」


 すでに日が落ちて当たりは暗闇に包まれていた。俺は暗闇の中で眼前にある馬鹿でかい城壁を下から見上げていた。この城壁はヒキガミが指定した円の場所を取り囲むもののようで、その大きさに普段なら圧巻されるだろうが、今は疲労感で感動する余裕はなかった。


 この街に辿り着くまでに結構な距離を歩いたのに加えて、記憶喪失にムチを打って頭に多くのことを詰め込んだせいだろう。


「はぁ~早く眠りてぇ」

『こんなところで眠ると魔物に食い殺されてしまうよ。さっさと街に入りたまえ』

「やっぱ魔物とか居んのかよこの世界……。それなのによくも、あんな平原のど真ん中に召喚したな」

『微調整は難しいのだよ。そもそも召喚方法が正規ではないからね』


 俺はヒキガミの提案に従って街へと入ろうとしたが、日は既に落ちて辺りは暗くなっていたので、正門は既に閉じられてしまい入ることはできなさそうだ。


「街に入れって言うが、どうやって入ったらいいんだ?」

『……そんなものは考えなくてもわかるだろう?』

「全くわからないが……」

『キミは現在進行形記憶喪失なのかい? ――飛び越えたまえ』

「はぁ……?」


 ……ヒキガミは何を言っているのだろうか? 俺は上を見上げる。そこには四階建てのビル程の高さの城壁がそびえ立っている。


『キミはもう忘れたのかい? 黒衣は身体能力を向上させると言っただろう』

「……黒衣の身体強化ってそんなに凄いのか。だが、ここに辿り着くまでに全く効果なんて感じられなかったぞ」


 俺はこの街に辿り着くまで右上の地図を見ながら舗装されたとはいってもガタガタの道を辿ってここまできたが、真っ白な世界で走った時と変化は感じられなかった。


『それは当たり前さ。私がキミのことを思ってオフにしていたからね』

「お前、本当にふざけんなよ……」


 ここまで苦労して来たのは一体なんだったのか……。一気に徒労感に襲われる。


『そんなに怒らないでくれたまえ。頭の中でオンと思えば身体能力向上の能力は発動されるよ。けれども、注意──』


 俺は早く眠りたいので、ヒキガミの話を最後まで聞かずに城壁から少し距離をとって眼前の城壁に向かってくる跳ぶ。すると城壁を超えたはいいが、城壁よりも高く飛び過ぎてしまい宙に放り出されてしまった。


「落ちるッ! 落ちるッ!」

『人の話を最後まで聞こうとしないから、そういうことになるのだよ。けれども、そう焦ることはないさ。それぐらいならかすり傷さえ負わないだろう』


「そんなことを言われたってえぇぇ! こえぇものはこえぇぇよ!」


 高いとこからの着地はどこからするのがよかったか思い出そうとしている間に、すぐそこまで地面が近づいていた。俺は恐怖に咄嗟に目を瞑る。


 ──そして、轟音とともに足から着地する。砂埃が舞って着地した石畳は抉れてしまっていた。


 だが、不思議なことに足が少し痺れただけで痛みはなかった。


「──す、すげぇ」


『ほら、大丈夫だっただろう。黒衣はどのような世界にも対応できるようオーバースペックに作られているからね。あぁ、それとさっさと逃げた方が良さそうだよ』


 カランカランと鐘が鳴り響き、振り返ると灯りを持った衛兵達が門から殺到してきていた。


「なんだ! 今の音は!」

「……別に透明なんだから逃げなくても大丈夫なんじゃねぇか?」

『もしも見つかった時のことを考えてみたまえ。万が一にでも捕まってしまえば勇者のサポートはできなくなってしまだろう。回避出来るリスクは回避した方がいいだろう』


 納得した俺はこの場所から逃げだそうと走り出したが、勢いがつきすぎたせいで家の壁に激突してしまった。


「ぐはッ!」

『何をしているのさ? ふざけている時間はないよ』

「……ふざげてねぇ。速すぎて調節出来ねぇんだ」


 普通に走っただけで壁に激突するほどの勢いがついてしまう程身体能力が向上しているせいで、今までの感覚と違いすぎて使いこなせない。


『あぁ、言うのを忘れていたがオンにした時と同様でオフと思えば機能を停止できるよ』

「さっきから、そういう大事なことをなんで言わねぇんだ!」


 俺は頭の中でオフと思い浮かべる。何も変わった感じはしなかったが恐る恐る走ってみると、先程のように勢いがつきすぎることはなく普通に走ることができた。


「おお、普通に戻った!」

『急ぎたまえ。すぐそこまで衛兵達が来ている』


 俺は逃げれる場所はないかと周りを見渡して建物の路地に入った。地面にはゴミが放置され鼻につく臭いが漂っているが、捕まるわけにはいけないので音がする方角とは反対へと進み続ける。そして、ようやく辺りが静かになったことを確認して立ち止まった。


「はぁぁ、疲れたぁぁ。なんで召喚されたばっかなのになんでこんな目に会わなきゃなんねぇんだ……」

『軽口を叩く暇があるなら、今日の泊まる場所を探した方がいいと思うが?』

「そんなこと言っても、この世界の金なんて持ってねぇぞ。ってか、ここどこだ?」


 俺は右上にずっと表示される地図を見るが、俺の現在地を示す赤い点が円の中心で点滅しているだけで、全くわからなかった。


「役に立たねぇなこの地図」

『失礼だねキミ。少しは作成した者の気持ちを考えたことはあるのかい?』

「……もしかして、お前が作ったのか?」


『いや?』


 俺はヒキガミを無視して歩き始める。宿屋を探しながら歩くがなかなか見つからない。


「大通りに戻った方がいいか……。どうせ透明なんだし見つからねぇだろ」

『キミがそう思うならそうすればいいさ』

「なんだそのムカつく言い方は……」


 もう疲れ果ててツッコミをいれる気力もない俺は暗い中逃げたので来た道がわからず、とぼとぼと大通りを目指して歩く。


 宛もなく歩き続けていると、大通りにはでなかったものの、二階建ての宿屋らしきベッドの看板を掲げるボロい建物があった。こっそりと俺は窓から中を覗いてみる。


 中には起きているのかわからない老人がカウンターで一人座っており、カウンターの横には二階の階段があった。


「さて、どうしたものか……」


 ……当たり前だが俺は金を持ってない。そして今から金を稼ぐとしても稼ぎ方がわからない。したがって、宿屋に泊まる方法は一つしかないだろう。


『不法侵入とは勇者の黒子としてどうなんだい?』

「大丈夫だ。金が手に入ったら返す」

『宛もないのによく言うね……』


 俺は意を決して扉をゆっくりと開くと部屋の中からは埃臭い匂いが漂ってくる。扉の隙間から中を覗き込むが老人に気づいた様子はない。

 俺は音を立てないようにゆっくりと中に入り扉を閉めた。横目で老人を見るがやはり気づいた様子はない。一階にも部屋はあるようだが、老人がいて危険なのでカウンター横の階段を上がる。

 二階には六つ扉があった。俺は人が居なさそうな右奥の扉のドアノブを回すと、すんなりと扉は開いた。


 部屋の中を覗き込むが人の姿はなく、ベッドが一つだけある狭い簡素な部屋だった。俺はベッドへと一直線に向かい倒れ込んだ。


『お疲れ様。明日もまた頑張ってくれたまえ』




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