情熱、その後 スケアクロウ

 幾度が家の中に響く家族の声によって目が覚める。結局まともに眠ることも出来なかった。夏の夜は寝苦しくてどうにも苦手だ。

 テーブル上に用意されている料理を片付け、朝の支度を行う。時計は戻ることもせずに一つずつ時間を数える。もうすぐ時間だ。

 金属の板に手をかける。ああ、どうして夏休み明けというものはここまで億劫な気持ちになるのだろうか。ドアを開けた瞬間、射してくる日の光から目を背けながらそんなことを考える。

 暑さに耐えながら教室までの道のりをただただなぞる。8月ももう終わりだというのに暑い日が続いている。登校道、自分と同じように倦怠感をその身に纏って歩く人々が何人も見える。誰も彼もこの感覚に問わられているという事実に安堵するとともに、この倦怠感からは逃れられないという事を見せつけられさらに心は沈む。

 こんなことを考えるのも暑さ故だろう。

 それ故に、教室に入った途端頭が整理され、重い積荷をおろしたときのような開放感を得る。教室の席は半分ほど埋まり、もう半分は空いている。自分の席を思い出すために少し立ち止まっていると、声をかけられる。


「久しぶり。一ヶ月ぶりくらいかな」

「ああ、久しぶり。2週間前に一応見かけたけど、多分話すのはそれくらいぶりじゃないかな」

「2週間前、ってことは夏祭りか。来てたなら、挨拶ぐらいしてくれれば良かったのに」

「夕食のかわりに屋台で買い物頼まれただけだし、それに人混みは好きじゃない」

「他には何処か行ったとかは無かったの。ほら、お出かけとか」

「特にはないかな。dvdを借りに外へ出てたくらいで」

「部活が無かったら、そんなもんだよな」


 少しうつむき加減になってしまったのを見て話題を変える。


「そういえば、この間のテレビ見た?」

「ああ、見たよ」


 とりあえず、話を逸しその場をおさめる。

 私達は元々サッカー部に所属していた。私自身は部の中で特別上手いというわけでもなかったが、彼は部のエースだった。いつも試合の中心にいて、チームをひっぱる存在だった。彼のおかげで勝てたという試合は山のようにあった。しかし、それも去年の夏までだった。

 去年の夏、彼が無理を押して出た試合で彼の足は動かなくなってしまった。処置が早かったことも有り、日常生活に不便が無いほどまでには回復したものの、激しい動きは二度とできないとのことだった。当然、部活も辞めざるをえなくなった。

 私が辞めたのも同時期である。元々、部活に入る予定は無かったところを幼馴染みである彼に誘われたから入っただけで、その張本人が辞めるなら続ける理由は無かった。

 始業式、先生方の長い話の後に各部活の表彰が毎年行われている。去年までよりもはるかに低い大会順位を聞きながら、ふと、彼の方を見る。私なんかよりもずっと落ち込んでいるようだった。彼の部活にかける情熱はどうやら本物だったらしい。

 その日の放課後、人気のない空間で涙を流す彼の姿を発見した。私は何一つ声をかけることは出来なかった。

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