怪盗と刑事 かおる

「僕は怪盗クラウド。今宵盗むのは、悪い貴族が住民から必要以上にものを搾取して手に入れたであろう宝石。どうやら凄腕の刑事が警備につくって聞いたけど、そんなの僕の敵じゃないね!……僕が、この世界を悪い奴らから助けるんだ。大丈夫、任せてよレイン。君の夢は僕が必ず叶えるんだ」


「今夜、怪盗がこの宝石を盗みに来る。この持ち主である貴族は悪事ばかり働いている。俺としては奴が痛い目に合うのは構わないが……。自身の欲のために盗みを働いているのなら見過ごせはしない。……俺は必ず、この世界から悪を完全に排除する。昔、誰かに言った記憶があるような気はするが、やはり思い出せないな」


 *


 怪盗クラウドの予告状が届いた貴族の館では、厳重な警備体制が警備隊によって組まれるはずだった、が。


「私の雇った優秀な傭兵がいるから貴様らはいらん!館の外でも守っておけ! ……ったく、毎回逃げられている警備隊なんぞ信用できるか」


 このようにぶくぶくと太っている館の主が言い張り、刑事は宝石が展示されている部屋から追い出された。追い出された扉の前に傭兵が二人、刑事をにらんで立っている。刑事はため息をついて、その場から立ち去り、とある場所を目指す。部下からの報告ではこの館の書斎に地下につながる抜け道があると報告があがっていた。そしてそこでは子供が捕らえられ、商品として売られているとも聞いていた。廊下の隅々にある監視カメラにはわざと映り、刑事は書斎へと入る。


「……俺が下まで降りると来るだろうな。とりあえず入り口を探すか」


 書斎は壁一面が本棚で埋まっていて、ジャンルごとに分けられている。刑事は本棚を見て回り、ある本棚の前で足を止める。


「……歴史、か」


 歴史についての本が並ぶ中、一つだけ関係のない本を見つける。その本を奥に押すと本棚は音を立てずに真ん中から分かれ開いていく。開けた先は薄暗い道で少し奥に階段が見える。迷うことなく奥へ進み、階段を下りていく。下りきった先に広がっていたのは牢獄で、ぼろきれを着た子供が一つの牢に二人ずつ入っていた。


「……どうするかな。奴はまだ来ないだろうしな。…………来たか」


 刑事は来た階段のほうを見る。かつかつと音を鳴らしながらやってきたのは館の主と、アサルトライフルを手に持った傭兵二人だった。


「外の警備をしてろと言ったのに、こんなところで何をしている?」

「……」

「先ほども思ったが貴様喋れんのか? まぁいい。ここを知られてしまったからなぁ、あのコソ泥を始末した後で貴様も殺してやる。おい!牢の中に入れておけ!」


 わざと泳がせていたくせによく言う。そんなことを思いながら刑事は特に抵抗もせず、傭兵二人に拘束されて牢の中に押し込まれる。それをしたり顔で見届けた主は軽快な足取りで階段を上っていき、傭兵もそれに続いて戻っていった。


「……これでよし。あとはあいつがここに来ることを祈るだけだな」


 *


「んー、どうやって中に入ろっかなぁ~。宝石も手に入れないといけないけど、子供たちも助けないとだもんなぁ~」


 クラウドは高い塔の上からターゲットである館を見ていた。館の周りには人がいっぱいいるということぐらいしかわからないが。


「とりあえず行ってみりゃいいか! あとはどうとでもなるでしょ!」


 クラウドは塔の上から飛び降り、マントを翻して空を舞う鳥のように滑空する。闇に紛れやすい黒の服を着ているため騒がれることもなく館の屋上までたどり着く。


「……屋上になんで人を配備してないんだ? 僕の特徴からして空から来ることも想定できたはずなのに……。ま、いっか! まずは子供たちの解放が先だな~、どうせドンパチやるだろうし」


 クラウドはドアのカギ穴に針金を突っ込んでぐるぐる回し、カチャリと鍵を開ける。迷いなく歩き、監視カメラや人の目を避けて書斎までたどり着く。


「事前に情報もらった通りだなぁ。あいつどうやって仕入れてんだろ。今度聞いてみっかぁ」


 本棚の鍵である本を奥に押し込み、本棚が開く。軽い足取りで奥へと進み階段を下りていく。牢獄までたどり着き、土壁にかかってあった大量の鍵を取った。


「っし、んじゃあ、ちょちょいっとやってくかぁー!」


 クラウドは牢の鍵を次々に開けていく。解放されていく子供たちは困惑しながらも牢から出る。


「ここからまっすぐ行くと突き当りになってるのは知ってるよな? あそこを二回ノックすると外につながる道が出てくる。そこをまっすぐ進むと僕の仲間がいるからその人について行ってくれ! 僕はまだやることあるから、またあとで会おうな!」


 子供たちは声を潜めてぞろぞろと奥へ進む。クラウドは宝石を盗みに行こうと階段を上がろうとしたが、牢の中にクラウドを見つめている男を見つける。その背格好はどう考えても子供には見えず、思わず立ち止まった。目を凝らすとどうやら男は拘束されているらしい。目線があってしまいお互いに見つめ、そのまま時が過ぎていく。沈黙に耐えられなくなったクラウドが息を吐き口を開く。


「……なに、してるの?」

「一つだけ聞かせろ」


 二人だけの空間に低音が響く。心地よいテノールの声で、どこか懐かしい雰囲気を感じさせる男だった。


「なに?」

「お前は何を目的として盗みを続けている」


 男の視線はクラウドを鋭く射貫く。その目に気おされそうになるがぐっと歯を食いしばってこたえる。


「……この世から悪い奴らをいなくさせるためだ! 僕は賢くない。でも身体を動かすことならだれにも負けない。僕にとって有利な立ち振る舞いで、悪い奴らをやっつけるために僕は怪盗になった!」


 クラウドは言い切ったものの背中には大量の汗が流れていた。それほど男の視線が強く、考えていることをすでに見透かされているような気分になっていたのだ。


「……そうか。なら大丈夫だな」


 男は視線を外し、カチャカチャと手枷を鳴らす。視線が外れたことでクラウドはほっと息をついた。カチャンと手枷が外れた音が鳴り、男を手を前に持ってきて足に縛られた縄を外していく。


「えっ」

「?なんだ」

「どうやって外したの?」

「……手枷の型さえ覚えていればどう外せばいいのかわかる」

「なにそれ! ずるじゃん!」

「お前と違って俺はここで戦うからな」


 男は縄をほどき終え、指で頭をトントンと叩く。男はポケットから曲がりくねった針金を取り出し、牢の鍵穴に突っ込んで十秒もしないうちに鍵を開けた。


「おぉ、お見事。でも、ちょっと用意周到すぎない? 君、今回僕対策に派遣された刑事さんでしょ?」


 男――――刑事は目を見開く。どうやらクラウドに正体がばれていると思っていなかったようだ。


「バレバレだよ! 警備隊のバッチつけてるもん!」

「……あぁ、そうか。今回はつけていたな。すっかり忘れていた」

「意外とおっちょこちょいなの?」

「そうかもしれないな」


 牢から刑事が出てきて砂埃を払う。刑事は首元に付けられているバッチを取り外しポケットへとしまう。刑事はクラウドよりかは背が低く、少し見上げる形になっている。


「で、なんでその刑事さんがこんなところにいるの?」


 その言葉を待っていたと言うかのように刑事は口角を上げる。その顔を見てクラウドは小さく悲鳴を上げた。


「お前を待ってたんだ、怪盗」

「僕を?」

「俺が調べた限りではお前は高い身体能力を使っていつも盗んでいた。その羽織っているマントだって空から飛んで逃げるための道具だろう。それでいつも逃げられているというのに学習能力のない上の偉い奴らは阿呆だ」


 そのあともつらつらとクラウドの犯行の内容を事細かに告げられ、心音が聞こえていればその場ですごい音が鳴っていたと思われるぐらいに冷や汗をかきまくっていた。


「そこでだ」

「え、なに」

「俺があのクソ狸がやっている犯罪の証拠を取るまでこの館内で暴れまわってほしい」

「クソ狸は狸がかわいそうだよ」

「どうだ、できるか?」


 刑事はクラウドの肩をつかみ目線で訴えかける。クラウドはうっと言葉に詰まるが,咳払いをし、刑事の目を見据える。


「……僕にできないことはないさ! いいだろう、その役目は僕が必ず果たして見せようじゃないか!」

「交渉成立だな」

「でもいいの? 僕宝石とっちゃうよ?」

「私欲のためには使わないだろう。お前があれを金や食事に変えて貧しい者にあげていることは知っている」

「……ならいいんだけど」

「ところで何か顔を隠すものはないか?」

「なんで?」

「お前の仲間と思われたほうが後々俺としてはやりやすい。刑事としての仕事がな」

「……大変だね。とりあえずはい。たまたま持ってるのこれしかなかったや」


 クラウドが手渡したのは鼻から下を覆う防護マスクだった。


「たまに眠らせようとして来る奴いるから一応持ってた。それが嫌ならこっち」


 刑事に見せたのは少し歪な木製のモノクルだった。それを見て刑事は顔をしかめた。


「隠す範囲が狭すぎるだろう。さすがに無理だ。それと少し歪んでいるな」

「冗談だよ。刑事さんちょっと似てるから見せたくてさ。……これ、僕の親友が作ってくれたものなんだ。今は、形見になってるけど」

「……大切なものか?」

「うん。これのおかげで僕は夢を追い続けることができてる。はい、マスク」


 刑事はマスクを受け取り、装着する。顔が半分隠れたせいかより目つきが鋭くなっている。


「うわぁ、人相も相まってだいぶやばい人に見えるよ。そういえば刑事さん名前は?」

「名前?」

「刑事さんって呼んだらまずいでしょ。」

「……俺は、名前を知らない。俺は記憶がない」

「……え?」

「拾ってくれた人がたまたま警備隊の人だった。成り行きで俺は警備隊に入ることになった」

「……そう、だったんだ。そうだな、じゃあ、レインって呼んでいい?」

「あぁ、かまわない」

「うん。じゃあ僕はいつも通り盗みに行くけど、いつまで長引かせればいいの?」

「俺が迎えに行く。そこで俺を抱えて脱出しろ」

「……無茶ぶり増えてない?」

「できないのか?」

「…………わかったよ。……なんでこんなところまで似てるんだよ」

「何か言ったか?」

「言ってないよ。……さぁ、今宵も観客を楽しませるショータイムを始めよう」



 *



「そんなんじゃ僕のことは捕まえられないよ! 今日は君たちと遊んであげることにしたんだ! 感謝しなよ!」

「コソ泥ごときに何を手間取っておる! 早くやつを撃ち殺せ!」


 クラウドが現れたのは突然だった。見張りがいるはずの扉から急に黒い人影が飛び込んできて、宝石の周りにいた傭兵たちをなぎ倒し、あっという間に宝石は盗まれた。そして人影はその場に止まり、そこでやっと館の主や傭兵たちはその人物がクラウドであることを把握する。そして今鬼ごっこの最中である。


「君たちが悪いから僕が現れたんだよ! ほらほらもっとちゃんと狙って撃ちなよ! そんなんじゃいつまでたっても当たらないぜ!」


 銃弾が飛び交う室内を縦横無尽に駆け回り、頬や服にかするもののクラウドに大きな怪我はない。クラウドは逃げ回るだけでなく傭兵たちの死角に入っては足払いをして転ばせたり目の前に現れて猫騙しをして怯ませたりを繰り返していた。その煽りに乗せられた館の主は傭兵から武器を奪い無差別に発砲していく。その弾丸は仲間であるはずの傭兵にあたり、彼らの間で亀裂が生まれ始める。


「邪魔だ、どけ!」

「仲間に弾を当てるのならば俺たちはてめぇに協力しねぇ! ライフルを返しやがれ!」

「くそ……!」

「あっはは! 仲間割れかな? わかりやすい主サマだよほんと! 煽られて逆上とか、弾が当たった傭兵が可哀想で仕方がないね!」


 クラウドがそう告げると室内の光が急に失われる。主たちは慌てているが、クラウドはこれがレインからの迎えだと察知し、満足気に笑う。


「どうやら僕のショータイムはここまでらしい。ではこの宝石は頂いていくよ」

「っまて!」


 クラウドは扉の方へ走り廊下に飛び出す。廊下は赤々明明と電気がついていて、そこにはレインが書類を持って立っていた。


「途中までは走る。行くぞ」

「りょーかい! 屋上行くよ!」

「わかった」


 廊下を走りながら道中にいる傭兵を蹴飛ばし投げ飛ばしながら屋上へと向かう。屋上には、クラウドが降り立った時と同様、警備隊はもちろん傭兵も誰一人としていなかった。


「なんで誰もいないの?」

「中で全て片付くと考えていたらしいぞ。ただの阿呆としか思えんがな」

「おもしろ!ただのバカじゃん!んじゃ後ろから抱え込むから暴れないでよ」

「わかった」


 クラウドはマントをグライダーに変え、レインを後ろから抱き込んで背中に着けたジェット機を噴射させる。二人は空高く飛び上がり、星空の中を滑空する。


「……星が綺麗だな」

「堅物そうなのにそんなロマンチックなこと言えるんだね」

「思ったことを口にしただけだ」

「はぁ〜! ほんっと似てる! 何でもかんでも口にしたらダメだよ?」

「俺がそんなこともわかってないと思うのか?」

「そうは思わないけど……」

「……その似てるというのは、俺がお前の親友にか?」


 クラウドはレインの顔が見えないはずなのにレインが顔を顰めた気がした。親友はいつも慎重な声色の時は顔を顰めていたからだ。


「……うん。歪なモノクルを作った僕の大親友、レインのこと。あんまりにも似てるから同じ名前で呼んじゃったけど」

「……俺は別に構わない。名前など覚えてもいないし、どう呼ばれても今更何も思わん」

「そっか」


 それ以降二人は何も言葉を交わさずに地上へと降り立つ。クラウドは仕事道具を片付け、レインは機械を使って本部に連絡を入れていた。


「それ何してるの?」


 片付けを終えたクラウドがレインの機械をのぞき込む。機械には機械には液晶画面とその下に文字の書かれたボタンが沢山配置されていた。


「本部に連絡を送っている。俺は拾われた当初声が出なかったからそれ以来ずっと声が出ないものと思われていてな。だから人と話す時も全て筆談だ」

「……え?」

「俺が記憶をなくしてから俺の声を聞いたのはお前が初めてだ、クラウド。これからもよろしく頼むぞ」


 レインは機械を懐に戻し、立ち去ろうとする。呆然としていたクラウドはその肩を掴み、慌ててレインに詰め寄る。


「ちょ、本気で言ってんのかよ! ってか、これからってどういうこと⁉」

「なんだ、悪事を働くやつは許せないんだろう? ならば俺とお前で協力した方が楽だ。そう思わないか?」

「……僕の身体能力と、レインの頭脳を使うってこと?」

「そういうことだ。俺は今回でわかった。お前は信頼できるし、信用できる」


 クラウドは掴んでいたレインの肩を放し、レインはクラウドの方に振り返る。


「俺は表から。クラウド、お前は裏から悪を倒すんだ。……今日この時から俺とお前は誰にも言えない、認められることの無い相棒だ」

「……っ、わかったよ、やってやろうじゃん! それに、レインと一緒に悪い奴ら倒すの楽しかったし! 次からはもっと派手にやりたいな!」

「そうか、俺は穏便に済ませたい」

「そこは僕に賛同してよ!」


 二人の言い争いはそのまま夜の闇へと吸い込まれていく。これから二人は記憶喪失の真実に迫っていくが、それはまだ先の話……。

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