第一章 009 団栗

ちょうどいい温度にまで下がったお湯を少し飲む。

お湯には木の香りが移っており、味はないのだが不思議とお茶を連想させた。

お湯がゆっくりとのど元を通り腹を内側からじんわりと温めてくれる。

ここらで一息つきたくなるが腹痛がそれを許してくれなかった。


お湯を飲んでも腹の痛みが和らぐことはなく、相も変わらず体調はすぐれない。

日はまだ高いが行動する体力も気力も残っていなかった。

火の勢いを可能な限り抑え薪の節約に努める。

それを見届けた後に気絶するように眠りに入った。



鳥のさえずりに起こされ目を開く。

腹が痛くない。

身体はだるいし喉も乾いているが何とか峠は越えた様に感じる。

身体をキレイにしたいがそれ以上にやらなければならないことがあった。


なんでもいい、なにか食べられるものを探さなければ。

もう何日もろくに食べておらず、このままでは身体が動けなくなってしまうかもしれない。

身体が動かない怖さは身をもって知っている。

身体をブルりと震わせつつ、拠点の場所を見失わないように森の中に足を踏み出した。



ここ数日森の中を歩き回ってわかったことだが、森の中では案外迷うことはないのかもしれないということだ。

というのも森の中には、街中と違い同じ形のものが一つたりともないのだ。

周りの木々や岩、地面そのすべてが目印として機能する。

少なくとも慎重に動いていれば元の場所に戻ることは難しいことではないように感じる。


さらに足元はふらつくが、以前のように木の根に引っかかって転ぶようなことはなくなっていた。

自分では気づかなかったがいつの間にか身体がこの環境に適応しだしたのだろうか?

そうして歩くとふいに森の様子に違和感を感じた。

先ほどまで感じられなかった匂いが鼻を刺激したのである。


その匂いはここら一体を包み込んでおり、独特な香りがした。

決して不快なにおいではないが、形容しがたい香りで何とも微妙な心境になる。

その匂いの発生源はすぐにわかった。


あたりの木々に稲穂イナホのような形をしたなにかから発されていた。

もしかしたら花なのだろうか?

そうして地面に目をやると地面のところどころに黒茶色の光るものを見つけ拾い上げる。


固い外皮を持ちつやつやとキレイに輝いている。

自分はこれをよく知っていた。

どんぐりである。

辺りを見渡すと、ところどころにどんぐりが落ちている。


多分食べられるだろうと考え拾い集める。

そうするとあっという間にポケットがどんぐりでいっぱいになってしまった。

これが食べられれば、しばらくは持つだろう。

パンパンに膨れたポケットをなでながら上機嫌になりながら帰路へと着く。

そんな上機嫌な自分に気付き、いい年した大人がどんぐりで大喜びしている現状を見て苦笑してしまう。


そうして拠点にたどり着くと、焚火のそばにどんぐりを置く。

このままじっくりとどんぐりに火を通すつもりだ。

しばらくすると焚火の灰のせいか一部のどんぐりが白くなっていく。

そろそろだろうか?

どんぐりを一つ枝でこちらに転がして手繰り寄せる。


どんぐりの殻は非常に熱くなっており、息を吹きかけて冷ましたり、服にこすりつけて灰を拭う。

手元にある石を利用してどんぐりの皮をむくとどんぐりの身が姿を現す。

指でつまみ、鼻に近づけにおいを嗅ぐ。

腐った匂いは特にせず、香ばしい香りが鼻腔を通り過ぎる。

生唾を飲みひと思いに口に放り込む。


「…あまい?」


触感は例えるなら栗だろうか?

渋みはほとんどなく、その逆ほのかな甘みさえ感じる。

残りの焼いているどんぐりを夢中で剥き始める。


ここにきて初めておいしいと感じた出来事だった…



※役に立つかわからない知識※ーーー


今回はどんぐりについてです。

どんぐりには灰汁がたくさん含まれておりそのまま食べられるものが少ないです。

今回出てきたどんぐりはシイ・マテバシイ属のスダジイのどんぐりです。

このどんぐりは灰汁がほとんどなくそのまま食べられるどんぐりです。

どんぐりはサバイバル生活での貴重な穀物です。

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