第4話 カサンドラについて

「たしかに反感を買うに決まっているわね。公爵家の令嬢たちは、皇族に嫁ぐことを想定して育てられたでしょうし。それなのに属国出身の私に、いきなりルーファスを奪われてしまったんだから」


 ミネルバが肩をすくめると、ソフィーは困ったような顔をした。


「カサンドラは特に、子どものころから『お妃様』に憧れていたから……。あの子、私たちと同じ十八歳なの。トリスタン様の花嫁、つまり皇妃はもう少し上の世代から選ばれたでしょう? そうなると、カサンドラが目指すは皇弟妃よね。メイザー公爵家は建国にも携わった名家だから、自分と対等な令嬢などいないと言わんばかりの傲慢な自信に溢れていたわ」


「つまり、ルーファスから選ばれて当然という態度だったわけね」


「そうなの。でもなんていうか、カサンドラはついていきたくなるタイプじゃないのよね。自己中心的すぎるのよ。取り巻きは多いけれど、人望とか信頼があるかというと……」


 ソフィーはため息をついた。


「あの子にとっては、プライドに関わる大問題だから。ミネルバに敵意と侮蔑と悪意のこもった言葉を投げかけてくるのは間違いないわ。あなたの過去を根掘り葉掘り調べて、皇弟妃には不適当だと非難してくるはずよ」


「そういう人がいるだろうと思っていたわ。毅然として真っ向から立ち向かうから心配しないで。婚約破棄された過去のせいで、カサンドラのいいように扱われるつもりはないもの」


「私も同じような立場になってみて痛感したけれど、どうして傷物になるのはいつも女の側なのかしら。いくら男の側が悪くても、醜聞のせいで軽く見られるなんて納得がいかないわ」


「たしかにそうね。だからこそ、ソフィーは自分を重く見なくちゃだめよ。落ち込んだときは、自分で自分を軽んじてしまいそうになるから。胸を張って正々堂々としていれば、他の人だってあなたを軽く見るわけにはいかなくなるわ」


「自分で自分を重く見る……素敵な言葉ね」


 ソフィーはぐっと身を乗り出し、ミネルバの目を覗き込んだ。


「やっぱりミネルバは完璧よ。優しくて頭がよくて、芯が強くて。体全体から発する堂々とした存在感は、側にいるだけで圧倒されそうになっちゃう。私はお父様から好意的な噂を聞いていたけれど、実際に会ってみて過小評価だと思ったわ。ルーファス殿下がめろめろになるのも当然ね」


「めろめろって……」


 ミネルバは顔が赤くなるのを感じた。


「だって、殿下は女性に対して氷のように冷たい態度をとる人だったのよ? それなのにあの溺愛ぶり! ものすごく新鮮だったわ。ミネルバもルーファス殿下も、人の上に立つために生まれてきたような人間だし、完璧に調和しているわ。歓迎会に参加した人たちだって、ミネルバは皇弟妃に足る女性だって納得してたじゃない!」


 ソフィーが目を輝かせる。


「ルーファス殿下との結婚生活は、きっと素敵なことばかりよ。絶大な権力があって見た目も完璧、なによりミネルバに対して一途! 自分以外には目もくれない、自分一筋の夫なんて、まさに女の理想だわ。私はいまはちょっと……男性に特別な関心を持てそうにないけれど。あなたたちの側にいたら、また恋愛がしたいと思うかもしれない」


 はにかんだ笑みを浮かべるソフィーを見て、ミネルバは胸が痛くなった。彼女は人生が突然ひっくり返ったばかりなのだ。


(私がルーファスから受けているような愛を注いでくれる人が、ソフィーの傷ついた心を癒してくれる人が現れますように……)


 心の中で神様に祈る。それはマーカスかもしれないし、別の誰かかもしれない。

 ソフィーが恋愛する気になるのを、根気よく待ってくれる誠実な人でなければ無理だろう。金と権力があっても中身のない男は論外だ。


(ソフィーには年上で包容力のある人が似合いそう。そういう点ではジャスティン兄様も……)


 ミネルバは絶賛花嫁募集中の長兄の顔を思い浮かべた。

 容姿、能力、地位は申し分ない。自分を捨てたフィルバートに最後まで忠誠を貫いたし、一途さも折り紙付きだ。ソフィーにとって最良の夫になる要素をすべて揃えている。


(いやいや、うん、いまは考えるのをやめよう! 恋愛感情を無理強いすることはできないんだしっ!)


 マーカスとジャスティンが同じ女性に恋をして、どちらかが、あるいはどちらもが失恋するというのは究極の悪夢だ。


「あ、そうだミネルバ。この本を読んでおくといいわ。グレイリングの皇族が結婚するときの、一連の儀式をまとめたものよ。普通の貴族と違って、皇族は結婚前にこなさなければならない儀式がたくさんあるの。宮殿でお妃教育がスタートする前に読んでおくと、心構えができると思う」


 手渡された本の分厚さを見て、ミネルバは息をのんだ。


「わかってはいたけれど、やっぱり儀式の連続なのね。ルーファスも、古くからの伝統にのっとった挙式の準備は時間がかかると言っていたし」


「カサンドラに舐められないためにも、慣習には従っておいた方がいいわよ。しかるべき手順を踏んでおけば文句はつけられないわ。外に出て行う儀式もたくさんあるから、気分転換もできると思うし。ルーファス殿下はきっと、自由時間が取れるよう配慮してくださるに違いないわ」


 まずは婚約式でお披露目をして、そこから結婚式まで儀式の連続だとは聞いていた。宮殿に入れば、しっかりした教育係がつくことも。


「ソフィーが一緒に来てくれて、本当にありがたいわ。女の戦いに関してのあれやこれやが予測できたし、私が宮殿での生活に慣れるための手助けもしてもらえるし」


 いまや最も重要な仲間となったソフィーを見ながら、ミネルバは満面の笑みを浮かべた。


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