第6話 ニコラスの意見
四人が椅子に座ると、侍女がお茶をテーブルに置いてくれた。
ミネルバとマーカスは、フィルバートからの接触と彼が持ってきた提案について代わる代わる説明した。
ミネルバがフィルバートをやり込めた経緯、側近の前で面子を潰されたフィルバートが残した捨て台詞。それらを聞いたニコラスは片手を頬に当て、人差し指でとんとんと叩く。
「なんともまあ。火に油を注いで扇であおぐような男ですね」
シーリアが戦慄を覚えたように、両手で自分を抱きしめる仕草をする。
「本当に胸が悪くなるわ。あの王太子、考え方がとことん下品で卑しいのね。さすがのルーファス殿下も、我慢の限界を超えちゃうかも」
マーカスがうなずき、腿の上で両手の指を組み合わせた。
「この件に関しては、いったん屋敷に戻った長兄ジャスティンと弟のコリンが、ハルムを飛ばしてルーファス殿下に報告書を送ったはずです。その他にもうひとつ、ご報告しておきたいことがございます」
マーカスはよどみない口調で、セリカに『祝福』の力が発現したらしいことを伝えた。
「降臨の地で奇跡ですか。ふうむ、1年もたってからねえ……」
ニコラスの目がきらりと光る。
「さっそく調べてみましょう。いや、私は異世界人の研究もしておりまして。アシュランに赴任することになって研究がはかどると期待していたんですが、あのセリカという人物はどうも……聖女と言うより、金目当ての無能にしか思えなかったんですよねえ。しかし王太子がそこまで言うからには、何らかの祝福が発現した可能性はありますね」
唇の端を少し上げて笑い、ニコラスが言葉を続ける。
「私が調べた限り、王太子の前に現れたセリカが身に着けていた衣類や持ち物は、たしかにこの世界の物ではありませんでした。異世界人特有の言動や行動も見受けられる。しかしまともな王族なら、あの娘を妻にしようだなんて思うはずがありません」
ニコラスは緑の目を輝かせ、穏やかながらも断定的な口調で言った。
「そもそも異世界人を取り込むのに『婚姻』は悪手です。過激な思想の持ち主かもしれませんし、何らかの力を使って王族を操ろうと目論んでいる可能性もある。有益なものは取り入れるにしても、しっかりとした調査研究がなされてからでないと。異世界人の能力をフル活用するためには、彼らの働きに報いる組織体制や報酬制度が必要なんですよ」
ニコラスの言葉に感銘を覚えたことを、ミネルバは素直に顔に出した。グレイリングほどの大国ともなると、異世界人の奇跡の力を抜け目なく利用しつつ、国家の品格を守る考え方が根付いているらしい。
「さて、私は仕事に取りかかるとしましょうか。この公邸内に、バートネット公爵家の皆さんのための部屋を用意してあります。シーリア、君がミネルバ嬢を案内してあげてくださいね」
シーリアがにっこり笑って「はい」と答え、ミネルバを見てうなずいた。彼女の表情や動作の端々からは、明るく親しみやすい性格がうかがえる。
ニコラスが目を細めて、マーカスに視線を向けた。
「マーカス殿。よかったら、うちの兵士たちに体術の稽古をつけてやってくれませんか。王太子の懐刀、並み外れて優秀な側近三兄弟……それはもう過去の話とはなりましたが、勇猛で聞こえたマーカス殿と手合わせがしたいと、兵士たちがうずうずしておりまして」
「光栄です。こちらこそ、胸を借りるつもりで挑戦させていただきます」
マーカスが礼儀正しく、でも興奮を隠しきれない顔で応じる。
壁内に入ってから見かけた兵士たちは、フィルバートの新しい側近とは比べ物にならないほど強そうだった。正式な訓練から遠ざかっているマーカスが、わくわくするのも当然だ。
「じゃあミネルバさん、私たちは行きましょうか。ずっと乗馬服では落ち着かないでしょうし、着替えを済ませたら公邸内を案内するわ。衣服はひととおり揃えてあるから、遠慮なく使ってね」
シーリアが片方の手を大きなお腹に、もう片方の手を腰に当ててゆっくり立ち上がる。
ニコラスに一礼してから、ミネルバも立ち上がった。
「ありがとうございますシーリア様。とても親切にしていただいて、深く感謝申し上げます」
「いいのよ。ここには同年代のお友達がいなくてつまらなかったの。だから、ミネルバさんがお友達になってくれたら嬉しいわ!」
明るく笑うシーリアに促され、ミネルバは廊下に出た。
「あなたたちの馬は、うちの職員がしっかり面倒を見ているから。あとで厩舎も案内するわね。そうだ、自慢の図書室も見てもらわなきゃ。ミネルバさんはきっと気に入ると思うわ」
シーリアに案内され、大使公邸の3階にあるらしい客室に向かう。
部屋の前では、ひとりの女性が待ち構えていた。格式のある白い制服姿の侍女が、ミネルバたちを見て深々と頭を下げる。シーリアが大きくうなずいた。
「紹介するわね、ミネルバさん専属の侍女のリーザよ。細々としたことは遠慮なく、彼女にお願いしてね」
「リーザです。はじめましてミネルバ様」
賢そうな顔立ちのリーザの挨拶に、ミネルバは微笑んだ。
「会えてうれしいわ、リーザ。どうぞよろしくね」
リーザが客室の扉を開く。広々とした部屋は豪華なしつらえで、居心地のいい雰囲気で満たされていた。
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