第583話邪神討伐戦・ソフィアとベルの想い

 

 ——◆◇◆◇——


 リリア含め、後方の確認をしつつ戦場を眺めていると、だいぶいい感じに敵の数が減ってきた。まだまだ減らすことはできるだろうけど、最後の一匹になるまで敵を倒すつもりはない。

 できることならそうした方がいいんだけど、そうすると予期せぬ事態が起こる可能性もあるからな。自分の配下を消されすぎたことで、今までにない行動をとる、とか。


 なので、程々のところで妥協していくのがいいだろう、となっていた。


「さて、そろそろだな。いい感じに減ってきたし……行くとするか」


 この後は婆さんや親父や母さん。後はランシエと、ついでに勇者なんかと集まって最終確認をし、その後作戦の最終段階……つまり邪神への特攻を仕掛けることになっているわけだが、敵の数も減ってきたし、邪神も結構近づいてきたし、一旦集合地点に向かったほうがいいだろう。

 そう思って寄りかかっていた城壁から身を起こし、振り返った。


「それじゃあソフィア。俺たちが出た後は婆さんの補助に回ってくれ」


 この後も話す時間はあるかもしれないが、ないかもしれない。集まって即出発ってこともあり得るからな。


「……ソフィア?」


 なので今のうちに声をかけておいた方がいいだろうと思ったのだが、どういうわけか、普段とは違い今回はすぐに返事が返ってくることはなかった。


「ヴェスナー様。このような心配をしたところであなたは止まらないでしょうし、状況もそれを許してはくれないでしょう。ですが、それでも……不安でたまらないのです」


 その顔をよく見ると、ソフィアは普段の澄まし顔を消して感情を露わにしていた。

 その感情は、本人が言ったように不安なのだろう。


 だが、そう言われても俺は行かないわけにはいかない。正直なところ俺だって見てるだけでいいんだったらその方がいい。

 それでも俺は行かないという選択肢はない。


「まあ、俺も行かなくていいんだったら行きたくはないさ。でも、そういうわけにも行かない。どうにも俺が必要みたいだしな」


 説得……とは違うか。ソフィア自身俺が行く必要があるってことを理解して受け入れているんだから。だから、そうだな……不安を取り除くために、俺はソフィアの手をとり、しっかりと握った。

 そうすることで、ソフィアは一瞬だけだけびくりと手を動かしたが、すぐに握り返してきた。


「はい。存じております」

「ただ、心配してくれるのは普通に嬉しい……いや、普通じゃないな。すごく嬉しいよ」


 誰かに心配してもらえるってのは、とても嬉しいことなんだということを理解している。

 だからこそ、不安だ、心配だ、と口にしているソフィアには悪いけど、その思いはすごく嬉しいと感じるのだ。


 だから、心配してくれているお礼として、その不安を和らげることができるまでこうしていよう。まだ少しくらいは時間があるだろう。


「——不甲斐ない姿を見せ、お邪魔をして申し訳ありませんでした」

「不甲斐ないってことはないだろ。誰かを心配することができるのは、すごいことだ。それだけその誰かのことを想っているってことなんだからな」

「それは……はい……」


 数分ほどしてから徐にソフィアは口を開き、それに応える形で言葉を交わしたのだが、どうやらもう大丈夫みたいだな。

 まだ心配自体はしているだろうし、不安もあるだろう。だが、少しは和らげることができたはずだ。


 そう思い、握っていたソフィアの手を離す。それまであった温もりが消えたせいでなんとも物悲しいというか、物足りない感じがしたが、手を握りしめることで誤魔化す。


 時間も使ったし、ではそろそろ行こうと想ったところで、ベルが姿を見せた。


「ヴェスナー様! カルメナ様がお呼びです!」

「ベル。ああ、わかった」


 もうそろそろと思ったが、それはどうやら俺だけではなく婆さんも同じだったようだ。これは他の奴らもそうかな? まだ集まってないといいんだけどな。


「……あ、あのっ、ヴェスナー様!」


 怒られないようにさっさと行こうと思ったところで、ベルに大声で呼びかけられた。


「え? あ、ベル? どうした?」

「あの、えっと……この際だから言っておきますがっ!」


 突然叫ばれたことで俺は目を丸くしてベルのことを見るが、そのベルはやけくそというか、怒鳴るように言葉を吐き出している。


「私は、まだヴェスナー様達だけで向かうのは納得できていません」

「でもそれは……」


 ソフィアが不安を感じていたんだ。だったら、他の者だってそうなるだろう。そしてそれはベルも同じだったというわけだ。


 だが、その心配はありがたいんだが、不安をどうにかしてやることはできない。

 婆さんに呼ばれている以上、ここでソフィアと同じように手を握っていてやるわけには……


「はい。分かってます。悔しいですけど、私ではここではお役に立つことができないことは理解しています。だからこそ余計に悔しいんです。でも、ここで駄々を捏ねたところで意味がないっていうのも、分かってます。……ですので、戻ってこられた後に活躍しようと思います。これでもメイドですから」


 だが、ベルは俺が何をするでも、言うでもなく、自分の力だけで前を向き、明るく笑いかけてきた。

 それが強がりだってのはわかる。心配させまいと不安を押し殺して笑っているのなんて、震える手を見ていれば嫌でも理解させられる。


 それでも、笑ってくれたんだ。俺が心配しなくていいようにと、無理矢理にでも笑みを浮かべてくれたんだ。なら、その心意気に応えないわけにはいかないだろ。


「そうだな。そうしてくれると助かる。多分、戻って来た時にはすごく疲れてると思うから」

「はい。……なので、ちゃんと戻って来てくださいね」

「ああ。当たり前だ」


 だから俺は、そう言ってベルの肩を叩き、歩きだし——


「■■■■〜〜〜〜〜!」

「「「っ!?」」」


 突如、戦場となっている方向から悲鳴のようなものが聞こえた。

 いや、それは実際に声として聞こえてきたわけじゃないだろう。どちらかといえば『音』と言ったような方がいいようなものだった。

 だが、それは確かに『悲鳴』のように感じられたのだ。


「は? なんだあれ……」


 その悲鳴の聞こえた方向へと顔を向けると、そこは戦場となっており奥には邪神がいるのだが、その表面にデカデカと人の顔のようなものが現れていた。


「あれは、人の顔でしょうか?」

「多分な。でも、なんだってあんなものが……それに、どこかで見たことがあるような……」


 あんな、人面樹とでも呼べるようなものを見たことはない。トレントだって顔なんてなかった。

 だが、俺はどうしてかあの顔を見たことがあるような気がする。


「ソフィアの《記録》でわからないの?」

「……あのような形で見たことはないのではっきりと断言することはできません。ですが一人だけ心当たりがございます」

「誰だ? ……なんだ、こっち見て」


 ベルの言葉に、見たものを記録するスキルを持っているソフィアが答えたのだが、なぜかその顔はこちらへと向けられている。

 まさか、考えたくないけど俺に似ているとか?


「ヴェスナー様の、お父君。ザヴィート王国の先代国王です」


 違った。そっちだったか。……え? 


「は? ……っ! おい、それは……」


 それはつまり、あの顔はあの国王ってことか?


「おそらくは、間違いないかと。ですが、先ほども申しました通り、人ではなくなっておられるため、断言することはできません」

「それでも、可能性は高いんだな」


 どこかで見たことがあるはずだ。数えるほどしか会っていないが、それでも思い出せるのは、まあ相手があいつだからだろうな。俺にとっては因縁の相手だから。


 だが、あんなところに顔があるってのはどういうことだ? 邪神があいつを取り込んだ? ……あり得ない話じゃないな。というか、それ以外に考えられない気がする。だって、人の真似をするにしても、なんだってわざわざあんな顔を使ったんだ? もっといい顔があったと思うんだけどな。それこそ、過去の勇者だったり、教皇だったり、参考にする対象は色々いるだろう。

 にもかかわらず、あんな顔を選んだってことは、意図して選んだのではない可能性が高い。

 だが、あの邪神はどこであいつの顔を知ったのか、という問題が出てくる。神様なんだから世界中の人の顔を知っていたとしてもおかしくないかもしれないがそれよりは自身の内に取り込んだから、と考えたほうがしっくりくる気がする。


 まあ、取り込んだとしても、似たような存在はたくさんいるだろうし、その中であいつが出てきたのは奇跡というか執念というか、そういう運命なんだろうな、とは思うけど。


「はあ〜……ったく。どこいったのか探させてたけど、まさかあんなところにいるなんてな。っていうか、どうやってあそこに? 神樹に飲まれてるってことは、どこかで神樹の本体でも見つけたのか? いや、もしくは邪神の方か? こことは別の呪いの発生地に迷い込んだとか……はあ。なんにしても、今更になって面倒なことをしてくれるな」


 ああなったからと言って倒すことに変わりはないが、それでもこの場面であいつと再び向かい合うことになるってのは、なんというか、また邪魔をするのか、って感じがする。


「まあいい。俺は婆さん達のところに行くとするか」


 ここで様子を見ていても何も変わらないし、悩むにしても婆さん達と一緒の方がいいだろうと考え、俺は再度歩き出した。


「あっ、ヴェスナー様!」

「ご無事のお戻りをお待ちしております」

「ああ。行ってくる」


 二人の言葉に対して片手を上げながら答えたが、少しカッコつけたかな、という気がしないでもない。……まあ、これくらいは許容範囲だろ。

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