第565話やばい感じがする

 

「なっ! あいつ——」


 指示を出すより先に体が動き、リリアには傷つかないように種をばら撒く。

 今回も加減なしでやるためにヤシの実を放ったのだが、それによって教皇の体の一部が吹き飛びはしたものの、それでもリリアの事を離さず抱きついたままだ。


 そして、抱きついた状態でべちゃっと形を崩し、リリアの容器を包み込んでいく。


 何がしたいのかわからないけど、なんかまずいことには違いない。


「全員やつを攻撃しろ! ただしその奥にいるリリアとその容れ物には傷つけるな!」


 それまでは呪いの浄化を行なっていた者達の狙いが全て教皇だったものへと向けられ、俺も水を撒く。

 こんな状態で水を撒いたところで、と俺自身思わなくもないが、呪いにはこれが一番効果があるんだから多少格好がつかなくても仕方ない。


「まだ死なないのかよっ!」


 体の大半が消失し、残っているのは頭部から右手の部分だけ。

 にもかかわらず、教皇はリリアの入っている容器を放さず蠢いている。


 そして……


「なんだっ!?」


 リリアの入っている容器がうっすらと光だし、その光は徐々に強まっていった。


「うぅ……」

「フローラ! どうし——ぐっ!?」


 光が強まったかと思ったらフローラが胸を抑えながらその場に膝をついた。

 それをみて駆け寄ろうとした俺だが、フローラに触れた瞬間俺も立っていられなくなってしまった。


「ヴェスナー様!?」

「どうした!」


 ソフィアたちが駆け寄ってくるが、それに応える余裕はない。

 なんだこれは。なんか、力が吸われてるのか? フローラと協力してスキルを使う時のように、あるいは、初めてフローラの体を作った時のように、俺からフローラへと力が流れていっている。

 その割にフローラには力が溜まっていない感じがする。……これはフローラからも誰か、どこかに流れているのか?


 怪しいのは、まあ当然というべきか今光った装置だよな。

 なら、今やるべきことは……


「うくっ……あの、装置を止めろ……!」


 あれを止めれば、きっとなんらかの変化はあるはずだ。それが良いものか悪いものかはわからないけど、やばい感じがするのは確かだ。何かしなければならないことは間違いない。


 だが、俺の指示を受けたカイルたちが動く前に、急にフッと軽くなった。見ると、フローラも疲れた様子を見せているものの、苦しんでいる様子はない。


「何が——っ!?」


 何が起きたんだ、と装置へと顔を向けると、その側では倒れたはずの錬金術師——アルクが起き上がっていた。


 それだけじゃない。倒したはずの変異体たちも復活してい——いや違う。復活じゃない。

 あれはなんだ? 変異体たちは確実に殺すために首や胴など、幾つものパーツに切り分けられていた。それら全てがくっつくのではなく、独立して再生し始めたのだ。あれは復活したというより、作り直したと言った方がいい気がする。


「なんだこいつら!?」

「死んだんじゃなかったのかよ!」


 部下達は復活した変異体たちへと攻撃を仕掛けていくが、倒しきれない。

 数が多いのもそうだが、何よりその再生力だ。両断しても二つになって復活する。焼けば灰になって復活できないみたいだが、一体倒すのにそれなりの火力が必要なようなので、ここにいる俺たちだけで全部倒し切るってのは難しい。


「——《播種》《生ちょ……うっ……」


 なんだこれ……なんだってこんな気持ち悪く……。


 種を放ち、次は生長させるぞとスキルを使おうとしたところで、突然体に気だるさが訪れた。呪いの影響かとも思ったが、この感覚には覚えがある。俺が間違えるはずがない。これはスキルの使いすぎの気持ち悪さだ。

 確かに今日はそれなりに回数使ったけど、まだ平気だったはず。それなのにどうして……

 いや、気になるけど、とにかく今は尾の状況をどうにかすることが先だ。


「——《生長》」


 スキルを使う際に気持ち悪さを感じたが、この程度の感覚は慣れたもんだ。今更臆すようなものでもない。


 俺がスキルを使ったことで、復活した変異体とアルクに放った種は急速に生長し、先ほどと同じようにその身を拘束した。


「そいつらの相手はしなくていい! 一旦引くぞ! リリアと他のエルフの回収を急げ!」


 俺の言葉に従って、部下達は俺の護衛に数人残ったが他はリリアの回収やエルフの捜索に移っていった。


「これ、どうなってんだ?」

「知らねえよ。……ただ、さっき力が吸われる感覚があった。多分だけど、フローラもじゃないか?」

「なんかねー、ママの方に流れてっちゃったのー。なんでー?」


 リリアに? じゃあ俺からフローラに力が流れて、フローラからさらにリリアへと流れたってことか? ……なんで?


「……あの道具は、どのようなものかわかりますか?」


 俺が今起こったことについて考えていると、ソフィアが問いかけてきた。

 ソフィアがそう俺に聞いてきたのは、多分俺がアルクと同じ異世界出身だからだろうな。自分たちにはわからないけど、そっちの知識で何かわからないか、と聞いているんだと思う。


「多分だけど、力を吸い取る類のものだろうな。吸い取った力をあのパイプからどこか他所へと運んでいくんだと思う」


 それがどこなのかって言われたらわからないけど、多分結界とか、なんらかの魔法具とかだろう。


「でしたら、ヴェスナー様やフローラもその影響下だったのではないでしょうか?」

「いや、力を吸われるって言っても、あの装置の中に入ってるやつからだけのはずだ。じゃないと近くにいる奴らまで力を吸われることになるからな」

「ですが、状況的に力を吸われるという現象は起こっているわけですし、他には考えづらいかと。何か例外となるような特異な何かが起きた、と考えられはしませんか?」

「特異な何か、か……」


 確かに、ソフィアの言うように今の状況は普通ではない。起動するたびにあんな派手な光が出るわけでもないだろうし、教皇が張り付いていたことを考えると、何かおかしなことがあって装置が暴走した、と考えることは十分にできる。


「何かって言っても、全部が変だろ。あの教皇が張り付いていたことも、呪いで溢れてることも、フローラが聖樹だってことも」

「もしかしたら、前にリリアとフローラが協力して魔法を使ったことで、何かしらの繋がりができていたんじゃないですか? それを通して、ってことも考えられると思います」

「あー、そうか」


 カイルの言葉にベルが続いたが、それもあり得る話だな。切り株となった聖樹を浄化する際に、リリアはフローラを自身に憑依させた。そこでできた繋がりが残っていることはありえるだろう。


 あるいは、その時に聖樹からこっちに浄化の力が流れたが、それでフローラとリリアが同一存在だと認識されたのかもしれない。だからリリアから力を吸うついでに、近くにいたフローラからも力を吸った。

 そして、フローラと繋がりがある俺も、間接的に同一存在と認識されて力を吸われた。


 これは憶測にしかすぎないが、一番しっくりくる考えだな。


「まあ理由はなんであれ、『力を吸われた』って現象に違いはない。多分、その吸った力のせいでこんなことになってるんだろうな」


 なんてことを話しながら待っていると、数分と経たずに部下達が戻ってきた。

 その中には、助け出されたリリアやエルフたちの姿がある。

 仕事が早いな。まあこんな状況だ。だらける奴なんていないか。


「それじゃあ撤しゅ——」


 ガシャーン!


 そんな何かが砕けるような音が響いた。

 それと同時に、それまで感じていた加護のような力が消え去り、代わりに呪いの力が強まった。

 おそらくは、この街を覆っていた結界が解除された——いや、壊れたのだろう。

 俺たちがリリアやエルフを回収したからなのか、それとも先ほどの異変が原因なのかはわからないが、そこはどうでもいい。重要なのは、結界が壊れたことで呪いが強まったこと。

 そして——


「な、なんだあ!?」

「坊ちゃん! スキル使ってねえですよね!?」


 結界が壊れると同時に、俺たちの足元から植物が生え出した。いや、足元だけじゃない。この部屋を囲っている壁からもニョロニョロと生え出した。

 それは俺がやるように急速にってわけじゃなくてゆっくりなものだが、自然な生長に比べればだいぶ早い。あと数時間もすればこの部屋は植物で埋まるだろう。

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