第564話こんなところに来たのか

 

「まだ生きてんのか? 流石は第十位階ってか。非戦闘職でも結構生きられるもんだな」


 よく見ると、まだ動こうとしているようでギシギシと音を立てている。

 そしてそれはアルクだけではなく、強化されている変異体達もだ。

 これで倒し切れるとは思っていなかったが、一体も仕留められないとなると少し傷つくな。


 でも、動きを止めたんだ。なら、後はどうとでもできる。


「お前ら、今のうちにそれを処理しておけ」


 部下達にそう指示を出すと、すぐさま動き出して何人かでひと組を作り、結界を作れる者が呪い用の結界を張ると変異体を処理し始めた。あれなら下手に復活させることもないだろうし、大丈夫だろう。


 そんな中で、俺も自分に結界を貼ってくれるように頼んでから十数人の部下を引き連れてアルクの元へ向かっていく。


「お、俺は、こんな、ところで……ぐああああ!?」

「生えてる植物を取り除かないで傷を治せば、肉が盛り上がって痛いに決まってるだろ」


 俺が近づいた事で痛みから意識が戻ってきたのか、アルクは虚空から取り出した薬を自分にふりかけた。おそらくは収納系のスキルだろう。錬金術師だし薬を取り出せてもおかしくない。


 だが、樹木に体を貫かれたまま傷を癒そうとすれば、治った部分の肉が残っている木が締め付ける。結果、肉が押し返されてしまい、それでもまだ治ろうと再生するため痛みが発生する。あれだと傷口に棒を突っ込んで無理やり広げてるのと変わらないと思う。


「も、もえ……燃えろ!」


 そんな痛みの中であっても、なんとか状況を変えようとしたのだろう。またもなんらかの薬を取り出し、それを自分に振りかけた。

 だがそれで終わりではなく、薬に続き道具を取り出し、それを起動させて自分ごと火をつけた。


 自分ごと火に焼かれるなんて異常者の行動だが、事前に自分に薬を振りかけていたからだろう。アルクは小さく呻き声をあげはしたものの、特に苦しむこともなく火に耐えている。


 だが、それでもアルクの体を貫いている木は燃えない。


「なん、でっ……」

「木なら火で燃えるって? そんなの対策済みだよ。専門で鍛えた火魔法師じゃないと燃やせねえよ」


 自分に害のあるものを消すために自分ごと燃やすって発想はすごいと思うし、カノンとリナが二人がかりでやったことを一人でやるのもすごいと思うけど、いかんせん火力不足だ。

 カノンたちの場合はただの液体だったのに対して、こっちは耐火性能を持った魔法の植物本体。カノンとリナであれば自分たちは無傷のまま燃やし尽くすこともできたかもしれないが、こいつが用意した程度の炎では無理。

 仮に今のは手を抜いただけで、実際には燃やせるだけの火力を持っていたとしても、それに耐えられるだけの装備や道具はないだろう。このろくに身じろぎすらできない状況で装備を切り替えるわけにもいかないだろうしない。


「たすっ、助けて……」

「そうだなあ。同じ転生者って同類だし、まあ殺さないでおいてやってもいいぞ?」


 助けを求められたのでそう言ってやると、アルクは希望を見出したようにパッと顔を明るくした。

 俺はそんなアルクの笑顔に応えるために、パラパラとアルクの頭に種をこぼしてやることにした。


 そして……


「寄生樹、そいつを乗っ取れ」


 スキルを発動させながらそう告げる。

 その言葉を聞き、アルクは目を見開いてこちらを見つめた。


「なん、で……」

「言ったろ、殺さないって。あと百年だか二百年だか知らないけど、頑張って生きろ。第十位階なんだし、エネルギー源としては役に立つだろ」


 身内に手を出そうとしたやつを許すわけないだろ?

 よかったな。生きるだけならとっても長生きできるぞ。第十位階だし、まあ最低でも百年は病気も飢えも痛みもなく過ごすことができるはずだ。ああ、呼吸だって必要なくなるぞ。心臓が無くなっても血液の浄化と循環程度なら植物が代わりにやってくれるし、脳が破壊されない限りはほぼ不死の存在だ。

 もっとも、それが幸せかは本人次第だけど。少なくとも俺はお断りしたい生き方だ。


「さて、これであとは呪いをどうにかするだけだな」


 そういえば、人間の魔王ってのは力を持った異端者のことを言うんだよな。

 その力で人類の害になるようなことをする者が魔王と呼ばれるようになる。

 ……まあ実際は人類っていうか、教会にとっての害になる者、だろうけどな。

 それはそれとして、こいつは錬金術師っていう力があったし、思想も世界平和とは程遠いものだった。

 もしかしたらこいつの進んだ道次第では、こいつが魔王なんて呼ばれていたかもしれないな。過去には異世界人の魔王もいたみたいだし、そういう意味でもこいつはある意味〝相応しい存在〟だっただろう。


 まあここで死んだわけだが。


「《浄化》が使えるやつを集めたって聞いてるけど、そいつらはどこにいる?」

「ここです。ご命令いただければ今からでも《浄化》をかけさせていただきます」

「ああ、なら今から頼む」


 そんなもう死んだやつのことなんて無視して、さっさとやることをやってしまおう。

 とりあえずはこの場の浄化からだな。リリアを助けるのを優先したとしても、助けた直後にこの呪いの空気に触れたらなんか異変とか出るかもしれないし。

 だが、これでもうリリアについては解決したと見て問題ないだろう。


「さて、これであとは呪いの発生源だけだな。そっちに関してはどうだ?」

「申し訳ありません。ただいま探しておりますが、未だ見つからず」


 呪いの発生源……つまりは聖樹の幹についてだ。

 あれほどでかい聖樹の幹をそのまま保存しておくとは思えない……というかできるとは思えない。だってあれ、この教会くらいでかい樹だぞ? そんなものをどこに隠すってんだ。

 なので、圧縮するなり必要な分だけ削り出すなりして保存しておくと思ったんだが、そう簡単には見つからないらしい。

 でも、多分この近くにあると思うんだよな。だってここはこれだけ濃い呪いで満ちてるんだ。どこかから流れ込んできているって考えるよりも、この近くにあると考えるべきだろう。


「そうか……フローラ!」

「はーい! なーにー?」

「ここって、呪いの発生源の近くだよな? それがどこかわからないか?」

「……うん。なんだかね、この周り全部が嫌な感じがするのー」

「この周り全部か。……まあ、ここが中心に近いからだろうな。仕方ないか」


 聖樹の幹を使ってるわけだし、聖樹の反応を辿ることができれば、と思ってフローラに問うたのだが、フローラは残念そうに顔を顰めて首を横に振った。


「でもねー? ここから嫌な感じがするのはほんとだよー」

「じゃあ、ここを中心に探せば、教会のどっかしらにはあるわけだ。それがわかっただけでも十分だ。ここを徹底的に探せばいいわけだからな」


 でも、それをするにしても教会の兵が邪魔なんだよな。教皇はいなくなってもいまだに戦ってるわけだし。

 一応正面は婆さんが参加してるから負けることはないはずなんだけど、それでも敵の数は多いだろうし、婆さんに頼んだのは陽動だからな。圧倒的な力を見せれば敵は逃げていくかもしれないからほどほどに加減してもらってる。

 なのでまだ戦いは続いているはずだ。

 と思って植物たちに確認してみたのだが、やっぱりまだ教会の正面ではカラカス対教会で戦闘が起こっている。


 もう殲滅してもいいって伝えてもいい気はするけど、もう少し待つべきだろう。ここで伝えてしまうと、その後にここにやってきて邪魔をする輩が出ないとも限らないからな。

 やっぱり婆さんたちに伝えるのはリリアのことを回収してからにしよう。それから、他のエルフ達も。もう『樹』になってる分は仕方ないとしても、まだの奴らは探し出さないと。


 そうして話をしつつ考え事をしつつ浄化の様子を見ていたのだが、しばらく待っていると、ぐちゃっと上から何かが降ってきた。


「——あ? あれは……教皇? こんなところに来たのか」

「錬金術師を当てにしてでしょうか? それとも何か別の?」


 ここは地下だが、この部屋は上が吹き抜けになっている。暗いのも相まって、上を見上げても天井が見えないくらいの高さだ。

 そんな吹き抜けとなっている部屋の上空から、どこかへ消えたと思っていた教皇が落ちてきた。

 その体はある程度人の形は保っているものの、その大部分が変異しており、俺が植え付けた樹も、その一部は残っているものの変異に呑まれてしまっている。


 そんな異形とかした教皇だが、元々瀕死状態だったのもあるが、たった今上空から落ちてきたこともあって余計に死にかけとなっている。一応生きているみたいだが、ピクピクと微かに動くだけだ。


「どうされるのですか? リリアがそばにいますが」

「……助けに、行くか。もう呪いもだいぶ消えただろ?」


 本当なら呪いが完全に消えてからリリアを回収に行きたかったが、なんか変なのが来てしまった。

 あれを放置しておいても問題ない気もするが、もし何かあれば事だ。多少の不快感や疲労は無視してでもリリアの回収に向かうべきだろう。リリアだってこの程度の呪いなら多少気持ち悪い程度で済むだろうし。


 そして、今度こそアレの処理をしておこう。これ以上余計なことをされると面倒だからな。


 リリアを助け出そうと突入しようとしたところで、ガバッと動きだし、リリアが収められている容器に抱きついた。

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