第566話聖都脱出

 

「下がるぞ! 総員撤収! 他にも何か異変が起こる可能性を考えておけ!」


 道中でも倒したはずの敵兵の姿は無くなっており、その代わりにとでも言うかのようにフラフラと歩き、襲いかかってきたり、体の一部が変異していたり触手が肉を破って出てきていたりした者がいた。


 そんな化け物どもを片付けつつ婆さん達と合流するために教会の正門へと向かっていったのだが、どうやらカラカスの奴らはまだそこに留まっていたようで、無事に合流することができそうだ。

 ただし、無事にとは言っても何事も問題なく、と言うわけではない。

 俺たちが道中で襲われたように、婆さん達も絶賛襲われている最中だった。


 そんな化け物達を背後から蹴散らし、俺は婆さんの姿を探そうとしたのだが、俺が探す前に婆さんの方から姿を見せた。


「婆さん! よかった。死んでなかったな」

「勝手に殺すんじゃないよ、アホたれ」


 いつもならもっと雑談をしたり冗談を交えての会話になるのだが、婆さんも今は余裕がないのだろう。余分な話なんてせずにすぐに真剣な表情で本題へと移った。


「それで? これはどう言うこったい?」

「俺が聞きたいくらいなんだが……多分結界の暴走。あるいは、結界が壊れたことで呪いが暴走したかのどっちかだと思ってる」

「どっちにしても、何かしらが暴走したってことかい。面倒だねえ」


 面倒という意見には俺も同意だ。なんらかの正規の方法でこうなったんであれば、それを止めれば解除できる可能性があるが、暴走となると止め方があるのかどうかわからなくなる。


「とりあえずこっから離れるよ。こんなところじゃおちおち話もできやしない」


 しかしこの場でじゃあどうするのか、なんて話していても答えが出るとは思えず、またそうするだけの時間もないため、俺は婆さんの言葉に頷きここから離れることにした。


「街全体でこれかよ……」


 だが、部下達に指示を出して教会前から離れて行ったのだが、街全体で植物が異常生長をしていた。教会よりも進行度は遅いみたいだが、それでもこのまま時間が経てば街全体が植物だか触手だかわからないものに飲み込まれることになるだろう。


 それに加えて、植物だけではなく、変異体も数を増やしていた。おそらくは元住民達だったものが変わってしまったんだろう。


 中には変異していない住民も見つけたが、それは無視だ。もしかしたらそいつらも突然変異するかもしれないし、そもそも一般人では俺たちの走りについてこれない。俺たちは最低でも第五位階以上だからな。身体能力が違う。

 そんな状況で助けるとなれば、当然助けたやつの速度に合わせるか、担いでいくかになるけど、速度を落とすのは論外。でも担いでいけるのかって言ったら、それも怪しい。何せ今は俺たちの安全だって確保できていないんだ。こんな危険地帯で手が塞がるようなことはできるだけ避けたい。

 それに、助けるとなれば話をして説得をしてからじゃないと暴れられることもあるだろう。そうなれば無駄に時間が取られることになる。

 助けて時間を取られた結果、被害が出ましたじゃ話にならない。


 俺だって助けたくないわけじゃない。無駄な死は避けられるのなら避けたい。

 だが、俺はカラカスの王だ。自分の国民の命が最優先で、それ以外の存在は後回しだ。それが敵対したことがある国ともなれば特にな。


 なので、助けを求める者はいたが、それらを振り切って俺たちは街の外へと出て行くために走り続けた。


「もうすぐ街を抜けられるぞ!」


 そして、もう街の外へと続く門が見えたところで、俺の前を走っていたカイルがそう叫びながら背後へと振り返った。


「——は?」


 だが、そうして振り返ったカイルは間の抜けた声を漏らした。


「カイル!? どうした!」


 走っている足は動いているがその速度は明確に遅くなり、それを見た俺は怒鳴るようにカイルに声をかけた。


「建物が蠢いて……いや、なんだ? 化け物になってる?」

「は?」


 カイルが何を言っているかわからず、俺は眉を顰めながらもカイルと同じように後ろへと振り返ったのだが、そこでカイルと同じように間の抜けた声が漏れた。


「ほら、坊! そんなとこで足止めてんじゃないよ! さっさと進みな!」


 足が遅くなった俺の頭を叩いて婆さんが急かすが、俺は後ろに広がっている光景が気になりすぎてどうしても意識がそっちへと向いてしまう。


 俺の見ている先、元は教会があった場所では、人ではなく教会そのものから植物のような触手のようなものが発生し、それが一つの大きな塊を作ろうと蠢いていた。


 地面を突き破って生えてくる植物達はあるものの、他の家は家から直接植物が生えるなんてことはないのに、教会だけがそんなおかしなことになっている。まるで、あの建物自身が生きているかのようにすら思える。


「あ、ああ。いやでも、あれ……」

「何が起こってるかなんて後で考えな! 今はこっから離れることが先だよ!」

「……そうだな。悪い、婆さん。——行くぞ!」


 教会が蠢き出し、巨大な触手を束ねた塔のようなものへと変化していくが、それを気にしつつもひとまずはこの場から逃げるために再び速度を上げて走り出した。


「なんとかここまで逃げてこられたけど……どうする?」


 しばらく走っていると聖都から抜け出すことができたが、それで安心して足を止めることはせず、聖都から少し離れた場所までやってきた。

 ここまで来ることでようやく一息つけたが、走り続けたことで調査用に連れてきた者達は死んだように倒れている。しばらくは休めるだろうから休ませておこう。まだ今後の方針も決まってないし、今すぐに動いてもらうことがあるわけでもないからな。


「どうするってか、そもそも何がどうなってんのかわかんねえとどうしようもなくねえか?」

「まあそうかもしんねえけど……」


 座り込んでいる俺の隣で息を切らしているカイルの言葉に、俺は同意の言葉をこぼす。

 そうなんだよな。何が起きてるのかわからなければどうしようもない。

 おそらくは呪いの類だと思うけど、あそこまでの呪いっていうと、本当に邪神なんかが顕現したって言われても信じそうだ。

 だがそうなると、俺たちだけじゃあどうしようもない事態なんじゃないか?


「少々宜しいでしょうか」

「ソフィア? ああ、なんだ?」

「とりあえず、一旦落ち着くために拠点の作成はいかがでしょう? 簡素なものであっても、隠れる場所や守るための場所があると精神的な疲労は変わりますので。加えて、この状況では休むことも大事ですが、何かしらの行動をさせておいた方が落ち着けると思います」

「……そうだな。それじゃあ、あー……土を半球状固めた部屋みたいなのを作るように指示出してくれ」


 イメージするのはトーチカだ。周りに隠れるものが何もないこの場所では、敵が現れた時にすぐに目についてしまう。

 だが、持ってきているテントなんかを使っても、目立つことに変わりない。そのため、周囲の色と同じで目立ちづらく、防御力もそれなりにあるトーチカを作ってもらう。形がわかるかは不明だが、まあなんとなくの形さえ合ってれば今はそれでいいだろう。


「かしこまりました」


 俺が指示を出すと、ソフィアは軽く礼をしてからその場を離れていった。


 その後は寝ていたやつも叩き起こして陣地の作成をしていき、ひとまずは様子見ということになった。


「動きはねえな。いや、動き自体は植物? が蠢いてるからあるけどさ」

「こんな時にバカな冗談言ってんじゃないよ」


 だが、様子見と言っても何もしないと言うわけではなく、俺は婆さん達と現状や今後について話をすることにした。


「とりあえず、身内に死人は出ちゃいない。怪我はいるけど、そっちは念のため浄化をかけてから治しておくように言っといたよ」

「ああ、助かる。そうか、浄化しておいた方がいいよな」


 あれだけの呪いで異常が起こったんだ。そこで怪我を負えば、そこから侵食されて……と言うことも考えられる。意味があるかないかわからないが、やっておいて損はないだろう。


「んにゃああーー!?」


 と、軽い状況確認をしていると、突然近くのトーチカから悲鳴のような声が聞こえてきた。それも、俺が聞き慣れたくないけど聞き慣れてしまった声が。


「敵ひゅうっ!」


 寝起きだってのによく叫ぶもんだな。しかも噛んでるし。

 まあ、ヤバい状況だったって理解してるんだからいいか。


「……ふいぃぃ〜〜。夢か……」


 こんな土でできた部屋の中を見回しておいて、なんで何も異変を感じないんだよ、このアホは。

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