第562話〝元〟ザヴィートの錬金術師
「錬金術師……ザヴィートにいた第十位階か」
白衣を着ているその者の名前はアルク・ハーオス。世界中のすべてを見下しているような、つまらなそうな目をしている男だ。直接顔を見たことはないが、部下に手に入れさせた似顔絵とそっくりだから間違い無いだろう。
王国から逃げてここに流れたとは予想していたが、まさにドンピシャだったわけだ。
まあ行方がわかったんだったらそれはそれで構わない。便利だったら使えばいいし、仲間になるってんだったら受け入れるけど、敵対するんだったら殺すだけだ。
そんなわけで早速行動に移していきたいわけだが……
「っ!」
一歩踏み出して前に出たところで、急に呪いの気配が強まった。
耐えられないことはない。だが、俺に負担がかかるってことは、つまりフローラにも負担がかかるってことになる。
そのため、俺は咄嗟に一歩足を引き、そうすることで呪いは一気に弱まった。
どうやら、ここから先は呪いで満たされた領域ってわけだ。おそらくはあの聖樹の周辺と同じ。呪いに侵され、魔界とでも呼ぶべき状態になってしまっているんだろう。
そして今俺たちが感じている呪いの気配は、この先から漏れ出た呪いの極一部。
無闇に進むことができず、俺は一旦状況の確認を行うことにした。
「あれが番人か?」
番人がいてリリアを助け出せない、って伝えられていたが、その番人というのはあの変異体のことだろう。だって、いかにも番人です、ってかんじするし。
「は、はい。近づこうにも呪いがあり、動きが鈍ったところをあの異形によって止められてしまいます」
俺の言葉に、すでに何度かリリアの奪還を試したのだろう。部下の男がそう答えた。
その言葉を受けて改めて変異体を見るが、確かに受ける圧は親父と同等……とまではいかないが、かなり強い。そんじょそこらの雑魚とは比べ物にならないほどだ。第十位階くらいの強さはあるんじゃないか?
ただ、おそらくあれは試験体。でなければ、今まで変異体が現れたときに出てこなかったわけがないからな。
奥の手だから今まで隠しておいたって可能性もあるけど、今は状況が状況だ。
隠すにしても、ここまで攻め込まれたんだったらもっと配置してもいいんじゃないか? それこそ、何十と並べて隊列を組ませたり、壁際にずらりと並ばせたり。それをするだけの広さがあるんだから問題ないだろうに。
それをしていないのは、数がそれほどいるわけでもないからだと思う。
あるいは、視界に入ると邪魔だから別室で待機させているとか、こいつがものすごく性格が悪くてこの状況でもまだ戦力を隠しているって可能性もないわけではないか。
けどまあ、あらかじめ予備がいるつもりで戦えば、なんの問題もないだろう。あれが呪いによって生み出された存在なら、浄化すれば倒せるわけだし。
そうでなくても、この場に満ちている呪いさえどうにかできればうちの奴らならあの変異体とも戦うこともできるだろう。
「魔法はどうだ? あとは弓とか。呪いの範囲外からやれば動きが鈍ることもないだろ?」
「おそらくは錬金術によるものだと思われますが、敵が何か薬をばら撒いてから魔法は解除されてしまうようになりました」
「解除?」
「はい。一定以上近づくと、霧散するように消えてしまうのです」
「魔法無効化の薬とかそんなのか。……なら弓の方は?」
「そちらも試してはみましたが、あの異形達によって遮られてしまいまして」
「あいつらにねえ……結構隙間があるように見えるけど、そこを狙ってもダメか?」
「狙ってはみました。ですが、あいつらは視認してから動いて止めるので、隙を狙っても止められてしまいます」
高位階の者が放つ矢を視認してから防ぐってことは、やっぱりそれなりの位階があるってことだよな。
「まあ、あいつらも他の変異体と同じだってんなら、それなりに動けるか。……仕方ない」
変異体は元となった人物よりもその能力が強化されている。その強化率は、大体三、四位階分くらい。一般人であっても強者と渡り合うことができるようになるのだ。
それがさらに強化されたとなれば厄介だし、元となった人物が高位階であれば尚更だ。
第七、第八位階のやつが使われでもしていたら、第十位階なんて壁をぶち破ることになる。
「人は呪いの内に入れず、魔法は解除される。弓や投石は変異体によって防がれる、か」
近接攻撃も遠隔攻撃も封じられていると言ってもいい状況だな。
でも、実際に見ないことにはなんとも判断できないな。呪いの影響で近寄れないってのは、今体験して理解した。でも、魔法以外の遠距離からの攻撃をどの程度の速さで反応し、どう対処するのかはわからない。
「試しにやってみてくれ」
部下達にそう指示を出すと、弓を使う部下の一人がまっすぐ矢を放った。
それは俺に向けられれば反応することもできずに射抜かれるだろうという速さのものだったが、話に聞いていたように見事に防がれてしまった。それも、自分の体を割り込ませるというとても雑な方法で。
しかし、体を割こませたとなれば当然ながら放たれた矢が刺さることになるのだが、変異体はなんの問題もないとばかりに刺さったままの矢を放置して元の体勢に戻った。
攻撃は効かないわけじゃない。であれば、このまま遠距離から攻撃し続けてハリネズミにしてやれば……
なんて思っていると、変異体は微動だにしないまま、矢の刺さった箇所だけが蠢き、刺さった矢を排出してしまった。
その後に残ったのは、足元に落ちた矢と、無傷の変異体だった。
……あの再生力は面倒だな。ただ、攻撃自体が無効化されるってわけじゃないんだったら、やりようはあるかな。
たとえば、排出できないくらいに深く、複雑に体内に潜り込んでしまう攻撃とかなら、ダメージはあるだろう。
「いい加減鬱陶しいから帰れよ。殺さないでおいてやるからさあ」
どう攻撃しようかと考えていると、変異体の奥……錬金術師のアルクがめんどくさそうに声をかけてきた。
その言葉は、ただ単にめんどくさいから故の発言にも思えるが、俺はそうは思わなかった。
確かにここまで攻め込んできた勢力と戦うのはめんどくさいだろう。だが、放置しておけばもっとめんどくさいことになるとわかるはずだ。
にもかかわらず放置する? そんなことをするよりも、さっさと倒したほうがいいだろ。ここには他よりも優れた番人がいるんだからさ。
それをしないってことはつまり、あいつはめんどくさいから俺たちを殺さないのではなく……
「お前は俺たちを殺さないんじゃなくて、殺せないんだろ? 今の言葉でわかったけど、そいつらはこの呪いの影響が強い場所でないとまともに動けないんじゃないか? だからこそ、俺たちを攻撃してこない」
そう。あの番人たちは呪いの範囲内から外に出すことができないから、呪いの外にいる俺たちを攻撃してこないのだ。
でなければ、何度も攻撃を仕掛けた『うっとうしい奴ら』なんてすでに殺しにかかってるはずだ。
「攻撃しないのは、お前らの死体でここを汚したくないからだっての。なに調子に乗ってんの? ってか、お前がその雑魚どものボスなのか? ……ガキじゃん」
アルクは眉を寄せて俺たちのことを観察すると、俺に視線を合わせてから嘲るように笑みを浮かべた。
ガキって言っても、これでももうすぐ二十になるんだけどな。成人してるんだぞ。まあ他の奴らやアルクに比べればガキだけどさ。
「まったく……錬金術師なんて手に入れたから好き勝手やろうと思ってたのに、くそ王に呼びつけられるわ王国は滅ぶわ、挙げ句の果てに逃げてきたここまで攻撃されるなんて、どんだけ呪われてるんだよ」
……? なんだこいつ。この物言いだと、まるで錬金術師という職を自分の力で掴み取ったみたいな感じになるぞ。
天職は一度定まってしまえばもう変えることはできない。そして自分で選ぶこともできない。
それがこの世界の常識で、ルールのはずだ。それを覆すことができるのか?
「そりゃあ呪いの中にいるんだから、呪われてもおかしくないだろ。ついでに、王国はまだ滅んでいないぞ」
「ちっ。そういうこと言ってんじゃねえよ、凡人。うっさいから黙ってろよ」
適当に言葉を返しながら頭の中で考えていく。果たしてこいつはこの世界のルールから外れた存在なのだろうか?
……いや、それはないな。元々が錬金術師で、後から剣士やなんかに変わったってんだったらまあまだ理解できる話だ。錬金術は戦闘系ではないし、手間も時間も金もかかるけど、それらを揃えることができるなら腕さえあれば万能の職だ。だから、転職を変える不思議な術だか道具だかがあったとしても、あるいはできたとしても理解はできる。
だが、こいつはそうではない。今の時点で錬金術師なのだ。であれば、後天的に変わったという可能性はかなり低くなる。
にもかかわらず自分の力で手に入れたような発言をするってことは、天職を授かる前になんらかの行動によって自分で職を選んだ?
でも、職を得ていない者に何ができるってんだ? 他人になんらかの術を施してもらった可能性はあるが、神のかけらなんて神様の力に干渉するんだ。〝最低でも〟第十位階になっていないとだろう。だが、こいつ以外で錬金術師の第十位階なんて者がいるなんて聞いていない。
あるいは、神様自身ならできるだろうが、祈ったところで変えてくれるわけが……いや、神様自身なら、か。
そうだな。それなら確かにできるだろうな。問題点としては、神様がそんなことをしてくれるのかって話になる。ただ祝福されている、注目されている程度ではダメだろう。それこそ、直接会ったことがある者でもない限り。
しかし、神様にあったことがあるってなると、こいつは……
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