第561話リリアの元へ
「これで終わったな。それじゃあリリアのところに行くか」
ここは終わったし、ダラドも消えた。あいつ、クソ厄介だったからな。処理できたのは、ある意味で幸いだ。
しかしまた、なんでこんな急に変化が訪れたんだ? 俺たちがここにやってきたことで何か対策をうとうとして失敗した?
その失敗した何かってのは、リリア関連か?
呪いがあいつを取り込んだことで、またバランスが崩れたと考えれば、この状況も理解できなくもない。
あいつは聖樹の御子だし、呪いの大元である邪神と敵対している神樹の力を宿している。
そんなリリアから力を吸い取ったことで、呪いに神樹の力が混じってしまい、暴走した。
あるいは、神樹の力を吸ったことで結界が活性化し、呪いにとって悪影響が起こり、暴走。
多分そんなところじゃないだろうか?
「な……なんであんなことをしたんだ!」
そうしてリリアの元へと向かおうとしたのだが、今度はダラドではなく勇者が俺の行く手を遮った。
「あんなってのは、さっきの支援のことか? ひどいな。苦戦してるようだったから手を貸してやったのに」
「お前の手なんて借りなくても、俺は勝つことができた!」
「でも、さっきの時点では勝てていなかった。今はあんなやつ一人に構ってる時間なんてないんだ。お前も周りを見ればわかるだろ? もう教会は化け物だらけ。一人のことを気にしてるわけにはいかないんだよ。仲間一人を取るのか、それとも無辜の民を取るのか。選ぶんだったらお前はどっちを選ぶんだ、勇者様?」
そう言ってやると、勇者はそれ以上何もいえなくなったようで構えていた剣をゆっくりとおろしていった。
納得したのか心が折れたのかそれ以外なのかはわからないが、とりあえずこれ以上邪魔をしないということに以外はないのでどうでもいいな。
そうして俺は再び歩き出した。
「——って、ああそうだ。教皇を連れて行かないとなんだ……た?」
だが、数歩ほど歩いたところで、教皇の存在を思い出した。あいつを置いていくわけには行かないんだった。
しかし、そう考えて振り返った先には教皇の姿はなく、あるのは仲間達の姿だけ。
仲間達がたくさんいすぎて見えないだけかとも思ったのだがどうにも教皇に植えた植物達の反応もない。考えられる理由としては、その植物達がなんらかの理由で死んだか、あるいは、俺のスキルの範囲外へ出たかだ。
「……誰か、教皇を確保した奴はいるか? ってか護衛はどこ行ったんだよ」
一応その場にいた仲間達に聞いてみたのだが、首を傾げたり話し合ったりするだけで誰も明確な答えは返してこない。そもそも、教皇や護衛の姿を見たことすらないのでわからないのかもしれない。
「あー、あいつら、もしかしてさっきのでまた変異したんじゃないか? 寄生樹が操ってたって言っても、まだ変異体であることに違いはないだろ?」
俺の問いかけにカイルが答えたが、確かに言われてみればその可能性は十分に考えられるな。
なんの問題もなかったダラドが変異したくらいだし、変異体の部分が残っていたあいつらなら、多少の細工をぶち破って再び変異する可能性は十分に考えられた。
まあその結果はその辺に転がってるしたいの仲間入りなわけだが、少し困ったことになった。あいつらがいなくなったことで教皇がどこへ消えたのかわからなくなってしまったのだから。
けど、まさか教皇があの状態で逃げ出すとは思わなかったな。油断していた、と言われればそれまでなんだけどさ。
「はあ……あいつ、あの状態で動けたのかよ」
いや、と言うよりも、動けるようになった、のほうが正しいのか?
他の奴らがこれだけおかしくなったんだ。教皇だって力を手に入れて動けるようになった、というのはおかしい事ではない。植物の反応がないのだって、範囲外に逃げ出したのではなく変異したことで植物を飲み込んだと考えた方が正しい気がする。
「また、めんどくさいことに……」
もう何もできないだろうと思っていたが、逃げ出されたとなると嫌な予感しかしない。
とはいえ、今は教皇の捜索に時間を割いている余裕なんてなく、リリアの回収を優先すべきだろう。
「とりあえず、ここにいる半分は逃げた教皇の捜索をしろ。必要なら追加で人を使っても構わない。残りは俺と一緒にリリアの確保だ。ああ、あとそいつら燃やしておけ。呪いをばら撒かれたら困るからな。それじゃあ、行く——」
「ま、待て!」
「……なんだよ勇者。さっきのは感謝するけど、今は急いでんだ。わかるだろ? 邪魔するようなら、殺すぞ?」
「うっ……あ……」
邪魔されないだろうな、と思っていたのに再び邪魔されたことで、俺は苛立ち混じりに殺気を叩きつけながら勇者の言葉に応えた。
「い、いったい……いったい何が起きてるんだ! お前達は何をしたんだ!?」
「知らねえよ。俺達だって混乱してるんだ。今回俺たちがここに来たのは、仲間が教皇に拐われたからで、別に何かするつもりはなかった。何かしたんだとしたら、それは、そこに倒れてるそいつらだろうな」
そいつら、というよりも、そいつらの関係者ってところだけどな。もっと言えば教会の奴ら。
「知りたかったら勝手に調べておけ」
今度こそ俺は歩き出し、呆然としている勇者を置き去りにしてリリアの元へと向かっていった。
しかし、リリアのところへと向かうって言っても異変が治ったわけではなく、道中で変異体に襲われ続ける状況は変わらなかった。先ほど加わった部下達が敵を排除してくれるから俺自身がやることはないんだが、なんとなくめんどくさいというか、精神的に疲れる。
そんな中、ふと思ったので変異体に《潅水》を放ってみることにした。
「効果抜群なのかよ……」
《潅水》を食らった変異体は水分が抜けるように萎れていき、しまいにはミイラのような姿へと変わってしまった。
この水をかけることで呪いを除去することができたんだし、呪いの塊とも言える変異体に効果があるのも理解できる。
でも、ここまで効果があるとは思わなかった。だって、呪いの塊って言っても所詮は人間が変わった姿だし。
「出会う者全員にその水をかけてみてはいかがですか?」
萎れた変異体を眺めていると、ソフィアがそんなことを言ってきた。
「は? これを?」
「はい。これまでの道中や聖樹を浄化できたことで、炊き出しでもヴェスナー様の出した水を使うことで呪いの除去の効果を期待しました。そして、おそらくそれは実際に効果があったと思われます。ですので、体内に入れるよりは効果が薄くなると思われますが、水をかけることで変異を抑えることができるかもしれません」
「なるほど。まあやる価値はあるか」
倒すことはできるけど、手間じゃないかって言うとそうではない。なので、あらかじめ変異させないようにできるんだったらそれはアリだ。
もしかしたら、炊き出しの時のように水をかけられたことで変異する可能性もあるけど、それはそれで構わない。
後で変異するかもしれない、なんて考えていると下手に保護するわけにも行かないし、問題がややこしくなる可能性もある。だったら最初っから変異させて後の不安を刈り取っておいた方が楽だ。
「——ついたな。おい、道を開けろ!」
まさか大聖堂の真下にあったとはな。しかも行き方が礼拝室から秘密の通路を使って——って、だいぶ神様馬鹿にしてないか? 神様に祈りを捧げる場所から邪神関連の場所への秘密の通路って……俺は宗教家じゃないから別にどんな構造してようとも構わないけどさ。
そうして地下へと進んでいくが、下に降りていくほど嫌な感じが強くなっていく。これは、聖樹のところで感じた気配と同じ——つまりは呪いの気配だ。おそらくだが、この先では呪いが他の場所に比べて濃くなっているのだろう。
だがそれも当然か。何せ、この先には呪いの発生源があるのだろうから。
階段を下っていきたどり着いた地下では、地下にふさわしくないほどに広い空間が広がっていた。
しかし、通路の先には広い空間があるというのにも関わらず、この場を探し当てた部下達はその部屋の奥へは進まず、入り口の周りで屯している。
そんな部下達をどかしたことでようやく部屋の全貌を見ることができた。
天井は吹き抜けで、中央にはなんかでかい塊とごちゃごちゃした機材。そしてそこから伸びる管が部屋中に張り巡らされており、壁の向こうへと繋がっている。
そしてその中央の機材の中には、俺たちの目的であるリリアが入れられており、身体中にコードが接続されていた。
今すぐにでも助けに行くべきだし、なにもその役は俺でなくてもいいのだ。にもかかわらず、発見した者達はリリアのもとに向かうでもなくただ見ているだけ。
その理由が、部屋を守るかのように俺たちの視線を遮る三体の変異体。それも、これまでとは比べ物にならないような圧を感じる個体だ。
そして、そのさらに奥。中央の機材の横には一人の男が立っていた。
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