第560話背中を押してやった
部下からリリアが見つかったと報告を受け、ようやく見つかったかとホッと軽く息を吐き出す。これでまずは一安心ってところだな。
でも、お楽しみ中って、そんなに楽しそうだったか? これは作戦の一部だったから時間稼ぎとして戦ってたはずだし、そのつもりだ。まあ楽しくなかったって言ったら嘘になるし、実際楽しかったけど、それは他人から見てわかるほどだったか。
作戦を蔑ろにして自分の楽しみを求めた、か。
やるべきこと、忘れてはならないこと、色々あるはずなのに、それでも同じような失敗を重ねてく。その度に思うけど……
「流石は凡人だな、俺は」
こんな大事な時であっても役割を忘れて自分の楽しみを優先するだなんて。王様として今後やっていくには致命的だろ。王の器ではなく、その時その時の自分を優先して先を見ずに行動する凡人。それが俺だ。
みんなはそれでもいいっていうかもしれないけど、やっぱり問題だと思うんだよなぁ。
「は?」
「ああいや、なんでもない。それより、どうだった?」
「見つかりはしたものの、呪いの影響が濃く、近づけません。現在は浄化を使える者を集めて道を作っている最中ですが、番人がいるためにあまりうまくいっていないようです」
「呪いか……。まあ呪いを封じ込めるんだったら呪いが濃いところに近い方が効率的か」
結界に関するあれこれで捕まえたんだから、どう使うにしても結界のそばの方が使いやすいってのはあるだろうな。
「ならそろそろ切り上げてそっちにいくとするか」
これで教皇を潰すことと、リリアを回収すること。この二つは片付いた。まあリリアに関してはまだ片付いていないけど、場所がわかったんだったらあとはどうとでもなる。
そうなると、他にやることと言ったら呪いの大元を探し出すことだ。
そしてそれを浄化して完全に消し去れば、それで今回の騒ぎを起こした目的は全部果たせることになる。
ただ、このまま行くとなると、教皇を放置して行かないといけなくなるが、それはダメだ。
もう動けないとはいえ、教皇はこっちの手で確保しておかないと。
今の教皇は寄生樹に体を乗っ取られているが、それを取り払うことは可能だ。だが、寄生樹を取り払って普通の状態にするにしても、寄生樹やスキルを使って操るにしても、本体がいないとどうしようもない。その対応はその時の状況次第で変わるだろう。
なので、教皇はどうにかしてこっちで保護しておかないと。
「良いか、よく聞けよ勇者。お前はこの世界の住人じゃない。いわば人攫いにあったわけだ。だからこの世界の事情に巻き込まれたんだとして、一度だけは見逃してやる。だが、二度目はないぞ」
そう言いながら、端の方で元教皇の部下だった奴らに守られている教皇の元へと近づいていくが……
「なんだ。まだ戦うつもりか? こっちはそれなりに急いでるんだからどいてくれないか?」
俺に直接襲いかかってくるのではなく、まわり込んで教皇と俺の間に立ったダラドが盾を構えて邪魔をした。
「ふざけるな! 教皇様は貴様らなぞの手には渡さん!」
「そうか。……まあ、お前は勇者と違って生かしておいても邪魔にしかならないし、仕方ない」
流石にこの状況になれば、勇者だって俺がダラドを殺しても文句言わないだろう。……いや、言うだろうけど、多少なりとも納得はするはずだ。あの状況では仕方がなかったって。
「あぐっ……! ぐぎ、があああアアアア!?」
そう思ってどう殺すか考えていたのだが、その本の数秒の間にダラドが突然叫び出した。
「ダラド……?」
勇者が心配するようにダラドの名を呼んだが、ダラドはそれに応えることなく自身の体を押さえて悲鳴を上げるだけだった。
「おいどうしたんだ!?」
そんなダラドに勇者が再び声をかけるが……ずるり。そんな音が聞こえてきそうなほど不気味な触手がダラドの体から生え出した。
「は? え、あ、な……なんっ! 何がっ!」
突然のダラドの変化に、勇者は混乱した様子で言葉を紡ごうとしたが、失敗。ただわけもわからず声を漏らすしかできていない。
「……何をした!」
「なんで俺なんだよ……」
ついには俺へと怒鳴りつけてきた。なんでこの状況で俺がこいつに何かしたと思うんだよ。
いや、この状況だからか? ダラドは明確に邪魔をしたし、俺がそれを殺すために何かをしたと考えても仕方ないか?
あの触手だって、ちょっと黒くて不気味な蔓に見えないこともないし。まあ、その黒さと不気味さが問題な訳なんだけど。
「呪い? でもこいつは何も口にしてなかったはずだ。それに、なんか今までと違う……?」
そう。これは呪いの発現だ。前に遭遇した盗賊達や、俺たちが炊き出しをしている時に現れた変異体。ダラドはそれになったのだ。
だが、こいつは直前まで何も口にしていなかったはずだ。俺が水をぶっかけたわけでもないし、薬を飲んだわけでもない。
俺が教皇のところに行くために目を離した隙に飲んだってこともない。何せ、俺はこいつらから目を離していても、植物達から情報を得ていたのだから。
つまり、なんの前触れもなく突然変異したことになる。
ダラドがどうして変異体になんてなったのかわからないが、とりあえず処理するのが先だ。どうせ殺すつもりだったんだし、こうして変異してくれたのはありがたいといてばありがたい。これなら後で勇者に文句を言われることもないだろうからな。
まあ、この勇者ならこんな状態であっても仲間を殺したら文句を言うかもしれないけど。
「報告! 教会の者らが異形へと変異しました」
そう考えて攻撃を仕掛けようとしたところで、リリアの発見報告に来たのとは別の部下が現れ、そう報せてきた。
まさか、こいつだけじゃなかったのか。
こいつが変異したのはこいつが何かをしたわけではなく、他の場所で何かが起こって、その影響ってわけだ。
なんか、だいぶめんどくさいことになってる気がするな。
「このタイミングでかよ。なんだってそんなことに……いや、今は片付ける方が先か」
ダラドに向かってヤシの実を放つ。それも、一つではなく何個も連続して。
「硬った……」
大砲の連射とも言えるそれは、だが盾を取り込んで膨れ上がった腕によって弾かれてしまう。
一応、今のは俺の攻撃の中で最大火力だったんだけどな……。確かに総合火力は出ても一撃の威力があるわけじゃないし、仕方ないといえば仕方ないんだけど……
「——《轟天》!」
と、俺がヤシの実を放ち終えた直後、ダラドの背後からカイルが近づき、スキルを発動させた。
雷が落ちたかのような轟音を響かせ、ダラドは吹き飛ばされる。
だが、吹き飛びはしたものの、今の攻撃も瞬間的に盾で防いだようでダメージがあるようには見受けられない。
さらに最悪なことに……
「チッ。さらに追加かよ!」
俺たちの元へと集まるように十数体の変異体が集まり始めた。
さっさとリリアのところに行きたいんだが、これを放置していくわけにもいかないし……あ。ちょっと待てよ? こいつ、何も俺だけで倒すことなくねえか? 具体的にいえば、勇者がいるんだから押しつければいいじゃん。仲間の問題だし、きっと頑張ってくれるだろう。
「おい勇者。お前らのお仲間が化け物になったけど、あれでもまだ殺したら怒るのか? まだ仲間だって言い張るのか?」
「あ、当たり前だ! どうにかっ……どうにかする手が必ずあるはずだ」
必ず、ねぇ……。この世の中、そんな都合のいいことはないと思うんだけどな。解決策が存在しないことなんて、無数にある。
まあ、そう信じているんだったらそれはそれで構わない。
「なら、あいつはお前がどうにかしろ。手足を切り落とすでもして動きを止めろ」
「そんなことできるわけがないだろ!? 仲間なんだぞ!」
「仲間だからこそ、だろ。まずは動きを止めないことにはどうすることもできないと思うが、お前、あれを無傷で捕らえることできるか? 手足は失くしてもまた生やすことは可能だ。今はあれをどうにか止めるのが先決じゃないか?」
俺としてはおそらくもう元に戻ることはないだろうと思っているが、治すにしてもまずは動きを止めないといけないってのは間違いない。
それを理解したようで、勇者はダラドに向かって剣を構えると、背後にいたカノンとリナに声をかけた。
「カノン、リナ! ダラドを止めるぞ!」
「え、ええ。分かりましたっ……!」
「元に戻す方法なんてあるのかしらね」
そうして二人の支援を受けて勇者はダラドへと突っ込んでいき、戦い始めた。
「さて、これでよし。あとは雑魚を片付けないとだな。と言っても……」
俺はその間に周りに集まっていた雑魚どもを処理しようと辺りを見回したのだが、すでにカイルやベルが攻撃を仕掛けている。元々が戦う者ではなかったのか、前に会った盗賊の変異体よりもはるかに弱いようで、カイル達であっても苦戦することなく倒すことができている。
だが見ているだけってわけにもいかないので、俺も参戦することにした。
それから数分と経たずダラド以外の変異体は駆逐され……たかと思ったら他の場所から集まってきたのか増援がきた。
「坊ちゃん! ご無事ですかい!?」
しかし、それと同時に俺たちの仲間も増援としてやってきた。数は百人程度だが、この程度の敵が相手なら十分だろ。
そういうわけで、雑魚の処理は仲間達に任せておけばいいだろうと判断し、俺は勇者とダラドへと目を向ける。
「ダ、ダラド。頼む、正気に戻ってくれ!」
「ゆう、しゃ……うらぎり、ものめ……」
ダラドと勇者は剣を交えているが、今までの変異体と違ってダラドには多少なりとも意識が残っているのか、勇者に『裏切り者』と口にしている。これは今の状況を指してのことなのか、それとも元々ダラドは勇者のことをそう思っていたからなのか。
どっちにしても、ダラドは勇者のことを本当の意味で仲間だとは思っていなかったようだな。
「これは、裏切ったんじゃない。お前を助けるためなんだ!」
そう言いながら、勇者はスキルを発動させたのか光り輝く剣を上段から振り下ろした。
隙が大きく見え見えの攻撃だが、単調な動きしかしていない今のダラドには技術よりも力が必要だと判断したんだろう。
だが、いくら単調とは言っても、そんな分かりやすい攻撃であればダラドも防ぐことができる。
勇者の攻撃を防ごうとダラドは腕と同化した盾を掲げて足を踏ん張る。
そこに、俺がダラドの背後からタネマシンガン(ヤシの実)を放つ。
「だ、だらど……?」
「ナイスだ、勇者。よくやった」
ちょっと〝背中を押してやった(物理的)〟だけなんだけど、その影響というか被害というかは甚大だ。
勇者の攻撃を防ごうとしていたところで体をよろめかせ、防ぐことに失敗。結果、見事に両断して勇者の勝利となったわけだ。
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