第559話ようやく

 

 俺は自分が使えないながらも魔法についてはそれなりに調べたのだが、聞いたことのない魔法だった。

 その魔法は、視界を埋め尽くすほどの炎を生み出す。

 正面はトレントで防いでいるが、上も横も、壁や天井なんて見ることができないほどの炎の奔流だ。


「これはあまり使いたくなかったけど……使わせてもらうぞ、ロロエル」


 ロロエルからもらった指輪を掲げると、俺たちを包み込むように虹色にゆらめく膜ができた。

 一見すると大きなシャボン玉に見えるためなんとも頼りないように思えるが、第十位階の『結界術師』のロロエルが作った魔法具だ。弱いはずがない。


 そんなものがあるんだったら最初から使えよと思うかもしれないが、正直、この指輪は使いたくなかった。

 まあ、これは単なる俺のわがままというか、感傷なんだろうけど。


 ロロエルだって使ってもらうために俺に寄越してくれたわけだし、俺を守るために使うのであればあいつは喜んでくれるかもしれない。

 でも、なんていうか、死んだ後も働かせるように思えてしまったのだ。


 とはいえ、仕方ない。俺が下手に皮算用していたのがいけないんだから。

 殺すつもりはない。けど、もう少し苛烈に、強引にやっても良かったかもしれない。


 ロロエルからもらった結界を使用した結果、トレントによって防がれて威力の落ちた炎では俺たちを焼くことはできず、最後にはそれまでの勢いが嘘だったかのように炎はフッと空気に溶けるように消えてしまった。


「驚いた。多分、今の詠唱だと元々は火魔法の第八位階だったはずだが……追加で風もか。まさか、第十位階の先を越えるんじゃなく、普通の位階で壁を壊すのか。まあそうだよな。できないなんて誰も言ってないし、別の属性を持った魔法師ならできるか。いや、一人が持ってるんじゃなくても、別人で融合するのはありか」


 炎がきえた後は、周囲には何も残っておらず、ここが部屋の中であったなど誰も信じないだろうというような光景が出来上がった。

 ついでに、この部屋だけではなくこの部屋の上の部屋、そして両隣とさらにその隣の部屋。ついでに俺たちの背後が全て灰すら残らず綺麗に無くなっている。


 これだけの威力の炎は普通の魔法ではでなかっただろう。もちろん俺みたいに複数回分のスキルを重ねたり魔力を多めに使えばできるだろうけど、効率で言ったらこっちの方が優れているだろうな。


 火と風の複合魔法……。かなり時間がかかるだろうけど、属性分の人を揃えて訓練をすれば全属性魔法も……夢が広がるな。俺はできないけど。


「……あれで無傷って、どんな冗談な訳? 木なんだから減衰なんてほとんどないはずでしょ? 結界一つでなんて……」


 リナは俺が育てた植物がトレントだと知らないからか、自分の炎は防げないと思っていたようで、俺たちが結界だけで怪我一つなく生き残っているのを不思議そうに見ている。その視線には、恐れのようなものが混じっているように思えるように見えるのは気のせいではないだろう。


 実際燃え尽きているので『木は燃える』という考え自体は間違いであるともいえないのだが、全く減衰させることができなかったというわけでもない。

 結局は結界を使うことになったが、あれが継続ではなく単発の炎だったらトレントだけで問題なく防ぐこともできただろう。


「さて、もうおしまいのようだけど……悪いな」


 そう言いながら種をばら撒くと、その種から再び植物が芽を出し、樹木へと生長した。

 今の炎で周囲は跡形もなく焼け消えてしまい、部屋の様相ではなくなったが、これで状況は先ほどと同じになった。

 つまり、振り出しに戻る、だ。


「そ、んな……」

「せっかく焼いた植物達が……また……?」


 勇者とリナは再び状況が戻ってしまったことで絶望の滲む声を漏らしたが、当然だろう。いくら効率がいいと言っても、あれほどの威力の魔法だ。そう何回も連発することはできないだろう。

 それに、流石に次は俺も油断せずに魔法を潰させてもらう。

 なので、今の一撃で仕留められなかったのは状況を悪化させた言ってもいいだろう。


 まあ、そもそもまだ戦う気があるのか、って話になる気がするけど。


「これが絶望ってやつだ。俺は植物を操るんだぞ? ちょっと焼かれて全滅させられた程度、もう一度育てれば元通りになるだけだろ」


 さあ、これでどうなるかだな。折れてくれればいいんだけど……


 ダラドはまだ戦うつもりはあるだろう。何せあいつは教会の信者だからな。

 聖女も、まあ戦うかもしれない。

 けど、勇者とリナはどうだろうな?

 勇者はいまだに自分の立ち位置が定まっていないフラフラしてるやつだし、信念がないので折れることは考えられる。

 リナは元々こんなところで頑張るような性格ではないため、命をかけてまでは戦わないだろう。勝ち目が薄いと判断すれば負けを認めるのではないだろうか?


「諦めるな! まだだ。まだやれる! スキルの使用回数だって無限じゃないんだ! こんな派手なことをしていれば、回数が減るのは早いはずだ! 奴を守る結界だって、何度も攻撃を当てていればいずれ効果が切れるはずだろ!」


 だが、それでも勇者は戦うことを選んだ。

 流石は勇者というべきか、勇者だから戦うことを選ばざるを得なかったというべきか。

 まあ、どっちにしてもまだ戦うことになるわけだ。


「そ、そう。そうよ……まだやれるわ!」

「ダラドッ、あなたは守ってなさい! ユウキやリナが攻撃に集中できるように!」

「お任せください聖女様! 我が『神盾』の名にかけてこれ以上の攻撃は通させません!」


 勇者が戦うことを選んだことで、折れかけていたリナをはじめ、勇者一行の三人は再び戦意を燃やした。


 そしてリナからは先ほどのような魔法ではなく普通の火の魔法が飛んできて、それを防ぐために木を育て——ようとしたら突如光の玉が目の前に発生した。

 その光はリリアが使う魔法によく似ていて、思わず捕まっているはずのリリアの姿を探してしまったが、それは違った。確かに光魔法で生み出されたものではあった、リリアではなくカノンが生み出したものだった。

 その光の玉は俺たちの前で弾け、光を撒き散らした。


「ここだあ!」


 突然の光で目眩しをされている中、勇者の声がすぐ近くから聞こえてくる。

 大方俺に向かって攻撃をしようと思っているんだろうけど、目をつぶされている今の俺はそれを避けることはできない。


「だめー!」

「うぐっ……!」


 ワンパターンだけど目の前に種をまいて木の盾を作ろうかと思ったんだが、そうする前にフローラの叫び声が聞こえ、近くから打撃音と呻き声が聞こえた。


「フローラ?」

「パパはフローラが守るのー!」


 どうやらフローラが俺を守るために戦ってくれたらしい。たまに困らせてくれる娘だけど、今回ばかりはマジで感謝だ。

 でもこの状態でもまともに攻撃できるって、フローラはさっきの光を見てなかったんだろうか?


「ありがとな、助かったよ。でも、あの光で目は大丈夫だったのか?」

「めー? フローラ、目ないよー?」


 何を言ってるんだ、と思ったが、そういえばこの姿は仮初の体。ただここに乗り移って操縦しているだけで、本物は植物だった。

 しかもこの体だって、人間に見えるが、それは外見だけだ。目がついていても、目としての機能まで作ってあるわけじゃない。

 そんなフローラにとっては、目潰しなんてそりゃあ意味ないか。


「フローラ。少しの間あいつらの足止め頼めるか?」

「わかったー! ……あ、でも。倒しちゃってもいいんでしょー?」


 それは死亡フラグ……どこでそんな言葉覚えた。いやまあ、状況的には言ってもおかしくないセリフではあるんだけど……不安だ。


 なんて思ったんだが、なんか勇者一行がいたはずの場所からガンガンドカドカドゴンドゴンって聞こえる。これはフローラがやっているんだろうか? やっているんだろうな。他にやる人なんていないし。


「えーい! 飛んでけにんじんー! 跳ねろトウモロコシー! 潰れろトマトー! 踊れバラー! 食べちゃえウツボカズラー! あと、美味しいメロンー!」

「は、はあああ!? ミサイル!?」

「くっ、このっ!」

「な、なんですかこの野菜は!?」

「こんなの野菜じゃないでしょ!」


 なんか面白い言葉が出てきてないか?

 ひゅー、ボカン! とか、パパパパパパパン! とか、ダムッダムッ! とか、およそ植物から聞こえるべきじゃない音が聞こえてくるんだけど?

 というか最後の美味しいメロンってなんだ? 普通に感想じゃないか?

 見たいような見たくないような、不思議な気持ちだ。


 だが意外と善戦しているようで、ダラドからは苦悶の声が聞こえてくるし、カノンとリナからは驚愕の声が聞こえてくる。個人的には勇者の言ったミサイルって言葉が気になるんだけど、どれがそうなんだ? やっぱり飛んでけにんじんあたりがミサイルなのか? そんなの作ったっけ?


「……うわぁ」


 目が回復して勇者達の様子を見たんだが、なんというか、なんだろうな。見た目的にはコミカルな感じだ。空飛ぶにんじんに、頭上から落下してくるトマトに、ポップコーンが爆ぜるように飛んでいくトウモロコシに、ジャンプしながら勇者達に近寄っていく大きなウツボカズラなどなど。

 ほんと、見た目だけならファンタジーしてる。けど、実際にそれを食らう方になったらたまったものではないだろうな。


 なぜか木からなっているにんじんが空を飛び、投げやりのように突き刺さったかと思ったら爆ぜる。

 頭上のトマトはものすごい勢いで落下し、地面にぶつかると潰れるのだが、そのぶつかった地面が地味に陥没している。

 トウモロコシなんて音が連続しすぎてマシンガンだ。しかもポップコーンみたいに柔らかくなってないで硬い種のままだし。

 ウツボカズラは勇者達のことを食べようとしているのか、ジャンプしながら接近していっている。あれ、多分中に溶解液とかあるだろうし、食われたら酷いことになりそう。

メロンは……あ、いい匂いがする気がする。


「あー、お疲れ様フローラ」

「あっ、パパ! もういいのー?」

「ああ、ありがとうな。もう大丈夫だ」


 勇者達が野菜畑(?)で野菜と戯れる様子を見ながら、俺はフローラの頭を撫でつつ感謝を告げた。

 自分で言っておきながらなんだけど、野菜と戯れるってわけわかんねえな。


 この後あいつらどうしようか、なんて考えていると、それまではいなかったはずの部下が姿を見せた。

 こいつは……リリアの捜索に出したやつか?


「お楽しみに中のところ申し訳ありません、ヴェスナー様。リリアの捕らえられている場所を発見いたしました」

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