第558話魔王対勇者一行・4

「場所が変われば常識は変わるんだ。『郷に入っては郷に従え』。お前だって知ってる言葉だろ、日本人。この世界にはこの世界の常識があり、俺たちの国では俺たちの常識がある。お前が自分の意見を押し付けるだけの狂人じゃないなら、従えよ、勇者」

「っ……」

「その論で言うのでしたら、あなた方もこの国の常識や法に従うべきではありませんか? これほどの騒ぎを起こしたのです。捕まるのが道理と言うものでしょう?」


 勇者が黙り込んだことで代わりにカノンが口を開いたが、確かに言われてみればそんな気はしないでもない。


「あー……そりゃあ確かにな。これは一本取られた。……でも、俺たちはカラカスだ。かラカスは犯罪者の集団で、ならず者だってのがこの世界の『常識』だろ? なら、好き勝手やってから悠々と逃げるのも、ある種の道理だろうよ。みすみす捕まりに行く盗賊がどこにいる?」


 先に手を出したのは教会だとはいえ、その証拠はないし、あったとしても正式な手順を踏むべきだろう。

 それなのに俺たちはその手順を無視してこんなことをしてるんだから、法に従っていないと言えるだろう。

 でも、俺たちは『国』を名乗ったとしてもあくまでも『犯罪者』だ。犯罪者であることに忌避感がない奴らに法を守れだなんて、バカバカしいと思わないか?


「それでも……それでも、俺はっ……!」


 勇者が迷いながらも口を開き、俺に剣を向けてきた。このままでは再び攻撃してくるだろうが……。


「「きゃあっ!」」

「ぶわっ!」


 勇者が何か仕掛けてくる前に俺は行動に移すことにした。

 具体的には、勇者達の頭上にあった白い目玉のような実を破裂させ、粘着剤となる液体をぶちまけることにしたのだ。


「あっははは! あー、呆れたもんだ。同じ手に二度も引っかかるなよな、勇者様御一行」


 まさか一度食らったものをもう一度受けることになるとは思わなかったのか、勇者たち三人は見事に白い液体をかぶることとなった。


「リナ。天井のものを全て焼き払ってください!」

「いいの? そんなことをしたらまたさっきのが……」

「ダラドは……無理そうですね。では私の結界で耐えます。このまま延々と不意打ちを喰らい続けるよりは、一掃してしまった方がマシです」

「わかった」


 どうやら自分たちの解除は後回しにして、先に上の植物を排除することを選んだようだ。

 まあ、解除しても再び粘着剤をかけられたら意味ないしな。

 その分自分たちが動けない時間が長くなるのだから、こっちが何かしたとしても対処が遅れる、あるいはできないという危険性が高くなる。

 なのでその考えも一長一短だろうが、良いか悪いかは別としてもなんらかの行動を起こすのは正解と言えるだろう。戦闘中にどうするべきか悩んで何もできない、なんてのは最悪だからな。


 でも、こいつらは忘れていやしないだろうか?


「俺は魔王って言っても魔物の王じゃないんだから言葉は理解できるんだぞ? 作戦も筒抜けだな」


 そう。俺はあくまでも『人間』だ。こいつらの作戦なんて筒抜けなんだし、天井の植物達に対処するってんだったら、その邪魔をするに決まってる。


「俺が時間を稼ぐ!」


 粘着剤で動けなくなったはずなのに、固まった粘着剤を身体強化で強引に引きちぎった勇者がカノンとリナを守るように前に出てきた。

 まだ固まった粘着剤が体についてるから動きづらそうではあるけど、戦えないほどではないんだろう。


 そして、勇者は俺に剣を向けながら口を開いた。


「なんで神様に逆らうようなことをするんだ!」

「なんだ。威勢よく出てきた割に、時間を稼ぐってのは言葉でって意味だったのか?」

「答えろ!」

「……まあいいけど……逆らう、ね。なんのことだ?」

「とぼけるなっ! 神様から与えられた力を使って人間を殺すなんておかしいだろ! この力は、みんなが平和に幸せに暮らすことができるようにって与えられたはずだ!」

「……おいおい、それ、本気で思ってんのか? お前、ロロエルのところで何聞いてたんだよ。この力は神様とやらの遊び半分だって言ってただろ?」


 神様——よそからやってきた超越者達は自分の都合で人に力を与えた。しかも、それは陣取りゲームのためだという。自分が力を与えた存在がどれだけ強くなれるか、その影響でどれだけ自分たちの力が強くなるかを競い合うお遊び。

 その話はこいつも聞いていたはずなんだけどな。


「だが、それは彼らがそう考えているというだけだったはずだ。魔王。お前こそ、そのことを忘れたのか?」


 勇者は俺に対抗するかのように鼻で笑ってみせたが……なるほど。一理あるな。俺はロロエルの言葉で納得したが、それが真実なのかはわかっていない。もしかしたらロロエルが騙されていたかもしれないし、あいつの先祖達の解釈違いってこともあり得る。


「……ま、確かにそうだな。神様に会って直接話をしたってわけじゃないし、話をしたところでそれが本心なのかはわからないだろうから、結局はどんな意図で俺たち『人』に力を与えたのかはわからないな」


 そしてその疑問は、仮に俺が直接神に会うことができたとしても解決するものではないだろう。


 しかし、スキルを与えた目的はわからないにしても、『人を殺すことはおかしい』というこいつの言葉を否定することはできる。


「でもよく考えてみろよ。仮に天職やスキルが神様からの祝福だったとして、それを人を殺すことに使っても別に逆らったことになんてならないさ。同族で殺し合いをするのは、人間らしい行ないだろ?」


 仮に神様が人間大好きで、人のためを、と思って天職やスキルを渡したのだとしても、そしてその力を人殺しに使ったとしても、神様の期待や好意を裏切ることにはならないはずだ。少なくとも、俺はそう思っている。

 だって、人間が人間を殺すってのは、とっても人間らしい行いなんだから。


「そんなことない! 人は殺し合いなんてしなくても手を取り合って——」

「おい日本人。歴史の勉強はしたか? 日本史でも世界史でもいいけど、人間の歴史なんて戦争の歴史だろ。戦争。つまりは殺し合いだ。自分が幸福になるために他者を虐げ、殺す。それを嬉々としてやってきたのが人間ってもんだろ。その歴史を否定するんだったら、その歴史の果てに生まれてきたお前自身も否定しろよ。つまり死ね。そうしたら俺だって自分が間違っていたのかもしれない、って考え直してやってもいいぞ?」


 まあ、考え直した後にもう一回考え直すかもしれないけど。


「そもそも、お前は神様にあったことがあるのかよ? それが本当に神の意思だなんて、言い切れるのか? 絶対に?」

「っ……!」


 こいつは異世界から呼び出された勇者だし、もしかしたら会ったことがあるのかもしれないなと思ったんだが、どうやらこの反応は会ったことがないらしい。あるいは、会ったとしても神様と断言できないような存在だったんだろう。こう、光の玉とかなんか人っぽい光の塊とか?


「ユウキッ、ダラドッ、下がってください!」

「——《悪を祓い正しきを照らす偉大な炎》……」


 なんて勇者の時間稼ぎに乗ってやると、リナの魔法が完成したのかカノンが勇者とダラドに下がるように叫んだ。

 勇者は顰めた表情のまま後退していき、ダラドはカノンの声を聞くなり強引にカイルを押し除けてカノン達の元へと戻っていった。


 おそらくはこのまま火の魔法が放たれて、ただでさえ燃えている植物達が尚更燃えることになるんだろう。

 というか、こんな準備する時間があったんだったら、燃えるどころか部屋が吹っ飛ぶかもしれないな。


 だとしても防ぐだけの算段はある。トレントをいくつか育てて盾とすれば、火耐性のあるトレントなら防いでくれるだろう。今も周囲の植物達には軽く火がついてるけど、逆にいえばその程度で済んでいるわけだし。

 これがトレント成分配合、だなんて半端なものではなくトレント本体であれば、火を完全に防ぐこともできる。


 そして、こんなもったいぶった奥の手を防ぐことができれば、こいつらの戦意を折ることだってできるかもしれない。


 別に俺はこいつらのことを殺したいわけじゃないし、なんだったらリナに関しては仲間に入れたいとすら思っている。

 勇者だって、できることなら殺したくない。それは元同郷だからとかではなく、ただ便利だから。この件を穏便に収めるためには、勇者が協力してくれた方がいいのだ。


 教会は邪神に侵されており、俺たちと聖国の王が勇者と協力して教会を倒した、という流れが一番大人しく終わることができる。だからこそさっきから勇者は殺さないように遊んでいたわけだし。

 ああでも、ダラドは死んでもいいや。邪魔だし。あとカノンは……こいつも死んでもいいし、できることなら死んで欲しいんだけど、二人も殺すと勇者に協力してもらえなさそうなんだよな。なのでダラドを殺すだけでカノンは生かしておくつもりだ。


 そう思っていたのだが、その直後、俺は目を剥くこととなった。


「《全てを飲み込む嵐となれ》」


 嵐って、風か!? 火の魔法にそんな文言はなかったはずだ。でも炎はまだ発動してな——融合か!


「全員こっちに集まれ!」


 そう判断すると、俺は少し離れた場所にいたカイルとベルとソフィア、それから教皇とそれを守っていた奴らを自分の元に呼びあつめた。

 そして、俺は仲間達の反応を見ることなく一気にスキルを重ねていくことを選んだ。


「——《案山子》《播種》《生長》《防除》!」


 案山子をリナの視界の端に配置することで狙いを俺からずらし、威力を分散させる。

 種を撒いてトレントを育てることで盾を作る。

 断熱のために防除の結界を何重にも張る。


 だが、これだけじゃ足りない。


「フローラ! 全部強化しろ!」

「ふええ!?」


 慌てながら叫んだことで、フローラは驚いた声を上げた。

 それでも俺の言ったことはこなしてくれているようで、視界の端に生えた案山子は踊りだし、生長したトレントはさらに生長し、うっすらとごくわずかに光っていた防除の結界はその光が強まった。


 そうして強化を施し、三人が俺の周りに集まったところでリナの魔法が放たれた。


「——《ディザスターフレイム》!」

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