第557話魔王対勇者一行・3

「密でーす。離れましょー」


 足元に落とした種にスキルをかけ、自分を巻き込む形で勇者をしたから打ち上げるように植物を急速に生長させる。


「ぶはっ! ——アガガッ!?」


 まさか自爆戦法をとってくるとは思わなかったのだろう。勇者は下から伸びた植物に顎を打ち上げられ、ふらつく。

 当然ながらそんな隙を見逃すはずがなく……


「やっちまえ、フローラ!」

「ボッコボコー!」


 その場からとびのきながらフローラに指示を出すと、フローラの言葉と同時に植物が蠢きだし、怯んでいる勇者を袋叩きにし始めた。


「う、ぐう……このおっ……!」


 おっと、流石にこのまま終わりはしないか。

 なら、そろそろ解放してやるか。


「フローラ、胴上げだ」

「わーっしょい、わーっしょーい!」


 フローラの指示(?)を受け、植物達は勇者のことを持ち上げ、ポーン、ポーンと軽く胴上げをし始めた。


「なっ、なんだあっ!?」


 戦闘中だったにも関わらず、敵意もなく、ただ胴上げをされる状況。しかもその相手が人間ではなく植物ときたもんだ。そのことに理解が追いつかないんだろう。勇者は胴上げされながら困惑した声を漏らしている。


「もういいぞ」

「ぽいっ!」

「ぐへっ!」


 胴上げされて混乱していた勇者だが、いつまでもそんなことをしていれば流石に冷静になるだろう。

 なので、冷静になる前にカノン達の元へと放り捨てさせた。


 身体強化をしている上に、カノンからの守りがあるんだから痛みはないだろう。けど、衝撃は感じたはずだし、それに伴う感情だってあるだろう。

 ありていに言えば、むかつくだろうな。だって、こんな馬鹿にされたような行動をとられたんだ。むかつかないわけがない。


 ただ、このまま放り捨てるだけってのも味気ないし、攻撃できる隙があるんだから攻撃をしておこう。

 ってことで、種を撒いてから水をぶっかけ、地面をくるりとして土をかける。

 勇者が濡れ濡れになって半分ほど地面に埋められたところで、先ほどの種を生長させる。

 勇者自身には根を張ることはできないかもしれないが、まあ嫌がらせとしては上等だろう。


「ユウキッ!? ——《キュア》《ヒール》!」

「流石は聖女(笑)。治癒魔法は一級品ってか?」


 一応治したが……意味ないだろうなあ。だって、そもそも怪我なんて大してしていないんだから。

 それよりも、その場所に生えている植物をどうにかするか、そいつを動かした方がいいと思うぞ? 今そいつに撒いた植物って、赤い実が生えるやつだし。


「う、ぐお、っのおおお!」


 あ、お疲れさん。やっと土から這い出てきたか。スキル使って強化してんだから、上に乗っていた土を吹っ飛ばしてさっさと出てくればよかったんじゃないか?


 もしかして、スキルの効果時間がもう終わったとか? あれ、結構な強化率だし、効果時間が短くてもおかしくないからな。


 それとも、胴上げされたり土に埋められたりしたことで動揺してスキルを切ってしまったとか?


 ……どっちもあり得そうだなぁ。


「あぐっ……あああああ!?」


 と、勇者のことを見ていると、勇者が急に苦しみ始めた。


「ユ、ユウキ!? どうしたのですか!」

「痒いんだろうなあ」


 カノンが俺の言葉に対し、馬鹿にするなとでも言うかのように睨みつけてきた。


「痒みでこんなことになるわけないでしょう!」

「いや、マジでそうなんだけど」


 そう言い訳するが、信じてもらえてないっぽい。

 けど、あれだな。なんかこのやりとりさっきもやったなぁ。


「《キュア》!」

「どうして……」

「どうしてだろうなぁ」


 勇者に状態異常の治癒をかけたカノンだったが、それでも勇者の状態は良くならず困惑した様子を見せた。

 そんなカノンの独り言に答えるように合いの手を入れてみたんだけど、またも俺のことを睨んでくる。ああ、怖いなぁ。


「カノン、きっとこれよ。まずはこっちの液体を除去しないと」


 リナは勇者についていた赤い液体を触って確認したようで、おそらくはかゆみを誤魔化すためだろうが指先を何度も擦り合わせながらカノンにそう伝えた。


「うっ……くそっ!」


 浄化を受けてから再び状態異常を治してもらった勇者は体を起こすが、わずかにふらついている。体力も体の状態も悪くないはずなのに、それでもふらついたのは、精神的なダメージが大きいからだろう。


 睨みつけてくる勇者に向かって嘲るような笑みを向けながら、隣に立っているフローラの頭を撫でる。


「魔王を倒すんだったらまずは部下の排除が先だろ。ゲームでもそうだろ? 周りの敵から片付けて、魔王を孤立させてから叩く。それが基本だ。まあ、周りの奴らが何かする前に魔王を倒せるっていうんだったら別だけど、お前らは違うだろ?」


 それをしないで魔王と戦おうとしたから、仲間の一人が足止めを喰らって連携を崩されているし、魔王の力を強化する存在がいる。


 とはいえ、フローラは部下ではないけどな。

 まだ燃えているが、ここに生えている植物達はトレント配合植物だ。燃えにくいという性質も引き継いでいる。

 そんな植物達は周りに残っている状況では、フローラはただの女の子ではなくなる。ともすれば、フローラも魔王を名乗っても問題ないんじゃないだろうかとすら思う。


「その言葉……やっぱりお前は俺と同じなのか?」

「お前と同じってのは何を刺しての言葉だ? 俺も勇者なのかってことか? なら違うな。異世界からやって来たのかって話も、違う。……ただし、半分だけな」


 ここにきてようやく俺のことがわかったようで、勇者は顔を顰めながらも問いかけてきた。

 まあ、前々からなんとなく察しているようなところはあったけどな。俺もちょいちょい匂わせるような言動してた気がするし。


 俺が生まれ変わった存在だってのは一応隠すことではあるんだけど、まあちょうどいい機会だし教えてやるかな。

 一番初めに教えるのは母さんか親父だと思っていたのに、それがこんなやつだなんてのはちょっと不服だけど。


「半分? それってどういうことだ?」

「それくらい自分で考えろよ。聞いたらなんでも答えてもらえると思ってるのか? だからお前は『お人形』なんだよ」

「……半分だけ同じ? なら……」

「つまり、あなたは魂だけが勇者と同じ、ということですか?」


 勇者に問いかけたはずなのに、なぜかカノンが答えてしまった。


「……お前が答えるのかよ。ここは勇者に考えさせるところじゃないか? でもまあ、正解だ。この世界にも前例はいるみたいだし、そうおかしなことでもないだろ?」


 勇者の他にも転移者、転生者といった異世界の住人がこの世界に流れ着くことがある。なので俺がこうしてここにいるのもおかしなことではない。

 多分、親父あたりは気づいてるだろうなあとも思うし、なんだったらエディ達も気づいているんじゃないだろうか。

 それでも特に何も言ってこないくらいにはおかしくない出来事だ。もっとも、あいつらの場合は、俺が世界で初めての転生者であったとしても騒がずに受け入れてくれるだろうけど。


「そうですね。ええ。ですが、それで納得できました。過去に出現した人間の魔王には、転生者を名乗る者がいましたから」

「なんだ、そうなのか?」

「ええ。教会の記録によればそう記されています」


 へえ〜。過去の魔王って転生者がいたのか。

 まあでも、いただろうなとは思うよな。だって、『こんな世界』なんだ。元がどこなのか知らないけど、もし俺と同じ場所から来たんだったら、ファンタジーを全力で満喫するために暴れてもおかしくない。


「ま、待て! なら……ならお前は、日本人なのにこんなことをしてるのか?」


 なんて話していると、勇者が混乱した様子で問いかけてきた。


 しかし、これはまたなんとも的外れな問いかけだな。

 俺が『転生者』だってことを理解していないのか?


「日本人〜? バカ言え。俺は日本人なんてもんじゃない。もう向こうの俺は死んだんだ。今の俺はこの世界に生きている『俺』だ」

「だとしても! ……だとしても、向こうでの常識はあるはずだ! 倫理観や法律だって理解しているはずだ! なのにどうしてこんなことをしたんだ!」

「……はあ。俺はこの世界で生きてる、って今言わなかったか? それとも言ったと思ったのは俺の勘違いか? この世界で生きてるんだ。前の世界の常識や法律なんてなんの意味がある? 向こうの法律がこの世界のやつを裁けるのか?」

「それは……でも、今まで教えられて来た常識をどうして捨てることができるんだ!」

「死んだからだな。何度だって言ってやるけど、俺は日本人なんてもんじゃない。なんで死んだ後まで向こうの生き方を押し付けられなきゃいけられないんだよ」


 向こうの世界で死んでこっちの世界で生まれ変わったってのに、なんで日本の法律気にして暮らさなくちゃならないんだって話だ。

 俺は日本人なんかではなく、この世界の住人で、この世界の法で生きている。……いや、嘘ついた。この世界の法で生きてねえや。だってカラカスなんていう犯罪者の街で生きてきたわけだし。思いっきり法に喧嘩売ってたわ。

 まあでも、今は国になったわけだし、この世界の法の中で生きてるって言っても平気だろ。


 あ、でもやっぱり何度も「俺は日本人ではない」なんて言ってやりたくないな。めんどくさいし。

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