第556話魔王対勇者一行・2
「カノン、リナッ!」
「——《轟天》!」
勇者が二人の悲鳴によって振り返り、その瞬間を狙ってカイルが拳を突き出す。
直後、雷が落ちたかのような音が響き、勇者が弾き飛ばされる。
「戦いの最中に後ろを向くなんて何考えてるんだ? 魔王と戦ったってのに、そんなに甘い動きでよく生き残れたな。周りが頑張ってくれたのか?」
「くっ……このおっ!」
吹っ飛ばされた割にダメージが少ない様子だな、と思って見ると、ダラドが少しふらついていた。
多分何かしたんだろうけど、あれは盾を張ったって感じじゃないな。盾役——タンクの能力って言ったら、ダメージの肩代わりか?
「お前は攻撃に集中しろ。守りは私が行なう! だから、あの外道どもを斬り殺せ!」
「あ、ああ……。そうだ。いつも通りやればいいんだ……あ。ふ、二人はどうなんだ? 大丈夫か!」
俺たちのことを警戒しながらカノンとリナのことを思い出したように心配する勇者。
今の二人は、頭上から降りかかってきた液体のせいで身動きが取れなくなっているが、ダメージ自体はそれほど、というか全くないため、動けないこと以外は普通だ。
「ええ、気にしないでちょうだい。——カノン」
「はい。——《セイクリッドアーマー》」
「それじゃあやるわね——《ファイア》」
勇者の言葉に頷いた二人だが、拘束を解除するためなのだろう。自分たちを炎で包み込んだ。
「自傷覚悟で拘束を焼くか。なかなかに根性がある……いや、守りと治癒があるんだからおかしな方法でもないか」
炎を使う前にカノンが魔法を使っていたし、それで自分たちのことを保護したんだろう。万が一怪我を負ったとしても、その後に治癒をすればいいと考えれば、なかなかに効果的な解除方法ではあるな。
「これが植物だと言うのなら、全て焼いてしまえばいいだけのことよ!」
「いいのか? そんなことをして。歴史ある大聖堂が大変なことになるぞ?」
ここは大聖堂の一般区画から離れているために大技を使ったとしても市民や非戦闘員に害は出ないだろう。
だが、それでもここが燃えれば繋がっている他の場所も燃えることになる。それはいいんだろうか? 勇者一行って言っても、勇者本人でもない奴がそんなことをしたら流石にまずいと思うんだけどな。
「もうすでに大変なことになってるんだから、今更多少焼け落ちたところで問題なんてないでしょ! それに——」
リナは叫びながらも魔法を構築していき、俺や周囲の植物に向かって何十もの炎の弾を放ってきた。
「フローラ!」
「はーい!」
俺に向かって飛んできた炎の球は、フローラが操った植物達が俺達の前に蔓や枝を伸ばして遮ることで防ぐ。
炎に焼かれたことで盾として使った植物が燃え落ち、それによって再び視線を交わすことができるようになったのだが……
「全部の罪はあなたに背負って貰えば、私の懐は痛まないわ」
そうして再び顔を合わせると、リナはなんでもないかのように言ってのけた。
確かに、ここで建物が燃えたところで、俺がやったんだとか、魔王を倒すためには仕方なかったんだとか言えば、大体のことは許されるだろう。教会だって、今回の件が無事に片付いたとしても混乱することは確定だし、そんな状況でバストークといざこざを起こしたくないだろうからな。全部俺が悪いってことにするのが一番丸く収まる。
しかし、それを勇者一行のメンバーが言うかねえ。
「……流石は魔女。お前、勇者側じゃなくて俺たち側じゃないか? 前にも言ったが、こっちに来るんだったら歓迎するぞ?」
「法を気にせずに研究ができるという点ではそうかもしれないわね。状況次第ではそちらに行くのもアリかとは考えたわ。思ったほど住み心地も悪くなさそうだったしね」
ああ、やっぱり本人も普通の場所よりはカラカスの方が合ってると思ってるんだな。
でも結局はその考えを捨てたと。
まあ俺たちの敵になるのなんて個人の自由だから仕方ないし、無理やり仲間にするつもりはないから意味はないだろうけど、それでもなんで考えを変えたのかは少し気になるな。
リナの様子を確認しているとその視線は俺からはずされ、別の何かへと向かった。
その視線の先には、俺たちの話を聞いてハラハラとした様子の勇者がいる。
「でも、あいにくとこのチームも嫌いじゃないの。いえ、チームというよりは、個人かしらね?」
なんであいつを? もしかしてあいつのことが好きだからとか?
……いや、この感じだとそんな色恋ではない? じゃあなんだって言われるとわからないけど、勇者が理由なのは間違いない。そしてそれは個人的な感情によるものだと思う。
もっとも、恋愛クソ雑魚な俺では間違ってるかもしれないが。
それはそれとして、リナがこちらにつかないのは明らかだ。本人もそう明言してるしな。
なら、倒すしかないな。
「そりゃあ残念。なら殺しにかかるが、忠告だ。炎はやめておけ」
そう言いながら、俺は目の前に種をばら撒く。
ばら撒かれた種は俺たちと勇者達の間に広がり、それにスキルをかけることでにょろにょろと芽を出し始めた。
数秒もすれば、俺たちの間を遮るような壁の如く生い茂った。
「そんな言葉、聞くわけないでしょ!」
まだお互いの姿を見ることはできるものの、このまま放置すれば再び植物に囲まれることになるとでも思ったのだろう。
リナは少し慌てた様子で叫びながら再び魔法を発動し、こちらに向かって炎を放った。
それに合わせて、迫り来る炎の影に隠れるようにして勇者がこちらに向かってくる。ダラドは炎の影に隠れている勇者から意識を逸らすように、少し外れた場所で並走している。
狙いとしてはわかりやすいな。俺が炎に対処している間に勇者が斬りかかり、ダラドはその補助。カノンは仲間の強化と万が一に備えて治癒の準備。
チームの連携としてはまずまずだろう。
でも……
「うわああっ!?」
生長した先ほどの植物に炎が到達し、燃えた——かと思った瞬間、その植物はポンッと音を立てて一気に膨張し、炎の後ろから迫っていた勇者に向かって飛んでいった。
「やめておけって言っただろうに」
あいつにとっては大したダメージはないかもしれないが、あれ一つで鉄板を凹ませるくらいの威力はある。それが全方位から、しかも炎に包まれて視界が利かないなかで食うことになるんだ。精神的なダメージはあるだろうな。びっくりした、程度じゃ済まないと思う。
そして、その怯んでいる隙に上から鉄球のごとき実をつけた植物が、フローラの操作によって勇者を殴り飛ばした。
勇者が殴り飛ばされたことで、並走していたダラドは足を止め、そこにカイルが襲いかかる。
だが、それだけでは先ほどの二の舞だ。カイルではダラドを倒せないどころか、対等に戦うことすらできないのはすでに証明されている。
だがしかし、それはカイル一人であれば、の話だ。
カイルがダラドと殴り合っている最中、その陰から忍び寄る者がいた。——ベルだ。
暗殺者としての才能を存分に発揮し、ベルはダラドの背後から接近。攻撃を加える。
だが、流石は勇者一行の一人。教会所属の第十位階と言ったところか。ベルの攻撃は不意打ちであったにも関わらず、ダラドの首にほんの微かな傷を残すことしかできなかった。
しかし、傷を残すことはできた。急所を狙って敵を殺す暗殺者の不意打ちであれば、いかに第十位階の盾役であろうと傷はつくようだな。
まあ、あっちはあっちでなんとかなるだろ。保険としてソフィアが見てるし、なんかあったらこっちに伝えてくれるはずだ。それに、ソフィアも邪魔くらいはできるからな。相手の眼球に向かって種を撒くとか。
「何を、したの……?」
カイル達のことを見ていると、吹っ飛ばされた勇者の介抱をしていたのだろう。先ほどとは立っている位置が違うリナが問いかけてきた。
何を、とはさっきの攻撃のことだろうか。まあリナにとっては聞きたいだろうな。なにせ自分の炎がきっかけで勇者がダメージを負うことになったんだから。
「植物の中には、高温で一気に加熱されると殻の中にある水分が一気に膨張して弾けることがある。こいつもそうだ。だから言ったろ、炎はやめろって」
栗が良い例だろう。あれは条件を整えて加熱すると、ポンっと音を立てて弾ける。
まあ、ちょっと改造から燃えやすく弾けやすくしてあるし、本来ならランダムで弾けるところを全弾命中するように調整もしたけど。
「喰らえええっ!」
なんてリナと話してると、勇者が叫びながら突っ込んできた。
その速さは先ほどまでとは比べ物にならないほど速く、おそらくは身体強化系のスキルを使ったんだろうと思う。
確かに、この攻撃なら不意打ちとして使えばそれなりに厄介だっただろう。でも、叫んだら意味なくないか?
まあ、俺の場合は周囲に植物がある以上、叫んでなくても気づけるから関係ないんだけど。
「俺が魔女と話している隙を狙うのはいいけど、声に出すのはどうなんだ? 不意打ちをしたいなら、静かに殺せよ」
「このっ!」
横から切り掛かってきたはいいけど、俺の隣に待機していたフローラを避けたせいだろう。なんだかすっごくやりづらそうにしながら剣を振ってきた。
そんな剣なんて、当然ながら喰らうはずもなく避けていくが、それでもどうにか当てようと必死に……というかムキになって何度も剣を振ってくる。
流石は勇者と言うべきだろうか。その身体能力はすごい。俺なんかとは比べものにもならない。
——でも、弱い。
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