第547話教会を潰す
「おい何を言っている? 我らを潰すだと? そんなことができると思っているのか!」
というわけで、その大暴れの第一歩として、なんか喚いているコレを処理しようか。
「ち、近づくな!」
「おいおい、『聖なる教会』の騎士様がそんな体たらくでいいのか? 悪者の親玉とはいえ、俺は無手だぞ? 何をそんなに警戒してんだよ」
俺が隊長っぽい男へと近づいていくと、周りの棋士達が剣を俺へと突きつけてきたがそれでも俺は足を止めない。
「くっ、やれ!」
「——遅え。第十位階を舐めんな、雑魚が」
隊長の言葉で俺へと剣を振るってきた騎士達だが、その剣を避け、ついでに顔面に種をばら撒き、隊長の側へと接近した。
そして、隊長の男の足を払い転ばせる。それと同時に持っていた小瓶を奪い取り、隊長の男の首を背後から掴んでやった。
「そんなに言うんだったら、自分で飲んでみろ。そしたらその薬が本物だと認めてやる」
「ば、バカなっ! これは本物なのだぞ!? やめ——」
「本物だろうが知ったことじゃない。どうせもう終わらせるって決めたんだ。今更他人からなんと言われようがどうだっていい。そして、俺にそんなことを決めさせたのはお前らだ。なら、なんの文句もないだろ?」
元々悪者になるつもりで暴れるんだ。今更俺たちが変異体を作る薬を持っていたと市民達に思われようが、どうでもいい。
むしろこいつらが変異体を作る薬を持っている、という事実が確認できるだけで儲け物だ。何せ、今まではそういう薬を持っているだろう、って予想はしていたけど、あくまでも予想だったからな。実際に確認できるのはいいことだ。
「これから起こる歴史的大事件の引き金になれたんだ。よかったな。歴史に名を残すかもしれないぞ」
そうして俺はその薬を隊長の口の中に入れようとしたが、意地でも開けまいと固く口を閉じている。
なので、仕方なく鼻の穴に突っ込んで飲ませた。
鼻から流し込まれたことで隊長は咽せているが、腹の中に入ればいいんだからどうでもいい。
まあ、口からの方が入れやすいのは確かなので、残っていた中身は咳き込んだことで開けられた口から流し込んだ。
「ガアアアアアアアッ!!」
俺が薬を流し込んでから十数秒。隊長の男はその身を膨れ上がらせた。
その体積はとてもではないが鎧のうちに収まるようなものではなかったが、なんと鎧を飲み込んで成長したのだ。
鎧を着たまま内から肉が盛り上がったせいで、盛り上がった肉に留め具が壊れてバラバラになった鎧がめり込んでいる。
そして、これまで見てきた変異体とは違う箇所は他にもある。
こいつら、なぜかやけに人間要素が多いのだ。
元が人間なんだからそれは当然だろうと思うかもしれないがそうではない。
今まで会ってきた変異体は、黒い肉を纏った人間から触手が伸びているというような姿。細部は違えど、大まかな特徴としてはだいたいそんな感じだ。
だが、今回のは黒い肉を纏った人型という点では同じだが、手足が複数付いている上、目や口が身体中に発生している。
一応まだ頭部は一つしかなく、大体のシルエットとしては人間だとギリギリいえなくもないが、実際に見ればこれを人間だとは思えないだろう。
これは、薬の質が上がったのか? あるいはこいつらが元々市民達よりも限界が近かった?
「き、貴様! 何をする!」
「何って、見てなかったのか? お前達が持ってきた薬を飲ませただけだろ? まあ、結果は見事に化け物になったけど……あーあ。これじゃあ俺たちに非があるって認めないとだなあ」
俺が薬を飲ませたことで隊長が変異してしまったのを見ていた騎士達は俺を非難するが、元々はお前らが持ってきた薬だろうに。
でもまあ、よかったな。これでこの薬が本物だと証明できたし、それを作ったのが俺たちだとなすりつけるための説得力も手に入れることができたな。
もっとも、この隊長は市民達を説得するために言葉を紡ぐことはもうできないかもしれないけど。
「まあ、元々犯罪者だ。誰かから何か言われることなんていつものこと。むしろ、最近はおとなしすぎた感じだし、ここらで大暴れするのも一興だと思わないか? なあ?」
騎士達にそう語りかけながら周りを見回すが、騎士達は俺に怯えてこちらに剣を向けているだけだ。
俺が一歩踏み出すと、その方向にいる騎士はガチャリと鎧から音を立てて後退りをする。
そんな様子が滑稽でつい笑みを浮かべてしまうが、ふとこいつらを攻撃する前に、やっておいた方がいいことを思いついた。やっておいた方がいいというか、確認しておいた方がいいこと、か。
「だが、その前に……これでも食らっとけ」
人差し指を天に向け、指の先から《潅水》を放つ。
水が天へと昇り、それが重力に引かれて雨のように騎士達へと降り注ぐ。
俺が指先をくるくると動かしてやれば水が降り注ぐ範囲も動き、その場にいたほとんどの騎士が濡れてしまった。
「おい、お前ら。彼方の方々が濡れていらっしゃる。浄化して差し上げろ。——ああ、全力でな」
俺がそう言ったことで、周囲に集まっていた部下達は一斉に《浄化》を使い始めた。
その結果……
「うっ、ぐうううおおおおっ……!」
「おいおい、どうしたよ。俺たちは浄化しただけだぞ? 薬を飲ませたわけでも、呪いをかけたわけでもない。だってのに……なんで浄化でそんなに苦しんでんだ? まるで、悪魔に取り憑かれたかのようじゃないか」
水に濡れ、浄化された中にも無事な奴らはいるが、その七割程度の騎士は苦しそうに胸を押さえたり頭を押さえたりしてその場にうずくまった。
なんの問題もない騎士もいるが、そいつらは何が起こっているのかわけがわからなそうに仲間達を見回している。
だが、いつまでもそんな状態が続くわけもなく……
「くうっ……げ、ゲゲゲゲガガガアアアッ!」
苦しんでいたうちの半分。俺の水を浴びて浄化を受けた騎士達のおよそ三割程度が化け物へと変わってしまった。
「そして、ついには化け物へ、か。まあ予想はしてたけど、教会の奴らほど呪いの進行が深いようだな」
こうして変異した奴らも、さっきの隊長と同じように前に出会った変異体とは違った姿を見せている。そこから察するに、呪いにも強さや純度といったものがあるのだろう。
「こいつらは処理で構わない。——消せ」
こいつらから聞きたい情報なんてないし、そもそもこいつら程度では知っている情報なんて対してないだろう。
なので死んでしまっても構わない。
そう判断すると、俺は部下達に指示を出し、変異体となった元騎士達を処理させた。
部下達が変異体を処理すると同時に、他の場所でも広場を囲っていた騎士達を倒すために動き始めた。一撃二撃でやられるようなことはなく、意外と持ち堪えているが、それでもまだ変異していないただちょっと力が強いだけの騎士でしかないため、数分程度で処理し切れるだろう。
「あっちはあれでいいとして、ここでリリアが消えたのか。まあ確かに、戦った痕跡があるな」
邪魔がいなくなったことで、改めてリリアが消えたとされている場所の調査を行う。
すると、確かにそこには戦ったような跡が残っていた。
戦って攫われた。それは理解できたし、まあいいとしよう。
でも、そうなると疑問がある。疑問というか、呆れか? 思わずため息が出そうだ。
「にしても、リリアについていた護衛は何やってたんだか」
この様子だとリリアにつけていた護衛は戦ったようだが、全員ではないようだ。まともに戦ったのは二、三人程度。リリアにつけていたのは、表立って守るやつと陰ながら守るやつを合わせて二十人程度。にもかかわらず、戦ったのはほんの数人。
これは、考えたくはないけど、裏切り者が出たか?
「どうやら、リーリーア様からみんなの準備を手伝いに行け、と追い払われたようです。それでも少し離れた場所から護衛を行なっていたのですが、それなりの手だれだったようです。加えて、敵の一部が変異体へとなったことで追跡もままならなかったとのことです」
なんて思ったが、どうやら違ったらしい。そもそもリリア自身が護衛を放してしまったそうだ。
……はあ。なんのための護衛だよ。追い払われても承諾すんなよ。まあ、アイドルからお願い事をされて嬉しかったとか、断ることなんてできなかったとか、不機嫌にさせたくなかったとかあるのかもしれないが、それで守れなきゃ意味ないだろ。
しかしまあ、ミスをしたのは俺も同じなのでそれを咎めるつもりはない。少なくとも、今はな。
今はそんなことで文句を言うんじゃなく、問題を片付ける方が先だ。
「で? 一応聞くけど、どこに行ったのか、そもそも誰の犯行なのかわかってるのか?」
そんなことは聞かなくてもわかっている。何せ、俺はリリアが消えたと言う話を聞いた瞬間に、植物たちに情報を求めたのだから。
ただ、ここの植物たちは結界や呪いの影響で覇気がないので、間違えることもあるかもしれない。
そう思って裏をとるために聞いただけだ。
「直接全てを見ていた者達はいませんが、集めた情報から推測するに、教会かと思われます」
そして、その情報は俺が植物たちから聞いたものと同じだった。
「まあ、そうだよな」
植物達が嘘を吐くはずもないし、状況的にも教会以外にはあり得ない。
なので、敵は教会である。
そのことを再認識すると俺は大きく息を吐き出し、一度その場にいる部下を見回した。
「ああ、婆さん。悪いな。なんか色々動いてもらってたのに。多分……ってか確実に台無しにすることになる」
見回した部下の中にこっちにやってきた婆さんの姿が見えたので、そう謝罪を口にする。
婆さんには俺たちが聖樹のところに行っている間もそうだが、今回の炊き出しの最中も城や教会や貴族達の間を行き来して小細工をしてもらっていた。
それが、今回の行動のせいで台無しになるんだ。ここで止めるつもりはないけど、それでも悪いなと思ってしまう。
「それがあんたのやりたいことだってんなら好きにしな。あたしらはそれについてくだけだ。どうせここにいんのは流れ者の馬鹿ばかりなんだ。お祭り騒ぎは好きだろう?」
だが婆さんは笑みを浮かべながらそう言うと部下達のことを見回し、その視線に応えるようにあちこちで同意を示すような声が上がった。
むしろ、中にはこうなることを望んでいたような声すらある。
まあ今までカラカスの住人にしては大人しくやりすぎたからな。舐められてると分かりきってるのに、狙われてると分かりきっているのにおとなしくしていなくちゃいけなかったってのは、こいつらにとってはストレスだっただろう。
それをぶちまけることができるんだ。後先なんて考えず、好きなだけ暴れることができるとなれば、喜ぶものだろう。
国としてはそれではダメなんだろうが、俺達らしいといえばらしい。
「それじゃあ——行くぞ」
「「「「うおおおおお!」」」」
この日、教会が潰れることが決まった。
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