第546話計画変更だ
「リリアが消えた? それってどういう……いや、攫われたのか」
ベルの言葉に眉を顰めながらも、俺はすぐにリリアがいなくなった理由が理解できた。
誘拐。言ってしまえばそれだけだ。普通のものにとっては馴染みなんてないだろうけど、俺たちにとってはよく知っているそれ。
だが、その〝それだけ〟が問題だ。
リリアには警備をつけていたし、何よりこの場には俺たちの陣地と言ってもいい状態だ。今はこうして炊き出しなんてやってるけど、それでも周囲にはカラカスの仲間達ばかり。そんな中に潜り込んで攫っていくってのは、それなりの勢力じゃないとできないことだ。
それに、この状況でリリアを攫っていくような奴らなんて、一つしか思いつかない。
「お前たちはすぐに調べろ。連れてきた全戦力を使っても構わない。助けられるようなら助けろ」
「はっ!」
俺が周囲にいた部下達にそう命じると、部下はすぐに動き出した。命じる前から動いているだろうけど、命じるのとそうでないのでは行動の本気度が違う。
それに、自分たちの判断だけでは全戦力なんて動かせないし、やっぱり命令する必要はある。
「俺たちはリリアがいた場所に向かうぞ」
そう言ってベルに案内させながらも、俺は俺で情報を集めるためにスキルを使う。
だが、そうして進んでいると、俺たちが向かっている先から何だか騒ぎが聞こえてきた。
「なんだ? こんな騒ぎになって……」
「ヴェスナー様! 変異体が複数同時に現れました! 現在はその対応をしている最中です!」
人を押し除けて進み、現場へと到着すると、部下の一人が俺の方へと駆け寄ってきて状況を話した。
簡単な説明ではあったが、それだけでこの騒ぎの原因がなんなのかすぐにわかった。
「変異体が? ……ちっ、こんな時に限って……いや、これも作戦か?」
今日はやけに変異体になるやつが多いと思っていたけど、これも教会の奴らがやったのか?
リリアのいたところに変異体を残すことで俺たちの調査の邪魔をさせる魂胆と考えれば、それほどおかしくない。
「とりあえず、全部処理し——やっぱりなしだ。敵の処理は俺がやる。お前達は周囲の奴らの避難と保護をしろ」
「はっ!」
今ここにいる奴らはリリアの誘拐に関わっている可能性があるし、寄生樹を使って話を聞き出せれば役に立つかもしれない。
聞き出せないかもしれないけど、まあその時はその時で。
市民達の避難は、せっかくここまで評価を上げてきたのに、ここで巻き込めば評価が下がってしまうからと言うのと、普通に俺が寄生樹を操るところを見られたくないからだ。
特に時間をかけることでもないので、パパッと手早く種をまいて一般人達からは見えないように最低限動きを止めるだけに留めておきながら生長させる。これでよし。あとは人がいなくなってから完璧に生長させて話を聞けばいいだろう。
「動くな! 邪神を祀った異端の儀式を行なっている異教徒どもめ! 一人残らず浄化せよ!」
だが、そうして対処したところで、逃げている市民達とは違い、こちらに向かってくる集団が現れた。
揃いの綺麗に磨かれた鎧を着ている集団は、まさしく騎士と言った風体だ。
その姿と言葉からして、こいつらがどんな集団なのかはすぐに理解できた。
しかし《浄化》? なんで呪いに浸かりまくった教会の奴らが俺たちに浄化なんてと思ったが、違った。
その騎士達は、叫んだ言葉の通りその場にいた者達を『浄化』……いや、殺し始めた。
どうやら、これがこいつらの言うところの『浄化』であるらしい。自分たちの信徒であるにもかかわらずそんなことをするなんて頭がどうかしてるのか?
……いや、実際どうかしてるんだったな。それが邪神の影響なんだとしても、単なる信仰心の問題なんだとしても、イカかれてること自体は間違いない。
一度汚れに接したものは全部ゴミだとでも思ってるんだろうか? 思ってるんだろうな。
しかし、教会の者達がなんと思ったところで、それを市民達が受け入れられるのかは別だ。
市民達は逃げ出そうとするが、すでにこの広場は教会の奴らが固めていたようで、あちこちで戦闘が起こっている。
おそらくは俺たちに気づかれないように急いで展開したんだろう。ノロノロと時間をかけていては俺たちが気づかないわけがないからな。
ただ、それでもここまで迫られていたことに気づけなかったのが疑問だ。
いくら炊き出しなんて平和的な行いをしていたとしても、周囲の警戒まで緩めるような奴らではないんだけど……ああ、リリアか。
リリアが攫われたことで、一時的にだが周辺を警戒していた奴らがその捜索にあたることとなった。
そして、この場に留まっていた者達は変異体の対処や市民達の保護に意識を持って行かれた。
そうして混乱している間に騎士達が動き、俺たちのいる広場を囲った。
もしかしたら、あらかじめ広場の近くにあるどこぞの建物の中にでも隠れていたのかもしれないな。そうであるのなら、すぐに俺たちを囲うことができたのも理解できる。
それでもよく見ると全ての道を塞ぐことはできなかったようで、逃げ道はいくらでもある。
だが、その限られた逃げ道に市民達が集まるとなると、それはもう逃げ道ではなくなってしまう。
人が集まったことで動きがとりづらくなり、結果的に道を塞がれているのと同じことになる。
そして、おそらくは今はまだ封鎖されていない道であっても、後続部隊やなんかがいて、『浄化』されることになるだろう。
状況を理解した俺は、部下達に指示を出そうとしたが、そんな俺に近づいてくる者がいた。
「ここでのお話はこちらにも届いておりますよ、魔王陛下。なんでも、炊き出しと称して我が信徒達に異端の薬を飲ませ、化け物へと変じさせたとか」
恭しい言葉遣いとは裏腹に、その態度や表情は明らかにこちらのことを舐めているようなものだ。
ニタニタとそこ意地の悪そうないやらしい笑みを浮かべたこの男は、おそらくこの部隊の隊長なのだろう。
「こちらがその証拠! これは我々が探り出した異形の原因。その薬だ!」
男はそう言いながら手に持っていた小瓶を掲げ、その場にいた者達に見せびらかすように叫んだ。
逃げることができず、周囲の様子を窺って戸惑っていた市民達はこの男の大声に反応して俺たちへと視線を向けた。
「この者達はカラカスからやってきた犯罪者どもだ! この薬を使用し、教会を貶めることで聖都を混乱させ、略奪を狙っていた『悪』である!」
俺たちが悪ねえ……。まあ、その点に関しては間違っちゃいないけどな。リリアが聞いたら喜んだことだろうよ。
でも、そのリリアは今攫われていて、この場にはいない。
そのことを思い出すと、なんというか、あれだな。怒りが湧いてくるんだけど、ここまでいいようにやられてると怒りというよりも、己の間抜けさだとか情けなさとか、まあそういう自分に対する思いが強い。
「つまり、お前達の言い分としては、その薬を飲むと化け物へと変わり、そんなヤバいものを俺たちが持っている、と。そう言うことでいいか?」
「そうだ。自らの非を認めよ! さすればいかに異端といえど、神の慈悲が与えられるだろう!」
「……リリアのこともそうだが、こうも真っ向から敵対されちゃあな。もっとおとなしく動くもんだと思ってたけど、こんな強行な手に出てきたんだから、穏便に済ませるつもりなんてないだろうし……はあ」
リリアに護衛はつけていたし、この場を守るための警備もいた。
でも、もっとできることはあっただろう。それこそリリアはずっと俺のそばに置いておくとかしてれば、こんな攫われるようなことは起こらなかったはずだ。狙われているのがわかってたんだから、そうするべきだった。リリアのわがままがうざかっただとか、あいつの好きにさせようって考えただなんてのは言い訳にもならない。だって、そうするって決めたのは俺なんだから。
……まあ、過ぎたことは仕方ない。とりあえず、こいつの処理をしないとな。
怒りはあれど、不思議と冷静な気分だ。すぐにぶん殴るために拳を握るんじゃなくて、この後のことを考える頭も、部下に指示を出すくらいの余裕も残っている。
「あー、お前ら。計画変更だ。国王に連絡入れとけ。悪いが、今から動くってな。それから、国境で待機してる追加の部隊にもだ。——奴らを潰す」
「はっ!」
国王には悪いことをするな、と思わなくもない。ここまで大幅な計画の変更は向こうだってその対応が大変だろう。
婆さんにも迷惑をかけるな。カラカスの奴らだってそうだ。こんな計画にないことを命じられれば、多少なりとも戸惑いもするだろう。
それでも俺はやるし、そんな俺の命令に答えてくれるのが俺の部下達だ。
暴力で解決しようとすればどっかしらで問題が出てくると思うが、まあ何か問題があっても大丈夫だろう。この国のトップは味方についてるんだし、最終的に教会の全てをぶっ壊せば大体解決する。
その後の外交とかめんどくさいことになるし、聖国の王だって、こんなことがあれば「今後も仲良くしましょう」と表立って俺達に言うことはできなくなる。何せ自国で暴れ回った挙句、宗教の本拠地を潰すんだからな。宗教国家の王としては、どれほど嫌っていたとしても教会のことを擁護しないわけにはいかないだろう。
それでいいなら最初からそうしておけよ、と思うかもしれないが、まあそれは俺も思う。
でも、それではまずいことも理解しているからこそ、最初は王としての対応を行おうとしたのだ。普通に王様やって、普通に外交やって……多少普通から外れたかもしれないけど、それでも普通の国と国のやりとりを目指していたんだ。
でも、それももう終わりだ。変異体や呪い程度なら我慢できたが、こっちの仲間に手を出された以上は仕方ない。全部ぶん殴って片付けて、それから呪いも邪神もぶっ飛ばし、住民達に恨まれながらも目的を果たして帰っていこう。
どうせ国王からは食料の対価としてもらえるものはもらってんだ。あとは呪い関係さえどうにかできればそれでおしまいだったわけだし、ここに留まり続ける理由もない。
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます