第544話異常発生
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「炊き出しは順調。教会も人手を出して食料も出してきたか」
最初の炊き出しから五日後。ついに教会も何かしなければまずいと考えたのだろう。溜め込んでいた食料を放出し始めた。
まあ、とは言っても出してきた食料なんてたかが知れてるけどな。何せ、いまだに俺たちと食料に関する契約は結んでいないんだから。
それでも『食料を市民に分けた』という事実が大事なんだろうな、きっと。
ついでに、こちらの邪魔をするつもりなのか工作員まで送ってきたのだ。どうやら、毒を入れて問題を起こそうとしたようだが、まあ残念なことにその辺は想定内なんだ。
この食器、あらかじめ浄化の魔法を仕掛けてあるから毒が入ってもすぐに解毒されるんだよ。
そんなわけで、毒が効かないことで焦ったのだろう。更に追加の人員を送り込んできた。
まあ、結局全部捕まえたけど。だって、ここは聖都だぞ? いやまあ別に聖都とか関係ないんだけど、この街であれば俺の目を誤魔化すことはできないのは事実だ。
何せ、ここは呪いによって植物が全て枯れた場所とは違う。この結界の中では植物が育っているんだから、当然俺のスキルも有効だ。
忍び込んで毒を混ぜようと、民衆に紛れて毒を混ぜようと、無駄に乱闘騒ぎを起こそうと、食糧庫に小火騒ぎを起こそうと、全部バレることになる。
小火騒ぎが一番危なかったけど、監視、防衛用に植えておいたトレント(鉢植え型)がわっさわっさと体を動かして火を消してくれた。あいつ、ただの火事程度じゃ燃えないから葉っぱで火を叩いても大丈夫らしいけど、よくそこまでやってくれたよな。俺も、流石に植物が自主的に火を消しにかかってくれるとは思わなかった。
なんかトレントが万能すぎて怖い。便利だからいいんだけどさ。
そんなわけで、俺たちの邪魔が悉く失敗したからか、今度はちゃんとした人員を送り込んで監視することにしたようだ。少しでも不備や問題があればすぐにでも炊き出しを強制的に止めることができるようにするため、とのことだけど……
「でも、まさか炊き出しの人員として枢機卿なんて役職のやつを送り込んでくるとは思わなかったな。しかも王族だろ?」
「なんでここで普通の人員を送り込んでこなかったんだ、とは思うけど、まあそういう作戦なんだろうな」
教会から人が派遣されるのは想定通りだったが、その人物が少し問題だ。カイルが今言ったように、司祭や助祭ではなく、大司祭を通り越して枢機卿なんて輩がやってきた。
前にも聞いたことがある話だが、どうにも王族は昔から教会に長子を派遣しているらしい。教会を尊重しているから、とか仲良くしたいから、とかなんか色々言われてるけど、実際のところは人質だ。それから、次代の国王が自分たちにとって都合のいい駒となるように教育を施すため。
そんな王族をどうして今送り込んできたのかと言ったら、王族が教会の所属であるということを知らしめることで、王族と教会の上下関係を明確に周知させようとしたのが一つ。
もし何かあっても、これは教会ではなく王族が悪いんだ、と切り捨てるためってのが一つ。
あとは、まあ貧民たちの炊き出しなんてやってられるか、って感じで押し付けられたからってことで、おおまかに三つの目的があると考えている。
もちろんこれ以外にも狙いがあるのかもしれないし、ないかもしれない。
「ただ、向こうにとっては誤算だっただろうなぁ。まさか自分たちの駒だと思ってる王族が、自我を持って動いてるんだから」
洗脳教育を施された王太子こと枢機卿だが、それでもさすがは王族というべきか。教会の洗脳教育に対抗するために、頭の中を弄る魔法具が存在していた。これを使うことで、簡単なものながら特定の思考、思想を植え付ける事ができるんだとか。
で、これまで教会に送られた王太子に植え付けられたものは、『教会を信用してはならない』という考え。
定期的に掛け直す必要があるみたいだけど、流石に王族を一度も城に帰さないということはできず、また情報集めという意味でも城に戻されることがあったので、その度に洗脳しなおしていたとか。
自分の息子にそこまでするなんて、恐れ入る。
でも、もうこの国の王族はそれくらいやらないとダメだってくらい追い詰められていたのかもしれないな。何せ、実質的に国の支配権を奪われてるもんだし。
ただ、教会に関しては問題なかったが、だからといってこれまでの間に全く問題がないわけでもない。
炊き出しを始めた翌日。異形が現れた。いや、現れたというよりも、その場で変異した、と言った方が正しいかもしれない。
炊き出しに参加していた市民の一人が、食事を終えると苦しみだし、異形へと変わったのだ。
幸い、教会側が何かしてくるんじゃないだろうかと考えて備えていた俺たちは、すぐに動き出して被害が出る前に制圧する事ができた。
想定外だったが、全くの想定外というわけでもない。おそらくは炊き出しを食べた事が原因だと思ってる。
もちろん毒や呪いなんて仕込んでないぞ? だが、それら二つを仕込んでいない代わりに、『神様の祝福』を仕込んだのだ。神様、と言っても教会の神ではなく、俺たちにとっての神様——つまり神樹、そして聖樹の力だけど。
具体的には、俺が水を出した。それを使うことで呪いが浄化できるみたいだし、市民達を侵している呪いが消えていけばな、と思ったのだ。
あとは、リリアやエルフ達も食材や道具の浄化を行なった。それはもう、これでもかってくらいに念入りに綺麗にした。
だが、それが良くなかったんだろう。
聖樹が浄化されたことでバランスが崩れ、こっちで変異した者が出たように、俺たちのやっていた炊き出し、『神様の祝福セット 〜聖女エルフと魔王の祈りを込めて〜(パン、潅水スープ、果物、大豆ミート)』を食べたことで体内の呪いのバランスが崩れて変異したんだと思ってる。
それで変異するなら街の奴ら全員が変異するんじゃないのか、と思ったが、どうにもそうではないらしい。
その変異した男は、最近粗暴になって性格が変わっていた、とのことだが、おそらくはそれが原因だろう。
呪い——邪神の力に侵されていたという事を考えると、その邪神の力がなんか変な感じに作用して感情が抑えられなくなっていた、という可能性はある。そうして精神に影響が出るほどに深く呪いが作用してしまっているのだろう。
というのが二日目の出来事で、それ以降も毎日変異体となるものが現れている。
だが、それも一日に二、三人程度の話。今では悪魔憑きがわかるとか、この炊き出しを食べない者は悪魔憑きだとか言われている。
なので、この街に住んでいる奴は食べ物があるないにかかわらず炊き出しにやってきて、スープを一杯だけ飲んで帰っていく、ということすらあった。
しかし、今日はなんだか様子が違った。
「またか」
「今回は数が多くないか?」
今日は炊き出しをはじめてからまだ一時間と経っていないのだが、すでに三人も変異体が出ている。
それらはカラカスの者たちによってなんの被害も出すことなく処理されていったのだが、それでも数が多すぎる気がする。
「ところで、リリアはどうした?」
「怪我人の治療でもしてるんじゃないか?」
「ああ。まあそんなところか」
どうして今日に限ってこんなに数が多いのかわからないけど、何かありそうな気がする。
これがもし教皇とか教会派の行動が原因なんだとしたら、変異体だけでは終わらないだろう。
それが何を狙ってどんなことをするつもりなのかはわからないが、警戒はしておくに越したことはないだ。特にリリアだ。あいつは的に狙われているくせに、アイドル活動をしたり治療活動をしたりと、無駄に人目につくことをしまくってるからな。敵からしてみれば標的にしやすいだろう。
「ベル。いつも悪いんだけど、リリアの護衛を頼む」
「はい。わかりました」
ベルだけで守り切れるかはわからないがリリアの周りには他にエルフたちもいるし、カラカスの護衛もいる。
なので、ベルはあくまでも何か異変が起きた時に俺に知らせるための伝令役だ。ベルなら俺の状態とか把握できるし、どこにいるのかもわかるからすぐに探し出すことができるから伝令としてはちょうどいい。
そう考えてこの後の対策のために婆さんのところへ行こうとしたのだ……
「——ヴェスナー様! リ、リリアがいません!」
「なに……?」
数分と経たずに帰ってきたベルの言葉を聞いて、事態が動き出したことを理解した。
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