第542話聖女を撃退

 

 その場にいた民衆達の一部が叫び出し、聖女を非難するような言葉を口にし始めた。

 そして、その騒ぎは徐々に大きくなっていき、今では聖女達から見える場所にいる者達はほぼ全員が聖女、および教会への悪意を口にし始めた。


 普段は絶対にそんなことは起こらないだろう。

 だが、今は状況が状況だ。誰だって不平不満を抱えているものだし、その吐き出す先を求めている。

 そして、今この場でその捌け口にふさわし者といったら、自分たちを助けてくれた城でも、それを手伝ってくれたカラカスでも、無償で治療をしてくれているエルフでもなく、何もしてないくせに信仰だ金だと言っているだけの教会。


 なんだか聞き覚えのある声のような気もするけど、きっと気のせいだろう。

 見覚えのある容姿な気もするが、それも気のせいだ。

 そんな見覚え聞き覚えのあるような奴らは確か扇動とか催眠とか意識誘導とかのスキルを持っていた気がするけど、そもそも知り合いだってのは気のせいなんだから、それも間違いだろう。


「皆さん落ち着いてください! 私達とて毎日満足に食べているわけではありません! 今は食料を集めるために話を進めている最中で——」

「そうです! みなさん。俺たちは今教会と、それから王城の方々とこれからの食料の運搬について話している最中でした! 王城とはすでに話がつき、新たな食料が運ばれてくる算段がついてます!」


 カノンが何か言おうとしていたので、俺はそれに被せて擁護するように叫ぶ。

 俺が擁護したのがそれほどおかしいのか、カノンは民衆達ではなく俺のことを訝しげに見ている。

 でも、そうなるよな。だってこの状況を作ったのは俺なんだから。それなのにこんな擁護だなんて、おかしくないわけがない。


 まあ、実際擁護してるわけじゃないんだけどな?


「——なら、教会はどうなんだ? あんた今、王城とは、って言っただろ? じゃあ教会とはどうなんだよ」


 俺の言った言葉に反応した民衆の一人が、言葉のあらを探すように指摘してきた。

 そんな言葉に、俺は少しだけ、でも誰から見てはっきりとわかるように悲しげに顔を顰めて口を開く。


「教会とは……王城に対してもそうですが、こちらも商売です。今回のような炊き出し程度の規模であれば多少の融通もききますが、国の全てを賄うだけの食料を無償で、というわけにはいきません。ですが、隣人が苦しんでいる中でただ見ているだけでいられるほど人として堕ちているわけでもありません。こちらとしては教会にも王城と同じ条件で食料の取引を提案させていただきました。ですが、少々話がまとまるのに時間がかかってしまっているのは事実です。そこは申し訳なく思ってます」


 擁護しているようでしていない言葉。つまりは、城は食料を買ったけど、教会は買わなかったと言う話だ。


 俺がこう話したところで、食料を無償で渡さないことを非難する者もいるだろう。

 普通はそんな善意の押し付けなんてしないものだが、追い詰められている者はそんな普通ではないことをするものだ。

 それに、この国は今まで他の国よりも上位に位置していることを気取っていた。教会の上層部達と同じような気質があると言うことだ。

 なので、カラカスの者達、エルフの者達が食料を『献上しないこと』について怒りを覚えることだってあるだろう。


 でも、今回はそうはならない。なんでか? そんなの、ここまでは俺たちの作戦のうちだからだよ。最初に叫んだ民衆は聖国の民に混じったカラカスの奴らだし、今叫んでいるやつだってそうだ。あらかじめこうなることは決まっていた。


 そして、当然ながらこの後の流れも決まっている。


「つまり、教会は俺たちを捨てたってことか?」

「いえ、それは違います。きっと教会には教会でなんらかの考えがあるのでしょう。信徒のことを一番に考えているはずです」

「違うことはねえだろうが! だってそうだろ? 俺たちの食いもん如きには金を出せねえからってんで、金を出し渋ってるから話がまとまんねえんだろ!?」


 俺が擁護し、民衆に紛れたカラカスの者が教会を悪者に仕立て上げる。

 いや仕立て上げると言うのは少し変か。伝え方に問題があることは事実だが、言っていることは全て本当のことなのだから。


 そうして俺たちの話を聞いていた周りのもの達は、施されているスキルの効果もあって口々に教会のことを非難し始めた。


 民衆に施したスキルは、スキルをかけられたことに気づかれないようにほんの僅かなものにしてあるはずだ。だがそれでもこれだけの騒ぎになると言うことは、彼らがそれだけ限界が近かったということだろう。


「聖女様。ここは一旦お下がりください。このままここにいたところで、できることなど何もありません。ただいたずらに市民を煽るだけです」

「あなたが、それを言いますか」


 怒りの声をあげ、暴動一歩手前といった様子の民衆の中に教会の象徴である聖女がいるのはマズイだろうと、俺はカノンへと気遣うような態度でこの場から去ることを提案した。

 だが、そんな俺がこの場を仕組んだのはもう十分に理解しているのだろう。カノンは憎々しげに俺のことを睨みつけている。


「ええ。俺がそれを言いますよ。だって……この場はあなた方のために用意したのですから」


 もうバレていることだし、せっかくなので最後に暴露してやることにした。それも、これ以上ないくらいムカつくように見下した笑みを浮かべながら。


 こんなことをする意味はあったのかと言われれば、まあ一応はある。こうして苛立たせることで余計なことをやって問題を大きくしてくれればいいな、と思ったのだ。

 でも、それはあくまでもついで。あの勇者にはともかくとしても、この聖女にはこんなことをしたところで大した効果はないだろうと理解していた。

 なので、どっちかっていうと、ただ嫌がらせをしたかったと言う気持ちがほとんどだ。


「……この借りは、必ず返します」

「ええ。返してくれることを楽しみに待っています」


 俺を睨みながら脅すように言葉を吐き出したカノンに、俺は笑みを浮かべて答えてやった。

 それから数秒ほど見つめあってからカノンは身を翻して帰って行こうとした。だが……


「ああ。ですが、最後に一つお教えしておきましょう。——それ、すぐにやられる雑魚のセリフだぞ」

「っ……!」


 帰ろうとしたカノンの背に声をかけてやると、カノンはバッとこちらへと振り返った。

 先ほどよりも感情を露わにしているカノンに、俺はにこりと微笑みかけてやったのだが、どうしたことだろうか。何が気に入らなかったのか、舌打ちをして俺から視線を外し、再び前を向いてしまった。ああ、分かり合えないって悲しいなあ。


「だいぶ煽ったな」

「これで教会の上層部も動くだろ」


 ここまでやれば、あの聖女も本気で俺たちに敵対するだろう。そうなれば、確実に教皇が動くことになる。あとはそれを潰してやればいいだけだ。


 ——◆◇◆◇——

 ・カノン


「——以上が事の顛末となります」


 私は今、教皇聖下の執務室にて、現在の街の様子についての調査結果を聖下と共に聞いている。


 あの日……三日前に行われた炊き出しの件から、教会へのあたりは強くなった。

 今までそのようなことがなかっただけに教会は混乱し、加えて自分たちの立場を過信しすぎたことで甘くみていたために、対応が遅れてしまった。


 その結果、今でもなお炊き出しは続いているようで、むしろ王城からの正式な支援と称して規模が拡大し、街の至る所で炊き出しが行われている。


 飢えから救ってくださった国王陛下は素晴らしき方で、それに協力してくださり食料を運んできたカラカスの方々やエルフの者は思ったような悪ではなかった。

 しかし、教会はこんな状況であってもなんの手も差し伸べてくれないと非難され、中には教会に石を投げるものすら現れる始末。

 それによって被害が出たわけでもないけれど、そもそも石を投げられた、と言う事実が存在しているだけで問題となる。


 普通はこのようなことは起こらない。起こるとしても、もっとゆっくりとしたものでしょう。

 にもかかわらずこうも教会への反感が広まると言うことは、裏で仕組んでいる者がいると言うことに他ならない。そして、その裏にいるものは、論ずるまでもなくわかりきっている。


 カラカスの王。魔王を名乗っているあの者こそが、今回の黒幕。

 その協力者として国王も手を取っていることでしょう。でなければ、国王が炊き出しに参加しているのはおかしい。


 けれど、敵がわかっているとはいえど、打つ手がないのが実情。何せ、魔王も国王も、『悪』と呼べることは何もしていないのだから。


「……そうですか。ありがとうございました。情報は継続して集めるようにお願いします」

「はっ」


 聖下のお言葉を受けて、報告を行なった者は礼をすると静かに部屋を去っていった。

 その際、私のことをちらりと見てきたけれど、その目は私のことを見下しているような、そんな目だった。おそらく、お前が失敗したからこんなことになっているのだ、とでも思っているのでしょう。実際、そのような言葉は今の教会では聞こうと思えば簡単に聞くことができる。

 あの日、最初の炊き出しの際、私が対応を間違えなければこんなことは起こらなかったのだ、と。誰もがそう思っている。

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