第541話聖女様がやって来たが……
「——で? 坊の方はこの後の準備はいいのかい?」
「ん? ああ。まあ、あとは向こうの出方次第だけど、大丈夫だ」
炊き出しをしておしまいではない。当然ながら炊き出し自体も目的ではあるが、その後に起こるであろうことが本命。その始まりだ。
もうここからは後には引けない。準備する時間も考える時間も十分にあったわけではないけど、それでも早く動かなければ国王が動けなくなる。そうなれば俺も動きが取りづらくなってしまうので、この機会を逃すわけにはいかないのだ。
その過程で多くの人が死ぬかもしれない。というか、多分死ぬはずだ。
だが、そうだと分かっていても俺も国王も、そうすることを選んだ。それが、俺たちの目的のために最善だと思ったから。
「これからめんどくさくなるな……」
俺はそう口にしてからため息を吐き出し、事態が動き出すその時まで裏に下がって休むことにした。
——◆◇◆◇——
「——これはどういうことですか!」
リリアの治療劇場が始まってから一時間程度が経ったわけだが、治療を求めるものも食べ物を求めるものも、まだまだ残っている。
そんな中、何かを咎めるような叫びが響いた。
またどっかのアホがクレーム入れてんのか、と思ったが、どうやら違ったようだ。
「ん? ……ああ、あいつか。じゃあ行くとするか」
叫びの聞こえた方向を確認すると、そこには聖女カノン率いる教会の騎士たちが集まっていた。
まあそうだよな。広場といっても裏に近い場所ではあるが、これだけの騒ぎを起こしてれば教会が動くに決まってる。
しかし、それは想定内のことだ。俺たちだって教会が動くことは考えていたし、その時の動き方だって決めていた。
ただ、一つ気になることがある。それは思っていたよりもかなり遅かったことだ。
想定ではもっと早く動きがあると思ったんだけど……相手が俺ってことで揉めたか? あるいは、最初は国王の行動だと聞いていたからそっちに文句を言いに行ったとか?
どっちにしても、教会の動きが遅かったのは俺たちにとっては有り難かったけどな。これでようやく『次』に進めることができる。
俺はそう考えてから軽く息を吐き出すと、そばに控えていた仲間に視線を送って合図をしてから聖女様一行の元へと向かっていった。
「おや。これはこれは、聖女様。このような場所へこられるなど、どうかされたのですか?」
やってきたカノンたちの前に姿を見せる。その際に、普段はこんなところに来ないくせに、という皮肉を込めて言ってみたのだが、どうやらそれは通じたのかカノンは一瞬だけだったが不快感に眉を寄せた。
「その話し方は……」
「何かおかしな点でもございましたか、聖女様?」
俺の話し方に文句があるんだろう。顔を顰めてこちらを見てきた。文句というか、言いたいことか? まあ今までこんな話し方してこなかったからな。不審に思うのも当然だろう。
「……いえ。それよりも、この騒ぎはなんですか?」
「何、と申されましても、見たままの通り炊き出しですが」
「そのような予定が許可されたとは報告を受けていませんでしたが……」
「ええ、そうですね。予定にはありませんでしたが、報告はしましたよ?」
「それは本当でしょうか?」
「なぜそれほど疑われるのか分かりませんが、ええもちろん。許可はとりましたよ。……もっとも、教会に、ではなく国王に、ですが」
そう。俺はちゃんと報告した。聖国内での国王と教会の立場はどうなのかなんてのは、外国にとっては関係ない。よその国から見れば国王が一番上で、あくまでも教会はその下なのだ。
故に、他国の王である俺が何かを言ったり願ったりするとしたら、それは教会ではなく国王であることは当たり前で、それでなんの問題もない。
まあ、本来なら国王に相談したところで、時間をおいて答えを出しましょうってことになるんだろうけどな。
で、その時間をおいてる間に教会に話を通して答えを出し、それをこっちに伝えるのが今まで通りだったんだろう。
ただ、今回は礼儀知らずな荒くれ者である俺たちが相手だったので、そんな時間なんて与えなかったけどな。まあ国王としても、そんな時間を置くつもりはなかったみたいだけど。
「国王に、ですか。それは……いえ、それは理解しました。ですが、このように騒ぎを起こしてどのようなおつもりですか?」
「騒ぎ、と申されましても、我々としてはただ善意で施しただけなのですが……」
「あなたが善意を?」
ああ、この顔は絶対に信じてないな。でも、一度俺の善意を見せたと思ったんだけどなぁ。ほら、この国に来る際に立ち寄った村々での植物栽培。あれ、完璧に善意だろ。
「はい。実はこの辺りを歩いていたら不意に道端で倒れている人を見かけまして。その姿がカラカスの仲間達を思い出させたので、これは放っておけないなと食べ物を施したところ、我も我もと他の方々も集まり始めてしまい、囲まれて動けなくなってしまったので、仕方ない。ここは他国ですので暴力で散らすことはできませんし、何よりこのまま見て見ぬ振りをするのも忍びなく思ったので手持ちの食料をいくらか分けることとした次第です」
いかにも悲しんでます的な顔をしてカノンへと答えたのだが、やっぱり胡散臭そうな顔してんなあ。
まあ、実際これが真意ってわけじゃないんだけど。
「その際、流石に勝手に動くのはまずいだろうと、聖国の王に許可をとり、国王からも兵と食料を出してもらいました。その結果がこの炊き出し、ということになります」
そう話してからゆっくりと辺りを見回し、徐に口を開いた。
「しかしまあ……」
それだけ言ってから一旦言葉を止めると、俺は『聖女様』のことを見つめて再び口を開く。
「王城と聖女様方教会の方々には食料を分けさせていただきましたが、どうやら王城からの配給だけでは市井の方の隅々にまで届くことはなかったようで。誰かが懐に余分に蓄えでもしない限りこの街の全員に配られるだけの量は持ってきたと思っていたのですが、どうやら計算を誤ってしまったようですね。申し訳ありません」
「……っ。あなたは——」
「ですが! ええ、こちらの不手際とはいえ、目の前で飢えていかれるのは心苦しく思いまして。少しでも手助けできれば、と思いこのようなことになったのですが、ご迷惑だったでしょうか?」
カノンの言葉を遮りながら続けた俺の言葉の真意を完全に理解したわけではないだろ。
だが、なぜ周りに人がいる状況でこんなことを話したのかという俺の意図は理解したようで、カノンは顔を動かさないまま視線を巡らせ、心なしか厳しい表情で周囲の様子を確認している。
「……いえ、そのようなことはございません。ですが、申してくだされば教会としてもご協力いたしましたのに。そうすれば、もっと効率的に食料を配ることができたでしょう」
だが、それでも俺は悪口を言っているわけではなく、表面上はあくまでも謝罪と心配しか口にしていない。皮肉をこめはしたが、それだってはっきりと断言したわけでもない。
そのため、カノンも俺の言葉には何にも文句をつけることができないでいる。精々が「教会は協力する気があったが、お前たちが勝手に行動しただけだ」と皮肉を言うくらいだ。
「そうかもしれませんね。ですが、飢えとは恐ろしいものです。私はカラカス出身ですのでその恐ろしさは理解しているつもりです。だからこそ、私はカラカスを誰も飢えることのない場所にしようと思い、それを実現させました。それなのに、ここではそんな飢えが蔓延ってしまっていて、この窮状を見て何も思わずにいる、というのは不可能なことでした。聖女様とてその気持ちは同じでしょう? できることならば、自分たちの食糧を差し出してでも救える者を救いたい。故にこそ、国王への相談をせずに勝手に行動し、国王への事後承諾となってしまいました。ですが、聖女様や教会の方々とてきっと民を救いたいと、そう思っておられることでしょう。ですので、我々の行動を理解してもらえるものだと信じております」
「……ええ、その通りです。私達としましても、すぐにでもこの異変を解決し、全ての信徒を救いたいと思っております」
絶対にそんなこと思ってないだろ。思ってるんだったら自分たちの分だけ食料を確保して、あとはできるだけ安く、だなんて思うはずがない。
そして、そこまで理解したわけでもないだろうが聖女様のありがたいお言葉が終わった後、俺が何かをするでもなく事態は動いた。
「この嘘つきが! ならどうしてこの人たちが持ってきた食料は俺たちに回ってこねえんだよ!」
「俺の嫁は一週間前に死んだぞ! 何も食えず、枝みてえな骨と皮だけになって……ガキだって死んだんだ!」
「聖女だと? あんたみたいなのが聖女だと!? ふざけんじゃねえよ!」
新規登録で充実の読書を
- マイページ
- 読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
- 小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
- フォローしたユーザーの活動を追える
- 通知
- 小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
- 閲覧履歴
- 以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
アカウントをお持ちの方はログイン
ビューワー設定
文字サイズ
背景色
フォント
組み方向
機能をオンにすると、画面の下部をタップする度に自動的にスクロールして読み進められます。
応援すると応援コメントも書けます