第540話リリアの無料診察会

 

 それまで騒々しかった民衆だが、リリアがパシンッと柏手を一つ鳴らすと、その場は静まり返った。


「さあさあみなの者お立ち会い! これよりわたしが! このわ・た・し・がっ! みんなの視線をバチコンッと釘付けにしてあげりゅんでゃから! ……いちゃ……くない!」


 またよくわからない擬音を挟んで……というか、その擬音はなんか使い方間違ってないか?


「「「「うおおおおおおおっ!」」」」


 リリアの言葉に反応するように、その場にいた者達はまたも叫んだ。

 なんか、この光景どっかで見たことあんなぁ。具体的には俺たちの故郷というか本拠地で。


 リリアが後ろでなんかやってたのは知ってるけど、何やったんだ?

 こいつが好かれるのは、まあいいとしよう。いつものことだ。でも、ここの奴らは結構荒んでたはずだ。毎日飢えて死にかけてたんだから当然かもしれないけどな。

 それに加えて、信仰の関係でエルフを嫌っていた。

 ちょっと何かやったところでそう簡単に受け入れられるわけがない。それはアイドルみたいなことをしても同じだ。

 というか、むしろそんなことをすれば逆に苛立たせることになる可能性だってある。


 こいつらは今まで飢えていたからこそなんの問題も起こさなかった。エルフがいようと、そんなことはこの飢餓感に比べればどうでもいい。そう思っていたからこそ誰も手を出さなかった。


 でも、その飢えが解消された。お腹いっぱいとはいかないが、それでもまともな食事を食べることができ、一時的にだが飢えを忘れることができた。飢えて死ぬことはないんだと安心することができた。

 だが、そうして安心できてしまったのなら次の問題に目がいくのが人間だ。次の問題——つまり、目の前にいるエルフについて。


 冷静な者なら炊き出しをしてくれたエルフ達に敵意を向けることはないだろう。今回炊き出しをして飢えが解消されたが、次がなければ結局は同じ。ただ飢え死ぬのを先延ばしにしただけになる。だからこれからも炊き出しはしてもらわないといけない。

 そう考える頭があるんだったらエルフに敵意を向けることはあり得ない。

 だが、そんなことが考えられるだけ冷静なものばかりかというと、そうではない。


 飢えが解消されたことでエルフのことを認識し、「どうしてここにエルフがいるんだ? ああ?」とでも言い出す輩だっていることだろう。


 それなのに、こんなにすぐ持て囃されるようになるなんて……本当に何やったんだ? 今なら俺はこいつが魅了や洗脳をやったって言っても信じられるぞ。


「へいへいへいっ! そこな少年! そのおててはどうしたの? 左手に包帯巻き付けてるなんて、随分オシャレね!」


 そう言いながら左手で顔を押さえ、なんだかニヒルな笑みを浮かべているバカがいる。

 絶対にアレはオシャレなんかじゃないだろ。いやもしかしたらおしゃれでつけるやつもいるかもしれないけど、その少年の場合は違うと思うぞ。


「え、いや、これは怪我して……」

「ええ〜、そうなの? ……残念ね〜。……えっ!? 怪我? 痛くない?」

「いや、あの……もう一ヶ月以上前のだし、だから……」

「うむむ……よし! こっちに来なさい! 最初は君に決めた!」


 リリアはそう言うと、左手に乱暴に包帯を巻いている少年を舞台の上に呼び出しているが、少年はどうしていいかわからないで戸惑った様子を見せている。

 そんな少年の背を、厳つい顔をしたおっさん——民衆に混じっていたうちの仲間が押し出して舞台の前に進ませた。


「あれ、パフォーマンスじゃなくて素で心配して喋ってるんだからすごいよな」

「考えないからこそできることだな」


 本気で心から他人の怪我を心配する様子は真似できるようなものでもない。

 それなのにリリアがそんな様子を見せることができるのは、それが誰かの真似ではなく本心で言っているからだ。

 もしかしたら、だからこそリリアはこの街の奴らに受け入れられてるのかもしれないな。

 だって、この国の治癒術師って、どうせ金に染まってるような奴らだろ? 怪我や病気を治すのに寄付金やお布施が必要になるわけで、それが払えなければ治してもらえない。しかも、治療を願う相手が悪ければ、その金額は跳ね上がる。

 それでも仕方ないと、それが当たり前なんだと罷り通っている場所では、ただ純粋に心配してくれる者というのは希少……というか、奇跡とすら思えるかもしれない。


「あの、えっと、来ましたけど……」

「ふふん。それじゃあそこに跪きなさい!」

「え、え、あの……?」

「いいから早く早く!」


 包帯を巻いた少年が舞台の前に出てくると、リリアはそんな少年を見下ろしながら腕組みをし、少年を膝まづかせた。


 そして、その様子に納得すると、リリアはなんか変なポーズをとってから口を開いた。


「貴様は運が良い! このわたしにここで出会うことができたのだからなあ! ——なーおーれっ!」


 リリアはそう言うなりシュババッと無駄しかない無駄な動きで手を動かし、少年を指差すようなポーズへと変わり魔法を発動させた。


 その魔法によって生み出された光は少年へ……もっと言うなら少年の腕に吸い込まれていき、その光は徐々に弱まっていった。


「え、あ、ええ? う、腕が……?」


 光が収まったあと、自分の様子を確認したんだろう。少年が困惑したような声を漏らしているが聞こえる限りでは腕になんらかの異変があったようだ。

 だが、状況的に考えると、あの腕は悪くなったのではなく、むしろ逆。リリアの魔法によって怪我が治ったのだろう。


「どうだ。腕は治ったか? ……治ったよね?」


 リリアは最初尊大な態度で問いかけたが、本当に治ったのか心配になったのだろう。それまでの演技を台無しにするように不安げに眉を寄せて小さな声で問いかけた。


「あ、は、はいっ!」

「うむ! ならば良い!」


 そんなリリアの様子を見て、少年は何か答えなければと思ったのだろう。まだ混乱は見られるが、大きな声で返事をし、そんな様子にリリアは再び尊大な態度をとって満足そうに頷いた。


 だが、それでおしまい、とはいかない。

 この国では、治癒術師に治療してもらったら、その症状の程度によって金を払わなくてはならない。治癒術師は希少であり、教会の所有物。つまり、善意の治療などあり得ないのだ。


「いや、えっと……あの、でも僕はお金なんて持ってなくって……その、だから……」


 しかし、こんなところで炊き出しを受けているような者が、そんな治療費など持っているわけがなかった。

 だからこそ腕の治療をしてこなかったのだから、当然と言えば当然な話だ。


「え!? お金持ってないの!?」

「……はい」


 リリアは少年がお金を持っていないことに驚き、不満そうに顔を顰めた。

 そのせいか、なんだかその場に集まっていた者達から落胆の色が広まったような気がする。

 だが、それもその一瞬だけのこと。


「じゃあじゃあ、ご飯だって食べてないでしょ。ダメよ。しっかり食べないと。あっちでいっぱい食べてらっさい! ……らっしゃい!」


 リリアは少年に近づくように舞台の端に進むと、その場にしゃがみ込んで話しかけた。

 けど、まあそうだよな。こいつは金が欲しくないわけじゃないだろうが、それは普段の話。怪我人や困ってる人を前にして金を求めるような性格ではない。まず人助け。

 こいつにとって金なんて、所詮は趣味というか、遊びの範疇だ。

 金を稼ぐことが遊びだなんて、だいぶ性格悪いというか、成金な感じがするけど、そう思えないのはリリアだからだろう。


 ……あと、どうでもいいけど、その状態だとパンツ見えるぞ。自分が他よりも高いところにいて、スカートを履いてるって自覚した方がいいんじゃないか?


「で、でも、治療のお礼は……」

「そんなの元気になってから百万倍で返してくれればいいわよ! だからほら、今は早くあっちに行けーー!」


 俺が気になったように、少年はリリアのスカートの中をのぞいてしまったのだろう。顔を赤らめながらそっぽを向くが、そんな様子が自分の言葉を無視されたと感じたのだろう。

 リリアは舞台から飛び降りると、少年の肩を掴んでくるりと体の向きを変えさせ、押し出した。


 少年が押された方向には炊き出しがある。そこではまだ人が並んでいるからすぐに食べられるってわけでもないが、それでも並んでいればそのうち食べられるはずだ。


 金を取らずに治療してもらい、さらにはこんな状況であるにもかかわらず食べ物まで分けてくれる。

 そんなリリアはまさしく女神様、ってなところだろう。少年は目に涙を滲ませ、深々とお辞儀をしてから炊き出しの列へと並んでいった。


 まあ、食べ物出してるの俺なんだけどな。リリアはただ配ってるだけ……いや、配ってすらいねえな。あいつのやってることは、治療と……宣伝? 別にいいけどさ。これでエルフの評価も上がるだろうし、そうなれば今後はエルフの迫害も減るだろうから。


 リリアは離れて行った少年の様子を満足げに頷き、再び舞台の上に戻っていった。

 ……よじ登るんじゃなくてちゃんと踏み台使え。自分で用意してただろうが。あるいはジャンプしろ。お前も第十位階なんだからそれくらいできるだろ。


 しかしまあ、元気になってから、なんて良いこと言ってる気もするけど、出世払いにしても百万倍で返せってのはだいぶボッてねえか?

 でも、それくらいの額だからこそ、みんな冗談だと思ってるのかもしれないけど……でもあいつ、多分本気だろ。まじで後で百万倍で返せとか思ってそうな気がする。まあそれも、一回お遊びに付き合ってやればすぐに返せそうな価値観というかレートだと思うけど。

 遊び相手一回百万円! ってか? 百万倍だからそのまま百万円ってわけじゃないし、そもそも円ではないけど、なんだか安いのか高いのかわかんない女だな。


「へい店長! お客様一名入りまーす!」

「さあ。我が力を求める次なる子羊は誰だ?」


 その後も少年に続き怪我をしている者達を治療して行ったのだが、なんだか治療のたびに台詞の方向性が変わってる。

 違和感がすごいが、違和感が全くないというわけのわからない矛盾を感じる。


「……なんか、キャラブレブレなのに一貫してるように見えるのってすごいよなぁ」

「……何も考えてないからできるんだろ」


 俺の呟きにカイルが答えたが、確かにそうなのかもな。

 考えてないからこそ、あいつはこんな人気者になれるんだろう。

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