第535話この国の王

 

「で、今日ここに来た目的だけど、炊き出しを行いたい」

「炊き出し? ……ふむ。こちらとしてはかまわぬが、食料はこちらからは出すことができぬぞ」

「それは知ってる。少なくはあるけど、国民に分けるだけの量は渡したはずなのに一向に配られない食料がどこへ消えているのかはさっぱり見当もつかないが、まあまだ配られていない時点で足りないんだろうな」


 国王は炊き出しと聞いて怪訝そうな顔をしたが、続いた俺の言葉を聞いてさらに顔を顰めた。

 でも、そうなるだろうな。だって、この国王だってなんでそんなことが起こるのかは十分に理解しているのだから。

 つまり、簡単に言えば教会が大部分を持っていき、市民には少ししか回されない。もしかしたら、市民には全く回らないかもしれない。でも、国王はそれを見ているしかない。だって対外的には教会の犬なんだから。教会の意向に逆らうわけにはいかないのだ。


「カラカスの評判は悪いからな。まあこれまでの行いを考えれば妥当ではあるんだが、それでもこれからは商売を行うんだし、少しくらいは友好的になれればなと思ってな」


 それも理由の一つではあるが、全てではないし、それどころかメインでもない。こんなのは理由としても端っこの方。本当の目的を隠すための表面で、薄皮みたいなものだ。


 でも、そんな理由を最初に口にしたのは、まだ今一つどこまで話していいのか読みかねているから。


 当然国王はこんな理由は信じないだろうから、ここから言葉を交えての探り合いが始まるだろう。


「……それが真ならばこちらとしては否はない」


 だが、そう思っていたにもかかわらず国王がすんなりと頷いたことで、今度は俺が怪訝な顔をすることとなった。

 だって、絶対この話には裏があるってことに気がついてるからな。そこを理解できないわけがない。


 そんな俺の反応を見てか、国王は影のある笑みを浮かべて口を開いた。


「仮に何かを狙っているのであったとしても、民を死なせる暗愚となるよりはマシだ」


 その嘲るような笑みは、多分自分に向けられたものなんだろう。教会の顔色ばかりを伺って、何もすることができない国王に対しての嘲笑。


「——そんなことよりも、いい加減行儀の良いふりは辞めたらどうだ」

「行儀の良いフリ?」


 俺の態度のどこが行儀がいいんだと思うんだが、この国王はどこをどう見てそんなことを言ったんだろう?


「腹の探り合いなどする意味があるのか、ということだ」


 つまり、もっと直接的に話せってことか?


 この話し、最悪の場合は暴力でどうにかなるって言っても、それは本当に最悪の場合。できることなら話だけで済ませたいが、俺ではまだまだ経験が足りなさすぎて政治的な騙し合い化かし合いでは劣る。なので、俺としては直接的な話ができた方が面倒がないし、ありがたいといえばありがたい。

 しかし……


「王様がそんなんでいいのか?」

「普段であればこのようなことは言わぬ。だが、今はこの状況だ。うるさくいうものは誰もおらず、話を聞いている者も誰もいない。加えて、相手は無法者の集まりであるカラカスの王。であれば、何を気にする必要がある」


 まあ確かに、俺はそんな言葉遣いとか気にしない。気にするようだったらこんな態度で他国の王に接してないしな。

 それに、遮音の結界があるんだから俺たち以外には誰にも聞こえず、話に割り込んでくるものもいない。

 なので、王としての振る舞いも、多少は緩くすることができるのだろう。


「そして何より——今の俺には時間がない」


 ……『俺』か。『余』ではなく自分のことをそう呼んだってことは、素を見せたということだろう。つまり、自分は腹の内を見せたぞ、とそういうわけだ。

 そしてそんなことをするってことは、国王はこの話し合いにそれほど本気であるということの証明でもある。


 時間がない。……まあ、時間がないか。だって、俺たちがここにいることはすでに教会に知られているだろうし、もしかしたら教会の奴らがこの話し合いを邪魔しに来るかもしれない。

 今日は邪魔をしなくとも、明日以降は二人で話をするってことはできなくなる可能性は十分に考えられる。

 だから、話す時間は今日この時間しかないのだ。今、全てを決めなければ、教会の状況をひっくり返す機会がつぶれることになりかねない。

 そうでなくても、変に長く話をしていれば、後で説明をするときに誤魔化しにくくなる。


 そう理解すると、俺は息を吐き出してから国王の目をまっすぐ見据え、口を開いた。


「……初めて会った時から思ってたけど、あんたはこの国が嫌いだろ」

「いや。この国は嫌いなどではない。むしろ好いている。……だが、教会は別だ」


 国王は一旦そこで言葉を止め……


「この国の王は俺だ。奴らではない」


 はっきりとそう口にした。

 そんな国王の表情はそれまでとなんら変わらなかったが、その眼だけは鋭く光っているように見えた。

 この眼は、野心の込められた……いや、違うな。野心ではなく、もっと重いもの。少し違う気がするが、一番近いもので言ったら復讐の眼だろう。


 王となるべく生まれたのに、蓋を開けてみれば教会の犬でしかない。教皇に頭を下げるのは、宗教国家としてまだ理解できるかもしれないが、ともすればそれ以下の司祭にすら顔色を窺わなければならない。

 そんな状況が許せるか? その答えは人によりけりだろうが、この王はそれが許せなかった。

 だからこの教会が支配しているような状況をぶち壊したかった。


「今回の呪いは、あんたにとって都合が良い出来事ってわけか」

「そのようなことは言わん。国民が飢え苦しんでいる最中で、それが起こって良かったなどと言うようでは、それは王ではないからな。だが、状況を利用しようとしているのは事実だ」


 今回の事だけかもしれないが、協力関係を築けるんだったらありがたい話だ。

 この様子なら、考えていたことを単純に……というかあけすけに言っても問題ないだろう。そのほうがさっさと話が進むしな。


「なら、状況を変えるための話といこうか。まず、この国に送るための食料に関してだ。一応追加の物資については話がついてるみたいだけど、その後の定期的な運搬に関してはまだだったろ?」


 俺たちが最初に持ってきた食料とは別に、追加でこの国に食料を持ってくることにはなっていた。実際、すでに連絡自体は入っていて、用意してこちらに向かっている最中とのことだ。

 だが、それは急いで決めた最初の一回分だけで、その後の定期的な支援に関してはまだ話がついていなかった。

 多分城としては教会の意向を伺わないといけないし、教会としてはできる限り安く済ませようとしているのだろう。

 時間をかければかけるほど飢えていくのが今の状況だが、それでも俺たちから食料を買い取ったことで多少なりとも時間に余裕はできた。だからこそ安くするために粘ることができている。もっとも、余裕ができたと言ってもそれは『自分たちの分の時間は』というだけだけどな。国民達はいまだに飢え続けているのだから早く決めないといけないって状況は変わっていないのだが、まあその辺のことは気にしていないのだろう。


 だが、そうして教会が値段を決めずにいた食料の値段を、今ここで決める。


「そうだな」

「それを売る値段を決めようと思うが、バカみたいに法外な値段で売ってやる。だから、それを買え」

「……教会にも売るつもりか?」

「ああ、そうだ」

「値段次第であろうが、カラカスの王が『法外』と言うほどの額だ。奴らは買わん……いや、ふむ」


 法外な値段売る、とバカみたいなことを言った俺の言葉の意味を理解したのか、国王は少し考え込んだ様子を見せてから口を開いた。


「金と土地と爵位。どれが欲しい?」

「なんだ、買うのか?」


 俺としては、買うだろうなと思っていたが、それでも確認のために聞いてみる。

 そんな俺の言葉に対して、国王はフンッと小さく鼻を鳴らしてから答えた。


「買わねばならんだろう。教会への信仰心を削るためには」


 城は王族が私財を削り、法外な値段であっても食料を買って、それを民のために与える。

 だが、教会は金を惜しんで買い渋り、苦しむ民を傍目に何もしない。


 そうなれば、人々を救うための正義の教会、という土台が揺らぐことになる。だって、自分たちを助けなかったんだから。


 そうして教会の権威を落としていく、という考えを、この王は理解し、納得したのだろう。だからこそ、俺の提案に対して何が欲しいのか、なんて聞いてきた。


「条件としては聖都内と聖都外の土地。それから金だ。まあ金に関しては、それ相応の額があればいいが、最低でも国宝を一つは寄越せ。詳細はこっちの紙に書いてある」


 そうして差し出した紙には、今後十年間の食糧売買契約の内容が書かれている。

 正直言って国宝とか興味ないけど、ただお金を払って買いました、っていうのと、国宝を売る事で買いました、では受ける感じは大きく違う。

 カラカスの者に土地を売ったとなれば、『国を売った』という輩も出てくるだろう。主に教会から。

 でも、それで食料を買うことで民を救えたのなら、救われた者達はなんの文句も言わないだろう。

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