第536話聖国とカラカスの取引
「……確かに、これは法外と言ってもいい額だな。教会の者らはこれでは受け入れぬであろうな」
「受け入れられては困るけどな」
もし教会が俺たちの言った額で頷くようなら、こっちの作戦は崩れることになる。
いや、完璧に崩れるってわけでもないけど、効果が薄くなるのは事実だ。
だからこそ、バカみたいな値段をつけることにしたのだ。
教会は土地を持っていないので支払うことはできない。自由に土地を使うことはできるだろうが、あくまでも所有者は国であり、国王なのだ。教会はただ好き勝手に借りているだけ。だから教会としての支払いには使えない。
だが、そうなると土地以外で土地に相応する金額を支払わなければならず、お金大好き、自分大好きな教会の奴らが、身を切るようなことをして食料を買うわけがない。
もっとも、今回の目的——異変を解決したとしても、数年は国が枯れたままで食糧を回収できないんだから、十年分の食料が確保できると思えば長期的に見ればお得になるはずだ。
まあ、十年分の金額を一括払いってのはきついかもしれないし、パッと見はそれこそバカみたいな額に見えるだろうけど。
「そうであったな。だが……これだけの額となれば、こちらとしても少々厳しいものがある」
「だからこそ、民のために身を切ったとなるんだろ」
「うむ。だがそれも、これで民を救えるのであれば、の話だ」
この作戦がうまくいったのであれば、教会の権威を落とすことができるだろう。少なくとも全くの無傷ということはないはずだ。だからこそ、国王は俺の話に乗るつもりでいるわけだし、国宝や土地を対価として差し出そうとしている。
でも、それで民を救うことができないんだったら、それはただ金を無駄に使っただけになる。
そんなことになれば、この状況をひっくり返すどころか、自分の……いや、自分達国王派全ての未来を潰すことになりかねない。だからこそ、この国王は騙されてはならない。騙されなかったとしても、金を支払った後に「やってみたけど無理でした」は利かない。
だが、その点に関しては問題ない。
俺には騙すつもりはないし、金をもらった後に失敗することもない。
教会への狙いとしては外れることがあるかもしれないけど、今の国民達への対応——つまりは食料の供給に関しては問題なくかなえることができる。
「そこは問題ない。俺の能力は知ってるんだろ?」
「植物を操り、自在に食糧を生み出すことができると聞いてはいる」
「そうだ」
どうせもうある程度の俺の能力については知っているんだろうとは思っていたが、やはりというべきか、当然の如く答えた。まああれだけ派手に使ってればそうなるよな。
でもまあ、それは分かりきっていたことだからどうでもいい。
その詳細については何ができるかなんて分かってないだろうし、それで十分だ。
「それからもう二つ。まずはエルフの迫害の禁止だ」
食料を提供するにあたって、金銭や土地以外にも、他に対価として求めたいものがある。それがこの約束だ。
今回俺は教会にあるであろうエルフを使用した結界と呪いの大元を潰すつもりでいる。
でも、今回は片付けたとしても、今後同じような輩が出てこないともかぎらない。
そのため、聖国内でのエルフの安全を確保したいのだ。
そうは言っても、約束したところでそれがすぐに守られるわけではないだろう。何せ、これまで積み重ねてきた時間というものがある。何百年と続いてきた流れを断ち切るというのは、言葉にするのとは違ってとても難しい。
だが、それでも法律として明文化さえしてもらえれば、あとはどうとでもなる。
それに、エルフなんて寿命が長いんだし、今のエルフ達の子か孫の代には普通に接することができるようになるだろう。
だが……
「……現状では難しい。余がなんと言おうと、教会は認めぬ。いや、そもそも言える立場にはない」
「王様でも、か」
「そうだ。もし教会の意に反することを言えば、国王の首がすげ替えられることとなろう」
普通はこういった話は国王が決めるものだ。話し合いをするだろうし、間に何人も役人を挟むだろうが、それでも最終的には国王が決めることで、国王がそうするのだと言ってしまえば変えることができる。
でも、それはできないのだと言う。それどころか、そもそも口を出すことすらできないのだと。
今の教会と国王の立場を考えるとそうなるか、と思わないでもないが、改めて国王の口から聞くと酷い状況だなと再度理解させられた。。
しかしまあ、首が変わるとして、その場合の国王というのは誰になるんだろうか?
順当に考えれば長男だが、この国の場合は少し特殊だからな。その辺はよくわからない。
「ちなみに、次の国王は枢機卿の長男でいいのか?」
国王の長子であるにもかかわらず枢機卿という教会の所属なのは、簡単に言ってしまえば人質だ。国王が好き勝手できないように、という意味で代々長男は教会に所属することになっているらしい。
ついでに、人質という意味だけではなく、幼い頃から洗脳教育を施すことで自分達にとって都合のいい駒を用意し、今の国王が都合が悪くなればいつでも代えることができるようにしているのだとか。
ほんと、好き勝手やってるなあ、って感じだ。
「そうだ。この国の王太子であるのでな。王が自分たちに反抗しないよう首輪をつける意味合いもある」
「でも、その割には首輪が外れてるみたいだけどな」
反抗しないように、って言ってるくせに、目の前で思いっきり反抗計画を口にしている王がいるんだが、それはいいんだろうか?
「奴らも長く今の椅子に座りすぎたということだ」
慢心しているってことね。
まあそりゃあそうだよな。今まで数百年もの間ずっと自分達の支配が罷り通ってきたんだ。
俺たちに対する対応だって、お世辞にもうまいものだとは言えなかった。自分の言うことは絶対。自分達が上位にいるのが当然。そんな態度が透けて見える対応。
昔は違ったのかもしれないけど、そんなみっともなく玉座にふんぞりかえっている状態が今の教会だ。
「だが、もし教会の勢いが落ち、余が手を出せるようになれば、エルフの迫害、および奴隷の禁止を約束しよう」
「そうか。なら、それでいい」
どうせこの王が本当の意味で『この国の王』になることは決まってるんだ。何せ俺たちはそのために協力するんだからな。だから今はこの約束で十分だ。
だが、もう一つ約束して欲しいこと……いや、許可して欲しいことがある。
「もう一つだが、聖都を覆っている結界の破壊」
もっとも、これは許可をもらえなかったとしてもやるつもりだけど。その場合は陰ながら動いて内密にぶっ壊すってことになるかもしれないから面倒だ。なので、素直に頷いてもらえればいいんだけどな。
「なに……?」
だが、俺がそう言った瞬間に国王はそれまでとは違って表情を固くし、こちらの真意を問うように鋭く睨みつけてきた。
「勘違いしないで欲しいのが、この国に攻め込むつもりがあるわけでも、滅んで欲しいわけでもない」
いや、滅ぶならそれはそれでいいとは思ってるけど。
でもそれはそれとして、滅んでほしいから結界を壊したいわけではない。もっと別の目的があるからだ。
「……エルフの救出か」
俺の言葉を聞いて少し考え込んだ様子を見せた国王だったが、すぐに答えに行き着くことができたようでそう口にした。
だが、そんな答えを出せるってことは、こいつは結界とエルフの関係について知っていたことになる。
「知ってたのか?」
「正確に伝わっているわけではない。だが、傀儡とはいえ、王にも伝わっている情報というものがある」
まあ、そりゃあそうか。口伝か書類かはわからないが、何も残していないってことはないだろう。何せ王族だ。秘密の一つや二つはあるだろうし、実際目の前の王だって教会に対する叛意がある。もし自分の代で叶わなければ、それを次代へと継承するだろう。そしていつか教会を潰し、王の力を取り戻させる。
過去の王の中にもそう思ったものはいるだろうし、自分達が知り得たことを残していてもおかしくはない。
「加えて、この状況になってからの教会の動き。奴らは貴族らの反感を買うことを気にせず、強引にエルフの回収を行った。それはなぜか。今の状況でエルフの使い道があるからに他ならない。だが、表に出て来ているエルフはあまりにも数が少ない。となれば、表に出さずに使う方法だが、集めたエルフ達をどう使うにしても、その食料は必要になるはずだ。だが、教会の消費量はさほど変わってはおらんかった」
人がいれば……生き物がいればそこには食料が必要となる。
普段の状態であれば隠して運び入れることもできただろうが、この状況ではそういうわけにもいかない。何せ国全体で食料が足りないんだから。
そんな状況で普段よりも多くの食料を手に入れようとすれば、どうしたって足がつく。教会から下に見られているとはいえ、国王の力があれば食料の流れなんて確認しやすかっただろう。
「さらに、この結界の効果もおかしい。結界であるのならば、外敵だけを防げば良い。にもかかわらず植物を守る効果まで備わっている。その力を守りに回した方が効果的だ。少なくとも、余であればそのように指示を出す。このような全ての植物が枯れる状況など想定するはずがないのだからな。であれば、考えられることは二つだ。元々こうなることを予見しての結界だったか、あるいは、本来は植物のための結界であり、守りの効果こそが余分なものであるかのどちらかだ」
まあ確かに、言われてみればこの結界は守りのためだと言われているし、実際過去に聖都が攻め込まれた時は結界のおかげで凌ぎ切れたとどこかで読んだことがある。そこでは『守りの結界』と記されていたはずだ。
この結界の実態を知っている俺としては、結界に植物への加護があることは当然のように思っていたが、知らない者からしてみればわけわからないだろうな。
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