第500話聖樹に向けて出発

 


 だが、そんな俺の態度を見て、リリアはムッと唇を尖らせてこっちを見つめてきた。


「……でも、わたし可愛いでしょ? 思わず告白しちゃいたくなるでしょ?」


 何が不満だったのか……まあ恋愛対象なんかじゃないって言われたのが気に入らなかったんだと思うけど、リリアはそう言いながら右手を頭の後ろに当てて左手を腰に当てるという、なんとも古臭い感じのするセクシーポーズをとっているが、正直似合わない。


「ならないなあ。まあ見た目が可愛いってのは認めるけど」


 見た目が可愛いのも、反応が見ていて楽しいのも認めるし、みんなから人気があるのも認めよう。

 でも、どこまで行っても友人……と言うよりもペット的な可愛らしさで、恋人枠ではないんだよなぁ。


「でしょお!?」


 だが、俺にとっては大した意味を込めていなくても、リリアは俺の言葉がいたく気に入ったようで、パアッと笑みを浮かべると子供がはしゃぐように立ち上がり、婆さんの隣に座った。


「おばあちゃん、わたし可愛いって!」

「そうかいそうかい。それはよかったねえ」

「うん!」


 婆さんはリリアの報告を楽しげに聞くと、その頭に手を伸ばして優しく撫でている。

 頭を撫でてもらってるリリアはというと、そうされるのは嫌いではないようで完全にされるがままだ。


 実年齢で言ったらリリアの方が上なんだけどなあ。だってこち百歳だし。婆さんは見た目婆さんでも実際には八十歳程度だろ。

 リリアの精神年齢は全くもって百歳に相応しいとは言えないし、本人達が良いなら良いけど。


「話を戻していいか?」

「え、話? ……なんだっけ?」


 なんでつい数分前の話を忘れてんだよ。その言葉が原因でさっきまで騒いでたってのに。

 いつものことだからもう何も言わないけどさ。


「お前が狙われてるからあんまり俺や婆さんのそばから離れるなって話だ。ただ、俺は数日もすれば聖樹のところに向かうし、婆さんはここに残っていくから俺のそばを離れるなって言ったんだ」

「んー……まあ仕方ないわね! あんたも大変だろうし、わたしが一緒にいてあげるわ!」


 こっちが心配してやってんのに、なんで上から目線なんだよ……


 腰に手を当てて堂々と言い放つリリア。そんな姿を見て、俺は一度軽くため息を吐き出す。


「まあいいや。それじゃあ、どこか行く時は最低でもソフィアかベルを連れてけ。他の護衛もつけるけど、顔馴染みの方が連れ回しやすいだろ?」

「りょりょりょ!」


 ……ほんと、どこでそんな言葉を覚えてんだこいつ?


 でもまあ、ひとまずはリリアに約束を取り付けることができたわけだし、よしとしておくか。




「魔王陛下。通行証の準備ができましたので、お渡しいたします」

「ああ、出来たか」


 三日後。約束していた通り国内の通行証ができたようで、聖女様であるカノンがわざわざ持ってきた。


「それから、聖樹の場所に関して、調査も終えましたのでいつでもご案内できますが、いかがいたしますか?」

「こっちはいつでも良いぞ。明日にでも向かうか?」

「ではそのようにいたしましょう」


 俺がこの国に来ることを伝えた時のように、「じゃあ翌日に」と言われる可能性は考えていたんだろう。カノンは特に迷うこともなくさらりと頷いて見せた。


「というわけで、俺はちょっと聖樹の方に向かうが……婆さん。あとは任せてもいいか?」


 カノンから許可証を受け取った俺は部屋の中へと戻っていき、リリアを相手に猫じゃらしで遊んでいた婆さんへと声をかけた。


「ああ、構わないよ。せいぜいあんたが戻ってくるまでに、この国の上層部の半分くらいは骨抜きにしてやろうじゃないか」

「そんなにやらなくてもいいんだが……まあ、協力者が増えるのは単純にありがたいな」


 婆さんは猫じゃらしの動きを一旦止めると、リリアの頭に手を置いて撫でつつ肉食獣が如き笑みを浮かべた。


 この様子からしてだいぶはっちゃけるつもりなんじゃないかと思うが……上層部の半分って、それもう国として終わってるだろ。


「でも、気をつけろよ。最悪の場合は俺たちのことは無視して逃げ出してもいいからな」


 婆さんならまず問題ないと思うけど、それでも現状は何をされるか分かったもんじゃないんだ。もし婆さんが殺されでもしたら、それはただの『損害』なんて言葉じゃ言い表せないほどの被害になる。

 仮に見捨てられたところで俺達はどうとでもできるんだから、もし死にそうな場面があったとしたら、迷うことなく逃げてほしい。


「はいよ。——にしても、あんたも父親に似て過保護だねえ。あいつはあんたに対してで、あんたは仲間に対してだけど」

「トップが自分の配下を気にするのは当たり前だろ。何せこっちは命を預かってるんだ。それが出来ないなら、トップの座なんて捨てた方がいい」


 自身の配下を守るのが王の役目だ。

 時には小を切り捨てて大を拾うことを選ばないといけないことだってあるだろう。それは仕方のないことだ。より多くの配下を救うためには非情な決断をしなければならない場合があるのは理解している。


 だが、それは最終手段だ。


 小を切り捨てるってのは、国を守るため、配下を守るためにどうにかしなければならないが、それでもどうしようもない時に少しでも救うために選ぶ選択で、最初から切り捨てることを選ぶ王なんてのは二流だ。

 自分の意志を通すだけの力がないから……弱いからきり捨てなくちゃいけない。つまり、危険に対する備えが足りなかったってことだ。ほら、二流だろ?


 もっとも、その〝いざ〟って時に小を切り捨てることさえ選べないのなら、そいつは三流で、そもそも民のために、配下のためにと考えることができないやつは論外。そんなやつらはトップになるべきではない。


 まあ、二流も三流も、どっちみち俺が目指す道じゃないけどな。

 俺は誰も切り捨てないで済む一流を目指す。言うなれば、一流の悪だな。

 ……なんか、この言い方だとリリアと同類に思える気がするんだが、気のせいだな。あくまでも言葉が同じなだけで、そこに込められた意志は違う……はず。


「ま、なんにしてもこっちは大丈夫だよ。あんたもせいぜい気をつけな。待ち伏せされる可能性も、十分に考えられるんだからね」

「大丈夫だって。建物内ならともかく、外なら俺に奇襲をかけられる奴はいないよ」


 遠くにいる植物たちと話すことは相変わらず出来ないが、周囲にいる奴らと話をするくらいならできる。

 寝ている間でも、寝る前に周辺に植物を育てておけば絶対に敵の奇襲は失敗することになる。

 だって、いくら物音を立てないように動いたとしても、気配や姿を消したとしても、足元にある植物を踏んだらわかるんだからどうしようもない。


 そんなわけで、俺は翌日から聖樹の調査に向かうことになった。

 だが……


「随分と大所帯だな」


 今回は食料なんかの大荷物を運ぶ予定もないので、連れて行く人員は多少の護衛とエルフ達と身の回りの世話をする者。合わせて二百人くらいだ。

 だが、これだけなら流石に俺だって『大所帯』だなんて言わない。連れてきた人数の方が多いんだしな。

 だが、俺たちが聖樹の元へと向かうのに際して、どういうわけか聖国側からも護衛という名目で人が集められていた。

 その数はざっと五百。こっちの倍以上の数だ。

 合計で七百以上。どう考えても多いだろ、これ。


「流石に他国の王に護衛もつけずに放り出すというのは出来ませんので。煩わしく感じるかもしれませんがご容赦ください」


 だとしても、これだけの数を揃えたりはしないもんだと思うけどな。だって、連れて行くにしても、そもそも襲われることなんてないだろうし。


 現在は植物が枯れていることで危険な動物や魔物はいなくなっているだろう。

 地面に潜っていて植物や動物を必要としない魔物ならばいるだろうから襲われることがあるかもしれない。だが、そういう魔物達は基本的に人間を襲わない。


 なら盗賊達はというと、盗賊なんかは俺たちを襲ってこないはずだ。何せこれだけの人数がいるんだからな。盗賊って言っても所詮は数十人程度のものだろうし、勝ち目のない、あるいは薄いと思われる勝負は仕掛けてこないはず。


 そもそも、聖国の国旗と教会の紋章を掲げているんだから傍目からでも関わっちゃいけない系のやつだとわかるだろうし、その旗を見ただけで襲うのをやめる奴らだっているだろう。


 だから追加の護衛役なんて必要ないし、あったとしても聖国の所属であることを示すための少数でよかった。精々百人程度か? これだけの数を揃える必要なんて全くないのだ。


 にもかかわらずこれだけの数を用意したってことは、そこには当然意味があるわけで……


「ああ。監視は必要だろうし、チャンスがあれば暗殺するためにも戦力は必要だろうからな。気にしないさ」


 聖女の頬がひくついてる気がしないでもないが、気のせいだろ。

 何せ相手は『聖女』だぞ? そんな何かを企んでいるなんて、あるわけないじゃないか。

 だからその企みをこうも堂々と指摘されたから頬をひくつかせるとか……ははっ。ないない。

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