第501話早速問題発生


「で、その監視にはお前も加わるってか。……ああそうだ。なんならずっとそばにいるか? その方が監視しやすいだろうし、弱点も見つけやすいだろ? 一緒の馬車に乗ってもいいぞ。まあ、その場合は人数的にお前一人で俺たちのところに乗ることになるけどな」


 聖女様は魔王の乗る馬車に一人で乗る度胸があるか否か。その答えは……


「いえ、聖樹まで数日かかりますし、その間私が一緒ではあなた方も気が休まらないでしょう。ですので、私はおとなしく自分達のところにおります」


 どうやらそんな度胸はなかったようだ。


 まあ、本当に乗るって言われると困るんだけどな。鬱陶しいし。

 でもその場合は万が一があった際の人質にできる。

 聖女なんて言っても代わりの利く駒でしかないだろうから、人質にしても意味なんてないかもしれないが、人質が必要になる状況なんかになったら、一瞬でも時間が稼げれば十分だ。少なくとも一般信徒は慌てるはずだ。

 なんだったらこいつの体から植物でも生やしてやって、その姿を見せつければ動揺は誘えるだろう。

 それやったら本格的に敵対しないとだから、できることならやりたくないけど。


「なんだ勇者。お前もついてくるのか」


 カノンから視線を外して自分達の馬車へと向かおうとした時、ふと視界の端に勇者の姿が入ってきたので声をかける。


「……当たり前だ。それとも、何か都合が悪いのか?」

「いや別に? 一緒に来たところでお前程度じゃなにも変わらないし、特に悪さをするつもりもないからな」


 ……こいつ、この間までとはなんか顔つきが違うな。顔つき、というか目つき? なんとなくだが鋭くなった印象を受ける。

 こいつの性格からして、迷いが消えたってわけでもないだろうが……さては、教皇あたりから唆されでもしたか? 勇者を俺にぶつける、みたいな話をしてたし。


 ……こういう時は聖樹と繋がってないってのは面倒だな。

 植物達の見聞きしたことを全部を報告させていると常に話しかけられてうるさいから、本当に重要なことだけを伝えさせるようにした。

 だが、植物達では何が重要なのか、どんな話をしていれば教えたほうがいいのかは判断できないため、聞けていれば便利だった情報を逃すことがある。


 一応武装集団が移動を始めたら教えてくれとは言っているけど、それで分かるのはこいつらが本気で動き出した時だけ。その準備や根回しはわからない。


 今回の勇者に起こった変化も、そうして聞き逃した場面の一つだろう。


「魔王。お前は間違っている」


 それだけ言うと、勇者は俺に背を向けて引っ込んでいった。


「……なにが言いたいんだ、あいつ」

「申し訳ありません。気分を害したのであれば代わりに謝罪致します」

「いや、別に害はないし、あれはあれで見てる分には楽しいからいいんだけど……ふむ」


 頭を下げるカノンを軽く流して、去っていった勇者の背を見つめる。


 別に今更何かあったところであいつ程度じゃ俺の邪魔にはならないだろうけど、その変化の理由や内容は気になる。……本当にナニがあったんだろうな?


「ヴェスナー様」

「ソフィア? どうした?」


 それから程なくして、俺たちは聖樹に向かって出発することとなったのだが、当初の予定では片道五日程度の予定だった。

 だが、その行程が半分ほど過ぎたところでソフィアが声をかけてきたのだが、どうにもその声は緊張しているというか、強張っている。

 どうしたんだろうかと思いつつも、ある予想をしていつでも動き出せるように自身の状態を確認した。


「あなたに敵意が向けられています」


 やっぱりか……。


 ソフィアは『従者』としてのスキルに、主に対しての敵意や悪意を感知する、というものがある。普段の俺は植物達に教えてもらっているのでそういった輩が近づく前にわかるのだが、今は周囲に植物はなく、素の感知能力で把握しなければならない。

 だが、俺が知れるのなんてせいぜいが五十メートル程度なもので、それだって意識していればわかる程度のもの。それ以上となれば見られていることもわからなくなる。

 だが、ソフィアの場合は今どれくらいの距離まで近くできるのかわからないけど、俺よりも遥かに遠くまでわかるはずだ。


「カイル、ベル」

「おう」

「はい」


 俺が呼びかけた時にはすでに準備を終え、いつでも戦える状態へと移行していた二人を見て、俺は一度頷いた。


「——いるな。岩場に潜んでるみたいだが、どう思う?」

「ただの賊か、或いは……」

「聖国の刺客ですね」


 ただの賊が数百人規模の集団を襲うとは考えづらいので、ほぼ間違いなく聖国の手の者だろうな。


「襲撃を受けても良いように警戒。基本的にカイルとベルはフローラ達の守りを頼む」


 そう言って窓から手を出し、後ろを進んでいる仲間たちに合図を出す。

 こうしておけば、後は仲間が前を進んでる奴らにも知らせを送ってくれるだろうし、無警戒でやられることはないだろ。


「これで勇者が真面目に戦うんだったらただの賊なんだろうが……」

「ですが、勇者が何も知らずに聖女たち聖国側が勝手に仕組んだ可能性もあります」

「ああ、そうか。あの勇者じゃ戦い以外は蚊帳の外に置かれてる場合は十分にあるか」


 お綺麗な正義感を掲げた勇者は『悪』を否定したいようだし、俺達の暗殺だなんて『悪いこと』には賛成しないだろう。

 だが教会や聖女達はそうではない。だから、勇者は関わらせないで勝手に実行した可能性は十分に考えられる。


「だとしてもとりあえずは向こうの対応の様子見でいいんだよな?」

「ああ」


 せっかくの聖国の護衛がいるんだから、彼らには盾になってもらおう。


 それから程なくして、俺達は襲撃を受けた。


「きゃあああっ!」


 前方を進む勇者たちの馬車から悲鳴が聞こえた。多分今の声はカノンだと思うけど、あんな声をあげるってことはどうやらこの襲撃のことは知らなかった、らしい。それが演技じゃないとは言い切れないから絶対にとは言わないけど。


「敵襲だ!」


 誰かの声が響き渡り、慌ただしく動き始める音が聞こえる。


「両脇が壁に挟まれてて動きづらく待ち伏せがしやすい状況。逃げ場がなく上を取られている、か。……ま、襲撃をかけるなら妥当というか平凡な場所だな」


 今俺たちがいるのは、いかにも『襲撃するならここ!』というような左右を岩壁で挟まれている隘路で、長く伸びた隊列のせいで俺達の周りは手薄になっており、集まったとしてもまともに連携をとって戦うことは難しいだろう。

 前後に聖国の兵が配置されていたことで挟まれているから、逃げるにしてもまともに意思疎通を行って行動することが難しく、上を取られているので迎撃もし辛い。


「今のところ、まともに戦ってるっぽいな」


 襲撃を受けたにも関わらず、というか襲撃を受けたんだから当然というべきか。勇者は馬車の外に出て敵と戦っている。

 だが、その光景は『戦っている』と言えるほどのものではない。

 敵は下に降りずにいるどころかろくに姿も見せず、上から弓やら魔法やら、あとはたまに岩やゴミなんかを落としてくるせいでろくに対処できないでいる。精々が落ちてきたものを防ぎ、遠距離攻撃でちまちまと削って行くくらい。


 その落下物による攻撃は、俺たちみたいな馬車相手だと結構な被害が出るものだが、今回は『神盾』のダラドがいる。大して活躍する雰囲気のない、信仰漬けのおっさんだけど、その能力は流石の一言に尽きる。流石は勇者一行。流石は第十位階。

 ダラドが盾を頭上に向けて構えると、長く伸びた俺たちの隊列の頭上全てを覆うほどの半透明の結界——と言うよりも盾を作り出した。


 そのおかげで、全ての攻撃は俺たちに当たることなく傍へと落ちていき、こちらの攻撃は向こうへと通過していく。


「何者ですか! この馬車には教会の紋章が記されていたはずです。それを攻撃するということは、教会そのものを攻撃するのと同義です。そのようなことは神はお許しになりません!」


 そうして盾で防がれたことでひとまず安心できたのか、カノンが叫んだ。


 今の叫びなんて本気で怒っているように叫んでいるし……本当に教会とは関係ないやつがやってるのか? 思わずそう驚いてしまうほど叫びだ。


「何が神だ! そんなもん信仰なんてしちゃいねえよ!」


 そう言いながら一人の男が他の仲間達を押しのけて右の崖上から姿を見せた。

 こういう場所での戦いは、当たり前だが隠れながら攻撃していた方が有利に決まってるし、大将が、或いは指揮官が姿を見せるだなんてもってのほかだ。

 にもかかわらずそれなりに偉そうな奴がわざわざ姿を見せたのは、そっちに意識を集めるためか?

 或いは話をすることで逃げられないように足止めをするため?


「あなた方にも天職があるはずです。なのに、なぜ神を信じないのですか?」


 カノンは姿を見せた男に向かって語りかけるが、こんな時に説得なんて試みたところで意味なんてないと思う。

 だって、そんな言葉程度で考え直すような覚悟なら、そもそも教会と聖国の紋章が描かれている馬車なんて襲ったりしないだろ?

 そんなのは国を敵に回す覚悟があるからこそできるんだ。それなのに、言葉なんかかけたところで、意味があるわけない。


 まあ、敵であろうと言葉で説得するってのは実に〝聖女らしい行い〟ではあると思うけどさ。

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