第499話聖国でも盗聴は健在


「——とのことだ」


 部屋に案内された俺は、部屋に仕掛けられているかもしれな罠なんかの確認を配下に任せ、優雅にお茶をして待機していた。

 だが、それはあくまでも見かけだけのこと。実際には能力に意識を傾け、教会内部、城の内部の話を盗み聞きしていた。


 なんでか知らないけど、ここの植物達は元気がないのに能力自体は問題なく発動するんだよな。というか、むしろ俺としては調子がいいくらいだ。スキルの発動だっていつもよりスムーズにいくし、今回の盗聴だってはっきりと聞こえた。


 そしてまあ、盗み聞きをしていた中に聖女と教皇という面白い組み合わせがあったので、部屋の中にあった花瓶の花から情報を集めていたのだが、なんだかとってもすごいことを聞いてしまった。


 いや、すごいことっていうか、もう、ね? 事件が起こる前に「犯人はお前だ!」と言ってしまえるくらいの話を聞いてしまった。

 それは喩えるなら、サスペンス小説の序盤で犯人の名前にマーカーがしてあるような、こいつが犯人、と注釈付きで書かれているのをみてしまった時のような気分だ。


 いや、俺は王様だし、危険な目に遭わないためにも何かやられる前に犯人と目的がわかってるのはいいことなんだけど……はあ。がっかり感がすごい。


「なんだい。もう罠にかかってんのかい? やりがいがないねえ」

「まあ、やりがいがないのは確かだな。でも、俺は王様なんだ。命の危機があるならやりがいなんてなくていいだろ。求めるのは安全に確実に、だ」


 とは言うが、実際には俺も婆さんと同じような、始まる前から不完全燃焼が決まっている試合に臨むような気分だ。

 だって、犯人も目的もわかってる殺人って、防げるに決まってるだろ?

 手段は分かっていないけど、何を狙っているかがわかれば簡単に対処することができる。


「魔王のくせに、魔王らしくない事を言うねえ。ま、下手は打たないよ」


 今知ったことは、全て婆さんに教えるつもりだ。俺はずっとここにいるわけでもないし、この場所に残って城や教会の相手をするのは婆さんだから、教えないわけにはいかない。

 後はついてきた配下達にも教える。知って置いてもらった方がそれに相応しい行動をしてもらえるからな。


「一応これからはある程度自由に動けるっぽいから、各自情報集めを頼む。一応この聖都なら植物が使えるけど、俺だけじゃどうしようもないこともあるからな」

「「「はいっ」」」

「ただし、油断するな。カラカスで育ったお前たちにいうことでもないが、ここはあそことは別の意味で悪の巣窟だ。気をつけろよ」

「「「はいっ」」」


 そうして部屋の中を調べ、その場に待機していた数人の従者——に扮した暗殺者達は綺麗に揃ったお辞儀をした後、音を立てずに速やかに部屋を出ていった。


 かと思ったら、少ししてから部屋の中に誰かが入ってきた。


「ああ、リリアか」


 部屋はいくつも与えられているので、リリアには部屋の安全確認をさせている間は監督役という名目で自分の部屋にいさせた。

 実際には婆さんと話をするのに邪魔だったから邪魔をしないでいてもらうために追い払っただけだが。だって、こいつを監督役においたところで役に立たないだろ。


 だがまあそれはそれとして、一人でいるのは飽きたんだろう。俺の部屋から人が出て行ったのを確認したのか、こちらへやってきたようだ。


「な〜に〜? その反応は失礼じゃない〜?」


 俺がリリアを見て顔を顰めたからだろう。リリアは少しだけ不貞腐れたように頬を膨らませて文句を口にした。


 だが、俺は別にリリアが来たこと自体に顔を顰めたわけじゃない。


「それくらい気を許してるってことだ。お前ならこの程度の挨拶でも怒らないで許してくれるだろ?」

「え? ふふん。まあね! だってわたしは心が泉の如く広いもの!」

「……泉ってそんなに広くなくねえか?」


 厳密な区分は知らないし、池よりはマシかもしれないけど、湖でも海でもないのだからたかが知れている程度ってことになると思うんだけど。


「あれ? そうだっけ?」


 首を傾げながら考えている様子のリリアを見て、先ほどの教皇達の話を思い出す。


 だが、こいつにはあの話を教えるつもりはない。

 かなり重要な話だ。こっちにきた奴ら全員の共通の認識にしておいた方がいいだろう。

 結界に組み込むためにエルフを求めているんだったら、連れてきたエルフ達は最も危険な立場であると言える。

 だから、本来ならば全て話して、その上で警戒してもらうのがいいだろう。


 だが、それが分かっていながらも、俺はリリアには話さないことに決めた。

 何せ、エルフが強引に結界に使われているのだ。そんな話をすれば、こいつは助けるために動き出すだろう。それはダメだ。


 後で教えなかったことを怒られるだろうし、ともすれば嫌われるかもしれないが、それでも今動かれるよりはマシだ。


 だが、全てのエルフに教えないまま守り切るというのは難しい。だから、教えないのはエルフと聖樹を利用した結界に関することだけ。狙われていること自体は伝えるつもりだ。そうすれば、万全の備えとはいかずとも最低限の警戒をしてもらうことはできるだろう。


「リリア。俺のそばを離れるなよ」


 俺がそばにいればこいつを守ることくらいならできるだろうし、仮に守り切れずとも、すぐに殺されない限りは手を打つことができる。


 それに、ここは他国だ。カラカスにいるうちなら何かあってもどうにかすることができたが、ここでは問題を起こすと揉み消すことができなくなる。なので、勝手に動かれては困るのだ。

 そういった意味でもリリアには俺のそばにいてもらいたかった。


「ほえ? ………………っ! 却下っ!」


 だが、リリアは惚けたように首を傾げ、それから数秒ほどなんの反応も見せずに固まってしまった。

 どうしたことだろうかと思っていると、リリアはハッと何かに気がついたように目を見開いて俺のことを見つめ、突然立ち上がって両手を交差させるようにしながら叫んだ。


「は?」

「わたし知ってるんだからね!」


 俺はどうしてリリアがそんなふうに叫んで断ったのか分からず、間の抜けた声を漏らしてしまった。

 だが、そんな俺の反応なんて無視してリリアはなんだか語り始めた。


「それってあれでしょ? 男の人が女の人を口説くときに言う言葉でしょ? それであれよ。その後はキスして結婚するんだって知ってるんだから!」


 …………はあ?


 いやまあ、確かに言葉だけならそう思えないこともない、かもしれない。

 俺のそばにいろ、だなんて実際に言ってる奴を見たこともないし聞いたこともないけど、ゲームやアニメのキャラとしてはそんな台詞を吐いている奴がいるのは知っている。


 いや、この世界はゲームみたいに本当に命がかかってる世界なんだったな。日本とは比べ物にならないくらい危険で、明日の命すら怪しいことなんてのが普通の世界。

 そんな世界だから、この世界で生きる人は今を全力で生きるために、理性ではなく感情で動くことは多いし、その感情の発露が暴走する場合だってある。

 俺にとっては演劇のように思える言動も、普通にやる奴はいるんだろう。多分。


「……それは、誰情報だ?」


 だが、カッコつけた言動をする奴がいることの是非はいいとしても、リリアにそれを教えたのは誰だ? そんな厄介なことしやがって。


「え? 知らない。街を歩いてたらそんな感じのことがあったのよ。……あれ? でもあれって脅迫だったのかなあ? 壁際に追い込んで手で逃げ道塞いでたし。あんな状況であんなこと言われれば、頷くしかないわよね。だってあんな至近距離から睨まれたら怖いもんね。いや、わたしはすっごいからあんなことされたとしても怖くないけど。でもあの女の人は怖かっただろうし、やっぱりいじめられて——」

「ないから安心しろ」


 どうやら街中で見かけたようだ。多分こいつの言っている街ってのはカラカスか花園だろうけど、確かにあそこならそう言う行動——いわゆる壁ドンという奴を見かけることもあるかもしれない。みんな、礼儀や理性よりも自分の感情に素直に行動するからな。あれこれ考えるくらいなら強引にアタックするだろうさ。


 しかし、リリアに誰かが教えたってわけじゃないのは理解したけど……はあ。それでも面倒だな。こいつには成長してほしくないわけではないけど、無駄に余計な知識が増えるとこっちも面倒になる。なので、こいつが新たな知識をつけるのは悩ましいところだ。


 ……でも、壁ドンが怖い、かぁ。まあ怖いかもしれないな。ほどほどに仲の良い相手からやられたんだとしても、逃げ道を塞がれるってのはそれだけで怖いもんだし。

 そもそもあれって、確か一種の吊橋効果じゃなかったか? 逃げ道を塞がれたことによる恐怖のドキドキと、恋愛のドキドキを勘違いしているって話だった気がする。


 まあ、その辺はどうでも良いか。


「それは一種の愛情表現だから気にするな。ついでに、俺がお前に愛を口にしたわけでもないから安心しろ」


 俺は先ほどの言葉の誤解を解くために、呆れた表情を浮かべながら軽く手で振り払うような動作をしつつ、投げやりに声をかけてやる。


 だいぶ失礼な態度ではあるが、その態度で俺がリリアに対して恋愛感情を持っていないことはリリアにも理解してもらえたと思う。

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