第498話聖女:勇者の処遇
「……しかし、異変が解決したら、ですか。あなたはどの程度成功すると思っていますか?」
話が途切れたことで私が手元の書を読み込んでいると、教皇聖下は徐にそう問いかけてきた。
私が書から顔を上げると、教皇聖下と目が合った。そのことにほんの少しだけぴくりと反応するが、すぐに先程の問いについて考える。
どの程度成功するか、か……。
「……道中で魔王の力を見る機会が一度だけあったのですが、アレだけの力があるのであれば、本当に異変を解決するのではないかと思えます」
魔王を名乗るあのものが道中で見せた力。それは想定以上の驚異的なものだった。
一瞬にして枯れた大地に緑を生やし、多種多様な食物を作りあげた。
あれは、話に聞く聖樹の力と同じではないかとすら思うほどの光景。
あの力があれば、呪いを吐き出す聖樹であろうと、それ以外の理由であろうと、異変をどうにかできてしまうのではないかと思わせられる。
「それほどですか。であれば、本当に処理することを考える必要があるかもしれませんね」
処理、とはこの国まで連れてきた魔王本人のこと。
私はその辺りのことは詳しく聞いていないけれど、教皇聖下はおそらく魔王を殺すつもりはなかった、或いは優先順位がかなり低かったのではないかと思う。
けれど、それは魔王が傀儡であり、殺したところでなんの意味もないと思っていたから。
今回の旅で魔王の力を見た私からの報告を受けてしまい、実際に話したことでただのいいように動かされているだけの子供ではないと認識した。
だからこそ、このまま帰して成長した後で余計なことをされないように、今のうちに処理しておくべきだと考えたのでしょう。
……とはいえ、そのことについては私が考えるべきことではない。私は神に仕える者として、教えを信じ、守るために動くだけ。それが孤児であった私を掬い上げてくださった教会への感謝であり、『聖女』という存在に求められている役割なのだから。
「ところで、勇者と魔王の関係はどのようになっていますか?」
ユウキ……いえ、勇者と魔王との関係……。
そう問われてこれまでのことを思い返しつつ口を開く。
「険悪とまでは言えないものの、良好とも言えません。勇者は魔王のことを意識しているようですが、魔王は勇者から興味が失せているようです」
関係、と呼べるほど何かがあるわけでもない。むしろ、今言ったように魔王は勇者のことなど有象無象と同じように考えているふしが見受けられる。
最初は案内役などに扮して様子を見に来るくらいだから気になっているものと思っていたけれど、今では違う。おそらく、接してみて興味を無くしてしまった、というのが正しいのではないかと思う。
「ほう。勇者と魔王となれば嫌でも意識すると思っていましたが……」
私も、勇者と魔王が会えばもっと大きな動きがあるのではないかと期待していた。
もちろんあの魔王は御伽噺に出てくるような『人類の敵』としての魔王ではないのだから、すぐに戦いにならない可能性は十分に考えていたけれど、あそこまで何もないとなると不満もある。
理想は魔王が勇者を敵視し、一方的に勇者を殺すこと。その過程で、魔王でなくても幹部が一人でも死ねば儲けものと考えていた。
勇者が死ねば損失ではあるけれど、飢饉の解決という平和のためにカラカスに訪れたのに一方的に殺されたとなれば、聖国が周辺国を巻き込んでカラカスを攻める大義名分となった。
そうして戦争で全てを奪えば、食料もエルフも回収することができ、呪いのかかっていない土地だって手に入れることができた。
けれど、その策は失敗した。思ったよりも魔王が理性的だった、ということもあるけれど……おそらく一番の原因は、勇者が不出来すぎたせい。
「おそらく、勇者の言動が原因ではないかと思われます」
「……ああ、報告にもありましたね。なるほど。であれば仕方ないと言えますか。仮にも王家の血が流れ、一国の王となった者にとっては、流石に勇者がアレでは対抗意識も湧かないでしょう」
私の言葉ですべてご理解していただけたようで、教皇聖下は呆れを含んだため息を吐き出すと、小さく頭を振った。
これは教皇聖下だけではない。私達『勇者の使い方』を知っている上層部全員の共通の認識。
あの勇者は幼すぎ……いえ、愚かすぎる。戦力としてみた場合はなんら問題ない。我が国にいる三人の第十位階よりも強いと言えるでしょう。
ですが、その内面は子供のまま。何も考えず、ただ漫然と過ごしてきた貴族の子息が英雄に憧れているようなもの。
もちろん、私たちとしては持て囃しているだけで動いてくれる方が利用しやすいことではあるし、そうであるようにと教育を施した結果なのだけれど、それでも愚かすぎる。愚かすぎて、時折こちらの意図しない動きを勝手にすることがあるほどに愚かしい。
けれど相手が『勇者』であるために表向きの立場は『聖女』である私よりも上であり、ある意味では『教皇』以上の立場であるために強引に意見を曲げることはできず、行動を否定することもできなかった。
「ですが、そうなると本当にアレの使い道がなくなってきましたね。やはり、当初の予定通り死んでもらうべきですかね」
魔物の王である『魔王』を倒した以上、勇者には用はない。
実際にはまだ魔王は倒しきれていないけれど、その能力は二体揃っていて初めて『魔王』と呼べるものであり、片割れである存在を倒してしまった以上は次に聖国現れたとしても私たちだけで退治することができるはずだと答えが出ている。
故に、勇者という存在に用はなく、むしろ存在していることで勝手に動き、余計なことをしでかすと言う爆弾を抱える状態になっている。
そのため、後腐れのないように殺してしまうのがもっとも楽な方法である。
死んだら死んだで使い道はあるので、むしろ死んだ方が役に立つというもの。
「できることならば勇者と魔王の一騎打ちに持っていきたいところですね。あるいは、お互いに供を連れての戦い。どちらにしても、正面から戦ってもらい、その結果魔王の手で殺されればこちらにとって都合良く事を進められるでしょう」
そうなれば、当初計画していた周辺国をまとめてのカラカス征伐へと持っていくこともできるでしょう。魔王を信頼して招き入れたのに、聖国内部で暴れられ、死傷者多数。勇者までもが不意を突かれて殺されてしまった。
それが最良の結果だと言えるでしょう。
「国王陛下も巻き込むことができるのならそれが最善ですが……そちらは別で計画を立てた方が良いでしょう」
国王については何も聞かされていない。けれど、こう口にされたということは何かあるのでしょう。しかし、それは私が気にすることではないこと。
「リナはどうされますか? アレはバストークからの貸与ですので、こちらが事を起こそうとしても、協力するかは微妙なところだと思われますが」
リナは魔法使いとして『勇者一行』に加わっているけれど、あの者は聖国の所属ではない。同盟国であるバストークから、この辺りで一番の魔法師ということで貸与された者。
聖国にも強力な魔法師はいるけれど、リナほどではない上に、魔王を退治するという大事を聖国だけで終わらせてしまうのは周辺国家との軋轢を生みかねない。
そのため、自分たちだけでやったのではなく、他の国と協力した。
バストークと協力していれば、協力を求めなかった他の国を蔑ろにしていたわけではなく、偶々勇者とチームを組むにふさわしい人材がいなかったから要請を見送った、ということにできた。
魔王を倒した後は共に行動する理由などないのだけれど、リナがついてきたいと言ったので行動を共にしている。おそらくはバストーク側からの指示だと思われるけれど……実際のところはわからない。リナは気まぐれで行動することがあるため、その行動、その性格が読みづらい。
できることならば協力してもらいたいけれど、協力しろと言って力を貸すかはっきりと断言できないため、判断が難しい。
最悪の場合は殺すことになるのだけれど、リナを殺すことはバストークとの仲を違える理由になるため、できる限り殺したくはない。
「『双魔』には大人しくしてもらえればそれで構いません。バストークとしても我々と関係を悪化するつもりはないでしょうし、カラカスが滅べば喜ばしいのは彼方も同じでしょうから」
バストークもカラカスを邪魔に思っており、何度か排除しようと動いている。そのため、私達が動けばバストーク出身のリナは、最悪でも敵対せずにいると思われる。
「報告ありがとうございました。……書の方はどうですか?」
「大筋は読み終えましたので問題ないかと思われます」
そう言いながら私は書を教皇聖下へとお返しする。
「では、下がって休みなさい。指示があればまた後ほど伝えます」
「はい。失礼いたします」
私は一礼すると、部屋を出て再び一礼し、教会の中を歩いていった。
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