第497話聖女:エルフの『聖女』

 

「それはそれとして、報告の続きをお願いします」


 切り倒した後の聖樹について考えたところで教皇聖下より声がかけられてしまった。

 色々と新たな事実が記されていたことは確かだけれど、それでも聖下を前に思考に没頭するのは失礼がすぎることですね。


「失礼いたしました。——花園に存在しているエルフですが、攫おうと思えばいくらでも可能かと思われます」


 どうしてエルフを攫う必要があるのかといったら、先ほどの結界の話になる。


 聖樹を利用した結界があるおかげで現在この聖都は未だ健在でいられるけれど、その結界も万能ではない。

 一国の首都を覆うほどの巨大な結界を常時張り続けることなんてできるのかといったら、それだけの力の余裕などないのだから。——普通ならば。


 私達はエルフに植物の因子が混じっていることと、死に際になるとエルフは自身の体を植物に変えて自分自身を葬るという能力を利用し、強制的に植物の因子を呼び起こして死んでいないにも関わらず植物へと変え、それを結界に組み込むことにした。


 そのエルフが変異した植物に細工を施し、力の発生源として利用する。それによって結界は常に維持され続けている。

 しかし、結界を維持できるとはいえど、それも限界がある。力を吸い続けると、植物へと変異したエルフもそのうち本当に死んでしまう。

 そのため、エルフを定期的に補充し続ける必要があった。

 もっとも、定期的に、といっても数十年毎に数人程度ではあるし、繁殖場も作ってあるようなのでそれほど苦労するものでもないようではある。


 けれど、今回は話が違う。今回の異変を防ぐため、普段よりも出力を上げて結界を維持しなくてはならない。そのため、結界に組み込んだエルフも早く消費してしまうことになり、普段とは違った方法でエルフの数を揃えないといけなくなった。

 その方法として選ばれたのが、カラカスに集まっているエルフ達の誘拐。そこらへんの森や街、或いは奴隷などを探すのではなく、たくさんいるところからもってこようという単純な話。


 問題としては、そのエルフが集まっている場所、とそこを守っている相手。そしてその街でのエルフ達の生活の実態。

 それらを調べる。そして、できることならば攫ってくるという任務を私は受けていた。もちろん、私は監督役として報告を受けたり現場の様子を確認する程度で、実際に動く者達は別にいたけれど。


「あの街は特別警備が厳しくなっていますが、そのせいなのか中にいるエルフたちは通常の森で暮らしている者達に比べて警戒心が薄いように感じられます。我々とともに向かった暗部の者が一人攫おうとし、失敗しましたが、仮の拠点まで連れて行くことはできました。その後は情報に抜けがあったようで、周辺の住民が金銭の取り立てに来たために事態が発覚しましたが、事前にかの地で暮らし、ある程度の交流を深めて住民の動きを把握することができれば、発覚することなく攫うことは可能であると考えられます」


 魔王と二度目の謁見をするまでの三日。その間に私はダラドと共に花園の街を歩き、調査をしていた。そして、二日目にはエルフを数人ほど攫おうとした。

 実際、その行動は途中までは上手くいった。けれど、失敗した。


 まるで全てを見られていて図ったかの様に、空き家だと思っていた場所に人がやって来た。

 実際、見られていたのでしょう。だからこそ、私達の手のものが建物に入ったすぐ後に金銭の徴収なんて事が起こった。

 そして、そのせいでさらったエルフを見つけられてしまい、その暗部の者は殺され、エルフは解放された。


 失敗した原因としては、いくら危機的状況で急いていたといえど、犯罪者の街だからとなんのルールもないものとして甘く見過ぎていたこと。犯罪者の集まりといえど、あれらにはあれらなりの決まりと言うものがあった。


 次にやるとしたら、あの場所で暮らしている者を抱き込んでからあの場所についてをしゃべらせ、そこを拠点として行動をするべきでしょう。


「拠点にさらった後の算段はついているのですか?」

「私とダラドで街を歩き回りましたが、壁や警備はあるものの、地下には結界が張ってあるわけでもない様子でしたので、土魔法師を使えば問題ないかと思われます」

「そうですか。では、それは今回の件が終わってから実行に移すとしましょう」


 教皇聖下は私の答えを聞くと、変わらず穏やかな笑みを浮かべながら頷いた。


「そのことに関してですが、一つお伝えしておくべきことがございます。魔王らに同行しているエルフの一人に、カラカスにおいて『聖女』と呼ばれる者がおります」


 エルフに関して、というのならばこの情報を伝えないわけにはいかないでしょう。


「聖女、ですか……。その理由や経歴などは把握しているのですか?」

「簡単なものではありますが。……そのエルフは私と同じように『光魔法師』と『治癒術師』の天職をもっており、定期的にカラカスの住民達の治療を行なっているようです。そして肝心の経歴に関してですが、どうやら彼女はエルフの姫にあたる存在のようで、他のエルフ達から敬われていました」


 敬われていた、と言いましたが、あれはもはや崇拝と言えるほどの扱いでしょう。甘やかされている、とも言えますか。


「エルフの姫ですか。エルフはそう言った身分を持たない種族だったはず……ああ。なるほど、聖樹の……」

「聖下?」


 私にはわからない何かに気づいたようで、聖下は何事かを呟き、次第に笑みを深めていった。

 その様子が気になり、つい失礼であると理解しながらも声をかけてしまった。


 そんな私の言葉で聖下はフッと元の笑みへと戻し、私に意識を戻した。


「いえ、それで? その姫は何か特別な力を持っていたりはしていませんか?」

「直接見たわけではありませんが、リナ曰く、馬鹿げた量の魔力を有しているとのことです」

「そうですか。……そうですか。それはそれは……」


 聖下はそう呟くと目を瞑り、何事かを考えた様子を見せ、再び笑みを深めていった。


「カラカスでのエルフの〝誘致〟は進めますが、それとは別にその姫を狙ってもいいかもしれませんね」


 膨大な量の魔力を有しているのであれば、エルフとして結界に組み込んでも良いし、教会の権威のために治癒師として使ってもいい。スキルで隷属や使役を行えば、あの者の意思なんて関係なく教会の所属として仕立て上げることができるでしょう。

 或いは、姫としての立場を利用して他のエルフ達を捕らえるために使ってもいい。

 だから、そのエルフを求める理由も理解できる。


 ……けれど、なんだか気に入らない。

 私と同じ天職を持っていることもだけれど、そのエルフと同じ天職を持っている私がここにいるのにそのエルフが求められていることは、私の努力や価値が否定されたように感じられてしまう。


 私は教会の『聖女』で、私こそが『聖女』。

 他に聖女と呼ばれる者なんていらない。他に私と同じ天職を持っている者もいらない。


 せっかくここまで這い上がったのだ。教会に売られた数多の聖女候補の中から必死になってここまでやってきた。ここまできて、この立場を奪われるわけにはいかない。


 もちろん聖下にはそのような考えはないでしょう。これは私の勝手な妄想。


 けれど……


「……しかしながら、今回の件が解決するのであれば、無理をしてエルフを攫う必要はないのではありませんか? 現状はエルフに内に宿る植物の精霊を呼び起こして植物へと変貌させることで事態を凌いでいますが、国の状態が元に戻るのであればそのようなことをする必要はないように思われますが……」


 頭の中に浮かんだ妄想を振り払うように、私は聖下に問いかけた。


「ええ、そうですね。ですが、それは食料に関しての問題がなくなると言うだけのことです。今回の件で国内の有力者が保有していたエルフの奴隷は我々が回収してしまいました。その補填をしなければなりませんし、余分に持っていても困るものではありません。それに、飢饉が解消されたとしても樹木化したエルフから採れるものは通常よりも品質の良いものですので、いくらあっても困りません」


 私も女である以上、〝そういう目的〟でエルフを奴隷としている貴族達には嫌悪感はありますが、保有していたおかげで今を凌げていると考えると、少々複雑な思いですね。


 しかし、私がどんな思いを持っていたとしても、回収した分の補填をしなければ教会派といえど離反するものもいることでしょうから、エルフが必要だと言うのは理解できる。


「そういうわけですので、詳しい報告書は後ほどお願いします」

「かしこまりました」


 エルフは所詮家畜と同類なので同情心などないけれど、それが貴族の元へと渡ると考えると……いえ、それでもやるしかないのだから考えないようにしましょう。考えたところで何も変わらないのだから。

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