第496話聖女:会談後のお話し
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・カノン
たった今、私が……と言うよりも勇者が連れてきた魔王と聖国の国王との会談が終わった。
本来であれば王同士の会談というものはもっと……おとなしい、というべきでしょうか。そのようなものになるはずだと思っていたけれど、そんな考えとは違った様相が繰り広げられる結果となった。
あの魔王が武力を振りかざして強引に話を進める人物であることは分かっていたつもりではあったが、状況次第ではまともに話のできる人物であるとも理解していた。
だから、私はこの会談でもまともに話し合いをするだろうと考えていた。けれど、それが間違いだった。
おそらくは意図的ではあったのでしょう。あえて態度を悪くすることで、話の通じない相手と思わせてきたのではないかと考えられるけれど、まさかあれほどまでに粗暴な態度を見せるとは……思ってもみなかった。
「あのような言動をするものが王だと?」
「まったく無礼な者でありましたな」
「然様ですな。犯罪者どもをまとめているからと言い気になっているのでしょう」
「その犯罪者をまとめ、王となったというのも、どこまで信じられるか。ただ身代わりとして担がれているだけではないのか?」
「確かに、実際に重要な話し合いであるはずの食料の売買に関しては部下に任せると言い、話し合うのを拒絶しておりました。その可能性は十分にあるでしょう」
貴族達はあの者について悪様に罵る言葉を口にしているけれど、私からしてみればどちらもそう変わらないように思える。むしろ、裏で悪意を吐き出すだけの無能よりも、自身の考えで行動しているあの者の方が優れているように思える。
……とはいえ、これらには利用価値があるのだから、どちらがいいとも言い切れないでしょうか?
それに、おそらくではあるけれど、貴族達の言っていることも間違いではないのではないかと思う。
あの魔王は、大まかな方針は口にするし、考えや意見も口にする。けれど、詳細については時間を置いたり部下から話させたりしている。
それは王としては当たり前といえば当たり前な行動ではあるものの、どうにも違和感があった。
もっとも、だからと言ってそこをどうにかできるとは思えないけれど。
自分の意思で方針さえ決めることができるのなら、何か異常があっても動けない、などという無様を晒すことはないでしょう。
私達にできることといえば、精々が魔王本人ではなくその下、交渉役の者を懐柔することでしょうけれど、おそらくはそれも難しい。でなければ、あの魔王の側近であった眼鏡の男があれほど若い者を交渉役として用意するはずがない。
私がカラカスで集めた話によると、あの男は元は五帝の一人であったエドワルドという人物で、何よりも金銭を好んでいると言われている人物。そんな人物が、金を稼ぐ機会を捨てることになるような人物を選ぶはずがない。
むしろ、この場に集まっている貴族隊の様子を見ると、逆に懐柔される恐れを危惧すべきでしょう。
そう思いながら、ちらりとその場に集まっていた貴族達へと視線を向ける。
「それにしても、連れて来た者達は、なんと言いますか派手でしたな」
「ああ……だが、あのような者らを連れてきて一体なんのつもりなのか。半数が女であったではないか。それも、ろくに戦えるとも思えぬような者ばかり」
「加えて言えば、文官という感じでもありませんでしたな。服装も……全体的に旅には向いていないような」
「すべて魔王を名乗っている小僧の愛妾ではないか?」
「であるのなら、よほどの好きものでしょうな」
……ここまで愚かしいと、ため息すら出てこない。ただただ侮蔑の感情で見るだけ。
「しかし、言っている内容としてはまともであった」
そんな貴族達の話が途切れたところで、国王が徐に口を開いた。
「陛下はアレを擁護されるおつもりですかな?」
教皇聖下は国王があの魔王よりの言葉を発したからか、穏やかな笑みを浮かべつつもどこか険のある声音で問いかけた。
けれど、その声の理由は国王の発言もあるだろうけれど、自身の手駒を潰されたこともあるのだろうと思う。
魔王に暴言を吐いたことで処理されることになった貴族は、教会派に属している者だった。
あの者は国王派に潜り込んでこちらにとって都合の良いように動く駒の一つであり、監視役の一人だった。
潜り込むといってもあの者が教会派であることは周知の事実であったし、それは旅に出て聖都を離れていた私でさえも知っているほど。国王とて当然知っていたでしょう。
もっとも、本人は自身のことを『駒』だなんて思っていなかったことでしょうけれど。
あの場であの者を処理したのは、おそらくはわざと。やろうと思えば庇うことはできたし、教会の機嫌を伺うのであれば庇っておいたほうがよかったはず。
でも国王は庇うどころかあっさりと殺させた。それは教会に対する叛意があるのではないかと思われても仕方がない行為であると言える。表向きは国王の方が立場が上なのだから〝叛意がある〟と言うのは少しおかしいかもしれないけれど、実態としてはまあ間違ってはいないでしょう。
だからこそ、教皇聖下はこうして問いかけているのでしょう。
表向きは『魔王という悪を庇うのか』と危惧する姿勢を見せるために。
その真意は『自分達を裏切るつもりなのか』と問いただすために。
「そのようなつもりはない。だが、一筋縄ではいかんと思ったまでだ。少なくとも、見た目や言動に惑わされてはならぬ」
けれど、国王は教皇聖下のお言葉を受けても特段悩んだ様子も怯んだ様子も見せず、ただ教皇聖下のことを見つめ返して淡々と答えた。
その答えはなんら後ろめたいことなどないと言うかのような堂々とした態度ではあるものの、私には嘲笑を浮かべているように思えて仕方なかった。
「——確かに、この場においても堂々とした振る舞いができたのは褒めるべき点かもしれませぬ。私共としても、多少は認識を改める必要があるやもしれぬと感じるところであります。しかしながら、所詮はまだ成人して間もない者です。先ほどの食料の交渉を他者へと投げた件。本来ならば配下に任せるにしても多少の大筋、方向性程度は決めてからにするべきでした。ですがそれすらもなかった様子から察するに、侮られぬようにと虚勢を張っているだけでございましょう」
やはり、教皇聖下もあの魔王がそれほど論戦が得意ではないということに気づいたようです。私でさえも気づいたのですから、当然でしょう。おそらくは国王もそのことには気づいていることでしょう。あれでも、仮にもこの地で『王を名乗ることを許されている者』なのですから。
「で、あるか。ならば良いのだがな」
「後のことは我々にお任せいただければ、つつがなく事を進めることができる事でしょう」
つまり、こちらで対処するからでしゃばるな、ということ。
それは普通の国であれば国王に向ける言葉としては無礼以外のなにものでもないけれど、この国ではそれが許される。なぜならば、国王などよりも教会の方が立場が上であり、真のこの国の支配者は教会、ひいては教皇聖下なのですから。
「……ならば、アレらのことはそなたに任せよう」
「かしこまりました」
そうしてあの魔王達への対処は私達教会に一任されることとなった。
「教皇聖下がお呼びです」
「わかりました。今から向かいます」
謁見の間での話し合いを終えた私達はその後解散となったが、だからといって私はすぐに休めるわけではなかった。
一旦他のもの達と別れて部屋を出た私は、廊下で待機していた者に呼び止められ、教皇聖下の部屋へと向かうこととなった。
「失礼いたします。聖女カノン、ただいま参りました」
「ああ、来ましたか。入りなさい」
部屋といっても寝室などではなく、執務室ではあるものの、私は教皇聖下のお部屋へと入っていく。
「ご挨拶が遅れたことを心より謝罪申し上げます、教皇聖下」
私はこの国に戻ってきたばかりで、その後すぐに謁見の間に向かうことになったのでろくに挨拶をすることもできなかったけれど、まず初めに教皇聖下へと挨拶するのが筋というもの。
なので、少し遅れはしたものの帰還の挨拶を行い頭を下げる。
「いえ、構いませんよ。王家の顔を立てることは大事ですし、こちらも急いでいるわけではありませんから」
挨拶が遅れた私に、教皇聖下は優しく微笑みかけて許しの言葉を口にされ、それによって私は頭を上げた。
「では、早速ですがあなたに与えた任務の報告を伺いましょう」
教皇聖下がおっしゃられたように、私には勇者のお守りと、異変の解決策の調査のほかに、ある任務が与えられていた。
その任務はこの国の根幹にも関わりうることで、私は軽く息を吐き出してからこれまでのことを思い出し、口を開く。
「はい。——事前に軽く報告させていただきましたがカラカスには事前の調査通り多くのエルフがいました。ですが、カラカスと言ってもカラカスの街の方ではなく、隣に存在している『花園』と呼ばれる街の方にいるのがほとんどでした。どうやらアレらは花園に存在している聖樹を求めてやって来いるようです」
中には奴隷から助けられた者や、その親類が恩を返すために、というような理由で留まっている場合もあったが、そんな者であっても聖樹への依存は存在していた。
「聖樹、ですか」
「はい。私は文献でしか読んだことはなく、それとて一通りの教養として軽く流した程度でした。聖下は何かご存知でしょうか?」
『聖女』として任じられる際に、私は様々な教育を受けた。戦闘に交渉に勇者の世話など、色々なことを教えられたけれど、その中に聖樹に関する文献があった。
とはいっても、その文献はほんの少しのもので、建国時に土着の信仰対象であった聖樹を排除し、それを利用している、というようなことしか載っていない。
切り倒した聖樹を利用していることは知っているけれど、そもそも聖樹とはどんな存在なのか、どこに存在していたのかすら知らない。
魔王曰く、今回の異変には聖樹が関わっているとのことだけれど、聖樹とはどのような存在なのか。どうしてエルフは聖樹に集まるのか。私は何も知らない。
けれど、教皇聖下であれば私なんかよりももっと詳しいことを存じていることでしょう。
「……一応は、知っています。代々教皇に引き継がれる資料の中にはそれに関することがありましたので。私も随分と前に読んだだけなので、連絡を受けた時はその詳細を思い出せませんでしたが。……こちらが当時の記録になります」
「拝見いたします」
私なんかが見てもいいものなのかと思ったが、差し出してきたということは読めということに他ならず、私は恭しく差し出された書を受け取った。
それを読んでいくと、なるほど。あの魔王が言っていた聖樹が原因だというのはあながち間違いではないのだろうと思える内容が書かれていた。
「これは、あの者が言ったように、聖樹の恨みが今になって発露したと考えることもできますね」
教皇聖下から渡された書の中には、聖樹に関してと、なぜ聖樹を切り倒したのか。その詳しい記述が書かれていた。
まず、聖樹は周辺の植物へと加護を与え、操ることができる植物の支配者であるとのこと。
エルフ達は大昔に聖樹の精霊と人が混じり合って生まれた存在であるため、その身には植物の因子が入っている。そのため、人でありながら植物でもあるエルフは、植物に加護を与える聖樹のそばへと集まっていく。
これがカラカスに不自然にエルフが多い理由でしょう。
現在この国で起こっている異変は植物が枯れるというものだけれど、そんな植物の支配者である聖樹が呪ってきたと考えれば植物が枯れるのも理解できる現象と言えるでしょう。
次に、建国時にどうして聖樹が切り倒されたのか、その聖樹はどこに使われているのかも書かれており、その詳細についても理解することができた。
どうやら、切り倒した聖樹は今も利用し続けているらしい。
正直なところ、聖樹などというものが存在していたところで、私達の邪魔にはならなかったと思っていた。
何せ、聖樹とはエルフにとっての神であるものの、逆にいえばエルフ以外にとってはただの樹でしかない。そんなものがあったところで、私たちの信仰の邪魔になどなるわけがない。
けれど、切り倒して終わりではなく、その後に続きがあるのならば理解できる。
現在この国ではエルフを使って結界を張り、首都の防御を行なっているけれど、その結界の効果は防御だけではない。
結界の内部、およびその周辺ではどんな災害があろうとも枯れることなく植物が育つようになっている。病気も発生せず、不作など起こらない。もっとも、その効果を知っているのは一握りの者達だけで、それ故にこの地は『神に祝福された地』であると言われている。
その核として、聖樹を使用しているということが記されている。
私は『聖女』ではあるけれど、聖女とはいっても所詮は教会内の役職の一つでしかないく、一般のものよりは深いところを知っているけれど、全部ではない。
エルフを結界として使用していることは知っていたけれど、その核に聖樹を使っていたのは知らなかったのもそのため。
けれど、それも当然でしょう。こんなことを一般の者が知ったら、どうにかできないわけではないけれど面倒なことになる可能性があることは否定できないのだから。
しかし、一つ気になることがある。それは現在の切り倒した聖樹の場所。
聖樹は植物に加護を与える支配者であるため、その能力を利用するために切り倒し、聖樹の力の支配権を教会のものとした。それ自体は良い。
けれど、花園で見た聖樹とはかなり巨大なものだった。あれと同程度のサイズのものとなると、ただ保管しておくだけでも相当な大きさになるでしょう。
そんなものをどこに仕舞っておくのかといったら——
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