第495話謁見終了

 

「まあいい。手形に関してはそれで構わないが、実際に行けるようになるのはいつ頃になる?」

「三日もあれば手形も含め、用意できるであろう」

「そうか。なら、これで話は終わりだ——ああ違った。もう一つあったな」


 元々予定していた話についてはもう話し終えたんだが、ここに来てからできた疑問について聞いておきたいことがあったんだった。


 俺は視線を外して窓の外へと目を向けるが、そこにからは緑を見ることができた。この謁見の間の中にも花が飾ってある。


 植物が枯れるという異変の最中でありながら、この街だけ枯れることはない植物達。どう考えても異常だ。


「ここがこんなにも植物が生えているのはどうしてだ? この異変の中で、どうしてこの街だけが無事でいられるんだ?」

「それはこの地が神に祝福された——」

「絶賛呪われてる最中の国が首都だけ祝福されてるなんて言われて信じるバカはいねえよ。マヌケ」


 教皇が何も言わないことで耐えられなくなったのか、代わりにとばかりに他の信者が口を挟んできたが、これも最後まで言い切らせることなく遮った。


 ……というか、こいつら馬鹿なのだろうか? 教皇は理解したんだろうし、だからこそ先ほどから何も喋らなくなったんだろうけど、そんな教皇の態度を見てそれより下の立場である者が口を挟んでもいいと思うのだろうか?

 普通はそんなことを考えないと思うんだが……まあ、良くも悪くも、信仰ってのは足を進ませるものだからな。信じているもののためにと思って……思い込んで自分勝手な解釈で常識を置き去りにして強引なことをすることが多々ある。

 この信者の男もそうなんだろう。信仰を馬鹿にされ、自分の正当性や素晴らしさを口にせずにはいられなかった。まあ、俺からすれば「愚かしい」の一言に尽きる行動だけどな。


 ……あ、そうだ。呪いでちょっと思い出したことがあった。


「それに、少し前は涙や鼻水が止まらず、最悪は死んでしまう、なんて呪いにもかかってたんだろ? 神様に祝福されているにしては、ちょっと呪われすぎじゃないか? それとも、これも神の試練だ、とでもほざくか?」


 こんなにも頻繁に呪われるような土地が神に祝福されているとか、笑い話にしては出来が悪すぎるだろ。


 まあ、涙や鼻水に関しては俺が改良……いや、改悪を施した植物の花粉のせいなんだけどな。

 蜂の毒によるアナフィラキシーと同じようなもので、一度の接種では問題なくとも、それを何度も、あるいは継続的に摂取し続けることで体の免疫が過剰反応することで体に害を起こしてしまう。——つまりは花粉症だ。


 現代日本にはありふれている花粉症だが、意外とこの病気は昔には存在していなかった。人の生活習慣が変わったとか環境が変わったとか言われているが、その辺はどうでもいい。大事なのは、この世界にも花粉症なんて存在しなかったってことだ。


 そして、原因が分からなければ突然人々が鼻水や涙を撒き散らし始めたようにしか見えない。

 《浄化》したところで、花粉なんてその辺に待っているんだから新たにそれを摂取してしまえば一度治ったとしても再び発症する。


 加えて、もう一つ大事なことがある。花粉症は、重度になれば死ぬってことだ。花粉症がなんなのか分からずに対処できず、ただ放置していれば、死ぬ奴だって出てくる。


 そのため、聖国ではこの植物が枯れる異変が起こる前にも、聖国は呪われているんじゃないか、なんて話が広がっていた。


 まあその花粉症を引き起こす植物も、今回の異変でほぼ全滅してしまったわけだが、それはそれで構わない。どうせオリジナルの種は俺が持ってるんだし。必要になったらまた使えばいい。


「この地が未だ異変に侵されていないのは、我らが張った結界のためだ。異変を感じ、結界を張ることでどうにか最低限、首都の周りだけでも守ることができたのだ」

「結界ね……それについても情報をよこしてもらえないか?」


 あの時……カラカスの城でカノンが呟いていた言葉から察するになんとなく理解できているが、できることならその詳細が欲しい。

 もっとも、教えてくれ、なんて言ったところで教えてくれるとは思わないが、表向きの作り話でもいいから何かしら教えてほしかった。だが……


「必要だとは思わぬな」


 まあそうなるよな。自分たちを守るための結界なんだ、その詳細についてなんて教えるわけがない。

 でも、だからといってそのまま引き下がるつもりもない。少なくとも、教えてもらえないとしてももう少し粘ってから諦めるべきだろう。


「俺は必要だと思ってるんだよ。植物に関する異変を防ぐ結界だ。何がどう作用して異変を防げているのかを知れば、異変の正体や原因も分かりやすくなるものだろ?」

「だが、あいにくと結界については機密であるゆえ、軽々に話すことなどできぬ」

「それはつまり、〝話すことができないようなこと〟をしていると考えていいのか?」

「それは少々ひねくれた見方をしすぎではないか? 単純に技術的に秘さねばならないというだけのことだ」


 そうして言葉を交わした俺たちは数秒か十数秒か、睨み合っていたが、これ以上何かを言っても教えてはくれないだろうと見切りをつけ、俺は小さく息を吐き出した。


「それじゃあ、他に話はあるか? なければそろそろ下がらせてもらいたいんだが?」

「かまわぬ。慣れぬ地での生活は不自由があろう。其方らの出身を考えれば問題が起こらぬとも言い切れぬ。故に護衛と相談役をつけよう。異変の解決に必要であるのならばその者らに言うと良い。できうる限りの協力はしよう」


 護衛や相談役だなんて言ってるけど、要は監視役だろ。後はいざってときの暗殺者。まあ、わかりきってたことだけどな。俺たちだけを自由にさせるつもりはないだろうし、何かしらの制限をつけるってのは想定通りだ。


 でも、そんな監視役なんてつけられたところで意味があるのかと言ったら、まあちょっと邪魔かなってくらいで特に問題ない。だって、俺たちは全員が戦士であり、隠密行動できる暗殺者でもあるんだから。隙を見て動くことなんて簡単だ。向こうだって全員を監視することはできないだろうし。

 ……ああ、全員と言ってもリリアは除く。あいつは暗殺者ではないし、なろうとしてもなれないだろ。だってあいつだし。


 ただ、予想通りとはいえど、やられたという事実は変わらない。

 そして、俺はやられっぱなしでいるほど甘くない。だから……


「ああ、持ってきた食料は好きに使っていいぞ。自分たちで食べるのも、民に配るのも、俺達の歓待に使うのも、そっちの自由だ。——もっとも、値段に話がつけば、だけどな」


 この謁見の間から退室しようと身を翻す直前、俺はニヤリと笑いながら国王へとそう言い放った。


 今回は食料を持ってきたが、それはあくまでも一時凌ぎ用の食料だ。本格的にカラカスから運んでくるのはちゃんと契約を結んで金をもらってからの話になる。

 だが、一時凌ぎのために持ってきたとはいえ、それをタダで献上なんてするわけがない。もちろん金を取らせてもらう。

 向こうとしては、俺たちが持ってきた食料はすぐにでも貰えるものだと思っていたのかもしれない。もしかしたら、交渉のための手付けや親睦の証とでも思っていたのかもな。


 聖国の王や教皇なんかはなんの反応も見せていなかったが、周囲の貴族達はもらえないのかと不安な様子を見せたので、少しは満足だ。


「泊まる場所は教会の方に用意させた。しばらくはそちらで過ごすといい。だが、曲がりなりにも其方らは我が国の客人だ。城内の通行許可は出しておく故、いつでも好きに来ると良い」


 退室するために背を向けた俺に対して、国王が声をかけてきたが、それを無視して歩き続け部屋の外へと歩を進める。


「勇者殿も長旅でお疲れのことであろう。必要事項などは他の者を通じて知らせるゆえ、ゆるりと休まれよ」

「はい。ご配慮ありがたく存じます」


 だが、国王の動きはそれだけでは終わらず、この場に同行していたけれど特に何も話すことなく突っ立っていただけの勇者へと声をかけた。


 その言葉によって勇者は俺たちと一緒に部屋を出ようとしたようだが、数歩踏み出したところでその足が止まった。


「あれ? カノンは……」

「私はまだ報告することがございますので、先にお戻りください」


 どうやらカノンはついてこずにこの場に残ることにしたようだ。

 でもまあ、確かに報告することは色々あるだろうな。こんな『勇者様』と違って。


「でも、なら俺も一緒に残ったほうが……」

「いいえ。……休めといっておいて失礼な話ではありますが、勇者様にはやってもらわなければならないことがあります。あの方が魔王であることは秘していますが、それでもどこから漏れるかわかりません。それを一般の者らが知った時にどのような動きをするかわかりません。そして、万が一にでも怪我を負ってしまえば、それは我々にとっての損失にもなります。ですので、あの方に誰も手を出さないよう。そして、あの方が余計な面倒に巻き込まれることがないように部屋に戻るまでそばにいて欲しいのです」


 つまりは俺の監視役をしろ、というわけだろう。

 でも、それは多分表向きの理由じゃないだろうかと思っている。

 もちろん勇者が一緒にいることで俺に絡んでくるやつはいなくなるだろうし、もしいたとしても『勇者』の名前を出せば大ごとにすることなく収めることができるだろう。


 だが、前もって監視は用意してあるだろうし、俺たちが通る場所では人払いもしてあるだろう。正直なところ、勇者がやることはあるのか、って状態になってると思う。


 それでもカノンが勇者に頼んだのは、こいつをこの場から遠ざけたかったからではないだろうか。

 この勇者にはお綺麗なままの『勇者様』でいてほしい。これからするような貴族や王族の裏側は見せないでいたい。その方が使いやすい駒でいてくれるだろうから。

 だから無理にでも理由をつけて帰らせようとしている。


「……そうか。……わかった。なら俺は先に戻るよ。カノンも、報告が終わったらゆっくり休んでくれ」


 そんなカノンの言葉に勇者は一瞬だけ惑った様子を見せたが、それでも頷いた。

 その様子は、カノンの真意に気付いているのかいないのかわからないが、もしかしたら何かおかしさのような者は感じているのかもしれないな。


「はい、ありがとうございます」


 というわけで、俺達が戻る際にカノンを除いた勇者一向の三人が加わることが決まった。


「では、ご案内させていただきます」


 部屋の外に勇者が出てきたことで無駄に豪華な扉が閉まると、先程言っていた護衛役だか相談役だかだろう者達が待っていた。

 俺達はそいつらに案内される形で、他の仲間達が先に案内された教会へと向かって歩き出した。

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