第494話私は教皇の——
「で、だ。その話はもう終わりでいいだろ? 無礼なことを言った馬鹿がいたが、それの処理はもう終わったし、食料の話についても終わりだ。でも、俺がわざわざ来たのは、そんなどうでもいいことを決めるためじゃない」
この国にとっては差し当たってもっとも大きな問題は食料だったから、その件はかなり重要なんだろうが、俺にとっては食料なんてここに来る際の理由づけやついででしかない。
持ってくれば売れるし、俺たちを無闇に追い返すこともできなくなるし、食料を持ってくることで俺たちに対する印象が良くなるから持ってきた。
でも、俺にとっての本命はそんなどうでもいい事ではない。
俺がこの国に来た理由は……
「我が国で起こっている異変に関してであろう?」
「そうだ。その原因として、心当たりがある」
あくまでも心当たりだが、俺たちの中ではほぼ確信がある。
その異変の原因——聖樹のところへと連れて行ってもらうために俺はこの国へとやってきたんだ。
「その話は聖女より聞いておる。過去に存在していた聖樹とやらの残骸が此度の災害の核であると」
「あくまでも可能性の話だがな。それから付け加えさせてもらうと、聖樹を残骸にしたのはお前ら自身だ。エルフたちの崇めていた樹を切り倒した結果が今になって現れてるんだろうと俺たちは考えている。まあ、自業自得だな。それを『魔王がやったんだ』なんて人のせいにするとか……責任転嫁なんてみっともないと思わないか?」
勇者がそう聞かされていただけなのか、それとも本気でそう思っていたのかは知らないけど、こいつらは今回起こった植物が枯れるという異変の原因を、俺が——つまり『魔王が攻撃してきた』なんて言い張っていた。
確かにそれが一番国民を納得させることができる理由だろう。自分達は理由なく呪われたわけでも神様に見放されたわけでもないんだ。ただ魔王が悪い。
そう言っておけば、その恨み辛みは聖国ではなく魔王へと向かう。
これが一年も続けば、今度は『勇者はどうしたんだ。何をやっているんだ』って話になって聖国の王や教会が恨まれることになるかもしれないが、まだ異変からそれほど時間は経っておらず、市民達の恨みは勇者へは向かっていない状態だ。
でも、自分達の……まあ本人ではなく先祖達のだが、失敗を他人に押し付けるなんて、仮にも聖職者を名乗る奴らがやる事ではないよな。だって、どう考えても『正義の行い』ではないだろ。
「疑ったことは事実ではある。だが、そなたらが魔王などと名乗らなければそも疑うことなぞなかったのだ。それは理解してもらおう」
「相手が魔王だろうと、まず相手に責任を求めることが間違いだって言ってんだが……まあ自分たちが悪いって認められないならそれでいいさ。何か悪いことが起こったら自分以外の誰かが悪い、と思っとけ。正義を名乗る紛い者どもにはお似合いの行為だ」
俺がそこまでいうと、流石に我慢できなくなったのか教会所属らしき男が一歩前に出てきた。
何だか意味ありげな文字が書かれた布を肩にかけたり、帯を何重にも結んだり、他にも装飾を無駄につけた派手な身なりの聖職者の男。
その男は堂々とした態度でこちらを見下ろしているが、その様子からは傲慢さが感じ取れる。
普通に見ただけではそんな傲慢さなんてわからないだろう。柔和な表情を浮かべている人の良い人物だと思えさえする。
だが、聖国の王の時と同じだ。その眼を見れば、そいつがどんなやつなのか理解できる。
その格好と振る舞いからして、多分それなりに高位の役職なんだろう。一つの国を実質的に支配し、世界中に広がっている宗教団体の高僧であれば、傲慢になるのもわからないではない。
そんな男がこちらを見下ろしながら口を開いた。
「カラカスの王よ。少々口が過ぎるのではないでしょうか? 此度の会談は非公式のものであり、こちらの所属である聖女と勇者から持ちかけた話ではありますが、此度は王同士の会談となります。守るべき最低限の礼儀というものはございましょう? 貴殿の出自を考えれば致し方ない面もあることは理解していますが、王としてその場に立っている以上は、ご自身の振る舞いが現状において良いか悪いかはご理解いただけるものかと存じますが、いかがでしょう?」
なんていうか……なんだろうな? 丁寧に言っているのは理解できるが、所々言葉遣いがおかしい気がする。
これ、本人は自覚してんのかね? 俺たちのことを馬鹿にしてるのは確定だが、隠そうとしたそれが無意識のうちに表に出てきちゃった感じか?
それなりに高位の立場なら腹芸も慣れてるだろうに、こうもボロを出すって、どんだけ侮ってるんだよ、と思わないでもないが、相手が馬鹿ならそれに越したことはないので無視して話を進めよう。
でまあ、こいつに対してどんな対応を取るかだが……。
「一国の王同士の話し合いだってのに、名乗りもせずに割り込んでくる礼儀知らずよりは礼儀を知ってると思うんだが、あんたはどう思う?」
この国では教会の立場が高いというのは知っている。この男がそれなりの地位についていることも知っている。普通ならこんな対応をして良い相手ではないことも知っている。
それでも、あえて俺はこの教会所属の男を馬鹿にするような態度で問いかけた。
失礼な態度をとった俺に対し、その男は目元をひくりと一瞬だけ引き攣らせた。
だが見せた反応としてはそれだけで、後は柔和な笑みを浮かべて軽く頭を下げつつ口を開いた。
「……これは失礼いたしました。私はアルフレア大聖堂にて教皇の地位についております、アレクトス・ザーランドと申す者で——」
「別に名乗れって言ったわけじゃねえよ」
だが、そんな名乗りも最後まで言わせることなく遮る。
それはかなり失礼な行為ではあるが、この場において正しいのは俺で、間違ってるのはこいつだ。
「というか、なに勝手に名乗ってんだ? 普通は王から求められて初めて言葉を発するもんだろうが。もしくは自国の王に耳打ちをするとか、許可を取るとか、礼儀としてはそれが正しいだろ。にもかかわらず勝手に名乗るとか、そんなに目立ちたいのか? だったら裸で街中歩いてろよ。多分みんな見てくれるぞ」
普通の国では身分が高い者から低い者へと声をかけるものだ。もし低い者から高い者へと声をかけようものなら、そいつは礼儀知らずと笑われてもおかしくない。
場合によっては処罰を受けることもあるだろう。
今までこいつは王様ではないながらもこの国のトップとしていることができたために、自分が口を出すのが当たり前、口を出しても誰も文句を言わない状況だったのだろうが、外国の者である俺にはそんな『身内だけの常識』なんて通用しない。
「……ははっ。確かにおっしゃる通りですな。ですが、私は国王陛下より此度の会談に際して意見を言う者は多い方が良いとのことで許可を得ておりますので——」
教皇を名乗る男は俺の態度に乾いた笑みを浮かべたが、何事もなかったかのように再び話し出したが……
「俺はそんな話は聞いていない。相談役として〝無関係のやつ〟を呼ぶのは別に構わないさ。だが、あんたが言ったことだが、これは『王同士』の話し合いだぞ? せめて紹介を受けてから話し始めろよ。それが礼儀だろ?」
〝無関係〟というところを強調して言ってやると、多分教会派なんだろうな。この場に集まっている者の中から何人かが堪えきれなくなったかのように一歩足を踏み出した。
だが、それ以上の行動をすればまずいと言うことは理解できているのか、咄嗟に出てしまったであろうその足以外に大きな動きは見られなかった。
それと同時に、聖国の王の口元が少し歪んだような気がするが、多分見間違いじゃないだろう。
でもそうだよな。自分の頭を押さえつけていた奴がこうも反論できずに馬鹿にされているんだ。虐げられてきた側としては、見ているのは楽しいもんだろうよ。
「まあいい。俺はあんたたちと違って心が広いからな。たかが教会の木端という〝配下〟の無礼程度は快く許してやろう。そんなことよりも、話を戻そうか」
そこまで言ってやると教皇も耐えきれなくなったようで、それまでの柔和な雰囲気を消して拳を握りしめ、顔をひくつかせながらこちらを見つめて……睨んでいる。
だが、睨まれたところでなんら怖くはない。なんだったら睨み返してやっても良いくらいだ。どうせこっちには手出しできないんだし、出してきたところで返り討ちにしておしまいだからな。
「聖樹の場所を教えろ。それから、国内において自由に移動できる手形か何かを用意しろ」
プルプルと握った拳を震えさせている教皇から視線を外し、聖国の王へと戻す。
その視線を受けて、聖国の王はフッと小さく笑みを浮かべてから口を開いた。
「聖樹の場所は構わぬ。だが、なにぶん昔のことなのでな、正確に調べるには時間がかかろう」
「構わない。事前に話を聞いてた割に今から調べるとか随分と悠長なんだなと思うが、遅れて困るのは俺じゃなくてそっちだしな」
事前に連絡を受けているはずなんだから、それでも調べていないってのはあまりにも遅すぎる動きだ。何せ、国難だぞ? それなのに手がかりを得て何も調べていないなんて、あり得ないだろ。
多分もうすでに調べていて、結果も出ているだろう。それでも俺たちにすぐに教えず、時間を置くことにしたのは、俺たちを監視する、あるいは処理するための準備を整えるためじゃないかと思うが、留まっていてもいいという許可が得られたのなら、俺はその間に思う存分この街について調べることにしよう。
「それから、国内の通行許可であるが、そちらは限定的なものとさせてもらう。具体的には、この首都より聖樹までの間にある場所のみだ」
調べるのは聖樹だけだが、できることなら国中を動き回れるフリーパスが欲しかった。
別に何に使うってわけでもないんだけど、あれば動きやすいだろ?
「限定なんて言ってられる立場か? 俺がここで調べなきゃ困るんじゃないか?」
「調べるだけならば限定したもので事足りよう? そちらとしても聖樹、及び植物の状況を調べたいのではないのか?」
できることなら手に入らないかな、と思ってちょっとごねてみたけど、結果は変わらなかった。でもまあ、俺たちみたいなのにフリーパスなんて渡さないよな。聖樹のところまでの許可が出ただけでも十分頑張ってると思う。
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