第493話王の対応

 

 こちらを見る国王の眼。あれは操り人形なんかじゃない。あの眼は野心を持ってる眼だ。カラカスにはあんな眼をした奴らで溢れていた。自分はいいなりになったまま終わるようなやつじゃない。いつか成り上がってやる、ってね。

 この国王はそんな奴らと同じ眼をしている。


 今謝ったのだって、その野心があるからこそだ。今俺に臍を曲げられたらこの国がまずいってのを理解しているから、こんなガキ相手に簡単に謝罪をした。それは教会の思惑とは違うものだったはずだ。だって、教会は俺たちのことを見下しているんだから。


 教会側だって俺たちがいなくなったらまずいということはわかっているはずで、引き止めるために何かしたとしても、謝ったりはしなかっただろう。精々が誤魔化すか、贈り物かなんかで帳消しにするか。その程度なものだったと思う。

 でもこの国王は迷うことなく自分の非を認めて謝罪してきた。全ては自分が教会を下すために必要だから。


 プライドなんて捨ててでも勝ち取りたいものがある。それがこの聖国の王という人物の在り方だ。


 教会に実権を奪われながらも、何とかして上に行こうとするその姿勢。悪くないな。

 悪くないというよりも、むしろ気に入った。

 俺たちの関係からして敵であることは間違いない。だが、全く協力できないわけじゃない。

 敵の敵は味方っていうだろ? こいつは俺たちが教会に穴を開ければ、その穴を広げるために動くだろう。

 最後には結局倒すことになるんだとしても、途中まで協力できるなら今すぐに敵対する必要はない。


 もっとも、これは俺の勝手な予想だし、実際は全く違うかもしれないけど、その時はまとめてぶっ倒せばいい。


 ——とはいえ、だ。こいつらが俺に対して無礼を働いたのは事実だし、今は仲間でもないんだからその代償は払ってもらわないとだ。

 こっちにもメンツってものがあるんだ。無礼をされて謝っておしまい、ではこっちも納得できないし、この場にいる他の奴らになめられることになる。


「謝罪、ねえ。これでも一国の王だ。そちらからの評価がどうあれな。そんな相手にあんな態度をかましたってのに、謝罪する、なんて言葉だけで許してもらえると、本当にそう思ってるのか?」


 なので俺は、国王の謝罪を嘲るように挑発的に問いかける。

 実際、普通なら他国の王を相手に「跪け」なんて無礼なことを叫んだ者がいたんだとしたら、謝っただけで終わるわけがないのだ。それが格上から格下への無礼であれば、格下のものは仕方なく許すこともあるだろう。

 でも、俺は同格。何だったら俺たちの方が格上であるとさえ思っている。


「……では、其方は何を望む?」

「金目のものをよこせ——」


 金目のものをよこせ、なんて言った瞬間に、その場にいた聖国の者達は「やはりならず者か」とでもいうかのように嘲りの笑みを浮かべたが……そんなわけないだろ。

 この状況なら俺たちはいくらでも金を回収できるんだ。だってこいつら食料がないと死ぬだろ? だからわざわざここで金を要求する必要なんてない。


「なんて、賊みたいなことは言わないさ。俺達は犯罪者の集まりだが、それでも時と場合は考えるもんだからな。代わりに……」


 だから、俺が求めるのは別のもの。


「そいつの首で手を打とう」


 俺はこれ以上ないくらいににこやかな笑みを浮かべて、尻餅貴族のことを指さした。


「は?」


 そんな間抜けな声を漏らしたのは誰だろうか。

 一人は指をさされた本人であることは間違い無いんだが、他にも何人かから同じような声が漏れ聞こえた。

 まあ、いきなり「首をよこせ」なんて言われたら驚くだろうな。

 でもこれ、割と常識的な判断だと思ってるんだけどなぁ。


「……そこまでする必要はないと思うが?」

「それを判断するのはそっちじゃなくて、無礼を向けられたこっちだろ。王を相手にふざけた言動をしたんだから、打首が妥当じゃないのか? 逆の立場になってみろよ。あんただって、俺たちに招待されておきながら跪けなんて言われたら、無礼だと思うし、王を相手にそんな無礼をしたんだったら戦争になってもおかしくないと思うだろ? それを打首程度で帳消しにできるんだから安いもんじゃないか? あんただって戦争を望んでるわけじゃないだろ?」


 そう。普通ならあんなふざけた態度をとられたら死刑にしてもおかしくない、というか、死刑にするのが普通だ。だってこれ、国王同士の会話だぞ? それをただ邪魔するんじゃなくてあんな暴言を吐いたんだったら、戦争を望んでいると思われても仕方がない。話し合いを台無しにして、お互いを険悪な状態にさせる。最悪の場合、その行き着く先は——戦争。

 それは『反逆者』の行いだ。


 そうなることを望んでいないのなら、あの言葉はこいつの独断でした、というしかないんだが、そのためには自分たちが無関係であることを示す必要がある。その一番簡単でわかりやすい方法が『反逆者』の処理だ。

 首を落とし、こいつは裏切り者だった。自分達に戦争の意図はないんだ、って言えば、じゃあ仕方ないね、でおわる。まあそれでも裏切り者をこの場に入れた責任として何かもらうけど、それでも国の方針として暴言を吐いたとされるよりも圧倒的に安上がりですむ。


 俺はこいつに何か温情をかけるような理由もないし、死んだところで困らない。これ以上何かされないためにも潰れてもらったほうが楽だし、俺たちをなめることができないようにここにいる奴らに俺たちの在り方ってのを見せ付けておきたいってのもある。


「……であるか。確かに、其方が言うことは尤もでもあるな」

「なっ……! 陛下!? なぜですか! 私は——」


 その言葉は最後まで紡がれることなく、喉から突き出した刃によって止められた。


 喉を刺された尻餅貴族は驚いたように眼を見開き、自分の喉を確認しようと視線を落とすが、剣が首に刺さっているために上手く顔を動かすことができずにいる。


 今度は助けを求めようとしたのか壇上に向かって手を伸ばしたが、その途中でゴポリと血を吐き出し、そのまま倒れた。


 思ったよりも簡単に殺すんだな、と思ったが、どうにも空気がおかしい。目の前で人が殺された事で恐怖したのではなく、何というか、動揺している感じだろうか? まさかあいつを殺すのか、というような、予想外の結果に対する驚きのようなものが感じられる気がする。


 それにさっきあの尻餅貴族が手を伸ばした先。あれはパッと見だと国王に向けられたように思えるが、本当にそうだったのだろうか?

 壇上には国王の他に護衛役や大臣なんかの相談役がいるが、もう一人……


「これでよかろう?」


 と思ったところで国王から声がかけられたので、意識をそちらへと戻していく。


「何か言いかけてたと思うが、まあいい。聞けなかったところで何の問題もない。所詮そいつは犯罪者だ。犯罪者の言うことを間に受けるなんて、普通は王のすることじゃないからな」


 俺たち(犯罪者)の言葉で自分の配下を殺すことになった王への皮肉だったんだが、ちゃんと理解してもらえたようだ。よかったよかった。


 しかし、少し疑問だ。俺の言葉を聞いた王は怒った様子を見せていないが、それ以外の貴族達は怒った様子を見せた者もいる。それ自体はいい。普通のことだからな。

 だが、〝者もいる〟なのだ。怒らなかった者もいた。

 普通なら自国の王が馬鹿にされたら怒るものだと思うんだが、そいつらは忠誠心がないんだろうか? ここは国王の力が大きいわけじゃないし、貴族達からしてみれば絶対的な力を持つ相手でもないから忠誠なんてなくても理解できる——ああ、なるほど。


 さっきの尻餅貴族は国王の勢力……言うなれば『国王派』ではなかったのか。ではどこの派閥かと言ったら、『教会派』だろうな。

 あの男が最後に手を伸ばしたのは国王に向かってではなく、その側にいた教会の者に向かってだったのだろう。


 殺された後に空気がおかしくなったのは、まさか国王が『教会派の人間』を殺すだなんて、とか思ったのかもしれない。

 国王は国王で、教会派の者を殺すことができてラッキー、みたいな気分なんじゃないだろうか?


「それで? こっちの言い分を聞いて許しを乞うてきたあんたは、まだ話す気はあると考えても良いのか?」

「当然だ。でなければ、其方らのような者をこの地まで呼んだりなどしない」

「そうか。なら食料を卸す際の額に関して、詳しくはこっちの配下と話せ。タダで寄越せなんて教会からの馬鹿げた要請は聞けないが、通常よりも安く売るくらいはしてやるし、持ってくるのもできるだけ早くすることもしてやってもいい。量だってそれなりの量を用意することはできる。少なくとも、この国全体へと配っても一年は持たせることができる量は確保してあるから、その点は安心しろ。差し当たっては馬車で数十台分の食料は持ってきたから、今すぐに飢え死にするってことはないだろ」


 正直、俺が話したところで上手くできるとは思えないし、そのために連れてきたんだから婆さん達に任せた方がいい。


 俺が婆さん達のことを指しながら話すと、その場にいた貴族達ははっきりと婆さん達へと目を向けた。

 これまでもチラチラと邪な視線を向けてはいたが、今は隠すことなく婆さん率いる籠絡部隊……ではなく交渉団のことを見ている。……いや、見つめている。


 でも、それも仕方ないだろう。交渉団の者達は王の前に出るんだからってことでドレスを着て着飾っているし、婆さんだって若い本来の姿になってる。しかも、全員が娼婦ということもあって、普通の貴族の令嬢なんかとは違った妖艶さまである。

 交渉団の者達が護衛を連れずに歩いていたら、誘蛾灯のように男が寄り付くんじゃないだろうか? もしかしたら、今回の話や、魔王なんかは関係なしに、普通に気に入った女がいたから、なんて理由で狙われることもあるかもしれない。まあ、ここに来ている奴ら全員が第五位階以上だから、生半可なやつじゃ襲ってきたところで返り討ちだろうけど。

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