第492話茶番と陰謀の会場

「皆様、着きました。ここが神法聖国聖都アルフレア、エードラン王城になります」


 わざわざ聖女であるカノンが俺達に知らせに来たのは、他の者達に任せて余計な面倒が怒らないようにするためだろう。

 俺たちとしては現状騒ぎを起こすつもりなんてないんだが、まあそれを素直に信じられるかと言ったら信じられないだろうな。


 何はともあれ、俺たちは目的の場所へと到着した。だがそうして到着したのは、言われたように大きな城だった。

 この国は宗教の国ではあるが、一応王様も存在している。もっとも、その権力に関しては他国の王達よりもはるかに弱く、教会のご機嫌を窺っているような状態らしいが。


 だからこの国の一番の権力者は、法皇だか教皇だかの教会勢力だと言っても良いだろう。


 それを知っていた俺としては、最初に挨拶に向かうとしたら教会の方に向かうと思ってたんだが、どうやら違ったようだ。


「国王への挨拶を終えた後、改めてアルフレア大聖堂のご案内と歓待を行いますので、休まれるのはそちらにてお願いいたします。他の護衛の方々に関してですが、そちらは一足先に大聖堂に向かっていただくことになります。流石に千人もの数を城へと連れていくわけには参りませんので」


 挨拶だけで歓待は教会か。なるほど。つまりこれは一応は国王の顔を立ててやった、という事だろう。どれほど力がなくともこの国の王であることは変わりないんだし、それを無視して一足飛びにことを進めるのは軋轢を生む。場合によっては反逆の意思ありとさえ言われるかもしれない。

 だが、こうして尊重する姿勢を見せていれば、少なくとも表立って騒ぐことはできなくなる。王族の感情はどうあれな。


「他国の王を歓待するのに王城じゃなくて大聖堂か。お互いの立場が良く知れるな」


 俺の言葉が聞こえたのだろう。カノンは案内のために足を踏み出していたが、その足が一瞬止まった。

 だが、見せた変化はそれだけで、特に何かを言うでも振り向くでもなく、そのまま歩いて行ったのを見て、俺たちは一旦気をつけるようにとお互いに視線を交わすと、カノンの後を追っていった。




 カノンの案内を受けて城の中へと入っていったのだが、ここも街と同じで緑に溢れている。内部には花瓶で花が生けてあるし、チラリと見ることができた庭園も見事にできている。

 ……まあ、俺の作った庭園の方がすごいけどな。だって植物達が勝手に不要な花を切ったり自分達が一番映える姿をとったりしてるんだぞ? すごいってか、別の意味ですごい気がするけど。


 まあそれはそれとして、庭園なんて維持していられるほど緑があるわけだが、やっぱりおかしいとしか思えない。どうしてここだけこんなに緑があるんだ?


 これがまだまばらに生えている程度だったら、どうにかして異変を食い止めているんだろうな、って思えるが、これだけ豊かに、となると異変以上に異変があるように思えてしまう。


 それに、俺の能力である《意思疎通(植物)》も、普段に比べると半端にしか発動しない。

 一応声は聞こえる。だが、それは本来のスキルの範囲だけで、聖樹の補助は受けられないし、どういうわけか全ての植物達から声が聞こえるわけでもない。

 しかも、だ。聞こえてくる声もいつも俺が聞いていたような話し方ではなく、元気のないものだった。


 それがどう異変に関係しているのか、どうしてこんな緑に溢れているのに植物達は元気がないのか、といったその辺のことはわからないが、調べておくべきだろう。


 そんな事を考えているうちにも謁見の間に辿り着いたようでカノンの足が止まった。見れば〝いかにも〟な、妙にゴテゴテと飾られている扉が目の前に存在している。

 ……これ、思いっきり壊したら爽快だろうな。うちの城にある扉みたいに、壊したら自爆するような機能はついていないだろうし、強度自体もそれほどあるようには思えない。まあ、こんなところに使う扉に、攻撃される前提の強度とか、自爆機能とか必要ないのかもしれないけど。


「国王陛下。『勇者』勇輝がカラカスより使節団を率いて戻りました!」


 カノンが何かすると思ったのだが、流石にこの場ではそんなでしゃばることはしなかったようで、勇者へと顔を向けるとそれに頷いた勇者が扉の向こうに向かって大声で呼びかけた。


 それ自体は構わない。勇者が呼びかけると扉は開き始めたし、ここまでの流れは順調だ。


 でも、一つ不満がある。俺たちとしてはこいつらに率いられた認識はないんだけどな、ってことだ。

 こいつらとしては……というかカノンとしては、自分たちの立場の方が上なんだと暗に示したいんだろうな、とは思う。政治って主導権の取り合いだっていうし、こういう積み重ねが大事なんだろう。きっと。

 でも、俺たちはそんなことでマウント取られても気にしないから何かいうつもりはないけどな。だって、いくら偉そうにされたところで、顔面に拳を叩き込んでやればそれでおしまいだろ? 銃弾も爆弾も気合で防ぐことができる世界では、力さえあれば大体の無茶は無茶ではなくなるもんだ。


 流石にいきなりそんなことをするつもりはないけど、そういう意識でいれば相手がどれほどムカつくことを言ったところで耐えられる。いや、耐えられる、というよりも無視できる。所詮はガキの戯言だな、寛大な心で許してやろう、って感じで。

 まあ、相手が度が過ぎるようなら問答無用で拳の話し合いが始まるけど。


 そんなことを考えていると謁見の間の扉が完全に開き、俺たちは中へと入っていく。


 今俺は婆さん率いる交渉団を含め、全部で二十人程度を率いている。その中には当然ながら護衛もいるんだが、どういうわけか武器も携帯している。


 本来は外すものなんだろうが、無駄にごねられても困ると思ったのか、俺たちに武器を持たせることで形の上だけでも信頼していると示すためなのか、俺たちの武器を外すようにとは言われなかったからだ。

 もっとも、武装解除したところでスキルを使えば武器なんていくらでも用意できるんだから関係ないと言えば関係ないけど。


 尚、リリアとフローラは連れてきていない。だって絶対面倒なことになるもん。フローラはともかくとして、リリアはな。

 向こうが『聖女』呼びされているエルフに目をつけないわけがないし、リリアも話しかけられれば余計なことを言う可能性がある。なので、リリアには先に休んでもらうことにしたのだ。

 ただ、エルフが誰もいないというのも調査の名目上少しまずいかなとも感じたので、あの中からまともなのを連れてきた。


 そうして謁見の間の中へと進んでいった俺たちはこの国の王と面会することとなったわけだが……


「——貴様、国王陛下の御前であるぞっ。跪けっ!」


 一番最初に言われた言葉がそれだった。


 言ったのは国王でも教会関係者でもないが、この場にいるってことはそれなりに力を持っている貴族かなんかだろう。


 それが独断によるものなのか、それとも聖国側の総意なのかはわからないが、チラリと見回した限りではその貴族の言葉に慌てるどころか、顔を顰めることもない。


 ……これは、多分予定通りの茶番だろうな。

 これに俺たちがどう反応するかを見たいとか、そんなんじゃないだろうか?

 ここで跪くようなら自分たちを格下だと認めることになるし、跪かずに返してくるようならその対応の仕方で人間性や能力がわかる。


 まあ、俺は俺のままで行くけどな。特に慮ったり謙ることもなく、今の状況も後先のことも考えない。普段通り、言いたいことを言うだけだ。


 カラカスの王としてはそうするべきだし、そうするのが最善だと思うから。


「なに言ってんだ。こっちだって『国王陛下』だ。わざわざ困ってるって言うから王なんてくだらないもんをやってる俺がこっちまで来てやったってのに、なんだその言い草は。そこのそいつが座りながらこっちを見下ろしてるのは、まあ許してやろう。相手も王だからな。だが、跪け? それも、お前みたいな木端風情が俺に言うって……舐めてんのか?」


 俺たちに向かって叫んできた貴族に向かって殺気を放つ。親父ほどではないが、危険のないところで暮らしていた一般人からしてみればとても恐ろしいものだろう。

 俺からの殺気を受けたその男はみっともなくその場に尻餅をつき、歯をガタガタと震えさせた。


「なにをっ——」


 それでも自分の役割を果たそうとしているのか言葉を紡ごうとしているが、上手く口が動かないのかそれ以上なにも言えずにいる。


 そんな貴族に見切りをつけ殺気を消すと、嘲笑を浮かべてその貴族のことを見下した。


「き、きさ——」

「悪いな、聖女様。あんたが黒い腹見せて、必死こいて頭下げて食べ物をくださいって頼み込んできたのに、こいつらはその話を潰したいらしい。植物たちの異常も、こいつらにとってはどうでもいいことらしいな」


 尻餅貴族が何かを話そうとしていたが、それを無視して俺たちをここまで連れてきたカノンへと話しかける。


「よし、それじゃあ撤収だ。こんなところまで来たが、俺達は邪魔者みたいだから帰るとする——」

「待たれよ」


 その場にいた仲間達に声をかけながらくるりと玉座に背を向けたところで、重く威厳のある声がかけられた。


 その声の人物が誰なのかというと、まあ予想はつく。というか、この場でそんなふうに呼び止めるのは一人しかいないだろう。


「我が配下の礼を失した言動、謝罪させてもらおう」


 制止の言葉を受けて俺が振り返ると、その先では予想通りこの国の王がはっきりとこちらのことを見据えながらそう口にした。


 〝俺なんか〟を相手に王が謝罪なんて口にしたからか、周囲の者達は俄に騒ぎ出した。

 驚きに声をあげる者、目を見開く者、眉を顰める者、何の反応も見せない者。その様子は様々だが、その視線は一様に国王へと向かっている。


 そんな貴族や教会関係者を軽く一瞥すると、俺は依然としてこちらを見据え続けている国王へと改めて視線を戻した。


 戻った俺の視線と国王の視線がぶつかり軽く睨み合うが、それも数秒程度のこと。

 だが、その数秒でわかったこともある。

 相手の見れば人柄がわかる、なんて言うが、あれは本当だ。こうして目を見れば、あの国王がどんな人物かは何となくではあるが、理解できた。


 少し前まで、この国の国王は教会の操り人形、或いは太鼓持ちや配下であるという認識でいたんだが、どうやらそれは違ったらしい。

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