第480話聖国に到着

 翌日。

 色々と強引に聖国行きを決めたためにかなり準備期間が短かったが、それでも流石はエドワルドというべきか、完璧と言えるほどにしっかりと準備を終えていた。

 連れて行く人数は千人。

 メンバーの中には、カイル、ベル、ソフィア、フローラ、リリアの五人はまあ当然として、他にも何人も顔見知りがいるが、そのほとんどは俺の知らないやつばっかりだ。まあ千人もいればそうなるだろう。


 その千人の大半が戦闘員だが、中には文官も混じっているし、なんだったら婆さん率いる娼婦達もいる。

 普通ならそれだけの数を敵国に連れて行こうとしたら護衛が大変なのだが、戦闘員ではないと言ってもカラカスの出身であるため、ある程度は戦える。それこそ、普通の街ならば十分に強者としてやっていける程度の力は全員が持っているのだ。


 だが、それだけの数の人間が移動するとなると、それに伴って荷物の量も多くなり、行動も遅くなるものだが、俺たちの場合は少し違う。

 荷物は《収納》系統のスキルが使えるやつが大半を持ち、わざわざ牽いて持っていくのは〝見せるため〟の荷物ばかり。実際の荷物の中身の何割かは空箱だ。

 これもカラカスの住民が高位階だからできること。収納系統は便利だけど、それだけに高位階じゃないと使えないからな。


 見せるためとは誰に見せるのかと言ったら、一緒にいるカノン達だったり、聖国の奴らだったりだ。勇者は荷物のことなんて気にしないだろうけど、荷物を持っていなければカノンやダラドは疑問に思うだろう。

 だからこそ、俺たちは全ての荷物をスキルにしまうことはせず、空箱なんて用意したんだ。そうすれば積んでいる荷物は空箱がほとんどなので移動速度は大して遅くならずに済む。使う時になったらさも箱の中から取り出したかのようにスキルから取り出せばいい。


 これなら移動速度もだけど、いざという時に荷物を放棄した場合でも食料や武装を失わずにいられる。何せ、その大半は荷物として牽いていくのではなく、スキルの中に入っているんだから。


 それから、国王が移動するのになんの荷物もないってのは不自然だし、見栄えが悪いからな。

 正式な訪問ではないと言っても、流石にただ人を引き連れているだけってのは、あまりにも国王らしくない。

 急いでいたから、という言い訳もあるけど、それは直接言わなければ伝わらないことで、見ただけの奴らからは見窄らしいと侮られることになりかねない。


 そういった色々な理由があって、空箱とある程度の本物の荷物を乗せた馬車を用意してあるのだ。しかも、それらを牽いているのは馬ではなく、エルフ達から借りたブラストボアなので、馬力も速度も違う。

 多分、聖国の予定よりも圧倒的に早く着くだろうから、罠を仕掛けて来ようともその策を崩すことができるだろう。


「ヴェスナー、気をつけてね。いざとなったら、後の事なんて考えないで、思いっきり倒してきちゃってもいいのよ。あなたはあなたの命を最優先で考えなさい」

「わかってるよ、母さん。もうその話は昨日聞いたよ。それも、何回も」

「だって心配なんだもの」

「それから、できればこういう外で抱きついてくるのはやめて欲しいんだけど。魔王の威厳的に」

「母親が子供を心配して何が悪いというの! しばらくは会えなくなっちゃうわけだし、その分寂しくならないように、ぎゅーっとしちゃうんだから!」


 ぎゅーっとされた。朝っぱらから、外で、みんなが見てる中。……すっごい恥ずかしい。


「じゃあ親父、こっちのことは任せたぞ」

「おう」


 母さんから解放された俺は今度は親父に声をかけたんだが、なんでか知らないけどとっても不機嫌そうだ。


「ったく、いつまで拗ねてんだい。みっともないったらありゃしないねえ。連れて行かないってのは最初っから決まってたことだろうに」


 どうやら親父を連れて行かないことに対して、今更になって不満があるようだ。いつもとは違い、母さんではなく親父が問題になっているのがちょっと面白い。

 ……まあ、母さんも問題がなかったのかと言われると悩むところだけど、まだマシな部類だろう。昨日のうちに散々心配されたから今日はあの程度で済んだのだ。多分昨日話しに行かなければ、今になって止めないか、とか自分もついていく、とか言い出しかねなかったと思う。


「……はあ。婆さん、そっちは頼んだ」

「はいよ」


 いつまでも拗ねていたところで結果が変わることはないというのは親父もわかっていることだ。それでもどうしようもないのが人の感情ってものだけど、親父は一度だけ大きく息を吐き出すと、俺たちに同行するメンバーの一人である婆さんへと声をかけた。

 そして婆さんの返事を聞くと、まだ多少は不満げではあるものの、それでも満足したように一つ頷いてもうそれ以上は何も言わなくなった。


 そうして話を終えた俺は馬車に乗ろうとしたのだが、そこで視界の端に勇者達の姿が見えた。


「今日からしばらくの間は一緒に行動することになるわけだが、よろしくな。『勇者一行』様」


 そう言って笑いかけてやれば、勇者は真剣な表情で真っ直ぐ俺を見返し、カノンとダラドは嫌そうな表情をした。


 リナ? ああ、こいつは普通だよ。眠そうな顔して気だるそうにしてた。

 なんていうか、やっぱりこいつだけ他人事感がすごいんだよな。まあ、こいつの場合は勇者一行に入ったのだって国同士の政治的な理由があるだろうし、他国の人間なんだからそれほど今回の件は重要視していないのかもしれないな。




 カラカスの街を出発して数日ほど進み、ついに国境を越えた俺達だったが、この間特に何もなかった。

 だが、その平和な時間も、国境を越えるまでの話だ。国境を越えたら、そこからは別世界なんじゃないかと思うくらいに違った景色が見えていた。


 事前に情報を集めていたとはいえ、それでもこうして実際に自分の目で見ることになると圧倒される。だがその圧倒とは、いい意味じゃない。むしろその逆で、悪い意味だ。それも、これ以上ないくらいの最悪と言ってもいいもの。


 元々は青々とした草原が広がっているはずの平野は、今では雑草の一つも生えていない荒野に変わっていた。まだ砂漠化こそしていないものの、十年もすれば立派な砂漠が出来上がるんじゃないだろうかとすら思える。


「話には聞いていたけど、まさか本当にこんなことになってるなんてな……」

「これは……ひどいですね」


 俺たちはその様子を足を止めて見ていたのだが、馬車が止まったことで目的地についたと思ったのかリリアが姿を見せた。だが、出てきてすぐに顔を顰めた。


「うっへぇ〜。なによこれ。なにしたらこんなことになるわけ? やったやつ、バッカじゃないの?」


 それはこの事態を引き起こしたであろう聖樹に対しての言葉なのか、それとも聖樹にそんなことをさせる原因を作った聖国に対してのものなのか……まあ、後者だろうな。


「フローラ。何かわかるか?」

「んーん。……でも、なんか嫌な感じがちょっとするー」


 一緒についてきたフローラにも尋ねてみたのだが、まだなにがあったのかはわからないようだ。

 だが、それでも聖樹だからだろうか。リリアや俺たちではわからなかった〝何か〟を感じ取ったようだ。まだなにが起こったのかすら正確ではないが、この時点で何かを感じ取ることができるのならば、解決策を見つけ出すことも難しくはないだろう。最低でも原因をはっきりさせること自体はできるはずだ。


 そう思うと少しだけ心が楽になり、俺達は再び聖国の奥へと進み始めた。


「ようやく村か」


 そうしてしばらく進んでいたのだが、日が暮れる前に目的としていた村にたどり着いた。村といっても田舎にあるようなボロい村ではなく、それなりに大きめな場所だ。あと少し頑張れば町と呼べるようになるだろう。

 国の端という田舎にしては大きめの村な理由は、これが国境のそばだからだ。

 カラカスは忌避されているが、それでも王国に向かうには俺たちがきた方向に進むしかなく、カラカスのそばを通るにはできる限り休憩なしで早く通り抜けないといけない。そのための準備として、この村はゆっくりすることのできる最後の場所だ。だからこそ、こんな辺鄙なところであり、カラカスが比較的近くにあるにもかかわらず、寂れることなくいられるんだろう。

 特に最近は花園ができたから向かうやつも多いだろうし、宿場としての役割はより大きくなっただろうな。


 ただ、それも今が平時であれば、の話だ。


「見た目だけで言えばどこの村も何も変わんないな」

「そりゃあそうだろ。この辺は他国って言っても、越えたばかりだからな」

「それに、首都から離れた場所はどこも特色が出にくいものですから。行き着く形としては似たようなものになるでしょう」


 軽く見渡してみたが、建物自体は国が違うとは思えない程度のものだった。

 家の中には神様を祀る神棚みたいなのがあるのかもしれないけど、少なくとも見た目だけはほとんど変わらない。


 でも、それは建物の見た目だけの話。

 普段はそれなりに人通りがあり、活気もあるであろう通りが見えるが、そこでは遊ぶ子供達も、仕事をしている職人達も、普通なら聞こえて然るべきである声が聞こえない。

  • Xで共有
  • Facebookで共有
  • はてなブックマークでブックマーク

作者を応援しよう!

ハートをクリックで、簡単に応援の気持ちを伝えられます。(ログインが必要です)

応援したユーザー

応援すると応援コメントも書けます

新規登録で充実の読書を

マイページ
読書の状況から作品を自動で分類して簡単に管理できる
小説の未読話数がひと目でわかり前回の続きから読める
フォローしたユーザーの活動を追える
通知
小説の更新や作者の新作の情報を受け取れる
閲覧履歴
以前読んだ小説が一覧で見つけやすい
新規ユーザー登録無料

アカウントをお持ちの方はログイン

カクヨムで可能な読書体験をくわしく知る