第479話人助けはいいことです

 


「——リリアを呼べ」


 勇者達は帰ったが、俺のやるべきことはまだ終わりではない。


 あのアホに話をするという無駄に増えた仕事が残っているのだ。


 人を送ってリリアを呼んだが、予想通り怪我一つなくやってきた。


「で? なんだってあんなことをしたんだ?」

「だって〜。わたしだって勇者見たかったんだもん」


 そう言ったリリアからは悪びれた様子など全く感じられない。


 そんな様子を見ているとイラッとしてくるが、これがこいつなんだと思えば許せなくもないんだから、これも人徳ってやつなんだろうか? まあ、やらかしていることが多すぎて呆れているだけだと思うけど。


 というか、そもそもだ。こいつは勇者を見たかった、だなんて言っているが、勇者なら見たことがあったはずだ。あいつらが最初に花園に来た時に俺が案内したが、その時にはリリアもすぐそばにいたんだから。


「見たことあるだろ。最初に案内したときだって見てたし、なんだったらつまんないからって勇者と関わるのやめたのお前だろ」

「そうだけどお、そうじゃないの〜。わかってよ!」


 リリアは言い訳になっていない言葉を口にしているがまあ言いたいことはわからないでもない。

 大方、『勇者が魔王に謁見している』というイベントを見たかった、あるいは参加したかったんだろう。


「見ようと思っても誰もここに入れてくれないし、じゃあ仕方ないから窓の外から見物するしかないじゃない」

「いや、入れないんだったら諦めろよ」


 リリアをこの場に呼んだら厄介なことになるし、植物関連の知識ならフローラがいるからリリアには事情を知らせず、万が一この場所に近寄ろうとしても止めるように警備には言っておいた。

 そのためリリアは窓の外から見る、だなんて馬鹿なことをやったんだろうが、ダメだと止められたんだったらそこで止めろよ。無理して覗こうとすんな。


「まあ、良い。今更言っても無駄に疲れるだけだしな。それよりも、勇者との話についてだ」


 だが、俺が何を言ったところでこいつはろくに言うことを聞かないでまたやらかすだろう。なので、説教は後でこいつの母親であるレーレーネに伝えておくとして、せっかくだしこいつにも話をしておこう。


「え? 教えてくれんの?」

「ああ。お前も関わってくるからな」


 そうしてリリアに勇者との話を教えてやり、ついでに親父達にも先ほどのカノンの言葉を伝えて、その上でリリアも一緒に聖国に行くメンバーになるかどうかを聞いたのだが……。


「行く! わたしも行くわ! 万事わたしにまっかせなさい。みーんな助けてあげるんだから!」


 俺が聖国に行くか、と聞くなり、リリアは勢いよく手を挙げて答えた。

 その勢いは不安になるが、答えの内容としてはこっちの予想通りだ。こいつ、誰かが困ってると自分を顧みずに助けに行く『本当の聖女』みたいなやつだからな。

 それは精神の幼さからくる純粋さの影響であって、今よりも成長すれば他の大人達みたいにズルく育つのかもしれない。

 だが、少なくとも今は『聖女』と呼ばれるに相応しい人物ではあると思うし、その在り方は尊いものだと思う。


「そう答えるのはわかってたし、多分役に立つだろうとは思ってるが、本当に行くつもりか? さっき言ったが、聖国はエルフを使って何かしてるみたいだぞ? それも、かなりヤバいやつだ」


 だが、リリアがどう答えるのかはわかっていたが、それでも危険だと言うことは変わりない。さっきのカノンの呟きを聞く限り、エルフが向こうに行くのは危険がある。

 加えて、先日カノン達が街でやっていたエルフ誘拐事件のこともある。どう考えても危険しかない。

 むしろ、俺という『魔王』が行くよりも『聖女』とも呼ばれているエルフのこいつの方が危険かもしれない。


「もっちろんでしょ! だって、困ってる人がいたら助けるのが人情ってもんでしょ! 悪と言ったら義侠心! 救いを求めるもんを見捨てて食う飯はうめえか!」

「いや、それ悪っていうか……まあいい」


 それは『悪』というよりも『ヤクザ』とか『任侠』とかそういうやつだと思うけど、この世界の悪もそういう部分がないわけではないし、全く間違いではない。

 もっとも、それは普通の街の話で、カラカスではちょっと事情が違うけど。

 何せ、自分の身は自分で守れ、守れないなら死ね。それがここのルールなんだから。


 エドワルドも婆さんも、一応の人助けはするけど、それは自分に助けを求めてやってきた者のうち、助ける価値のある者限定の話だ。

 親父は自分から手を伸ばして誰かを助けているが、そんな親父みたいに周囲の奴らも助ける集団ってのは少数派だ。


「それにあれよ。ね?」

「どれだよ」


 〝あれ〟と言われても何を指しているのか全くもってわからない。


「だからあれよ、あれ。ほら、その……こう、困ってるところを助けてみんなに喜んでもらって、そのお返しにわたしの配下にできればすっごい良いことでしょ!?」

「何言ってんだか」


 言いたいことはわからないでもない。危機的状況で助けたんだったら恩を感じて自分たちの力になってくれるかもしれない。

 確かに、それ自体は否定できないな。だが、俺たちの立場が加わると話は変わる。世間的な評価として、俺たちは『悪の代表』で、聖国の住民は『正義の代表』だ。そんな二つの正反対の国なのに、ちょっと助けた程度で所属を変えるのかというと、ないんじゃないかと思う。


「だが、その可能性がないわけじゃあねえな」

「親父?」


 だが、そんな俺の考えを否定するように、親父が口を挟んだ。


「命の危険があるときってのは、それまでの想いを全部ぶち壊すことがある。信仰も信念も忠誠も、何もかもな。んで、そんなに手を差し伸べられたら、ころっとその想いを向ける対象が変わることもあり得る。信仰なんて捨てて、助けてくれたやつの元へ行こう、ってな」


 ……まあ、俺は生まれてこの方、本気で命の危機を感じたことはない。赤ん坊の時に捨てられはしたけど、結局危機を感じる前に親父に助けてもらったから本当の意味で死にかけたことはない。

 だから、危機的状況で救われた者がどう感じるのか、どうその在り方を変えるのかはわからないし、今ひとつ信じきれない。


「そううまくいくもんかあ?」

「全部が全部うまく行くってわけでもねえだろうが、心に楔を打ち込むことはできるし、助けたうちの一割でもそう思ったんだったら上出来だ」

「まあ、一割でも一万人助ければ千人は寝返ることになるわけだしな」


 仮に一割もいなくて一%程度だったとしても、百人は寝返らせることができるし、寝返るとまでは行かずとも『恩人』として記憶に残しておいてもらえれば、いざという時に何か役に立ってもらえるかもしれない。


「まあ、助けること自体は悪いことではありませんね」


 俺たちの会話を聞いていたエドワルドが同意するように口を開いたのだが、その言葉には激しく違和感を覚えてしまった。


「……どうした? おかしな者でも拾い食いしたか?」

「失礼な。私はあなた方と違ってそのようなことはしません」


 いや、落ちてるのを拾い食いするのはリリアだけで、俺もそんなことはしないんだけど……。


 でもまあ、それはそれとしてだ。


「でも、エドワルド。お前が人助けをしようなんて言い出すって、相当異常だぞ?」


 世界は金が全て、だなんて素面で言うようなやつだぞ? そんな奴が金にならないような人助けだなんて推奨するとはどうしても思えない。


「私とて、なんの打算もなくそのようなことを言ったわけではありませんよ」

「ああ、だよな。安心した」


 よかった。やっぱり打算ありきの言葉だったか。これで善意に目覚めたとかだったらちょっと心配になるところだった。


「その言い様は失礼ですが……まあ良いとしましょう」


 エドワルドは軽く俺のことを睨んでから小さく息を吐き出すと、人助けをする意味について話し始めた。


「たとえたった一つだとしても、他人から褒められる行いをしたのなら、それは『良いことをした』と周辺の国へと喧伝することができます。喧伝すると言っても噂で、という形になるでしょうし、噂である以上はそこに尾鰭がつくことになるでしょうけれど、それでも『良いことをした』という事実は変わりません。それはいつか役に立つことでしょう」


 まあ、余計な話を切り取って、使える部分だけを誇張して喧伝するってのは政治家がよくやる手だし、有効ではあるだろう。しかもこの世界では情報伝達がそれほど進んでいないし、〝偶然〟噂がおかしな方向に進んだとしてもそれを正せる機会は少ない。

 なら、その噂を聞いた者達が、「意外とカラカスは安全なのでは」「あいつらは良い奴なのでは」なんて思ってこっちにくることだってあるかもしれないし、周辺の国々だってカラカスに対して強硬策を取らなくなるかもしれない。


「加えて、相手に恩を押し付けることができます」

「恩を売るんじゃなくて押し付けるのか」

「ええ。向こうの思惑以上の人助けをこちらが勝手にやるのですから。ですが、勝手にやられたこととはいえど、困っている時に助けられたのだから感謝しないわけにはいかないのが国というものです。もしその恩を無視しようものなら、周辺国家との関係に亀裂が入ることになりかねませんから。せっかく助けても、その恩を返してもらえないどころか、逆に仇にして返されるかもしれない、と。ですので、恩を押し付けておけば、聖国も無闇にこちらに手を出してくることはできなくなります。最低でも今回の訪問の間は大きく動くことはできなくなるでしょう。もちろん、我々に非がないうちは、ですが」


 なるほど。確かにそうだな。困っているところを助けたのに逆に攻撃を仕掛けてくるようであれば、他の国は自分たちのことを守るために助けるのを躊躇うだろうな。助けたとしても、自分たちも裏切られて攻撃されるのではないか、って。

 それでも聖国が俺たちを攻撃しようと思えばやりようはあるだろうけど、それなりに手順や理由作りが必要になるはずだ。


 俺たちを嵌めるために何か理由や偽りの証拠を作るんだったらそれなりには時間がかかるだろうし、そうなればこっちでも事を把握しやすくなる。


 急いで行われるのなら作った理由の整合性にどこかしら矛盾が出てくるだろうから、ことが終わった後にそこを突けば逆に攻撃できる。


 何にしても、俺たちの安全性は増すことになる。


「そういうわけですし、人助けは良いことですよ」


 エドワルドは最後にまとめるようににこやかにそう言って見せたが、こいつがそんなことを言うなんて違和感が凄まじい。


「じゃあまあ、リリア。よろしくな」

「まっかせて! ぜーんぶわたしの部下にしちゃうんだから!」


 それはできないだろうが、まあ頑張れ。

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