第478話窓の外に何かいる……!?
俺がそう言ってやれば、カノンは今までで一番悔しげに顔を顰め、ダラドなんか今にも襲いかからんばかりに敵意をむき出しにしている。
だが、そんな中であっても勇者はあまりうまく状況が飲み込めていないのか、困惑した雰囲気を見せている。
リナは……まあ、普通? 聖国が主導のチームに所属していても、聖国そのものは自分の国のことじゃないからか、特に悔しそうな様子も困った様子も見せていない。ただ、観察するような目でじっとカノンのことを見ている。
「……わかりました。では、明日聖国に向けて出発ということでよろしいですね」
俺の言葉を聞いてから数十秒ほどして、カノンはそう言葉を発した。
やっぱりというべきか、結局は俺のいう通りにする事を選んだようだ。まあ、そうするしかないしな。
「ああ。それでいい。連絡用の道具でも使って、今の状況をお前の上司に伝えるといい」
「お気遣いありがとうございます。それでは、これ以上話がないようでしたら私達は失礼させていただきます」
「そうか。明日からは大変だろうし、まあゆっくり休め。なんだったら城で部屋を用意させるぞ? そうすれば朝の出発に遅れることもないだろうしな」
「いえ、そこまでしていただく必要はありません。宿に荷物も置いてありますし、色々と準備をしておかなければなりませんので。それに私達は正式な客人ではありませんので、そこまで面倒を見ていただくのはご迷惑でしょうから」
別に迷惑でもないんだが、カノンはそれ以上話しかけられないようにするためか、「それでは失礼します」と言い残してさっさと歩き出してしまった。
そんな態度は王様相手に失礼ではあるが、気持ちも考えも理解できるし、今更あの程度のことは咎めることでもないので別に構わないか。
ただ、最後にもう一つやることが残ってるんだよ。そんなにすぐに帰られちゃ困る。
「ちょっと待て。これを持ってけ」
そう言うと俺は立ち上がり、近くにあった花瓶から花を数本手に取って、それを《投擲》スキルで勇者達に投げつけた。
ただの花であるにもかかわらず、シュッと音を立てるように真っ直ぐ勇者一行の足元へと飛んでいった花を勇者が拾い上げて観察しだした。
それを見て何もないことを理解したカノンは、自分の足元にある花を拾い、軽く確認してからこちらへと顔を向けた。
「これは……?」
「明日なんの証明もなく城にきたところですんなり入れると思うか? 予め通達はしておくが、それでも問答やら確認やらがあると面倒だろ。だからそれは通行証代わりだ。用意するのを忘れてたからそんなものになったが、まあ良いだろ。明日はそれを見えるところにつけて城にやって来い。そうすればすんなり通れるようにするから。……ああ、この場限りのものだから、気に入ったら明日以降も持って帰っていいぞ」
「これが通行証ですか。でしたら、ありがたく頂戴いたします。それでは今度こそ失礼いたします」
カノンはそう言って改めてお辞儀をすると再び歩き出した。
だが、話はそれで終わりではなかった。
「魔王。一ついいか?」
「ユウキ?」
この場から去ろうとしていたのに、勇者に予想外に話しかけてきたことで、カノンは足を止めて振り返った。
だが、そんな仲間に目を向けることはなく、勇者はこっちを見続けている。
「……なんだ勇者様。話はもう終わったと思ったが?」
今更こいつが口を開くだなんて、なんのようだろうか?
「連れて行く人員に関して聞きたいことがある。調査のためにエルフ達を連れて行くんだよな?」
「そうだな」
「なら、あのエルフのお姫様も連れて行くのか?」
「エルフの姫? ……誰のこと……ああいや、あのアホのことか」
勇者が言ったのが誰のことなのか一瞬分からなかったが、多分リリアのことだろう。あいつ一応扱いとしては姫枠だった。
でも、あいつを連れて行くのはいいとして……というか連れて行かないようにしても多分ついてくるし、だったら最初からちゃんと俺の管理下で連れていったほうが安全だから連れて行くことになるんだが、それはそれとして、勇者はどうしてリリアのことを聞いてきたんだ?
こいつとリリアは直接の面識を持っていなかったはずなんだけど。
それとも、エルフの姫の話や、聖女エルフの話を聞いて連れて行きたくなったとか?
あり得なくなはないだろうけど、こいつの独断だと考えるべきだよな。だってカノンはこんな話をするつもりなんてなかった感じだし。勇者の暴走と見るべきだろう。
まあ、ここらで何か手柄の一つでもあげたいのかもしれないな。聖女と呼ばせるんじゃなく、自然とそう呼ばれるほどの人物を聖国まで連れて行くことができれば、役にたつかどうかはさておき手柄として挙げることはできなくもない。
「アホ? ……同盟相手の姫に対してアホだなんていうのは失礼なんじゃないか?」
「ん? あー、まあごもっとも? でもそれを無関係のお前に言われる筋合いはないなぁ」
確かに人のことをアホだなんていうのは悪いことではあるが、それは他人から見た場合の話だ。親しい間柄であれば、多少の悪口も親愛の証になるし。俺の場合だって、今のはただ悪意だけを込めたんじゃなく、〝そういうキャラ〟だと思ってるからそう呼んだだけだし。
つまり、何も知らない外野が口を挟んでくんな。ってことだ。
「まあ、連れて行くことは連れて行くから安心し——」
ガシャッ。
俺が話していると、今までは身じろぎすることなく立っていた騎士達の一部から鎧を鳴らす音が聞こえてきた。
「?」
音を立てた事自体は、まあ仕方ないと言えるだろう。今までこんな儀礼の場で警護した経験なんてないものもいるし、失敗してしまうことだってあるだろう。
だが、その音を立てた騎士は一人ではなく複数いた。そいつらのことを見るとどうにも様子がおかしい。
「どう、し……た……」
「?」
その場の様子がおかしくなったことを理解した勇者達だが、勇者達以外にもその場にいるもの達全員が俺の様子がおかしいことを不思議に思っているようで全員首を傾げている。
だが、俺にそんな反応を気にする余裕はなく、意識は大きな窓の外へと向けられている。
「あのバカ……」
様子がおかしくなった騎士達の視線の先を辿って顔を向ければ、そこにはなんでか知らないけど座った状態で宙に浮いているリリアの姿があった。
多分あれは透明な結界の上に乗ってそれを持ち上げることでここまで浮かび上がったんだろうと思う。
その証拠、というほどでもないが、そのそばにはお菓子や飲み物が用意されているが、ぷかぷかと空を飛ぶように浮いているわけではないように見える。
で、そんな準備万端な感じのリリアだが、クッションまで持っている様子から察するに、あいつはこの場の様子を見にきた……というよりも見世物にしにきたんだろう。
確かにここに来るまでの道は全て警備がいるし、リリアが来ても通さないように指示は出していたから入れなかっただろうが、だからといってあんなことをするか? バカだろ。
いやあいつがバカなのは前からわかっていたことだ。今はあいつのことをどうするかだ。このまま浮かばせておくわけにもいかないし……仕方ない。
「フローラ。ちょっとあれにつっこんでいって、落とせ」
「はーい!」
小声でフローラに呼びかけてやれば、フローラは返事をしてリリアに向かってつっこんでいった。
「え、ちょっ! あ、やめ、だめ……ぎゃわああああ!?」
窓をすり抜けてつっこんできたフローラを見て、リリアは慌てた様子を見せるが、結界の上に乗っているだけなので逃げ場なんてなく、フローラのタックルを食らったりリアはみっともなく悲鳴を上げながらた落下していった。
仮にもあいつも第十位階なんだ。この程度の高さから落ちたところで死なないだろ。フローラだって減速させるだろうし、なんだったら植物でクッションを作ったりしてるかもしれない。
まあ、変な落ち方をしたら骨折くらいはするかもしれないが、その程度なら自分で治せるだろうし、大丈夫大丈夫。
「今のはいったい……」
「エルフの姫……」
「あれがそうなのですかっ?」
突然の珍事はその場にいた全員が見ていたようだ。呆然とした声を漏らしたカノンの言葉に勇者が答え、それを聞いたカノンは目を丸くして勇者へと振り返った。
うん、まあ……あれが『姫』って言われれば、そんな反応もするだろうな。
「え? あ、ああ。多分」
「あの子、前に見たことがあるわね。あれが姫……確かに、あの子が来てくれるとなれば、解決に大きく近づくかもしれないわ。ユウキが言及したのも不思議ではないくらいの力ね」
驚いているだけのカノンやダラド、そしてカノンの言葉に答えている勇者とは違って、リナはリリアの凄さがわかっているために納得した様子を見せている。
「それほどですか……」
「前にも言ったと思うけど、ほぼ無限に思えるほどの魔力よ。あれで植物を操れるとなったら、問題解決もできて当然という感じがするわね」
「そうですか。……であれば、結界に組み込む……でより……結果が? いえ、むしろアレを……とした新たな……をすべき? ……なんにしても、他のエルフを使うよりは……」
感心するようなリナの言葉には畏怖が込められていたような気がするが、それよりも気になるのがカノンの反応だ。
リナの言葉を聞いたカノンは何やら考え込んだようにボソボソと呟いている。
小さく口にしているために全てを聞き取れたわけではないが、先ほど渡した花が拾った声を聞く限りだと、どうにも不穏なことを言っているように思えてならない。少なくとも、良い内容ではないだろう。何せ、『エルフを使う』なんて言ってるんだ。良い話なわけがない。
しかし、そのことについては思い当たることがないわけでもない。
だが、今はそのことを考えるときではない。今考えるべきは、あのリリアのせいでおかしなことになったこの場をどう終わらせるかだ。
「頭が痛い……」
俺が軽く頭を押さえながら呟くと、その声が聞こえたのか知らないが勇者がハッとした様子でこっちを見てきた。
「——って、おい! あの子を助けに行かないと!」
「あれはあの程度で死なないから心配するな。お前らはさっさと帰れ」
勇者がリリアのことを心配して叫んだが、それに取り合うつもりはない。
もうどうしようもないので、多少格好はつかないが強引にでも帰ってもらうことにしよう。
「そんなことを言われても——」
「ユウキ。いかに魔王と呼ばれているとはいえ、ここは他国の王の御前です。その態度は無礼が過ぎます」
勇者がまた暴走しそうになったところで、カノンが強引に勇者を抑えて暴走を止めた。
それでもまだ言いたいことはあるのだろう。勇者は視線を俺とカノンの間で行き来させていたが、カノンに腕を引かれたことで大人しく下がって行くことにしたようだ。
「それでは、失礼させていただきます」
そうして今度こそ勇者一行は帰っていった。
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