第477話どっちを選ぶ?
「そうか。なら今回の話はなしだな。帰るのに邪魔はしないでいてやるから、さっさとお帰りください」
「なっ! なぜですか!?」
俺がおちょくったように言ってやると、カノンはそれまでの冷静な態度を崩して声を荒げて問うてきた。
「なぜって……気分が乗らないから? 今は行ってもいいと思ってるけど、ここで行かないんだったらめんどくさくなるだろうからな。ほら、あんただってあるだろ? 後でやろうと思ってたけど、いざその時になってみるとやりたくなくなる気持ち。あんな感じだ。俺は移り気だからな。その時になってからやっぱりやめた、なんて言うよりも、今の時点で言っておいたほうが誠実じゃないか?」
普通だったらこんな理由はふざけているとしか思われないだろ。実際、言っている俺だってもっとマシな言い訳ないのかよと思わないでもない。
でも、このふざけた感じの方が『カラカスの王』らしい気がする。
実際、行かなくちゃいけないとは思いつつもめんどくさいと思っているわけだし、これが先延ばしになったら余計にめんどくさく感じるだろうから、今の言葉は全くの嘘でもない。
「そんな理由で……。一国の王がそのような考えで物事を決めるなど、本当によろしいのですか?」
やはりカノンは俺の言葉が王様らしくないと思ったようで、呆然とした表情でこちらを見てきた。
でも、そりゃあそうだろうな。普通の政治家相手だったら絶対にこんなこと言われないだろうし、『聖女』として交渉役もこなせるように教育を受けた者としては信じられない言動だろう。
だからか知らないけど、カノンはどこか責めるような色を含んだ声で問いかけてきた。
「忘れたのか? ここはカラカスだ。一国の王だなんて言っても、所詮は犯罪者のまとめ役。ものすごく単純に言えば盗賊の頭だ。そんなやつが話し合いの場にくだらない感情を持ち込まないって、本当に言えるのか? 普通の国でさえ、自分の気持ち次第で馬鹿みたいに物事を決めるやつがいるのに?」
今の俺の理由は感情論全開だったけど、どんな偉いやつだって、どんな重要な話し合いの場だって、感情を持ち込むものだ。
あいつが嫌いだから強行策に出ようとか、あいつは自分にとって好ましい相手だから穏便にできないものか、なんて事を考えて話をする。それではダメなのだと理解していても止められるものでもないし、進んで感情を交えて物事を決める奴も普通にいる。
そんな奴らも俺も、大して変わらないだろ。理論で固めてそれっぽくしているかそうでないかの違いでしかない。
「……ですが、あなた方も我が国に来る必要があるのではありませんか? 聖樹に関する異変があるのならば、あなた方にも無関係とはいかないはずです。このまま我が国を放置しておけば、こちらにも累が及ぶ可能性は十分に考えられることでしょう。いずれ起こりうるかもしれない事態に備えて事態を把握する必要があるのではありませんか?」
カノンは小さく頭を振った後、再び交渉役としての顔に戻り、俺を説得するべく話し始めた。
「加えて、今回協力していただけるのであれば、今後も我々の関係は続いていくことになるでしょう。その際に、最初の出会い方というものは重要になってきます。いかに急いでいるからとはいえ、礼儀を失していてはお互いのためになりません。やはり、多少の時間がかかったとしても、今後のことを考えてしかと迎える準備を整えてから予定を組んで訪れていただくのがよろしいのではないでしょうか?」
その言葉には一理あるとも思った。最初の出会い方が悪ければ、その後何がろうと、どれだけ感謝される事をしようと、されようと、相手にいい印象を持ちづらい。
だからしっかりと出迎えの準備をしてからお互いに気持ちよく話ができるようにしよう、というのは間違いではないだろう。——今が普通の状態なら、だけどな。
「出会い方が大事っていうんだったら、飢えて困っている時に大規模な歓迎を求めるんじゃなく、見返りや馬鹿みたいに金も食料も使う歓迎なんて求めずに急いで助けに行ったほうがいい気がするけどな。だって、飢えてる時にお偉いさんが無駄に食料使ってパーティーとかしてたら、民としては殺意湧くだろ?」
食べ物がなくて困ってる。一刻どころか一秒、一瞬でも早く食べ物が欲しい。ああほら、また誰かが飢え死んだ。……………………でも、〝アレ〟を食べれば生きながらえることができるかもしれない。もう皮と骨しかない。肉なんて食べるところはほとんどないだろう。でも、〝ほとんど〟であって、〝まだ〟残っている。
食べたくない。どうして俺がこんなものを食べないといけないんだ。どうして私は友の体に向かって刃を突き立てているんだ。どうしてこんなことに……。
——でも、生きるためには仕方がないんだ。
そんなことが起こり得る状況、それが今の聖国だ。
そんな状況で他国の王を迎えるためとはいえ歓迎の席なんて設けていたら、なんでその食料を俺たちにくれないんだ、と怒りが湧く。その感情は怒りを通り越して憎悪や殺意になるだろう。俺たちは家族を、友人を、隣人を食べて生き延びているのに、どうしてあいつらは、って。
そして、それらが誰に向けられるのかと言ったら、それは多分俺たちだ。というか、俺たちが悪いことにされるだろう。
国だって苦しいのに、無理して食料を捻り出し、やりたくもない歓迎なんてやることになってしまった。
あいつらが来なければ、その分の食料をみんなに分けてあげられたのに。
なんて、そんなふうにもって行かれる可能性だってある。
「……」
「でもまあ確かに、いずれ起こるかもしれないってのは否定しきれないな」
僅かに目を伏せて黙り込んでしまったカノンは、俺の言葉を聞いて顔を上げた。だが……
「——でも、今は異変とか起きてないし」
そう。いずれ起こるかもしれないけど、今の時点で何か起きているわけでもないんだ。そして、俺たちの考えが正しく、聖樹が切られたことで起こった異変であるのならば、俺たちにこれから同じような異変が起こる可能性はとても低いことになる。
「いずれ起こるかもしれない異変なんて、そっちが滅んだ後にその様子から考えたって遅くはないだろ? どうせこのままいけば聖国は後一年も持たないだろうし、頑張っても数年だ。それ以上は国としての体裁を維持できなくなるだろうからな」
他国から食料を送ってもらったところで、異変を解決しない限りは飢えはずっと続く。聖国が異変を解決するまでにどれだけの時間がかかるか分からないけど、国民全員を賄うだけの食料を他国から融通してもらい続けることは不可能だろう。
だがそうなれば国民が死んでいき、そうでなかったとしても食べ物を求めて国外へと逃げていくから結局は誰もいなくなる。
そうなれば、いくら上層部が頑張って生き延びようとも、『国』ではない。国王が生き延びればそれは国が滅んだことにはならない、なんて言葉を見かけることがあるけど、国民がいてこその国だ。国民がいなくなった時点で国は滅ぶんだよ。
「もし聖国が滅びる前にこっちに異常が出たとしても、今の時点でも大量の備蓄はあるし、なんだったらこれからどんどん増やしていけばいい。そうすれば今何かが起こっても俺達には解決するまでの時間ができるし、それらを全て使い切るまで時間を稼げればどうにかなるだろうよ。精霊もエルフも俺達の味方についてくれているんだから、異変の解決策なんてどうとでもできる。だからもし同じことが起こったとしても、少なくとも、お前達よりは切羽詰まった状況じゃないのは確かだな。俺たちとしては、別に聖国が滅んでお前達が困ったところで問題ないしな」
もし仮に何か異変が起こるんだとしても、こっちは植物に関しての問題なら解決できる公算が大きい。何せ、こっちにある聖樹はフローラだけじゃないんだから。
聖樹に異常が出るにしても両方とも同時ってわけでもないだろうし、仮にそうだったとしてもランシエのところの聖樹がある。最悪はそっちに話を聞きに行けばなんとかなるだろう。そうして解決するまでは俺が毎日でも《生長》をかけてやれば枯れることはないはずだ。
だから、万が一の時に備えて現在の聖国の聖樹の状態について詳細は知りたいけど、それはどうしてもってほどではないんだ。
——というか、だ。こいつは俺を相手に自分の意見を通そうと頑張ってるけど、それに意味あるのか、って話だ。
「なあ、お前達は今交渉してる場合か? よっぽど時間がないから俺達みたいな『クズ』のところまでやってきたんだろ? 主導権を握ろうとか、自分たちの都合に合わせようとか、優位に立とうとか、そんなことを考えてる余裕なんてないんじゃないのか?」
こっちが嫌だと言ってごねてれば、それだけ食料の確保が遅れることになる。だがそれだと国民が死ぬ。なんだったら上層部も死ぬ。だからこいつらにはそんな時間はないんだ。
時間がないってことがこっちにバレている以上、どう考えたってまともな話し合いにならない。だって、決定権はこっちが握ってる圧倒的に有利な状況なんだから。気に入らないことがあったら時間を稼げばいい。そうしているうちにこいつらは余計に時間がなくなって、取れる手段も無くなっていく。最後にはどれほどふざけた提案だろうと、国を存続させたいんだったらのまなくてはならなくなる。
それを避けたいんだったら、まだ多少なりとも余力が残っていてまともな話し合いにすることができる今のうちに、下手に逆らわないでいう事を聞くしかない。
どれだけ言葉を連ねたところで、結局は同じ結果になるんだから、こんな問答なんて無駄でしかないのだ。
「今俺たちの親切心を受け取るか、それとも自分たちの思惑を優先して俺たちの手を振り払うか。さあ、どっちを選ぶ?」
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