第466話勇者、魔王城へ行く・後編

 

「それよりも、今は魔王への対応について話しましょう」

「あ、ごめん。話を脱線させて」


 そう言って正面を向き、最後にチラリとエルフの少女のことを見たのだが、この城の使用人であろう人物とどこかへいってしまった。


「でも、対応って言ってもさー。特に何かをするってことでもないわけだし、最初の予定通り聞きたいことだけ聞いて終わりでいいんじゃない? まあ、向こうから何かしらの話があるとは思うけど。じゃないとこんなにすんなり通さないでしょうからね」

「そうですね。基本的には聖国で起こっている異変の正体についてと、それに関与しているか。関与していないのであれば、解決策を知っているか。それが聞ければ十分危険を冒した甲斐はあったと言えるでしょう。加えて、できることならば食料に関する支援も願いたいところですが、これは『できることなら』ですので無理に話す必要はないでしょう」


 俺たちは魔王に会いたいとは言ったが、ここに戦いに来たわけじゃない。

 今聖国で起きている異変に関しての情報や支援が得られるのなら、それで十分なのだ。俺だって、好き好んで戦いたいわけじゃないし……人を殺したいわけでもないんだから。


「もし、関与しているのであれば?」


 ダラドは剣に手を伸ばしながら鋭い空気を纏ってそう口にした。

 関与している。それはつまり、この国の者達が——魔王が聖国を攻撃したということになり、本当の意味での『魔王』だったということになる。

 そうなったら、戦わないといけなくなるだろうな。ダラドを止めることができない、という意味でもだけど、俺は『勇者』だから。


「……日を改めて、になります。今日は予定を入れるだけのつもりでしたので、万全とは言い難いですから」

「問題はもう一度会ってくれるか、だけどね」

「その時は、仕方ありませんがこちらから仕掛けるしかないでしょう。それが魔王本人か、それとも重要拠点や人物かはわかりませんが」


 できることならば、それはやりたくない。でも、ある意味で一番俺の知っている『勇者』らしい行動だと言えるだろう。人を苦しめる悪の親玉の拠点に少数精鋭で潜入し、敵の狙いを打ち砕く。

 まさしく、『お話の中の勇者様』だ。


「魔王が異変に関わってなくて、なおかつ解決策を知らない場合はどうする?」


 でも、それはここの魔王が『魔王』だった場合の話だ。ただ周りから魔王と呼ばれているだけ、自分で名乗っているだけで、実際にはただの人間の王様だったら、俺は戦いたくない。


 信長だって自分で魔王って名乗ってたし、覇王とか暴君とかだってもしかしたらこんな犯罪を許可する政治をしていたかもしれない。それなら悪ではあるけど、それはそれで国の事情というものになるんだから、攻め込む理由にはならないはずだ。


「その場合は、素直に引くしかないでしょう。ですが、何かしらは知っていると思います」

「植物を扱う能力を持っているから、か」

「はい。以前にも話をしましたが、この地の魔王は植物を操ります。もっともそれはエルフ達の能力であり、魔王の力であると見せかけているだけかもしれませんが、どのみち知識と能力自体はあるはずです。であれば、植物に対する異変について、私たちでは知りえない何かを知っている可能性は高い」

「理想としては、魔王が犯人でなくとも魔王を聖国に連れて行くことができれば良いのだがな。そうすれば解決の足掛かりにはなるだろうし、用が済めば処理すればいい」

「処理って……」


 それはつまり、協力してくれた相手を殺す、ということだ。

 躊躇うこともなく自然と流れるように出てきたダラドの言葉に、俺は言葉を失ってしまった。


「ただでさえ王様なんて相手に『自分たちの国が大変なんで助けに来てくださいー』、って泣きつくのに、その結果が殺しだなんて……あんた達も大概よね」


 ダラドの言葉を聞いて、リナは呆れたようにしながらもどこか楽しんでいるようにそう言った。


 なんでそんな態度なのかはわからないけど……でも、そうだよな。

 それはあくまでもダラドが言っているだけの意見だけど、もしこんな考え方をするのが聖国の人達全員だったらと思うと……。


「相手は犯罪者だ。罪を償わせることになんの問題がある?」

「べっつにー? まあどうでもいいんじゃない? その結果どうなろうと私は聖国の人間じゃないし、この国と聖国の関係がこじれたところで特に、って感じだからどうでもいいことね。あー、でも一応神様は信じてるけど」


 リナは聖国の人間ではなく、旅をしていた雇われだ。

 だから、本来なら俺が少し前まで戦っていたあの魔王を倒し、聖国に戻った時点で契約は切れている。

 それでもこうしてついてきてくれているのは、新たに契約を結んだからと言うのもあるけど、彼女が俺たちのことを仲間だと思ってくれているからだ。……と思う。


「ダラド。流石にそのような不義理はできませんよ。手を貸していただいたのであれば、礼をもって接するべきです」


 よかった。カノンは魔王の処理について反対みたいだ。やっぱり、今のはダラドだけの意見だったんだろう。


 そうわかった俺は軽く安堵の息を吐き出すが、その際にカノンがチラリと俺のことを見てきたのが見えた。なんだろう?


「お客様。お待たせいたしました。魔王陛下のご準備が整われましたので、ご同行のほど願います」


 そのことを深く考える前に、扉を叩く音と、扉の向こうから俺たちを呼ぶ声が聞こえてきた。


「随分と丁寧だな」

「そうですね。まさかこれほど丁寧な方がいるとは思いませんでした」


 そうして俺たちのことを呼んだ男について行くことになったのだが、俺たちの感想はそれだった。


 その案内の男は身なりもしっかりしているし、聖国にいたときの使用人達と比べても遜色がない振る舞いをしている。

 この城は魔王の城という名前にふさわしくなく綺麗な場所なので、カラカスにいるというのを忘れてしまいそうなほどだ。


「ははっ。意外と私のようなものはいるものですよ」


 小声で話したつもりだったけど、どうやら聞こえてしまったようだ。


「あっ。すみません」

「いえいえ。事実、この街の印象として正しいものでしょう。私のような者が例外と言えますね。もっとも、ここは様々なものが集まりますので、探せばそれなりに見つけることはできるでしょうが」


 様々な者……それは、あの街を案内してくれた青年の言っていたように、不当に扱われたせいで逃げてきた者達だろうか?


 ……せっかくだから少し話をしてみよう。そうすれば、少しは何かわかるかもしれないし、何かわかれば、胸のもやもやも消えるかもしれない。


「あなたのご出身はこちらですか?」

「いえ。生まれはこちらではありません。南の小国家連合の一つです」

「では、どうしてここに?」

「親に捨てられたからです」

「え?」


 親に捨てられた、という言葉が、俺には今ひとつ飲み込めなかった。

 知識としては、自身の子供を捨てる親がいるというのは知っていたし、それはこっちの世界でもそうなんだと理解していた。

 でも、こうしてはっきりと口にされると、なんと言っていいのかわからなくなる。


「私は貴族の生まれだったのですが、親の望まぬ天職を得て生まれてしまい、お前など要らぬと。まあ、よくある話の一つです。私の生まれた国だけではなく、王国も聖国も、どこでだってあり得ることですね」

「聖国でも……」


 聖国でもあることだ。そう聞いて、余計にわからなくなった。だって、俺はあの国にいたけどそんな話は一度も聞いたことはなかった。

 確かに、天職による優遇や多少の冷遇はあったのは知っている。でも教会は、どんな天職にも価値はあり、全てがこの世界のためになると言っている。


 だから、それもあって子供を捨てる親というものを理解できなかったんだと思う。それも、子供の天職が理由だなんて、すぐには信じられない。


「ええ。むしろ、あの国が一番酷いとすら言えるでしょう。私は放逐される程度で済みましたが、聖国は『神に仕えるのに相応しくない職』を得ると、殺されることもありますので」


 天職次第で殺される? まさかそんなこと……あるわけがない……。


 ……ない……よな?


「そのような戯言を口にされては困るな。確かに不名誉な職を得たものは出世は望めぬようになるだろう。だがそれは、要職につくにあたってただ聞きざわりが悪いからであって、その職を否定するものではないっ」


 案内の男の言葉が認められないものだったからだろう。ダラドは足を止め、ダンっと強く踏み込みつつ普段よりも声を荒げて反論した。


「そもそも天職とは神から与えられたものであり、その全ては等しく神の御加護だ。天職だけで判断し、殺すなど、あるわけがない」


 そうだ。そんなことはないんだ。だって人間の価値は天職なんかじゃない。天職はあくまでもプラスの要素であって、それ自体で価値が決まるわけじゃないはずだ。


「確かに、『暗殺者』や『盗賊』、『奸雄』や『闇魔法師』などといった職が組織の顔として立った場合、評判という意味ではマイナスになるでしょう」

「そうだ。だから我々は——」

「ですが、真に神を信仰しているのであれば、全ての職を同等に扱うべきではありませんか? 『剣士』も『勇者』も『盗賊』も『暗殺者』も『死霊術師』も、全て〝等しく〟神の御加護なのですから。それができず、周囲からの評判などを気にして隠すことは、本当に神に仕えるものとして正しい行いなのでしょうか? 〝不名誉な職〟があると認めているのは神に仕える者として本当に正しいのでしょうか?」


 そう言われてしまえば、ダラドも何も言えなくなってしまった。だって、実際に優遇や冷遇があるのは事実で、天職次第で自分の進める道が狭まってしまうことがあるんだから。


「——と、好き勝手言いましたが、聖国にも事情があるのでしょう。今のは私個人の勝手な妄言だと思っていただければ幸いです」


 それまでの雰囲気を消すかのように穏やかな笑みを浮かべながら綺麗なお辞儀をした。

 そのおかげで、実際に俺の心は軽くなったように感じられた。

 でも……それでも完全に元通りにはならなかった。


「貴様、そんな言葉が通ると——」

「こちらこそ申し訳ありませんでした。自国の教義に関わることでしたので、些か興奮し過ぎたようです」

「いえ。客人に対して無礼な事を申したのは私ですので、客人である皆様方に謝っていただくことはございません。こちらこそ申し訳ありませんでした」


 ダラドはまだ反論しようとしていたがカノンがそれを止めて、案内の男もお互いに謝罪し合った。


「ダラド。あなたの気持ちもわからないではありませんが、無駄に騒ぎを起こさないでください」

「……はっ。申し訳ありませんでした」


 謝罪を終えたカノンはダラドへと振り返り、怒鳴りはしないけど、静かな怒りを込めた声でダラドへと注意をした。

 ダラドはまだまだ納得していないだろうし、言いたいこともあるだろうけど、この場で騒ぐことではないと理解しているのかこの場はそれでおしまいとなった。


「皆様、着きました。こちらになります。ご準備の程はよろしいでしょうか?」

「……はいっ」


 そうして一悶着あったものの、俺達は目的地である玉座の間へと辿り着いた。


「聖国より、『勇者』様御一行が参られました」


 そして……


「え?」


 俺は間抜けにもそんな声を漏らすこととなった。


「なんで、あんなところに……?」

「どうも、久しぶり……と言うほどでもないけど、よく来たな」

「え、あ、ああ」


 玉座に座りながら軽い調子で話しかけてきたのは、俺たちが花園に着いたときに街の案内をしてくれた青年だった。


「え? ……ど、どうしてそこにいるんだ? そこは玉座じゃ……」

「うん? ああ。確かにこれは玉座だ。そんなに俺がここにいるのがおかしいか?」


 あの時と変わらない態度ではあるが、それ以外の何もかもが違いすぎている。

 その格好も、場所も、状況も……


「だ、だって、そこに座ってるってことは……」

「ユウキッ! 落ち着いてください。あなたの驚きもわかりますが、落ち着いて目の前のことを見てください。あの者があの場所にいて誰も文句を言わないということは——アレが魔王です」


 カノンがそういうなり、案内役の青年はニヤリと笑った。

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