第467話魔王と勇者
「改めまして、俺が魔王のヴェスナーだ。まあ、魔王って言っても自称だし、魔物でもなんでもないただの人間だけどな」
「ただの、かどうかは怪しいけどな」
俺が肩を竦めながら言うと、親父が小声で呟いてきたが、なんと言おうと俺はただの人間だ。
まあ、一般人のように弱いかと言われると弱くはないけど。
「ど、どうして……」
「何がだ?」
勇者の問いかけに首を傾げて見せたが実際には何を聞きたいのかはわかっているつもりだ。
「あの時、俺たちを案内していただろ。それは、どうしてだ? なんで魔王なんて存在が街で市民のようにして、しかも俺たちの案内なんて……」
「勇者の隙や弱点を探るため」
そう俺が口にした瞬間、勇者達は体を強張らせてこちらを警戒した様子を見せた。
「——なんて答えれば、満足か?」
だが、そんな勇者達に対して俺は肩を竦めてみせた。
「……違うのか?」
「そういう目的がないと言ったら嘘になるが、第一の目的としては、お前たちがここに来た理由を知るためだな。街を壊しに来たのか、俺を殺しに来たのか。それとも別の目的があるのか。それを知らないことには、対処のしようもないからな」
俺を殺しにきたのならあの案内したときに隙をついて殺したが、そうではないようなので今のところはそのつもりはない。
「まあその結果こうして会うことができたんだから、良しとしておけ」
そうは言ったが、それでも勇者は納得しきれていないようで微妙そうな顔をしている。
「それで、肝心のお前達の目的だが……答えから言えば俺は関わっていないし、対処法も知らない。残念だったな」
変に伸ばす必要もないし、こいつらが知りたいことはもう知ってるんだからさっさと話してやろう。どうせ俺には関係ないし。
「それは、本当か?」
「本当だ。だが、そんな問いに意味はあるか? 俺が何を言ったところで、素直に信じないんだろう? それとも、嘘を見抜く能力でも持ってる奴がいるか?」
エドワルドみたいな『商人』とかなら嘘を見抜くスキルを持っているが、こいつらは持っていない。『勇者』『神盾』『双魔』は戦闘用しかないのはわかってるし、『聖女』だって光と治癒だから嘘を見抜けない。
「ついでに言うなら、俺はお前達の国なんて興味がない。俺たちは俺たちの居場所さえ確保できるならそれでいい」
まあ、その居場所を確保するために、住民の中には真っ当に暮らしてるわけじゃなくて犯罪行為をして稼いでる奴もいるんだから、その結果どこかで泣くことになるやつはいるだろうけど。
でも、そんなのはどこの街や国だってあるはずだ。ただここはちょっとその割合が大きいってだけの話だ。
もっとも、聖国のやつらからしてみればそれが許せないのかもしれないけど。
「そんなことが信じられると思うかっ! ユウキッ、何を魔王の言葉などに惑わされている!」
「お前がそこまで断言する理由はなんだ?」
俺の言葉を信じられないダラドとかいう神殿の騎士は勇者を唆すべく叫んでいるが、そうも断言する理由はなんだろうか?
多分こいつは熱心な宗教家だから教会の言葉、聖国の考えを信じ込んでいるからだろうとは思っているけど、直接こいつ自身の言葉で考えを聞いてみたい。
「我が国で起こった異変は植物に関することであり、貴様らは植物を操る強力な『樹木魔法師』を有しているはずだ。加えて、植物に関係の深いエルフどももいる。我が国の隣にいてそれだけ条件が整っている相手など、疑わないほうがどうかしている!」
まあ確かに。でも残念ながら『樹木魔法師』はいないんだよな。いや、いることはいるけど、こいつの言ってるような『強力な』存在はそいつじゃないんだよな。普通は『農家』があんなことできるとは考えないだろうから、その考えは真っ当なものなんだろうけど。
「でも、明確な証拠なんかはないわけだ」
「そんなもの、この地が犯罪者どもの巣窟で、貴様が魔王を名乗っているだけで十分であろう!」
ここがカラカスだからそこの王である俺は無条件で悪である、という意見については、そうとも言い切れないとこいつらの中でも話がついていないままだったと思ったのだが、どうやらこいつの中ではもう決まっていることで、どうあっても俺を悪者にしたいようだ。
まあ、実際に悪者だから完全に間違いというわけでもないんだけど……。でも、少なくとも人類の敵になるつもりはない。
「ダラドッ! やめなさい!」
「ですが……くっ」
聖女の方が格上のようでダラドは俺を睨みながらも動きを止めた。
別に攻撃を仕掛けてきたらそれはそれでよかったんだけど、まあ話が進むならそれはそれで構わないか。
「さて、止まったわけだが、このあとはどうする? 俺の話は嘘だと断じて俺を殺すか? 『勇者』対『魔王』は世の常だからな。まあそれもおかしなことじゃないだろう。とはいえ、ここは俺の城で、頼もしい騎士達が勢揃いだ。戦うのならまずはそっちを相手にしてもらうことになるが……どうする?」
というか、ここにいるのはただの騎士なんかじゃないけどな。
いるのは全員が第八位階以上の強者。なんでか知らないけど、みんないつの間にかかなり強くなってたんだよなぁ。最初の頃は第六とか第七位階だとかって聞いてたのに。
俺というボスと戦う前に、そんなめちゃくちゃ強い騎士達と戦って、そのうち一人は親父という裏ボスの相手をしなくちゃいけないとなると……ぶっちゃけ勝ち目とかないだろ。
「本当に関わってないなら、それでいい。でも、解決策も知らないのか?」
「知らない」
「そうか……」
勇者が問いかけてきたのではっきりと答えてやると、勇者は落胆したように息を吐き出した。
王様を前にして随分な態度だが、まあ今更だな。何せもっと失礼な男がついさっき叫んでたし。
「魔王陛下。先ほどは我らの仲間が失礼いたしました。此度の件はあなた方ではないのだと信じましょう」
聖女のカノンが恭しい態度で一歩前に出てきたが、相手が教会の手先だからか、どうしても上から目線で言われてるように感じてしまうな。
「そこで、一つ相談なのですが……」
「言ってみろ」
「聖国に支援をされませんか?」
支援をしてほしい、ではなく、支援をしないか、ときたか。
こいつらとしては支援をしてほしいみたいだが、それでも頼むのではなく提案という形を取ったのは、俺たちが犯罪者で、自分たちが正義側だと思っているからだろう。素直に頭を下げることができなかったんだと思う。
あるいは、頭を下げることでの風聞や評価を気にしてのこと。
どっちにしても、上から目線なのは変わらない。
この後に及んでも自分たちを上に置いている態度にはむしろ感心すらできる。
ただ、それでこいつらの頼みを聞くのかと言ったらそれは別だけど。
「あなた方は魔王を名乗っているものの人類に対して敵対する意思がないと言うのであれば、聖国を支援することでその事を広めることができます」
「支援とは、具体的には?」
「現状、我が国の最大の問題は食糧がないことです。植物の異常を解明することも重要ですが、差し当たっての問題は食糧が尽きることです。ですが、あなた方は膨大な量の食糧を所有、生産しております。ですので、それを私たちにお譲りいただけないかと」
「ふむ、食糧か。まあ確かに有り余ってるが……」
食料に関して——つまり金に関してのことなので、俺はそばで待機していたエドワルドに視線を送る。
それを受けたエドワルドは、にこやかに笑いかけながら一歩前に出てから話しかけた。
「こちらとしては、確かにあなた方のおっしゃられる通り食料に余裕はあります。望む量がどの程度か、正確なところはわかりませんが、普段よりも安価で卸すことは可能です」
「ありがとうございます。ですが、一つ勘違いをされているようですね。私は売買を申し入れたわけではありません」
だが、エドワルドの言葉に、カノンは首を振りながら応える。
「? ……まさか、〝お譲り〟とは、文字通りの意味でしょうか?」
そんなカノンの反応に、エドワルドは一瞬怪訝そうな表情をしたが、すぐにその言葉の意味を理解することができたようで、先ほどよりも暗くなった声で問い返した。
「はい。そちらとしても悪くない提案だと思われますが、いかがでしょう? 有り余っている食糧を差し出すことで世界的な信頼を得ることができ、聖国と敵対せずに済むのですから」
確かに食料程度で面倒ごとを回避できるんだったらお得と言えるだろう。それも、宗教の元締めである聖国が相手だと言うのなら、尚更だ。
だが……
「話になりませんね。あなた方に食糧がないのなら待っているだけで弱体化するのですから、敵対し戦ったところでこちらが負けるわけがありません」
エドワルドは鼻で笑うようにして言い放つ。
当たり前の話だ。いくら面倒を避けられるからといって、そんな舐めた提案を呑めるわけがない。
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