第465話勇者、魔王城へ行く・中編
「リナはどう思う?」
「どうって、魔王が本当に『魔王』なのかって話?」
「ああ」
「そうねー……多分だけど、人類の敵としての魔王になるつもりはないんでしょうね。だって、じゃないとあんな『花園』なんて一般人でも安全に過ごせます、なんて場所を作る意味がわからないもの」
確かにそうだな。人類の敵とまで言われるような『魔王』が、人間と友好的に過ごすための場所なんて作るはずがない。
「そんなもの、一般人を油断させて引き込み、隠れ蓑にして少しずつ人を攫うためだろう。人の動きを作ることで自分たちが動きやすくするためということも考えられる。あるいは、程よく人を集められたところで何か大規模な行動を起こす可能性もあり得る」
ダラドはリナの言葉を否定するが、よくそんなこと思いつくな、とある意味感心してしまう。
「それもあり得なくはないかもねー。なんか、あの城からは微妙に嫌な雰囲気がしてる気がするし」
嫌な……? それはやっぱり、魔王の城だから何かあるんだろうか?
「まー、どんな考えをしているにしても、少なくとも話が通じるのは確かよね。もしかしたら解決してくれるかもしれないわよ?」
自分の意見を一考することもなく否定したダラドの言葉を、特に反論することもなくさらりと流している。
「そんなことあるわけないだろう! 相手は魔王だぞ!」
「でも人間よ。話が通じる以上、お互いに利益があるんだったらこっちの問題をどうにかしてくれるかもしれない可能性は十分にあるでしょ」
「だがそのようなことは教会の者として——」
「ストップストップ! 二人とも静かにしてくれ。ここで騒ぐのはまずいだろ」
すぐ目の前に魔王の城があり、門番がいるのにそれを気にすることなく口論を始めた二人を慌てて止める。
俺に止められたことで、ダラドもリナも今の場所を思い出したようで、すぐに口論をやめて黙り込んだ。
ただ、そのまま黙ったままというわけでもなく、リナはため息を吐き出してから口を開いた。
「——でもさ、あんたはずっと魔王が魔王が〜、って言ってるけど、じゃあどうすれば魔王がやったわけじゃないって信じるわけ?」
「……魔王本人が我が国に来るようなことがあれば、今回の件には関わっている可能性は低いと判断しよう」
「はあ〜。仮にも相手は『王』を名乗ってるのに自分たちについてこいとか……しかもそこまでさせて『可能性は低い』って……どんだけよ」
リナはダラドの言葉を聞いてまたもため息を吐き出したが、そのため息はついさっきのものとは別の意味だろう。
でも、俺もリナの言っている言葉には同意できる。
魔王とは言っても、王様だ。そんな人に自分たちの国についてこい、だなんて言うなんて非常識だってのは理解できる。
しかも、完全に信じるんじゃなくって、一旦は疑う順位を下げるだけ。ダラドのことは信頼してるけど、こういう盲目的というか、思い込みの激しいところはちょっとどうなんだと思うことがある。
「結局のところ、実際に会ってみなければわかりません。リナの言う通り、相手は魔物の魔王ではなく人間の魔王なのですから話はできるはずですし、今私たちはそのために動いているのですから」
これ以上話を続けてもまた口論になるかもしれないと思っていると、カノンが割り込んで話を終わらせた。
「誰だお前ら?」
そうして俺達は魔王の城に向かって歩いていったんだが、当然のことながら門番に止められてしまった。
「俺は『勇者』の麻薙勇輝だ。魔王に会いたい」
俺がそう言うと、門番は一瞬わけがわからないような表情をしたが、顔を見合わせる。
あの案内役の青年は、「勇者が来た」といえば魔王に会えるかもしれないと言っていたが、それは果たして本当なんだろうか? もしそれが嘘であれば、俺達はここから逃げ出さないといけないことになるんだけど……
「勇者? 勇者だと?」
「マジで来たのか。しかも魔王に会いにって……」
……? マジで来た、というのはどういうことだ? 俺がここにくることを予想していたってことなのか?
「通れ」
「は? ……い、いいのか?」
「上からの命令だ。勇者を名乗る者が来たら通せ、と」
……本当に勇者だといえば会うことができたのか。そんなことでいいのか? 俺は『勇者』なんだから、『魔王』を倒しに来たとは思わないのか? それとも、俺なんかは歯牙にも掛けないのか? ゲームの魔王みたいなやつだったら、そう言うのも無いわけじゃないと思うけど……。
いや、今は素直に会うことが出来ることを喜んでおくべきだろうな。
ただ、会うにしても今日のつもりじゃなかった。どうするべきなんだろう……?
「……どうする? 予定では今日は予約を入れるだけだったんだろ?」
「そのつもりでしたが……」
俺の言葉にカノンは眉を顰めて悩んだ様子を見せている。
でも、そうだろうな。ここで帰ったら今度は会ってもらえないかもしれないんだから、予定通り素直に帰っていいのかわからない。
「会えばいいんじゃない? 相手はこっちの行動なんて筒抜けだったみたいだし、今更引いても意味ないでしょ。情報だって、まともに集められるかどうかわかったもんじゃないわよ」
まあ、確かにリナの言う通り俺たちがここにくるのもわかってたみたいだし、俺——『勇者』がこの街に来ているのはもうわかっているんだろう。だったら、ここで引いたところで、とは思う。
「カノンも他二人もわかってるだろうけど、今機会を逃して、一度会おうとしたけど逃げられたからもう会わない、とか言われたらどうすんの?」
「……会わないわけにはいかない、か」
そうして俺たちは魔王に会うために城の中へと案内されていった。
城の中に入ったからといってすぐに会えるものでもないようで、しばらくの間応接室で待っているようにと言われてしまった。
だが、そうして待っている間に部屋の中を見回してみたり、ここに来るまで城の中を見てみたが、特に『魔王城』らしいところはなく、普通の綺麗なお城って感じがした。
「それにしても、まさかこんな急に会うことになるとは思わなかったな」
「私もそうです。普通の貴族であればたとえ予定が空いていたのだとしても最低で二日は開けてからの面会となります。それが王となれば、数日ではきかないでしょう。これが他国の王族や使者であれば別ですが……」
「一応俺たちも使者と言えるんじゃないか?」
俺は『勇者』という地位についている他国の人間なんだし、この国には聖国からの指示があってやってきたんだから、ある意味では使者と呼ぶこともできるんじゃ無いだろうか?
俺がそう言うと、カノンは僅かに俺のことを見た後、首を横に振ってから答えた。
「書状も持っていませんし、事前の連絡もないため使者とは呼べないでしょう。加えて、現在は敵対行動こそとっていないもののこの国と私たちは敵であることに違いありません。会いたいと言ったところで、すんなりとは会えるものではありません」
うーん。まあ確かに連絡を入れたりはしてないで突然来たわけだし、仲がいいってわけでも無いんだから使者とはいえないか。もっとも、どんな条件を満たせば『使者』と呼んでいいのかとかはさっぱりわかってないんだよな。でも、カノンが違うって言うんだったら違うんだろうな。
「でも、実際会えることになってるじゃーん」
「……そうですね。ですから、この後どうするべきかを話し合いましょう」
そうして会えたこと自体はひとまず置いておくとして、俺たちはこの後のことについて話し合うことにした。
だが……
「あれ?」
不意に窓の外を見てみると、この場に相応しくないものが見えた。もの、というか、人だけど。
「どうかしましたか?」
「いやあそこにいるのは、子供だよな?」
俺が窓の外を指さすと、みんなそっちへと顔を向けた。
俺たちが見ている先には庭園があり、その一角には『魔王の城』と言う場所に相応しくないエルフの女の子がいた。
……いや、女の子、ではないか。距離があることと、その振る舞いが子供っぽいからそう思っただけで、年齢としては十代後半くらいはあると思う。
でも、あの少女が何歳であろうと、魔王の城にいるのが相応しいかと言われると、違う。
それこそ、森の奥で妖精や精霊と戯れているのが似合っているように思える。それくらいその見た目も、振る舞いも、全部が無邪気な子供のように見えた。
「エルフの少女ですね。……街中でも見かけましたが、このような場所にまで入ることが許されているのですか」
「エルフか……。アレは我々とは異教の者だ。どうにも好かんな」
カノンとダラドはその少女のことを見てそれぞれ感想を口にしている。
異教の者、と言うのは、エルフはダラドやカノン、聖国の人たちが信仰している神様とは違って、植物の精霊を信仰しているからだ。
そんな宗教で人を差別するダラドの発言はあまり慣れないが、宗教が力を持つ国に所属しているんだからそんなものなんだろう、多分。
でも、カノンの言っていることは俺も理解できる。
いくら魔王がエルフを引き入れて街中で自由にさせていると言っても、まさかこんな城なんていう最重要拠点にまで入らせるとは思わなかった。
やっぱりここの魔王は『人類の敵』としての魔王では無いのだろうか。
「……あれ、結構やばいわね」
なんて考えていると、普段の気楽そうな態度とは打って変わって、神妙な顔つきになったリナがつぶやいた。
「やばいって何がだ?」
「力が、よ。普通ならありえないくらいの魔力を持ってるの。正直言って、あの量は化け物よ。まるで、どこかから供給され続けてるようにすら思えるくらいね。もっと単純にいえば、『無限』と言ってもいいくらいよ」
「……普通の子供に見えるけどな」
リナが言ったような相手の魔力量なんて俺にはわからない。ただ、見た感じとしては普通の少女に見える。……いや、普通ではないか。なんというか、見ていて飽きないというか……すごく可愛らしく思える。
……そういえば、聖国にもエルフの知り合いがいるけど、あの人たちはどうしてるだろうか?
あまり城に留まっていなかったから親交はそれほどなかったけど、ちょっとした話をするくらいには仲が良かった。
魔王を倒して聖国に戻ったときには、俺が忙しいこともあって会えなかったけど、今度戻ったら顔を見るくらいはできるだろうか?
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